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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
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炎を穿つ杭

 炎が、走る。

 それはさながら、蛇のように。それはさながら、龍のように。

 第五真祖の両手より放たれる赤い炎が、大城玄道の周囲を取り囲み、熱気を発する。あまりの熱さに、額から滝のように流れる汗ですらもが、焼けるように熱い。

 炎の顔。吸血鬼の弱点の一つ、炎を己の忌能とし、炎、熱、光に対して強い耐性を持つ第五真祖の異名は、伊達ではない。

 ――やはり、と玄道は思う。

 やはり、北条久遠をこの場に残さなくてよかった。確かに自分と共にいれば安全に想えるかもしれないが、彼女も半分は吸血鬼だ。人と比べると熱、炎、光には弱いし、なによりもこの敵には、物理攻撃が一切通用しない。となると、北条久遠はこの敵に対しては何一つ効果的な手段がない。

 しかし、自分も一体、どうしたものか。

 第五真祖には物理攻撃が通用しないとは聞いていたが、まさかそれが全身において言えることだとは思いもしなかった。こんな敵を相手に、先の戦いで、第一席コーネリア・ルートレッジは圧倒的な力を見せつけたと聞くが、なにかの冗談だと思いたい。

 玄道の視線が、空を舞うアフムから手元に落ちる。

 その手には、玄道の《聖具》である杭打ち機『神薙(かんなぎ)』。けれどアフムの炎に焼かれてしまい、先端が溶けて丸まってしまっている。これでは杭打ち機の役割は果たせず、ただの打撃・殴殺武器としてしか使えない。

 舌を打った玄道は、これまで世話になったと感謝して、『神薙』をアフムに向かって放り投げた。するとアフムは、炎に包まれた右手を前に突き出して、触れる。それだけで、玄道の愛用していた『神薙』は、どろりと溶けた。

 未だ玄道が人の形を保っているところをみると、相当に手加減されているらしい。仮にも第八真祖を破った十三席、もう少し警戒してもいいだろうと思うが、反面、彼の加減が有り難いと思う。


「あなたの頼りにする武器もなくなった。これ以上、あなたに勝機はない。此処で退いては如何(いかが)か」


 宙から地に降りて、アフムが言った。

 この広いドーム状の場所では、高さがある。ただの人間である玄道には、高い場所から炎をぶつけられるというのは、地上で敵の攻撃を耐えるしかない空襲のようだった。

 けれど、玄道の瞳から闘志は消えない。


「俺の腕には、まだ。コイツが、あるんでね」


 ゆらりと揺らしたその腕に。轟音と共に、空間の歪から巨大な杭打ち機が舞い降りた。

 それは玄道の二倍近くもある巨大な武器――《公正判決(ミカエル)》である。

 呆れるように目を細めたアフムは、その手に暴を炎を吹き出し、玄道に向けて放った。仮にあの杭打ち機がこの炎を防いだとして、しかしその熱が玄道を燃やすだろう。けれど玄道は、アフムの思わぬ行動をとる。

 公正判決(ミカエル)を、床を抉るほどに打ち付けて、跳躍したのだ。

 これによって大城玄道の肉体は大きく宙を舞い、炎を飛び越えて、側面の壁へ向かう。その先に再び、アフムの炎が襲った。玄道は公正判決(ミカエル)を壁に打ち付けて、別方向へ跳ぶ。そこに、炎。次いで、跳躍。幾度か壁を抉って跳躍し、玄道は少しずつアフムへ向かう。やがてその杭打ち機が、およそ十数メートルの距離を空けた直線上、アフムの胸部にかざされた。

 アフムに物理攻撃は有効ではない。けれど、けれど――。


「コイツ喰らって、まだ無事で居られんのかァッ!?」


 ゴウン、と周囲の空気を切り裂く音を立て、公正判決(ミカエル)より数十メートルもの長さの大杭が射出された。ウォルターの時とは異なり、ゼロ距離ではない。多少威命中精度は落ちるだろうが、それでも効果はあるだろう。

 かくして、玄道の打ち出した鋼の杭は、数十メートルもの距離を伸び、アフムの胸部に突き刺さった。見るからに、杭打ち機から射出される杭は数メートルが限度であろうに、それを一〇倍近くも超えて、白銀の杭が飛び出した。

 物理攻撃は有効でないハズなのに。この杭だけは、炎と化しているハズのアフムの胸に、深々と突き刺さった。多量の血液を炎の内から零して、アフムは呻く。

 これが、大城玄道の切り札だ。聖痕、そして公正判決(ミカエル)は真祖の忌能を無効化する。串刺し公を串刺しにした神器、対吸血鬼において最高の力を発揮する、教会最強のシステム。それは、たとえ炎であっても、吸血鬼であるなら総てを射抜く。でありながら、その射程距離すらもが、未知数。

 アフムの胸を貫いた公正判決(ミカエル)の杭を再び公正判決(ミカエル)に収納し、玄道は着地する。アフムの炎を避けるため、五、六メートルの跳躍を行い、そしてこの重量武器を片手に着地するのだ。その衝撃は並みのものではなく、脚の骨から「みしみし」という嫌な音がした。けれど、運がよかったことに、その程度で済んだらしい。

 玄道がアフムを見ると、アフムの心臓は貫くことができなかったようで、胸から零れる血液を右手で押さえつつ、わなわなと震えていた。


「退けと、言ったのに。見逃すと言ったのに。何故だ、何故わからんのだ、お前たち《教会》の痴愚どもは。人は醜いだろう、救う価値など無いだろう。真に人を救えるのは、我らが始祖だけだ。お前たちはッ! この世界に、邪悪をもたらしたいのかッ!」


 これまで冷静でいたアフムの顔が、豹変した。それは己を傷つけられたことよりも、むしろ、公正判決(ミカエル)の使用に対してのもののように思う。

 公正判決(ミカエル)の杭をその身に受け、この杭打ち機が如何なるものであるのか、それを知ったのだろうか。


「邪悪なのはお前らだろうが。無意味に人の命を奪いやがって」


 吐き捨てるように、玄道は言う。

 暴と炎を燃やし、アフムは咆哮する。彼の全身の炎が赤から青へと変化して、これまで存在していた熱気が、残らず消えた。何が起きたのかと玄道が周囲を見渡すと、大きな風がアフムの方向より吹き荒れた。どうやら、彼を中心として並みならぬ冷気が発せられているらしい。


「人は、醜い。人は、罪深い。故に、誰かが粛清せねばならない。この世界を浄化せねばならない。それを行えるのは、神だけだ。そして神は、我らが始祖を除いて他にはいない。彼こそが! この世界を救うもの、救世の王! それがッ、何故わからんのだァッ!?」


 おそらく初めて、アフムが敵意をむき出した相手。しかしその相手は物怖じすることもなく、ただフンと鼻を鳴らして笑うばかりである。


「生憎だが、俺の生まれは日本、八百万(やおよろず)の多神教。一神教(いっしんきょう)は知らずに育ってね」


 話を聞く限り、アフムはどうやら終末思想を持った吸血鬼らしい。

 一神教はもちろん、大城玄道には、邪神教など到底理解できないが。

 かちゃりと音を立て、玄道は公正判決(ミカエル)を構える。

 対するアフムも、急速冷凍によって血液が凝固し傷が塞がったのか、青く燃える姿のまま、両手を青く燃やして、玄道に向けて駆けまいと構えを取る。


「なぁ、第五真祖。この世は結局、結果が総てだ。お前の論が正しいのなら、俺はきっと敗北する。そして俺の論が正しいのなら、お前は敗北するだろう。そういうことで、一つどうだ」


「賭けをする、ということか」


 ニヤリと笑って、玄道はそれを肯定して。

 良かろう。アフムは目を細めて玄道を睨み。

 白銀と濃藍が、衝突した。


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