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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
78/100

激戦/形勢転々

「《咎人断罪(ウリエル)》」


 焦る阿久、そしてアルラとは対象に、アルカードは静かに、そして冷静に、言葉を紡いだ。彼の声は小さなモノであるハズなのに、この広く静かな二人だけの空間では、嫌に大きく響いた。

 来る。炎が、総ての咎人を燃やしつくす断罪の炎が、来る。


「アルラァアアアッ!」


 獣の咆哮が如くに叫ぶ阿久。その阿久に呼応するように、アルカードの方向へと振り返り、突き出した右腕が変身を開始する。炎の音を聞かないように、炎の光を目に入れないように、そして炎の熱を感じないために、 数十、数百にも渡るほど、全身を包み込むような防壁を展開した。

 それでもきっと、まだ足りない。

 あの炎は、総てを貫いて全身を燃やしつくす――。

 (ごう)と、炎が迫る。パチパチと、物体が焼かれる音。ものを焦がす匂い。阿久自身は平気であっても、阿久の“心臓”が、どうしようもないほどに、底知れぬ何かに恐怖しているのが伝わった。

 なんとかやり過ごせることを祈った阿久。その前方……否、頭上。そこから、炎に焼かれるのではない、まるで、岩でも砕くかのような崩壊音が響き渡った。そして――。


「終焉のラッパを吹け。右に剣、左に秤を持ちて、公正を図り給え。神に似たるものは誰か。否、誰が神になれようか。――《公正判決(ミカエル)》」

 

 この場において聞えるはずのない、女の声が聞こえた。

 天井を破壊して落下し、突如阿久の前に現れた、修道服の女。

 炎の光によって逆光となり、阿久らに彼女の姿は見えない。けれども、阿久はその姿を知っていて。アルラもまた、その姿に見覚えがある。

 ――どうして、此処に。

 阿久とアルラのその問いと共に、


「――“執行(エイメン)”ッ!」


 アルカードの放った《咎人断罪(ウリエル)》が、彼女の放った《公正判決(ミカエル)》によって、大気に離散する。

 一体、どうして。

 変身させた右腕をもとに戻して、周囲に散り、消えていった炎を線香花火でも見るような心持ちで、阿久は着地する。その阿久の前に、阿久の着地とほぼ同時、銀髪の女が降り立った。

 修道服に、翡翠の瞳。背中には二本の鉈、その手には、白銀の数メートルはあろうかという巨大な杭打ち機。


「助けに来ましたよ、阿久」


 突如現れた女――北条久遠は、銀髪をなびかせて振り返り、阿久に笑顔を向けた。


「どうして、お前が此処に……」


 驚く阿久に対して、久遠は「何を言っているのやら」と肩を竦めた。


「そりゃあ、あれだけの轟音を聞かされては、場所も特定できますよ。いつか、助けていただいた恩があります、それを返すいい機会だと思って、馳せ参じました」


 いつかに売りつけた恩を、この女に、それも、命を救うような形で返されてしまった。

 それがどうにも気に食わなくて、阿久は「チッ」と舌を打った。


「あ。もしかして、余計なお世話でしたか?」


 おそらく、阿久が絶体絶命であったことを彼女はわかっている。その上で、このようなことを聞くこの女は、本当に意地が悪い。今にも空気が漏れそうなほどに頬を膨らませて、肩を震わせながら笑いを堪える久遠の表情は、底知れぬ殺意が沸き立つものであった。

 悔しさにギリギリと歯を噛みしめる阿久に、「あれれ、何も言えないんですか? 図星ですか? お礼の言葉はないんですかぁ?」と幾度も問うてくる久遠。


“……やっぱり、あの時に殺しておくべきだったわね”


 阿久と心持ちを同じくする心臓が、なにやら物騒なことを言ったが、阿久は心底共感した。

 あの時――初めて久遠と交戦した時に、アルラの言う通り、殺しておくべきだったと、悔しさに震えながらの全力の後悔だった。


「阿久、阿久。今、どんな気持ちですか? どんな気持ちですかぁ?」


 阿久の表情と仕草を見れば一目でわかるだろうに、敢えて幾度も問いかける久遠を本当に殺してやろうかと思ったが、危機を助けられたことに変わりはない。震える口で感謝の意を告げようとした阿久に、助け船が入った。


「そこまでにしておきなさい、久遠。殿方に恥をかかせるものではありません」


 阿久の前に、久遠に次いで降り立ったのは、白円卓第一席、コーネリア・ルートレッジだ。

 彼女を出し抜いて堕天使を手に入れようとしていただけに、彼女が此処へ現れたことに、阿久はまたもや舌を打った。

 阿久のその態度に対して、久遠が非難するような視線を向けてきたが、「久遠、返事はどうしましたか」とコーネリアに問われては、渋々ながらも「はい」と、頷く他なかったようだ。

 項を垂れて、久遠は「惜しい」と小さく舌打ちをした。


「見た通りだとは思いますが、久世原阿久、状況報告をお願い出来ますか」


 アルカードの方向から目を外さないままに、コーネリアは阿久に言う。

 それに対して、阿久は、「見たとおりだ」とぶっきらぼうに告げる。


「見たとおり、ですか……」


 ぽつりと呟く、コーネリア。


「見たとおりのようです」


 久遠が、その言葉を反復し。


「……ああ、見たとおりだ」


 最後に、阿久が半ば諦めるような心持ちで呟いた。

 三人を囲むように現れた、無数の空間の捻じれ。そこから、アルカードのものと思しき無数の腕が、拳銃でも向けるかのように掌をかざしていた。その掌から、無数の風の刃があふれ出る。おそらくそれは、先ほど第七の力を無効化した風の神、ないし風の悪魔の力であろう。

 攻撃範囲、実に三六〇度。半球体のように隙間なく阿久らを囲んだそれを見て、阿久は冷静に状況を分析する。

 まずは、憎き女に目を向けた。彼女――久遠がどうして、大城玄道の持っていたような白銀の杭打ち機を持っているのか。その理由は知らないが、なんにせよあれは一点突破型の武器である。とてもこの状況を打破できるものではない。

 次いで見るのは、コーネリア。彼女の忌能が何であるのかは知らないが、彼女は大剣を手に持って、風の刃を睨むばかりである。察するに、自分一人を守る手段はあれど、阿久と久遠の二人を守る術はない、といったところか。

 となれば――。


「久遠、鉈を貸せ」


 ――俺が、なんとかするしかないだろう。

 阿久は、久遠の了承を受ける間もなく、その背から二刀の鉈を引き抜いた。


「え、なにを勝手に……」


 戸惑う久遠を無視して、阿久はコーネリアと久遠を抱き寄せるように二の腕で寄せて、アルラに問いかける。


「やれるか、アルラ」


“無理だと言っても、あなたは聞かないでしょうに”


 くすりと笑ったアルラは、静かに敵から放たれようとしている風の刃を分析する。


“あれは彼本来の忌能、空間湾曲及び時間湾曲に加え、先ほどの風の力を合わせたものね。あの風は、メソポタミアの“風の魔王”のものであると推測されるわ。多くの人々を恐怖に落とし込んだ、風と熱の魔神。蝗害(こうがい)の化身。確かに敵に回すには恐ろしい相手だけれど、わたしたちの宿す欠片だって、負けてはいない”


「……つまり?」


“……やれるわ、阿久”


 ――上等だ。

 心の中でアルラに返事を返したとほぼ同時、阿久を中心とした三人に向けて、アルカードの無数の掌より、無数の風の刃が放たれた。

 目には目を、歯には歯を、風には風を。同じ風の刃には、こちらも風の刃で対抗してやろう。

 阿久は迫る無数の刃に目を向けて、(ごう)と、久遠から借りた鉈に風を奔らせた。のみならず、阿久を中心とした三人の周囲に小さな半球体をした風を巡らせて防壁としての役割を持たせる。

 阿久の、真紅の瞳が輝いた。

 アルカードの放った風の刃が、阿久の張った風の防壁に激突する。

 風の防壁によって、多くの風の刃を撃ち落そうとした。しかし、相手もまた、風の悪魔の力を使用しているのだ。そう簡単に、勝てる土俵ではないだろう。数える程度の風は撃ち落せても、ほとんどの風の刃が、防壁を抜けて、阿久たちに切りかかる。

 防壁だけでは耐えられないことぐらい、分かっていた。だからこそ、この両手に鉈がある。久遠らを足元で姿勢を低くさせて、両手に持った鉈を大きく振るい、まず一つ。最初に防壁を抜けた風の刃を、振るった鉈で打ち消した。阿久の持つ鉈には、風の防壁よりも遥かに鋭い風を乗せてある。並大抵の物質ならば易々と切り刻み、残骸と化す。そしてそれは、“風の魔王”、その刃ですら例外ではなく。

 二刀の鉈を、乱れ舞うが如くに振り回し、阿久は次々と風の刃を打ち消していく。背後、上方、視界の隅から死角から、前後左右、(ことごと)く。“心臓”から的確な指示を受け、ただの一つも、誰にも届かせることはなく。

 無数の刃を打ち砕く彼の舞いは、ある種の美しさを感じさせるほどに、極まった剣舞のようであった。


「づぁぁぁあああッ!」


 ガギンと、鋼の如き剣戟の音を響かせて、阿久は最後の風の刃を撃ち落した。

 僅かに呼吸は乱れたが、その程度。結果として、コーネリアと久遠に傷一つ負わせることはなかったのだから、上々の出来であるといって差し支えはないだろう。

 ポイと、阿久は久遠に二本の鉈を投げつけた。それを落としそうになりながらも掴み、大事そうに抱き上げて阿久を睨む久遠に、口の端を釣り上げていった。


「さっきの借りは返したぜ」


「本当、あなたは嫌な性格してますね!」


 他にもたくさんの不満を言いたげな久遠の表情に愉悦を感じる阿久に、“また余計な挑発をして。そろそろ怒るわよ”とアルラが“心臓”から文句を言う。

 ――だいたい阿久はすぐに相手の挑発に乗ってしまうのが悪いところよ。それで苦労させられたことなんて数え切れないじゃない。そのせいで、いつもいつもわたしがどんな心労を抱いていると思っているのよ。云々。

 あまりに今の状況と関係のない事柄だったので、もしかしたら、久遠との仲に嫉妬でもしているのだろうかと心の片隅で思ったら、アルラはそれ以上何も言わなくなってしまった。

 わいわいと騒ぎ立てる、阿久と久遠。グダグダとした雰囲気の中、コーネリアだけは眼前の怨敵を見据えており、低い声を発した。


「――次が、来ます」


 コーネリアが言い終わるが早いか、アルカードの方向より、青のようにも取れる、巨大な金色の閃光が迸る。その矛先は、久遠。

 久遠が咄嗟に《公正判決(ミカエル)》で自身を庇うと、偶然にも閃光の方向をずらすことが可能となった。方向のずれた閃光はそのまま上へ昇り、天井の鍾乳石を蒸発させる。

 焼けこげるような匂いと共に、温風が吹き抜けた。

 今のは、稲妻か何かなのだろうか。

 阿久が疑問に思ったところを、アルラが静かに告げた。


“ええ、稲妻ね。見たところ、日本のものかしら。人を呪う、怨霊の類の――”


 と、アルラが言い終わる前に、アルカードが大きく踏み込んだ。


如何(いか)にも。今の力は“天神(てんじん)”だ」


 踏み込んだ、そう思った次の瞬間には、アルカードの肉体が、阿久の眼前に在る。

 阿久が右腕を剣に変身させると、アルカードもまた、捻じれた空間より、奇妙な剣を引き抜いた。光の尾を引く、奇妙な剣。


「そしてこれは、アイヌの人喰い刀」


 その刀を、アルカードは阿久に向けて振る。阿久は右腕を剣にして、それを受けた。

 鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う。けれど、神話に登場する武具であるのなら、基本的には必中、必殺の特性を帯びるものが多い。もしか、受けてはいけない攻撃であったのではないかと、阿久は己の軽率さを恨んだ。しかし幸運にも、これはどうやら、そういった手合いのものではないらしい。

 とすれば、近接距離ならばおそらく、己が有利か。このまま攻めようと、阿久は胸から杭を突き出した。

 すると、アルカードは剣を投げ捨てて、小さく跳躍。阿久の両肩に両手を乗せて、倒立のような形を取った。阿久の杭が当たらない、寸前のところでの回避に成功する。


「チィ――」


 阿久の肩に乗ることで、上手く攻撃を回避したアルカード。阿久は、近接戦は有利だと判断した直後に、敵の身軽さを思い知る。敵の動きを読み切れずにいた自分に腹が立ったが、しかしそれ以上に、自分の肩を回避手段の一つとして選択肢に入れたアルカードに腹が立つ。アルカードに己の判断ミスを自覚させてやろうと、阿久は両肩から杭を突き出した。

 しかしアルカードは、避けようともせず、阿久の打ち出した杭に両掌を貫かれる。しかし貫けたのは両掌のみである。器用に足で、杭の先をずらされた。アルカードの肉体に、杭は届かなかった。


「……む」


 予想外の攻撃を受けたというよりも、「この程度の攻撃なのか」と拍子抜けするような声を出して、アルカードは阿久の肩に手を置いて倒立したまま、大きく股を開いて足を広げた。

 阿久の上で、敵が杭で両手を貫かれている。

 これを好機と考えた久遠とコーネリアが、アルカードに向けてそれぞれ手に持った武器を振るおうとすると、次の瞬間には、アルカードは阿久の左右にいた久遠とコーネリアを散らかさんと、両掌が千切れることも厭わず、コマのように回転して蹴りを繰り出した。

 突然の攻撃に、《公正判決(ミカエル)》で攻撃を受けることが精一杯であった久遠の方は、すぐに跳ね飛んだ。

 しかし、アルカードの攻撃を既に想定していたコーネリアは、大剣『ラ=ピュセル』で上手く蹴りの力を流していた。アルカードの蹴り、その力を利用して、身体の中心を軸にして一回転。アルカードに向けて、『ラ=ピュセル』を振るう。

 阿久の肩から小さく跳躍するように、最低限の動きでコーネリアの一閃を回避したアルカードは、地に降り立つ前に、阿久の背中を蹴りつけた。

 それは、三角跳びのような要領だ。阿久を壁に見立てて蹴りつけ、跳躍することで、阿久に攻撃を加える上に、己の次の行動へ派生させるという、実に効率的な行動である。

 小さく跳躍したアルカードが、阿久に破壊された両手の修復を始めるとほぼ同時、彼は両手付近に空間の捻じれを創り出し、そこより、また何かを取り出した。

 現れたのは、三叉の矛。それほど装飾はないものの、その大きさは、コーネリアのラ=ピュセルに匹敵するほど大きく、また重量感を感じさせるものであった。

 三叉の矛を両手に取ったアルカードは、己の足が地に着く前に、空中から矛をコーネリアに向けて突き出した。

 もはや反射ともいえる動きで、コーネリアもアルカードに対抗する。

 コーネリアは咄嗟の起点によって、アルカードの突き出した矛、その三叉に別れた部分に上手くラ=ピュセルをひっかけて、ラ=ピュセルを大地に突き刺した。

 コーネリアの腕、そして大地に固定された三叉の矛はそこで止まる。矛を引かなければ、アルカードは再度の攻撃が不可能だ。

 彼が両手に持つ矛は、これ以上、先に進まない。そしてなにより、彼の足は未だ地に着いていない。次の攻撃を繰り出したにしても、大した威力は望めない。となれば、今この瞬間、攻撃手段が無くなったと見ていいだろう。

 しかし、コーネリアの方はどうか。

 アルカード同様、彼女もまた、ラ=ピュセルによって両腕は動かせないが、しかし、その両足は、地の上にある。一度や二度の攻撃ぐらいなら、十分に可能であるといえる。

 コーネリアの足が地を離れ、僅かに跳躍。両手に持ったラ=ピュセルを軸に、アルカードの顔面へ蹴りを加えようとしたときに、僅かに躊躇いを見せた。

 ざわりと、総毛立つ。アルカードの持つ矛から、言いようもない危機感を受ける。

 その三枝(さんし)の矛は、まさか。嵐を呼ぶ海神の――。

 両手に刻まれた、聖痕の恩恵。《未来予知(ガブリエル)》、その力の一旦。銀河の渦巻くアメジスト。総てを見透かす異能の力。コーネリアのその瞳が、アルカードの持つ矛の本質を見抜いた時には、もう遅い。


「冥福を祈る」


 尋常ならざる質量を持った、嵐の津波を思わせる膨大な海流が、壁のようにコーネリアの蹴りを押し返す。だが、海流は未だ留まるところを知らない。矛先を止めるためにラ=ピュセルを突き立てた大地ごと、コーネリアの肉体は、鍾乳洞の奥底へとたちまちに流されていった。閉鎖された空間に、海を思わせるほどの水の量だ、どこかの壁にでも突き当れば、その水圧に圧死することも考えられる。


「コーネリアさま!」


 彼女を助けようと動いたのは、久遠だった。彼女は津波に流されないよう、《公正判決(ミカエル)》を片手に海へと飛び込もうとした。しかし正面から何かに攻撃を受けたのか、空中にいたはずの彼女の肉体は、後方へまたもや跳ね飛ばされる。

 どうやら前方から何かしらの攻撃を受けて、その攻撃を《公正判決(ミカエル)》で辛うじての所で弾いたようだ。しかし、久遠をを妨害したのはアルカードではない。先にアルカードが取り出し、阿久に振るい、そして放り投げた、あの光の尾を引く奇妙な剣である。

 アルカードは確か、アレを『アイヌの人喰い刀』と言っていたか――。


「このッ、邪魔を……」


 後方へ落下しながらも、白銀の杭打ち機を上手く駆使して、空中を飛び回り光の尾を引く剣を幾度も弾く久遠。しかし、彼女が地に降り立つ頃にはもう、津浪は遥か遠くへ流れていた。付近にはコーネリアの姿が無いところを見ると、彼女の肉体は津波同様、遠くへ流されているのだろう。

 久遠が奇妙な剣に苦戦するところを目端で確認した阿久は、アルカードに蹴りつけられた背に痛みを感じながらも、すぐにアルカードを追って振り向いた。そこには、三叉の矛を消し、両足に翼の生えた靴を履いて宙を走るアルカードの姿がある。

 細かいことはわからないが、彼の足にある翼の生えた靴、それも神話の何かしらの道具のようだ。アルカードの空中に静止している状態を見るに、空を歩ける類の靴であるように見える。


「おいおい、本当になんでもありかよ、あの野郎!」


 毒づいた阿久に、アルラは冷静に“残念ながら、何でもありよ”と告げた。

 間髪入れることなく、アルカードは阿久に向けて空中で踏み込み、空を駆ける。その過程で、己の腕の周りの空間を湾曲させ、新たな武器を取り出した。

 取り出したのは、銛のような、数メートルを超える巨大な槍である。稲妻のような切れ込みのある、ノコギリノようにギザギザした穂先。そこに刻まれたルーンのような文字もまた、その槍の大きな特徴か。


()ぜろ」


 その巨大な槍を、アルカードは阿久の肩に向けて突き出した。

 これは神話の英雄の持った槍。今度こそ、必殺の類の武器であると、心臓の鼓動が刻む並ならぬ警戒から、阿久は察する。


“阿久避けて!”


 アルラが、叫ぶ。しかし回避はどう足掻いても間に合わない。

 阿久は反射に身を任せて、両手を前に突き出した。しかしアルカードの槍は無数に枝分かれをして、華麗に阿久の両腕を避ける。枝分かれした矛先、その総てが、右肩へと一直線に向かってきた。


「は――!?」


 アルカードの放った槍は、必殺必中。『破裂する槍』という意味合いを持つ魔槍だ。投げれば軍隊を滅ぼし、刺されば棘となって破裂する。防具を貫通する。奇妙な軌道で突き刺さる。無数に枝分かれして突き刺さる。この槍でつけた傷は治らない。また、刺された者は必ず死ぬという――。

 アルカードが勝ちを確信した笑みを向けた次の瞬間、彼のその表情は、たちまち凍り付く。

 代わりに、冷汗を流しながらも、阿久が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 槍が枝分かれをして、避けられた阿久の腕。その先、花弁のように両掌を合わせた部位から、その指先までにかけての大きさで、巨大な杭が打ち出されていた。いくら神話の槍でも、敵の攻撃を無効化するような効能は無かったらしい。阿久の杭を胸に受け、アルカードの肉体は後方へ吹き飛ばされていた。

 多くの逸話の残されるその槍だがしかし、両手から巨大な杭を突き出して、彼我の距離を離した阿久の肉体には、その槍は届かない。そして当たらなければ必然、いかなる必殺の特性を持つ魔槍であろうとも、その効果は発揮できない。


“間一髪、といったところね。良い判断よ”


 後方へ弧を描きながら落下するアルカードをしっかりと視界に収めつつ、「なんとか心臓を守ることは出来た」と荒い呼吸を繰り返す阿久に、胸を撫で下ろすようなアルラの鼓動が響く。

 状況判断のため、周囲を見回すと、久遠が先の光の尾を引く刀を《公正判決(ミカエル)》で打ち砕いたのが見えた。

 コーネリアはどうなったかと気に掛けたが、今は自分のことだけで手一杯だ。彼女には自分自身でどうにかしてもらうしかないと、阿久は再びアルカードに目を戻す。


「アルラッ!」


 攻撃に転じるため、阿久はアルラに命じて、喰らった真祖の力を呼び覚まし、アルカードに向けて駆けた。

 その殺気を感じたか、アルカードは空中で器用に方向を転換し、まるで龍が炎を吐くが如く、その掌から紅蓮の炎を噴き出した。

 その炎は、浄化の炎。特性こそ似ているものの、しかし《咎人断罪(ウリエル)》とは異なるようで、仏教などを彷彿とさせるものである。周囲ほぼ総てに炎を放ちながらも、何も焼いていないところから、『不浄潔金剛』の力ではないだろうか。

 だが、阿久には炎は届かない。アルラに炎は見せるまいと思ったが、あれは不浄の穢れのみを焼く炎だ。モノが燃える景色、そしてその音が無ければ、どうやらアルラは耐えられるらしい。好都合だった。

 それにしても、アルカードが炎を噴いているのは、阿久とはまるで正反対、見当違いの方向である。そこに久遠がいるわけでも、コーネリアが居るわけでもない。けれど、だからといって、一体どこに向けて炎を噴き出しているのだ、とも思わない。

 阿久は既に、アルラに命じて第九の力を行使し、己の姿をした幻覚をあの位置に投影している。アルカードはそれに気付かぬまま、そこに炎を向けたというわけだ。数秒間炎を吐いたところで、ようやくおかしいと悟ったのだろう。

 周囲を見渡すアルカードの眼前に、炎の中をかいくぐり、銀の髪を揺らしながら、翡翠の軌跡を残して白銀の杭打ち機をかざした、久遠が現れる。


「“執行(エイメン)”ッ!」


 彼女の《公正判決(ミカエル)》より飛び出した白杭。しかし、串刺し公をも串刺しにした聖なる杭を素手で掴んだアルカードは、その瞳で久遠を見る。彼の持つ瞳のあまりの異常さに気付き、久遠は目を逸らそうとするも、遅すぎる。あれは、魔眼。それも、第二真祖に近い類のものだ。

 その眼を見たものを、石にする――。


“阿久、あの眼を見せては駄目!”


 アルラの言葉を聞いて、阿久もアレが何なのか、理解する。

 このまま久遠を失えば、一人でアルカードと対峙することになる。それは避けたい状況である。一旦攻撃を取りやめることを決意し、阿久はすぐさま第九の幻覚を解く。

 代わりに背に生えた漆黒の右翼を巨大化させて、久遠とアルカードとの間に強引に差し込んだ。これならば、久遠がアルカードの目を見ることはない。それと同時に、漆黒の翼、羽の一つ一つを刃へと変身させ、アルカードの眼に目掛けて放つ。

 阿久の放った羽の刃から身を守ろうと、アルカードはすぐに《公正判決(ミカエル)》の白杭から手を離した。魔眼を解いて、両腕を交差させ、己の顔を守る。腹の立つことだが、肉体の方には刃となった羽が刺さっていながらも、顔を守る事は完全に成功していた。

 久遠を見ると、彼女は《公正判決(ミカエル)》から手を離されたことで空中に留まる術がなくなり、着地を成功させている。


「助かりました、阿久」


「礼はいい、俺の傍にいろ! 合図をしたら杭を打ち込め!」


「はい!」


 彼女の無事を確認したところで、阿久は意識をアルカードへ戻す。彼は未だ、空中で顔――特に眼を守ろうと両腕を交差させたままである。

 彼にこちらは見えていない。ならば、有効だ。

 アルカードが此方を見ていないことを確認した阿久は、再び第九の忌能を発動し、久遠の肉体を周囲に溶け込ませた。そのまま、アルカードへの追撃を行う。

 翼から放つ羽の刃は、変わらず彼の交差した腕に阻まれ、顔には当たらない。顔に当たらないのならば心臓をと、阿久は左腕を突き出した。剣へ変化させて、アルカードの心臓に向けて一気に伸ばす。

 感触は――あった。

 アルカードの胸に、僅かに刃が入り込む。だが、アルカードが即座に作り出した空間の湾曲によって、阿久の剣が捻じり切られてしまった。差し込まれはしたものの、その刃は、心臓には届かない。


「まだだァッ!」


 捻じり切られた剣先をすぐさま再生、執拗にアルカードの心臓部を狙う。しかしそれを左手で弾きつつ、アルカードは空間の歪みから、新たな武器を取り出した。

 大きな装飾も、これといって目立つものも特にない、金色の棒。あれが何かはよくわからないが、阿久の“心臓”は、触れてはならないモノではない、という。ならば、構わない。今は攻めるときである。

 繰り返し、細長い剣として左腕を振り回す阿久。アルカードが空間の歪みより取り出した金色の棒が、アルカードの腕の中で縦横無尽、伸縮自在に動き回り、その悉くを無効化した。

 幾度もの攻防。いくら己の腕であるとはいえ、鋭く伸ばしている上に、本来の形ではないモノを振るっているためだろうか、阿久には小回りがまるで効かなかった。けれどアルカードの持つ金色の棒は、彼にとって適度な大きさのようで、小回りを利かせつつ、涼しい顔で阿久の左腕を弾き続ける。

 攻守の利は阿久にあるはずなのに、どうにも流れはアルカードにあるように感じた。その焦りからか、最後に一度、半ば自棄になって大きく振りかぶった一撃を加えようとすると、アルカードはそれを華麗に受け流し、阿久が僅かにバランスを崩してしまう。

 その隙を、攻守逆転の絶好の機会を、アルカードは見逃さない。アルカードの持つ金色の棒が――本来攻撃距離にないはずのその棒が――()()()()()()()か《、》()()()()()()()()()()()()()()()()


「――ぐッ!」


 見かけとはかけ離れたあまりの威力に、そして想像もしない射程範囲から飛び出した予想外の攻撃に、阿久の意識が飛びかける。

 すんでのところで意識を保ち、後方へ下がりながらも、なんとか体制を立て直そうとはした。

 しかしその後も棒は伸び続け、阿久を狙って振り回される。このままではいけないと、第六真祖の高熱を行使。超高熱の発する左腕を当てて、金色の棒を蒸発させてへし折った。

 あの棒は、おそらく相当の重量なのだろう。だがそれにしては、あまりにも軽々と振り回されすぎている。一体あれは、なんなのか。

 阿久の疑問に、アルラは忌々しげに告げた。


“かの斉天大聖の金箍棒(きんこぼう)。伸縮自在とは知っていたけれど、その重量をも自在に変えられるのね……”


「むう――」


 へし折れた金色の棒を放り投げて小さく唸り、アルカードが阿久を睨み付けた瞬間にはもう、阿久は第二の力を行使して、その右眼を魔眼としていた。

 蛸のような目が、アルカードを石にしようとする。だが、これは先にアルカードが使用した戦法だ。引っかかるわけもなく、アルカードはすぐさま目を逸らした。

 しかし、それでいい。


「今だ打ち込めッ!」


 阿久の声に即座に反応した久遠が、《公正判決(ミカエル)》を構えて飛び出した。


「“執行(エイメン)”!」


 アルカードが目を逸らしたと同時、その死角――阿久の背後。阿久の幻覚で身を隠していた久遠の《公正判決(ミカエル)》が、アルカードの心臓を穿とうと、地上よりその杭を打ち出した。

 アルカードが久遠を見る間もなく、《公正判決(ミカエル)》見事に肉体に突き刺さる。しかし、心臓は僅かに外れたらしい。アルカードは口から血を零しつつ、二者を睨み付ける。そして、阿久と久遠に向けて空間の湾曲を行った。


「阿久、此処は一旦離れましょう」


「ああ、それがお互い身のためだろうよ」


 アイコンタクトを交わすと同時、アルカードの狙いから外れようと、二人はその場から左右二手に別れた。

 阿久は、変身させた肉体を元に戻しつつ、回避して。久遠は、一度《公正判決(ミカエル)》を消し、いつの間に手に入れていたのか、右腕に刻まれた聖痕で、空間の湾曲を破壊して。

 そうして、二者はアルカードの空間湾曲から効率よく逃れるため、それぞれ動き回りつつ退いていたのだが――。

 アルカードの放つ空間の歪みの数が減り、攻撃が終わろうとした頃に、不意に阿久の背後に何かが当たる。この広い鍾乳洞では、背に当たるものは無いはずなのに――と、振り向けば、そこには北条久遠の背があった。

 彼女もまた、阿久が己の背後にいることに驚いているようだった。アルカードの意図を悟った二人は、ほぼ同時にアルカードの方向を見る。

 先の空間湾曲は攻撃手段ではなく、敵を誘導するための牽制か――。


「茶番は、終わりだ」


 二人が同時にアルカードを目に入れる。アルカードの腕の傍には空間の捻じれが存在しており、そこからは、金色の光が漏れている。


“阿久! アレを抜かせては駄目!”


 アルラが冷静さを欠いて叫ぶも、阿久と久遠にはどうすることもできない。眼前には今だ、アルカードの出した空間湾曲がある。そちらに意識を向ければ、新たな神器を受けることになり、かといって、アルカードを攻撃しようとすれば、空間湾曲によって肉体を捻じり切られるだろう。


「どうしろってんだ!」


 阿久の叫びも空しく、アルカードのその手が、金色の輝きを放つ空間の捻じれに差し込まれ、その武器を取りだそうと――。

 その時、銀色の槍、もしくは杭のようなものが、遠方より突き出して、アルカードの腕を切断した。切断されたアルカードの腕は、金色の輝きと共に、空間の歪みの中に落とされた。


「貴様ァッ!」


 激昂したアルカードは、針のような銀の物質の先を見る。

 そこには、細く伸ばした大剣『ラ=ピュセル』をもとの大きさに戻しつつ、アルカードに向けて駆けるコーネリアの姿があった。

 どうやら、彼女は無事生きていたらしい。

 僅かに安堵を抱いた阿久だったが、阿久の“心臓”は今だ、緊張を保ったままだった。アルカードの方向を見れば、なるほど。腕を切断し、金色の何かを取り出すことを阻止したはいいものの、あの空間の歪みは今だに健在だ。そして金色の光も、まだ漏れている。

 抜かせてはならない武器が、まだそこに存在しているのだ。

 アルカードは、即座に切り落とされた右腕を再生しつつ、コーネリアに向けて空間湾曲を行うが、彼女の両手に刻まれた聖痕が、忌能の総てを無効化して掻き消していく。

 尽く空間湾曲を無効化し、アルカードに向けて駆けるコーネリア。彼女に攻撃が当たらない焦りからか、アルカードの顔が険しくなった。

 仕掛けるなら、今だ。アルカードの意識がコーネリアに向けられているその隙に、阿久がアルカードに飛びかかろうとする。が、それすらも想定済みだったのか、自分の足が動かないことに気が付いた。

 見れば、足が泥に埋まったかのように地面に沈んでおり、動けば動くほどに、その肉体が沈んでいく。阿久の動きを悟ったのだろうか、目端に阿久と久遠を写したアルカードは、忌々しげに口を開く。


「お前たちはそこで、静かに自分の番を待っていろ」


 それだけ言って、アルカードはコーネリアに対する攻撃の手を止めて、自分の右腕を完全に再生させる。

 その間、コーネリアは全力疾走でアルカードとの距離を詰めようと駆けたが、間に合わない。


「残念だったな、シャルロット」


 これまでの焦りなど、まるでなかったかのように、アルカードは不敵に笑う。そして抜かせてはならなかった神器――黄金の槍を、湾曲した空間より取り出した。

 黄金の槍。槍の穂先にはルーンの文字が刻まれて、その柄はトネリコで作られている。

 その槍が現れた瞬間に、空間の空気が変化した。

 輝く神気。総てを屈服させる威圧。大気そのものが、その槍に怯えて震えるような、尋常ならざる存在感。槍のあまりの質量故に、この場における総ての物質がハリボテに見えてしまうほどである。


“あれは、まさか――”


 総てを悟ったアルラが、驚愕に“心臓”を叩いた。

 あの槍は、必殺であり、更には必中の特性を持った投擲武器だ。決して的を射損なうことはなく、敵を貫いた後には自動的に持ち主の手に戻る。また、伝説の剣ですらも一撃で粉々にするほどの威力を持った、北欧神話において最強の一格を飾る、主神の魔槍。正真正銘、最強の神器が一つ――。


「あんなモンまで持ち出してくんのか! 冗談じゃねぇぞッ!」


 あれを放たれてしまっては、コーネリアにまず、勝機はない。それどころか、あれを放たれたその瞬間、コーネリアの『死』が確定する。


「――ッ!」


 あの槍がなんであるかを悟ったのかどうかまでは、わからない。けれども、あの槍が並ならぬものではないことは理解したのだろう。久遠は魔槍を止めようと、アルカードへ向かおうとする。だが、足が抜けない。阿久もまた、ここでコーネリアを失うのは拙いと判断し、アルカードへと駆けようとするも、どうにもならなかった。


「アルラ、どうにかならないのか!」


“これは人を水に引き込む、低級の化け物の力ね。それほど大したものではないけれど……これを抜けるには、同じ水に関する力がないと時間が取られるわ。けれど、水に関する力は、わたしたちには――”


「――ああ、知ってるよ無いんだろ! ……クソッ! まどろっこしい、待ってられるか!」


 阿久は右腕を細長いドリルのような形に変身させて、天井に突き刺した。


「久遠、掴まれ!」


 天井に突き刺した右腕の先端を、釘バットのようにいくつも棘を作って完全に固定し、残る左手を久遠に差し出した。一瞬躊躇った久遠も、その手を左手で強く握る。

 右手を懸垂の要領で持ち上げて、阿久は己の足を、久遠のものと共に、地面から無理やり引きはがした。右腕に並みならぬ負荷がかかったが、仕方ない。

 そのまま持ち上げ、地面から抜けようとようとするも、アルカードが槍を投擲する方がはるかに速い。どうするべきかと試行錯誤を繰り返す阿久とアルラ。彼らに代わって、苦渋の判断とばかりに背に腕を回した久遠は、二本の鉈のうち、一本を残った右手で投擲した。

 しかし、アルカードの前に現れた空間の歪みに、鉈は弾かれて宙を舞った。攻撃は、呆気なく失敗に終わる。このままでは終わらないと、もう一本を投擲しようとする久遠だったが。

 彼女の鉈が空を舞うその前に、アルカードが目標を定め、槍を投げる体制を整えてしまった。

 焦る阿久や久遠と比較して、アルカードへと向かうコーネリアは、異常なほど冷静だった。その瞳はアメジスト、総てを見透かすような、渦巻く銀河。《未来予知(ガブリエル)》で、視たはずだ。アルカードの引き抜いた槍が何なのか。知ったはずなのだ。アレが如何なる特性を帯び、如何ほどの破壊力を持ち、そして如何なる術でも防ぐことは出来ないものであると。

 ――その総てを、悟ったはずだ。それなのに。

 なのに、冷静さを欠くどころか、むしろ、より冷静にアルカードへ駆けるコーネリア。何故、彼女は冷静でいられるのか。その答えの代わり、彼女は、その小さな唇から、静かに言葉の羅列を紡ぎ始める。


「The toughness of the things was almost incredibele.Even the terrific pressure of the deepest sea bottoms appeared powerless to harm them.

 Reenact the scene of a “Golden Age".」


 その言葉の羅列を聞いて、阿久は、“心臓”が震えるのを感じた。

 身体が震えた。そして、天使の欠片の何たるかを、理解したような気がした。

 阿久は、理解をしていたようで、理解をしていなかったのだ。己の持つ天使の欠片、()()()()を。

 阿久の胸に宿る“心臓(アルラ)”。それも天使の欠片の一つであるというのなら、その力の大本となる神・天使、ないし悪魔が居たはずだ。その存在の何たるかを理解することができるのならば、ただ変身という忌能(ちから)を行使するだけでなく、()()()()の行使が可能になるのではないだろうか――。

 と、そこまで考えたところで、周囲の雰囲気が変わった。

 アルカードの周囲に、並みならぬ神気ともいえる気配が散漫し、この空間のありとあらゆるものの注意を引くほどの存在感を醸し出す。まだ、槍は放たれてはいない。それであるのに、この存在感。まるで地震の初期微動。これからとてつもない何かが起こるのだと、この場の誰もが畏怖したことだろう。

 もしか、あの槍を放つアルカードですらもが。神器の強大な力に畏怖するように、小さく震えて。

 金色の槍が、放たれた。

 空気を貫く。大気を破壊する。空間そのものを破壊する勢いで、音速・光速といった速度などはとうに超越し、この場の総てを粉砕するかと思われたその槍は――。


「――主の目覚め(demise)――」


 誰にも知覚できない、刹那の世界。北欧最強の槍が放たれた瞬間にも、コーネリアの言葉は続きを紡ぎ、ぐにゃりと、コーネリアの持つラ=ピュセルが捻じれ曲がった。

 初めは、アルカードの能力によって曲げられたのだと錯覚するが、どうも違う。アルカードの力によって捻じ曲げられるのなら、空間も歪むはずだ。捻じり切れるはずだ。しかしコーネリアの持つその剣は、ぐるぐると螺旋状に捻じれて、剣とも槍とも異なる、奇妙な武器になる。

 七色の宝石が輝く、捻じれた刃。何故だろう、そこからは『DNA』の配列を思わせるような何かがあった。

「――配列崩壊(Molecular)螺旋刃(Degrade)“D”」

 コーネリアの言葉が、彼女の心臓に宿る欠片に、最後のピースをはめ込んで――。


 アルカードの魔槍と、コーネリアの螺旋の刃が、此処に正面より衝突する。


 その一瞬。この世界には、神話の戦いが確かに具現化していた。

 これまでの戦いが、ただの遊びに見えるほどに、それは文字通り次元の異なる争いだった。

 けれどその決着は、想像以上に呆気のないものとなる。

 この場の誰しもが、コーネリアの敗北を確信していた。魔槍を放ったアルカードは、勝利を確信した笑みを浮かべ。コーネリアの助けに入ろうとした久遠は、間に合わないと知りながらも鉈に右手を伸ばし。そして中途半端に止まったままの阿久は、コーネリアの持つ『ラ=ピュセル』の異変に気付かないまま、その衝突に目を見開いて。

 この空間の中、コーネリアのみが、そのアメジストの瞳から、総てを()っていた。


「必殺、必中。抗うことができないように思われるその槍を止めるには、非常に単純かつ明確な答えが、一つ」


 魔槍と螺旋刃。二つの神話の兵器が衝突して巻き起こる轟音の中、不思議とコーネリアの声だけが、この場に響く。


「――必殺必中の一撃を受ける前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 コーネリアの腕の中。七色の宝石が輝く、螺旋に捻じ曲がった刃。それが、アルカードの放った魔槍を破壊した。――否、破壊などという生温いものではなく、()()させた。

 どのようにあの槍が掻き消されたのか、それは阿久にはわからない。けれど、まるで蒸発するように、螺旋の刃に吸い込まれるように。たちまちのうちに、確かに()()したのだ。

 あまりの存在密度を持った、アルカードの放つ魔槍。それが消滅したことにより、二つの神話の兵器の穂先から、途方もない衝撃波が発生する。あまりの衝撃は二、その場にいた者たちは、例外なく、全員が吹き飛んだ。


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