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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
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堕天使奪還


 コーネリアらと共に病院を出た阿久は、彼女に大まかな作戦を伝えられる。とにかく、最優先すべきは堕天使の奪還――すなわち、真祖・アルカードの殲滅である。総てを喰らう忌能――《天使の姫君》を持たないアルカードは、堕天使の吸収に時間がかかる。しかしこれも時間をかけさえすれば、どうにでもなる事らしい。

 だからこそ、襲撃は早いうちに限る。

 そしてアルカードの弱点は、やはり吸血鬼らしく日の光。敢えて日の光を避け、敵が有利な時間に奇襲をかけることにより、敵の動揺を誘い、一気に落とす作戦らしい。

 作戦というのも、これまで。

 そもそも、敵勢力がどれほどのものかが分からないために、どのような戦いになるか、想像がつかないということもあるだろう。あとは臨機応変、それぞれの目的のために勝手にやってくれというものだ。

 こんな穴だらけの作戦で本当にどうにかなるのか怪しいところだが、敵の勢力がどのようなものかがわからない以上、下手な作戦を立てた場合、逆にこちらが動揺して奇襲としての意味を為し得ない場合がある。また敵の勢力を探っている時間も余裕も、此方にはない。となれば、一か八かの賭けをするしかないわけだ。

 本当に無謀な作戦だと、阿久は思う。

 けれど、嫌いじゃない。なにより、先に阿久が堕天使を見つければ、堕天使を喰らうことが可能であるかもしれないのだ。コーネリアにとってどうかは知らないが、阿久にとって有利な状況であるに違いはない。


      ☆


「では、行きますよ」


 コーネリアを先頭に、阿久、アルラ、久遠、玄道の四人は夕暮れの内に森を抜け、そして教会の前に立つ。

 目には何も見えないが、触れた先には確かに、コンクリートの壁があった。

 ここから、何が飛び出すかわからない。皆の覚悟を視線で確認したコーネリアは、大剣『ラ=ピュセル』を手に握り、それを、一振り。

 結界ごと壁が破壊され、見知った教会の廊下が覗いた。この廊下は戦闘が行われていなかったようで、未だ白いままだった。


「ここからは、各自の行動で行きましょう。皆さんは、どうしますか」


 教会の中へ入って、コーネリアが言った。


「俺は好きにやらせてもらう。敵に遭遇したら、そん時はそん時だ。お互い運が悪かったと諦めようぜ」


 そう言って、阿久がアルラを連れてこの場を去ろうとすると、久遠がその肩を引き留めた。


「……なんだよ」


 阿久の睨みにも、久遠は目を背けずに、どうしてですか、と問う。


「どうしてあなたは、そんなにも、一人でいようとするのですか。皆で戦えば、危険も少ないでしょうし、堕天使の奪還だって……」


 肩に置かれた久遠の手を振り払い、阿久は歩き出した。


「俺には、何もない」


 阿久の心に在るのは、アルラと共に生きるという思いだけ。この世界には、なにもない。守るものも、助けたいと思うものも。戦う理由ですら、アルラに危険があるから戦うだけで、アルラさえ無事ならば、世界に何が起ころうとも無関心を貫くだろう。

 他の誰でもない、自分のために。アルラのために。この“心臓”と、生きるために。


「人の心は、とうの昔に腐って消えた」


 すべてはきっと、あの日から。あの日から、阿久の生き方は決まっていたから。


「けれど、あなたは……」


 再度阿久の肩を掴んで、未だ阿久を止めようとする久遠。けれどその肩を、今度は玄道が止めた。

 首を横に振り、それ以上は無駄だと暗に伝える。

 そのうまを理解した久遠は、何かを言いかけた口を閉じて、「すみません」と阿久の肩から手を離す。


「じゃあな。もう二度と、会うことはないかもしれないが」


 歩き出す阿久。彼の少し後ろを歩くアルラが一度だけ振り返り、小さく会釈をした。それきり、二人は振り返らなかった。振り返らないまま、白い廊下に消えた。

 その姿を見送って、コーネリアが再度口を開く。


「それで、あなた方は――」


 どうするのですか。再度問おうとしたところで、かつりと音を立て、阿久の去った方向とは逆、静かな廊下から現れる男の姿があった。


「今日中にお前たちが来るとは思っていたが、もしや夜に訪れるとは。いや、待ちくたびれたぞ」


 倒すべき敵。畏怖の対象。仲間の仇。

 三人がそれぞれの表情で男を見ると、コーネリアが一歩、先に出た。


「まさか、こんなにも早くお迎えが来るとは、思ってもみませんでしたけどね」


「なに、根引きを行うのは、早めに限るからな」


 男――真祖・アルカードが告げると同時、コーネリア周辺の空間が湾曲する。


「いや、それとも。神の降臨をその目で見に来たのか。であるなら、観客席にぐらいはおいてやろう。手足をもぎ取ってからな」


「まさか。あなたの三流舞台にはもう、飽き飽きだ。そこを開けろ、ノーマン・マーレイ。あなたの罪、消せない過去は、今、此処でわたしが清算する」


「シャルロット、いつから親にそのような口を聞くようになったのか。今一度、此処で躾けねばならぬようだな」


 空間が、捻じれる。コーネリアの周囲の空間が、湾曲する。

 ずるりと、切り絵を動かすかのように。まるでその空間が捻じれることが当たり前であることのように、ノーマン――真祖・アルカードの手に沿って、空間が回転する。

 コーネリアの肉体に湾曲の影響が及ぶ前に、コーネリアは駆け、アルカードの胸にラ=ピュセルを突き立てた。

 ごふりと口から血を零したアルカードを、突き立てたままのラ=ピュセルを振るい、壁に向けて振り回すと、その肉体は壁を貫いて、隣の部屋へ放り込まれた。


「今です、あなたたちは堕天使の下に急ぎなさい!」


 久遠と玄道にそれだけ告げて、コーネリアはアルカードを放り込んだ壁へと走って行った。

 戸惑う久遠に、「行くぞ、久遠」とだけ声をかけて、玄道が先に進んでいった。

 玄道が進む先は、これまで、聖母マリアがいるからとコーネリアのみが入ることを許された、禁断の地下の方向であった。

 玄道の後に続いた久遠は、「何処へ」と問う。


「決まってんだろ、堕天使の所だ。今はアルカードをコーネリアが抑えてはいるが、コーネリア様が勝てる保証はない。最悪堕天使を破壊できるよう、俺たちは堕天使の傍にいるべきだ」


「コーネリアさまが、負ける……?」


「いくらあの方が白円卓第一席で、第一真祖であったとしても、敵は真祖だ。それに、コーネリア様はまだ、昨日の身体の傷が癒えないだろうしな。なにより、本当に信用できるかどうかが、わからない」


「それは、どういう意味ですか」


「コーネリア様も真祖の一人だ。口ではああ言っていたが、腹の底はどうかわからん」


「わたしには、とても彼女が嘘をついていたとは思えませんが……」


「俺だって、あの方の話の全部が嘘だとは思わない。だけどな、少なくともあの人は、おおよそ八〇年間、真祖であることを隠して、教会の全員を騙していた女なんだ。おいそれと信頼するには、危険すぎると俺は思う」


 それを聞いて、久遠は黙り込んでしまった。

 けれど、「それでも」とぽつりと呟いた。


「それでもわたしは、信じたい。みんなが、世界を救うために此処に来たと」


 久遠の言葉を聞いて、玄道はそれ以上、何も言うことはなかった。ただ、無言で走った。

その後を、久遠も続いた。


        ☆


 二人が禁止区域へと入り込み、しばらく階段を飛び下り、長くつづく白い廊下を走ったあと、大きなドーム状の場所に出た。このドームの奥には道が続いており、まるで何かを戦わせる、もしくは閉じ込めるために作られたもののようだった。

 そこに、一人。松明のような男が、立っていた。


「偉大なる我らの神が、目覚めようとしている。これより先へ進むのは、ご遠慮いただきたいのだが」


 顔から吹き出す火山のような炎。その両腕にもボッと火が灯り、炎の奥底にある真紅の瞳が、来訪者を見る。

 ――第五真祖(フレイム・フェイス)。アフム・ザー。

 アルカードがこの場にいることから、他の勢力もこの場に集まることは予想していたが、第五真祖がこの場にいるとなれば、おそらく第三真祖もこの場のどこかにいることだろう。できれば第三真祖と久遠を合わせたくないと考える玄道だったが、第五真祖は全身を炎に変えるというその特性から、久遠の鉈のような物理攻撃は通用しない。《聖痕(スティグマータ)》抜きで第五と戦うには、無謀が過ぎる。

 となれば、《聖痕》を所有する玄道が此処に残った方が、彼女の生存率は上がる。他の真祖も此処にいる可能性があるとわかった以上、できれば久遠も此処に残して、彼女の安全を少しでも確保してやりたいところだが、堕天使を放っておくことは、結局、彼女を身の危険に晒すことになる。

 どちらにしても危険なら、やることは、決まっている。


「……久遠、第五は俺がやる。先に行け」


 玄道の言葉に、久遠が耳を疑うかのように振り向いた。


「真祖を相手に、一人で戦うつもりですか」


「どの道お前がいても、第五が相手では意味がないだろう。お前は、堕天使の下へ行け」


 しばらく迷った久遠だったか、彼女もアフムの特性は知っている。唇を噛んで、この場を去ろうと走った。彼女の混血者としての忌能は加速。もしアフムが久遠を襲うようであれば、加速を用いてこの場を去ろうと考えていたのだが、アフムはどうやら、久遠の存在を気にしてはいないらしい。

 すんなりと、久遠は先に抜けることに成功した。


「勝ってください、玄道」




 ドーム状の闘技場とも取れる空間を抜け、北条久遠は先へ進む。細い廊下の先には、もう一つ、似たようなドーム状の空間があった。そこには、誰もいない。そう思って先を急ごうとしたが、久遠の勘が何かを察知した。

 誰かがいると、不思議とそう思った。


「誰か、いるのですか」


 白い空間。奇妙なドーム。周囲を見渡して問うてみるも、答えはない。誰もいないのだろうか、とは思わない。

 この空間には、必ず何かがいる。

 視覚が当てにならないのならば、聴覚を。目を閉じて、精神を研ぎ澄ます。久遠の肉体は人のものでなく、吸血鬼の血を混ぜたものである。人の五感と比べると、彼女のそれは大きくかけ離れていた。その耳で、音を拾う。

 聞き取れたのは、僅かな物音。ネズミが屋根裏を通るよりも、小さな音。パラパラと、小さな砂が地に落ちる時のような、落下音。それを聞いて、久遠は確信した。隠れているこの者は、目に見える範囲にはいない。けれど、確かに久遠の動きを窺っている。このまま堕天使の下へ向かうのは、危険だと。

 その場に立ち止まり続ける久遠に痺れを切らしたのか、ゴリゴリと奇妙な音を立てて、それは動き出す。そして、白い壁を破壊して、姿を現した。

 土竜のように現れた、その男。目は細く、身体もそれほど大きくはない。皺だらけの顔に、小汚い茶色よりの服。――『土竜』、第三真祖オオダイラ。

 じゃり、と顎髭を撫でた古老の男は、じろりと、商品を見定める鑑定士のような視線で久遠を見た。


「ふむ。お主は見たところ使徒のようだが、しかし人並み外れた聴覚を有しているように見える。もしやお主……」


 じゃり、という音が止まり、嬲るように、そして犯すように、オオダイラの視線が、久遠を舐めた。

 ――北条、久遠か。

 生理的嫌悪を抑えつつ、背中に備えた鉈を抜き、久遠は問うた。


「どうして、わたしの名を」


「む。簡単なことだ。儂なのだよ――お前の父は」


「……あなたが、わたしの父を殺し、母を犯した吸血鬼……?」


「如何にも。死にゆくお主の父の前で、お主の母の処女を奪い、お主を孕ませたのはこの儂よ」


 その一言に、久遠は震えた。

 胸に渦巻くそれは、歓喜か。殺意か。それとも、畏怖か。

 北条久遠は、これまでの生涯を思い出す。吸血鬼であるが故に迫害された幼少期、吐き気を催す吸血衝動。普通の人間に生まれたかったと、一体どれほど願ったか。それでも生まれてしまったものは仕方ないと、生きてきた。

 人々に不幸をもたらす吸血鬼を恨み、己の人生を不幸にした吸血鬼を恨み、母を殺した吸血鬼を恨み、母を犯した吸血鬼を恨み、そして、吸血鬼として生まれたこの身を恨み。何度も、何度も、何度も何度も何度も、恨み、憎み、吸血鬼を呪いながら生きてきた。そうして今、北条久遠は此処に居る。

 この目の前は、己を産んだ元凶。感謝などはない、ただ、許してはならない存在だと思った。ただ、この場で殺すべきであると思った。

 これ以上、彼のために悲しむ人が出ないよう。


「第三真祖オオダイラ。その首、貰います」


 久遠は、駆けて。


「――く、くはッ! ふぁっはははははははははは!」


 オオダイラは、笑った。


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