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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
72/100

道化の目論見


「あと、どれくらいだ」


 阿久の問いに、「もう少し」とアルラが応える。

 そうか、とだけ言って、阿久は先へ進む。

 眉を僅かにしかめ、何かを考え込むような、それとも、何かを必死に聞き取ろうとしているかのような表情で、アルラは俯きながら阿久の後ろをついていく。

 ある程度歩いたところで、ぴたりと、アルラが足を止めた。それに気付いた阿久もまた、振り向いて、アルラの足元に目を寄せる。


「――この下ね。多分、この真下」

 

 久世原阿久は、久遠らとは異なるルートで堕天使にたどり着こうとしていた。彼らは堕天使への道順をコーネリアから聞いて知っているし、阿久も一応聞いてはいたが、阿久は教会の地図など頭にない。道を聞いたところで、地図が無ければ意味がない。だがだからと言って、久遠らと行動を共にしていては、いざという時に堕天使を喰らうのは難しくなるだろう。であれば、別の手段で行くしかない。

 それは何か、と考えた時に、彼女らにはなくて自分に在るものは何か、と考えた。そして思い当たったのが、“心臓”。彼女らにはない“心臓(アルラ)”が、阿久の胸にはある。

 もともと彼の“心臓”は、天使の欠片の中でも特別な存在。単体で活動できるうえに、もとは堕天使の心臓であったものだ。人ではない彼女は、人とは異なる力を身に付ける。

 それは、彼女が吸血鬼喰いの半身として生み出された際に、堕天使から与えられた、忌能とは異なる異能。もはや基礎能力ともいえる、もう一つのスキル――吸血鬼の探知――すなわち、天使の欠片の探知能力である。

 故に彼女は、天使の欠片の大本である堕天使そのものを探知することが可能になる。そして堕天使を感知してしまえば、あとは楽だ。忌能で変身し、壁を破って目的の場所へ、一直線に進んでいけばいいのだから。


 けれど、阿久は動かない。そんな阿久の様子を疑問に思うこともなく、アルラも動かない。


「なぁ、アルラ」


「なにかしら」


「どうする」


 そう言って、阿久は天井を見上げた。

 そこには、何もない。何もないけれど、確かに何かが、そこに居る。


「こうするしか、ないでしょう」


 アルラの肉体が、阿久の内に溶け。

 ドクンと、心臓が跳ねた。

 瞳は、真紅に。

 爪牙は、鋭く。

 阿久の肉体に、明確な鼓動が生まれる。感情が生まれる。全身に血液を巡らせ、冷えた心を熱くする。これが、“心臓”。これが、生の“鼓動”。ああ、生きている。自分は今、此処にいる。確かに此処に、存在している。

 ――自分の目的を、成すために。

 吸血鬼喰いとなった阿久の内で、アルラが言った。


“では、始めましょう”――と。


 ああ、それなら始めよう。


「姿を現せよマヌケ。(おれ)に見つかったんだ、かくれんぼは終わりだぜ」


 その殺意が、何もないはずの天井に向けられたとき。

 ふひひひ、と、空間に嫌悪を催す笑いが漏れた。阿久が見つめた白い天井、そこから蜘蛛のように天井に張り付いたピエロの格好をした男が、何もないところから突然現れて、ぴょんと、やはり蜘蛛のように飛んで、蜘蛛のように白い廊下に着地した。

 初めこそ床に張り付くように着地したピエロだったが、すくりと立ち上がり、ふひひと笑う。

 左眼の所に星の模様、白い化粧、大きな赤鼻のピエロであった。


「なんだいなんだい、キミたちが堕天使への道を開いてくれると思ったのになぁ。すぐにボクに気付いて辞めちゃうんだもん、参ったよ」


 阿久の発する殺気にも怯える様子はなく、おどけるようにふひひと笑ったピエロは、じろりと阿久を見た。


「けど、キミたちはもう用済みだね。――いるんだろう、この下に」


 この下に、堕天使がいるんだろう。

 暗に問うたピエロに、「さあね」とだけ返した阿久は、その右手を剣にして、ピエロの心臓を貫かんと、一気に伸ばす。それを「おっと」と脇に避けて回避して、ピエロはふひひと笑った。


「そんなに焦らないでよ。自己紹介ぐらいはさせてほしいな」


「俺は久世原阿久。《吸血鬼喰い(クルースニク)》だ」


 言いながらピエロへと駆けた阿久は、彼に向けて元に戻した拳を振う。それを動物のような動きで華麗に回避したピエロは、最後に大きく飛び退いて、蜘蛛のように天井にへばりつき、やはり「ふひひ」と笑う。


「名乗ってくれて、うれしいよ。ボクはクラウン・ゲイシー。第九真祖だ」


 ぺろりと唇を舐め、その瞳が、阿久を見た。

 阿久は、吸血鬼を喰らうものだ。吸血鬼の多くは阿久を恐れる。それは、喰われるものと喰らうものの関係であるからだ。けれど彼が阿久を見る視線は、どこか違うように思う。何が違うと問われて具体的に答えられるモノでもないが、しかし決定的に違うものがあった。そう、それは。さながら、第六真祖であるアルバート・クルックスをなんとなしに彷彿とさせるような――。

 そこまで考えて、気付く。あれは、捕食者の目だ。喰らうものの、目だ。


 ――吸血鬼を喰った人間? ああ、それもいるさ。先も述べた、第九の事だがね。そして彼の目的もまた、神になることなのだろう。


 アルバートの言葉を思い出して、阿久は確信する。


「……そういえば、俺とは別に吸血鬼を喰った人間がいるとか、アルバートのヤツが抜かしていたな」


 そしてその人間は、吸血鬼を喰らって、真祖となったと。

 その言葉を聞いて、クラウンはうんうんと、嬉しそうに首を上下に笑顔で振った。


「そうそう、それこそがボク。元人間。元第九真祖血族。そして現第九真祖クラウンだ。エリザべス様曰く、人間(ぶた)の成り上がりさ」


 第九真祖ヴィーデの心臓に宿った天使の欠片。それを意図せぬところで喰らって己の力とし、新たに第九真祖となったクラウン。しかし、阿久にはわからない。

 阿久たち吸血鬼喰いは生きるために吸血鬼を食らうが、クラウンは違った。人の血液だけで十分生きていけるはずだ。なのにどうして、彼は己の主である第九真祖を食ったのか。

 そして何故、この場で阿久たちに襲い掛かるのか。

 ふひひと笑った彼は、嘲る視線のままに阿久を見て、再び丸めた両手に瞳を隠す。


「あんまり睨まないでおくれよ。ぼくはその眼が苦手なんだ……」


 ――ああ、本当に。

 恍惚と瞳を輝かせ、背筋から這い上がる言いようもない快楽を堪えるように、小さく震えて。


「その眼は、ボクのパパを思い出す!」


 天井に張り付いたまま両足をバネのように縮め、解き放つ。跳躍するように落下し、阿久へ向かったクラウンの右手の爪は、刃物のように鋭く尖り、その喉を掻き切らんと迫る。細く伸ばした右手で、阿久はクラウンよりも先に彼の腹部を叩く。クラウンの肉体が後方へ吹き飛ぶ前に、その脇腹を、ワニのような口に変身させた左腕で喰らった。


「――んッ!」


 クラウンの脇腹は若干ながら削れるも、大した傷にはなりえない。その傷は、他の真祖と比べると速度は落ちるものの、すぐさま治る。左手で削げた右脇腹の修復を確認しつつ、壁に張り付いたクラウンは、へらへらと唇を歪めた。


「痛い痛い。突然噛むなんて、とんだ狂犬だ。けれど、おかげで確信したよ。キミの力は素晴らしい。堕天使を手に入れるには、完全なるアルカードの力か、もしくはキミの力が必要なんだ」


 クラウンに、アルカードの力を手に入れるだけの力はない。それならば、消去法だ。残った選択肢は、眼前の吸血鬼喰いを喰らい、その忌能を手に入れ、そして堕天使を喰らうこと。実に、簡単な問題だった。


「食べられてくれ、阿久。ボクにはキミの力が必要だ」


 瞳を真紅に輝かせ、阿久に向けて疾走するクラウンを鼻で笑って。


「冗談。吸血鬼喰いが、吸血鬼に喰われてたまるかよ」


 右腕を虎のような獣の腕に変化させ、阿久は駆けた。


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