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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
73/100

断片解放

 互いに駆けた二者は、その中間地点で激突する。

 金色の髪を揺らして、アメジストの瞳、七つの宝石が柄に埋め込まれた大剣を振るう少女と。

 黒衣を纏い、漆黒の瞳、暴虐が具現化したような爪を振るう男。

 少女の剣を男の右爪が受け止めて、男の左手首を少女の右手が掴む。

 少女の表情には、必死さのみが見える。ただ、眼前の相手を倒す。それだけを考えて動いている。けれど男は違う。どこか涼しげな顔をして、敵を敵とも思っていないような顔で、少女の力を試すように戦っている。

 単純な力比べ。だが、少女に勝ち目がないことは、誰の目からも明らかだ。


「どうした、シャルロット。それまでかな?」


 笑う黒衣の男。


「――ッ」


 眉間に皺を寄せて歯を食いしばり、少女が一度力で押し込んだ。けれど、やはり力の面では男の方が優れている。男も少女の押し込む力に対抗しようと、力で押す。そこを、力の土俵で戦わず、少女が敢えて引くことで、男のバランスを見事に崩した。その刹那、少女の大剣が少女の掌から甲を回り、再び少女の手の内に戻る頃には、男の両の手首から先を切断していた。

 むぅ、と唸る男の腹部を蹴りつけて、少女――コーネリア・ルートレッジは太もものスリットから取り出した拳銃を発砲する。

 一、二、三、四、五、六。その総ては寸分の狂いもなく、男――真祖・アルカードの心臓に吸い込まれるように飛んでいったが、始めの一発が、その胸に食い付く前に空中で停止した。それに続くように、残りの弾も空中で静止し、ぐにゃりと捻じれて地に落ちた。

 コーネリアに蹴り飛ばされた勢いを、大地を擦る脚で止めて、しゃがみこんだアルカードは、ゆらりと立ち上がる。


「ちんけな道具に頼るようでは、おれに銀は届かんよ」


 コーネリアが発砲した弾丸から飛び出したのは、銀。吸血鬼の弱点の一つであり、これが吸血鬼の体内に入り込むと、個体差はあるものの、日本における重度の水俣病と同等の苦しみを味わうという。けれど、どれほど強力な攻撃も、どれほど悪質な呪いも、当たらなければ意味がない。届かなければ、効果はない。


「やはり、これが通用するのは第二世代以降のみですか」


 弾丸を使い切った拳銃を放り投げて、コーネリアは七つの宝石が埋め込まれた大剣『ラ=ピュセル』を、切っ先はアルカードの喉元に、両足を大きく広げ、己の身体と平行に構えた。この構えは、刺突の構え。

 次の瞬間には、即座に床を踏み抜く勢いで、コーネリアは突貫する。

 即座に再生を開始して、両手首から先を戻したアルカードは、己の心臓を狙って放たれた刺突を左腕で逸らし、コーネリアの胸部に右掌底を叩き込む。苦悶の声を上げたコーネリアだったが、そこで引くことなく『ラ=ピュセル』の柄でアルカードこめかみを強打する。しかし僅かに血が飛ぶ程度で、アルカードの表情には嘲りが浮かぶだけ。

 これは距離を取らなければならないと思ったコーネリアだったが、アルカードの左腕がコーネリアの首根を掴む。しまったと思ったときには、もう遅い。アルカードの右拳が、コーネリアの顔面に叩き込まれた。

 頭蓋が、軋む。額を強く殴られて、脳が揺さぶられ、眩暈がした。

 この場を即座に離れなければならないが、身体が動かない。自分が離れるのではなく、敵を離さなければならない。ならば。

 咄嗟に判断したコーネリアは、忌能を発動。戦いによって出来た小さな斬り傷から『ラ=ピュセル』に己の血を触れさせて。そして、『ラ=ピュセル』からハリネズミの如く、無数の針を突き出した。針のいくつかはコーネリアの肉体に刺さったが、それでも数十がアルカードの肉体に突き刺さる。


「――」


 己の身体に銀が入り込む、激痛。

 コーネリアの持つ大剣『ラ=ピュセル』、これはただの大剣ではない。魔除けの(しゅ)を乗せた七つの宝石――ダイヤモンド、パール、エメラルド、ルビー、トパーズ、ラピスラズリ、そしてアメジストを埋め込み、のみならず、やはり魔除けの咒を乗せた水銀がその内に流され、表面を鋼鉄で固めたものである。

 第一真祖コーネリア・ルートレッジの忌能は、『己の血液が触れた金属類の形状変化』である。車だろうが何だろうが、そこに金属があるならば、それを自由に動かせる。また、その質量ですらもを自由に操る、人知の及ばぬ魔法の力。

 それ故に、コーネリアはこの『ラ=ピュセル』を如何なる状態にも変化させることが可能である。例え、剣の内部に流れる水銀の血液を増幅し、硬質化させることであっても。

 そしてコーネリアが『ラ=ピュセル』より放った無数の針は、水銀――すなわち銀の一種を硬質化させたものである。その硬質化させた水銀を、先ほど元の水銀へと戻し、アルカードの体内に流し込んだ。これによって吸血鬼が伴う激痛は、想像に難くないだろう。

 僅かに呻いたアルカードは、コーネリアの胸倉を掴んで投げ飛ばす。

 空中に放り投げられたコーネリアは、身体に突き刺さった水銀の針を忌能によってもとに戻し、体外へ排出、『ラ=ピュセル』の内へと戻す。これから敵がどう動くかと、アルカードの視線を向けると、コーネリアの周囲には、ありとあらゆる急所、そして関節付近に無数の空間の歪みが現れた。

 どうやら、アルカードは此処で決めにかかるらしい。これまでは遊びを含んだ戦い方であったのに、突如焦るように詰めてきたところを見ると、先の水銀はよほど効いたようだった。

 コーネリアはすぐさま『ラ=ピュセル』から手を離し、その両手の《聖痕(スティグマータ)》を起動する。両の手の甲に描かれた六芒星が、真紅に輝いた。

 宙を舞ったまま、身体の捻りだけで高速回転し、それに伴って、コーネリアは両腕を振り回す。聖痕の埋め込まれた両手。その掌が空間の歪みを喰らうが如くに消滅させて、無数の軌跡が描かれた。

 空間の歪を一つ残らず、《聖痕》の特性によって忌能を無効化し、掻き消し、そして、コーネリアは後方へ滑りつつ着地する。


「――聖痕か。忌々しいな、その力は」


 本当に忌々しげに、肉体に入り込んだ水銀による痛みのためか、苦悶の表情でアルカードが呟いた。


「もともとこの聖痕は、あなたの忌能に対抗するために創られた力です。あなたが忌々しく思うのは、当然かと」


 おおよそ80年前、シャルロット・マーレイ=コーネリア・ルートレッジは、初代白円卓と共に、真祖・アルカードに戦いを挑んだ。当時のアルカードは完全に理性が吹き飛び、ある種の破壊神と化していた。人類を守るために、もしくは生体バランスの崩壊を未然に防ぐために、緊急でアルカードを封じる必要があったのだ。

 その際には、当初から吸血を好まず、悪意ある吸血鬼と対立して行動する第二真祖トーア・エンフィールド、彼女に憧れを抱き、付き従う第四真祖エリザベス・バートリが協力した。そしてアルカードが己の美徳に反するという理由で第六真祖アルバート・クルックスが、並みならぬ破壊神ぶりに、己の存在をも脅かされると考えた第九真祖ヴィーデ・チェイスまでもが、アルカードの封印に協力した。

 けれど、いつの時代でもこれほどの真祖の協力が得られるとは限らない。そこでシャルロット・マーレイは、コーネリア・ルートレッジとしての生を受け入れた。アルカードを封印するために創りだした組織《教会》のみで真祖らと渡り合うだけの力が必要であると判断し、そうして完成したのが、《聖痕》。

 これは長年の彼女の悲願であり、一つの到達点。圧倒的力を持つアルカードの《忌能》に対抗するための極秘機構である。それがたまたま《外なる神》の力を限定展開することが可能になった、というだけで、そもそもの目的が、忌能を無効化することであったのだ。

 故に、この《聖痕》という機構は、対吸血鬼用のシステムというよりは、対アルカード向けのシステムであるといえる。

 けれど、この《聖痕》は、コーネリアにもう一つの力を与えることとなった。

 聖痕は、堕天使の細胞を人体に特殊な法で移植することで完成したシステムである。その力は忌能を無効化するだけにとどまらず、副作用として外なる神の異能を使用することが可能であった。その時に示唆されたのが、《天使の欠片》の新たな可能性である。

 天使の欠片もまた、聖痕同様、元は堕天使の細胞だ。それを心臓に埋め込まれた者は、吸血鬼に変わってしまうという特性がある。のみならず、その副作用として忌能の使用が可能となっている。

 

 ――だが、本当にそれだけなのか?


 コーネリア・ルートレッジは、考えた。

 聖痕から呼び出される外なる神の特殊な力は、一時的なものとはいえ、吸血鬼の忌能(それ)を大きく上回る。……であるなら。


 ――もし。天使の欠片が、聖痕同様に外なる神の力を発揮させることができるのなら。

 ――吸血鬼は、忌能を越えた異能の力を、発揮できるのでは――?


 そして、コーネリアは理解した。

 己に眠る外なる神の特性。そして、その真なる力。

 やがて身に付けたものは、コーネリア・ルートレッジの、勝ちへの王手。最恐の切り札であり、総てを破壊する螺旋の刃。真祖の持つ忌能、その究極の力を、畏怖すべき力すらも超越する異能という意味を込め、コーネリアは名付けた。


 ――断片解放(ディスペル・カース)と。


 身体を起こしたコーネリアは、数歩先に落下した『ラ=ピュセル』を手にって、静かに告げる。


「忌々しいついでに、ここらでくたばってもらいます、アルカード。これより見せるのは、わたしの奥の手。真祖の新たな力。――堕天使、その断片の解放です」


 なにを、言っている?

 首を傾げるアルカードに何も答えることはなく。コーネリアは、己の“欠片(しんぞう)”、その根幹に刻まれた言の葉を静かに紡ぎ。


 ――Molecular Degrade“D”とだけ、静かに告げた。


 コーネリアの大剣『ラ=ピュセル』がぐるぐると捻じれ、回転し、槍のような形へと変化する。見ればそれは、さながら、DNAの螺旋を描くかのような美しさであった。


「――なんだ、それは」


 螺旋の刃をその手に持ち。


「それは何だと聞いているッ!」


 驚愕に、畏怖に,目を見開くアルカードへと、真っ直ぐにコーネリアは駆ける。


「――《咎人断罪(ウリエル)》ッ!!」


 咄嗟に、アルカードは右手を突き出して、魔法陣を召喚。巨大な大砲から炎を噴き出した。それは白円卓第三席、エリアス・リッケンバッカーの所有する《聖痕》、その力の一端である。エリアスの聖痕を喰らい、己の肉体に取り込んだ以上、アルカードはそれの行使が可能であった。

 それは、神の炎。それは、神の光。太陽の威光を借りた、魔を焼く焔の剣を執り、地獄の罪人たちに裁きを与るもの。

 ああ確かに、吸血鬼であるコーネリアにとって熱は脅威であるし、『咎人を断罪する』という概念を含めたその炎の前では、いくらコーネリアとて無力に等しい。

 ――だが。

 コーネリア・ルートレッジは、その炎を()っている。

 ただ知識として知っているだけではなく、コーネリアは咎人断罪の概念そのものを知っている。なにで構成されているものか、何をするものなのか、そして如何なる特性を秘めたものであるのか。その総てを、識っている。それは彼女の眼や学術・実験的な経験や知識だけが判断するものではなく、彼女の《聖痕(ガブリエル)》が、人の認知することのできない領域の、ありとあらゆる知識をもたらすためである。

 彼女の、真祖としての力。概念を知る総てのものを破壊する断片解放(ディスペル・カース)

 彼女の、聖痕所有者としての力。総ての知識を得る未来予知(ガブリエル)

 概念を知れば破壊をもたらす破滅の槍と、概念を識らせる魔法の力。


「その概念を()っているのなら、神であろうと破壊する」


 咎人断罪(ウリエル)の概念そのものを破壊し、存在そのものを掻き消して。コーネリアの持つ螺旋の槍は、その先、真祖・アルカードの心臓を、破壊する。


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