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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
70/100

悪なるミタマ

 教会より上手く撤退したコーネリアらは、教会の極秘施設である隠れ家の一つ、オーランド病院へとたどり着いた。この病院は既に使用されておらず、電気や水道だけを通したまま、教会――というより、聖母マリアが買い取ったものである。それこそ、このような事態に備えてだ。

 けれど、ここまで着いてくることができたのは、大城玄道と、北条久遠のみ。他の使徒は、見捨てた。教会の内で死ぬものもいれば、教会を出たところで安堵し、死ぬ者もいた。教会の外にある森で、殺された者もいた。

 その森を抜ける頃には、アルカードからの攻撃も止んだが、しかし森を抜けた頃にはもう、残る使徒は彼ら三人だけになっていた。

 誰もいない廃墟のような病院。

 辛うじて室内の様子が分かる程度の明るさの中で、玄道が呟いた。


「しかし、マリア様は……」


 教会の創始者であり、統治者。聖母マリア。

 彼女がいたからこそ、これまで教会という組織は成り立ってきた。しかしマリアがいなくなってしまっては、教会が進むべき道を示す者はいない。彼女は今、何処にいるのか。そして、どうなったのか。

 マリアは常に教会の特定の場所で生活していると聞いていた。なのに今回の襲撃で彼女が逃げたということも、戦ったということも耳にしない。そして、現存する白円卓や使徒が彼女の下へ向かったということも聞かなかった。

 もしかしたら、マリアは、もう――。

 不安げな玄道に、コーネリアは言う。


「安心してください、恐れることはありません」


 笑顔を向けた彼女の後方、広がる闇から、足音がした。


「さて、それはどうかな」


 ――新手か。

 玄道は棺の中にある《聖具》――大杭『神薙(かんなぎ)』を取り出し。久遠は二丁鉈――『空切(そらきり)』『天落(あまおとし)』を。そしてコーネリアは、静かに大剣――『ラ=ピュセル』を構えた。

 三人の使徒の臨戦態勢にも構わず、暗がりから歩を進めた男の姿が、ようやく電灯の下へと現れる。その顔は、三人ともが知った顔だった。

 ――《吸血鬼喰い(クルースニク)》。久世原阿久だった。


「どうして、彼が此処に」


 玄道の問いに、コーネリアも久遠も、何も答えない。

 けれど、コーネリアの顔に動揺はなかった。まるで、阿久が此処に現れることが分かっているかのように。


「なに、久遠の携帯を辿っただけだ。まったく、便利な世の中で助かるぜ」


 阿久は大英に足を運び、そしてまず、久遠の居場所を探った。何はともあれ、久遠と合流することで、他の使徒や真祖の動きを大まかにでも探ろうと考えたためである。

 ちなみに、久遠の居場所を探るため、アルラには情報センターに侵入させたなどとは、正義の名を語る彼らには、口が裂けても言えないが。

 阿久の視線は、久遠にも玄道にもない。ただ、まっすぐにコーネリアを見つめている。

 久遠や玄道もまた、阿久に釣られるように、そしてコーネリアの心情を伺い、命令を受けるために、彼女を見る。するとコーネリアは、まるで阿久が来ることを待っていたかのような眼差しで、阿久を見ていた。

 それに疑問を抱き、構えたまま動かない二人をいいことに、阿久はコーネリアへと歩を進め、そしてその胸倉を掴んだ。

 苦しそうな顔もせず、まるで阿久がそうすることが当たり前だとでもいうように、コーネリアの顔は阿久へと引き寄せられた。


「お前――!」


 阿久を止めようと玄道が大きく踏み出すと、「構いません」とコーネリアが玄道を制する。板挟みのようになった久遠はどうにも動くことができず、ただこの状況を必死で理解しようと、右往左往するばかりである。


「お前、何者だ」


 コーネリアを睨み付け、阿久が問うた。その問いに、コーネリアは涼しい顔で応えた。


「もう、あなたは知っているのでしょう。わたしは、曰く現代のジャンヌ=ダルク。教会白円卓第一席、コーネリア・ルートレッジです」


 彼女の答えに、阿久はふんと鼻を鳴らす。


「それだけじゃねぇだろ、てめぇの名は。なぁ、《第一真祖》シャルロット・マーレイ」


 ざわりと、場が揺れた。

 玄道が、そして久遠が、動揺を隠せないでいた。

 けれど彼らに構わず、それとも、もう隠せないと諦めているのか、コーネリアは否定もしない。それをいいことに、阿久は次いで問いを投げかける。


「《教会》の目的はなんだ。マリアはどうした」


 阿久の問いに、「彼は、昔からおしゃべりですね」とだけ呟いて、阿久を見た。


「わたしが、マリアです」


 確かに、そう告げた。

 教会の創始者、聖母マリア。その存在はあまりに希薄で、もしや空想上の人物なのではないかと疑うほどのものであったが、まさか。


「お前が、マリアを演じていたのか」


 阿久の問いに、コーネリアは静かに頷いた。


「わたしは真祖。吸血鬼は年を取りませんからね。この見た目のままでは、人を従えることは出来ないでしょう。ですから、わたしはマリアという架空の存在を作り、彼女を中心として正義の執行を行う《教会》という組織を確立したのです。わたしのような小娘が組織を作るより、それなりの設定を作った人物を頭に置いた方が、大きな組織を動かしやすかったもので」


 マリアの存在を見ることができるのはコーネリアだけだった。なるほど、マリアが姿を見せず、裏から教会を操っていたというのには、そういう事情があったからであるらしい。

 納得する阿久とは対象に、玄道と久遠の動揺は激しいものだった。けれど事実が発覚した以上、阿久にとってはどうでもいいことだ。

 おそらく、コーネリアは初代コーネリア、二代目コーネリア、三代目コーネリアと、世代を跨ぐふりをして、代を変えるごとに自分の顔を隠して行動していたのだろう。まさか、三代に続き同じ人物が――それも、一七ほどの少女が――コーネリア・ルートレッジを八〇年近く演じていたなどとは、誰も思うまい。

 それで、とコーネリアは阿久を見る。彼女は、動揺する玄道にも、久遠にも、目を向けることはしなかった。


「残る質問は教会の目的ですが。ちなみにどこまで聞きましたか、アルバートに」


 阿久を見つめるコーネリアの視線は、アメジスト。まるで銀河のような、その総てを見透かすような、不思議に渦巻くアメジスト。


「どうして、俺が奴から聞いたと知ってる」


「ふむ、教えていませんでしたね。わたしの《聖痕術式》から解放される異能は、エリアスや玄道のような聖具召喚型ではなく、ソフィア同様、異能開放型であるのです。そしてわたしの異能は――もう、言うまでもないでしょう。《未来予知(ガブリエル)》ですよ」


 総てを見透かすような、奇妙な瞳。

 比喩などではなく、コーネリア・ルートレッジは、その力を持っていたということか。これまで奇妙だと思っていた事柄が事実だった。彼女が奇妙だと思っていた阿久からしてみれば、それほど驚くべき事実というわけでもない。これまでも散々、奇妙な相手と戦ってきた。薄々予感があっただけに、今更、驚くほどのものでもなかった。

 けれど、久遠と玄道は違う。これまで共に戦い、信頼してきた仲間の一人、第一席コーネリアが、これほど多くの事実を秘匿し、そして吸血鬼を殺す組織を作っておきながら、自身も吸血鬼――それも真祖であったという。

 彼女の心根は変わっていなくとも、彼らはそれを裏切りと感じるだろう。


「あなたの《聖痕術式》は、金属物質の質量増大では――」


 久遠が、呻くように問う。

 コーネリア・ルートレッジは、吸血鬼との戦闘の際、己の血液を武器に触れさせることによって、その武器の質量を増加させるという異端の戦闘方法を行っていた。けれど、それは他の聖痕所有者にも言えることだ。だから彼女の特殊能力に、誰も疑問を抱かなかったというわけだ。


「それは、真祖としての《忌能(いのう)》です。聖痕は関係ありません」


 さらりと、それだけのことだというようにコーネリアが告げると、玄道が「では」と、重そうに口を開く。


「……あなたの、目的は」


 わたしの目的ですか。少し考えるような仕草を見せて、「そうですね、強いて言うなら」と、言葉を紡いだ。


「――総ての罪を、清算すること……でしょうか」


 やはり、玄道にはその意味がわからない。当然、久遠にもわからないだろう。また、阿久も、コーネリアのその目的には興味がある。

 三人の表情を見て、話すべきであると判断したのか、コーネリアは言った。


「百年前の真実。話す時が、来たようですね」


       ☆


 シャルロット・マーレイという、少女がいた。

 父、ノーマンは研究者。母、アラキナはその助手。あまりに優秀な両親の元に生まれたことから、将来を大変期待されたシャルロットだったが、彼女はそれを別段、苦に思うことはなかった。夫婦仲は円満であったし、自身と両親との関係も悪くない。他の家庭と比べてみれば、シャルロットには目立った反抗期もなかったものだから、近所の家からは「マーレイさんの家族は、仲が良いですね。羨ましいです」と言われるほどであった。

 そんなときに、とある邪神教が世界に混乱を招いた。それが百年前の《天使降臨の儀》。あの日から、シャルロットの総てが狂った。

 

 堕天使の振りまく、数多の災厄。これによって多くの人々は命を落としたが、幸いにも、マーレイ一家は誰一人として欠けることはなかった。そして厄災を乗り切ったと思ったその頃に、災厄の一つである《疫病》――すなわち、『枯血病(こけつびょう)』が、牙を剥く。


 まず、シャルロットの母、アラキナが疫病に犯された。彼女は常に輸血されている状態でなければならず、ほとんどが寝たきりであった。

 次いで、シャルロット自身も疫病に犯された。それからシャルロット自身は、意識の多くが無くなってしまったために、記憶がとぎれとぎれになる。

 途切れ途切れの意識の中で、母・アラキナの死を知り、そして父、ノーマンも疫病に犯されたと知った。シャルロットは、とうとう自分たちは死ぬのだと思った。あの災厄を多くの人々が生き抜いたけれども、やはりノアの箱舟には定員が多すぎた。その結果、最後に残った疫病が、最後の厳選として人々の生死を分かつのだろうと思った。

 しかし比較的病状の軽かった父ノーマンは、この状況を打破しようと生き足掻く。四苦八苦した末にたどり着いた、唯一の方法。それが――Pandoraに残る、人類に残された最後の希望――すなわち、堕天使。それに、目を付けた。

 ノーマンは、アラキナが死んでからというもの、何かに憑かれたように、狂ったように、人道に反して救世の方法を探し続けた。

 やがて堕天使の細胞を人間に移植し、人間の格を天使の域まで押し上げることで、枯血病を攻略しようと考えたノーマンは、それから手段を選ばずに、総てを行った。本当に、なんでも行った。クローン、人身売買、医師免許なしの無断手術に、――最後には、堕天使細胞の無断移植。

 そして、とうとう。ノーマンの技術が完成に近づいた。

 その時に枯血病患者であり、治療の検体となったのは、おおよそ八人。


 性欲が大変強く、刹那主義。強姦・暴行・殺人などの犯罪を多く行ったことにより、長い懲役で年を取った男――大平圭司(おおだいらけいじ)


 並みならぬマゾヒストで、己の背骨に釘を打ち込み快楽を覚えながら、人食家として目覚め、多くの人々の肉を喰らった男――アルバート・クルックス。


 幼き頃に、調理中の母親のミスから右半身に大きなやけどを負い、醜い姿のためか、誰も見舞いに来ないまま、病院で植物状態になっていた幼子――トーア・エンフィールド。


 貧民街で生きるために喧嘩をして育ち、己の力の誇示のために、情け容赦ない殺戮を行うことを好む、少年院の孤高の異端児――ジャック・ウォルター。


 サディスティックな性格で、己の従者、それも主に女性の従者に対して鞭打ちや蝋燭などの異常行為を行ってきた、小さな村の女王――エリザベス・バートリ。


 他人の血液を飲まなければ、己の血液が粉になってしまうと信じ込み、数多の人々の血液を内臓ごとミキサーにかけて呑み込んだ性疾患者の女――ヴィーデ・チェイス。


 白人種を至高とし、己の属する種族以外は徹底的に排斥する元政治家であり、あまりに過激な言動から、ヒトラーの再来と刑務所に入れられた男――ヴラド・エンライト。


 破滅思想を信仰し、この世に存在する唯一の破壊神がこの世界を破壊すると信じ、堕天使降臨の儀にも参加したとされている精神病患者の男――名無しの神父。


 これらをかき集めたノーマンは、堕天使の細胞をなんの躊躇いもなく移植した。その移植した場所は――すなわち、血液を人体へと送るポンプとしての役割を担う器官――心臓。吸血鬼の弱点であり、生命の源となる臓器である。

 堕天使の細胞を移植された彼らは、人とは大きく異なる力を身に付け、枯血病を克服した。そしてノーマンの求めた『自己治癒能力』、『蒸発する血液の入手手段』を持つ人を越えた『天使の位階へ引き上げられた人間』が完成する。それこそが、吸血鬼。それこそが、後に真祖として闇の影から人々を喰らう化け物である。

 ノーマンは最後の検体として、己の娘であるシャルロットを選んだ。彼女が枯血病を克服し、リハビリを繰り返す間、己自身にも治療を行っていたのか、彼は化け物として覚醒してしまった。

 ノーマン・マーレイ。彼こそが真祖の始祖、そして総ての吸血鬼を熟知した最強の真祖。すなわち、真祖・アルカード。


         ☆


「堕天使の力の欲望に駆られ、ノーマンは『神』になろうとしている。彼を止めることが、わたしの与えられた役割で、それこそが、わたしの罪の清算です」


 シャルロット・マーレイと呼ばれたかつての少女――第一真祖コーネリア・ルートレッジは、過去と、そして己のすべきことを語った。


「か、神になる――?」


 久遠の疑問に、「ええ」とコーネリアは答えた。


「堕天使ならば、可能です。そもそも、《聖痕》のシステムや、教会を隠していた《結界》も、堕天使の細胞の力。吸血鬼すら、堕天使の力による進化なのですから。そしてすべての《欠片》を喰らい、わたしは過去をやり直す。『天使降臨の儀』が、行われなかったことにする」


「過去をやり直す? そんなことが?」


 次いで疑問を口にしたのは、玄道だった。

 それにコーネリアは、「出来ます」と断言した。


「堕天使は万能の願望器(がんぼうき)のようなものです。願えば、どんな願いもかなえることが可能になる。わたしの《聖痕(ガブリエル)》は、それを可能と教えてくれた」


 驚愕からか、それとも質問内容が無くなったのか、久遠と玄道は黙り込む。その背後、彼らの会話を聞いて、阿久は“心臓”に問いかける。


「――本当か。アルラ」


 その問いに、“心臓”は。


“……ええ、おそらく。わたしも、もとは堕天使の心臓だったから、わかるわ。堕天使には、人間の想像し得る単純な“奇跡”程度を起こすだけの力は、ある”


「人間の想像し得る、というと?」


“この世界……いえ、宇宙とでも言うべきかしら。あなたたちの想像が及ばない世界に、あなたたちの想像が及ばない願望がある、というだけの話よ”


「なるほど。……どちらにせよ、堕天使は俺らの望む範囲の“奇跡”を叶えることのできる『神』に相違ない、ってことか」


“ええ。だからこそ、『天使降臨の儀』において、あの天使が呼ばれたのでしょう”


 聞きたいことは聞いた。阿久は意識を“心臓”から、眼前の真祖へ向ける。すると彼女は、これからが本題だ、とでも言わんばかりの空気を出していた。

 その空気に触れた久遠と玄道は、彼女を見る。また阿久も、彼女から視線を逸らさなかった。


「わたしは、これまで、散々あなたたちを騙してきた。その嘘を水に流してくれとは言わない。けれど、この目的はわたし一人で成し遂げるには難しいでしょう。出来るなら、あなた方には力を貸して欲しい。吸血鬼喰い、あなたにも」


 そう言って阿久に目を向けたコーネリアに、阿久は「どの面を下げて言ってんだ」と呟いた。

 久遠から、「あなたは面を下げられるほど騙されていないでしょう」という視線が贈られたが、久遠が口を開く前に、コーネリアが「この面です」と皮肉気に答えた。阿久の眉間に、皺が寄る。


「殺すぞお前」


「あら。軽い冗談のつもりでしたのに」


 阿久の殺意をさらりと躱したコーネリア。場には、再び沈黙が訪れた。


 ――さて、どうする。


 誰もが口を開かなくとも、皆が同じことを考えていることが、この場の空気から伝わった。しばし、沈黙。やはり沈黙の中で初めに口を開くのは、コーネリア・ルートレッジだった。


「当然、わたしは教会へ赴きます。間もなく、真祖・アルカードは復活する。そうなってしまえば、世界は終末の時を迎えることになるでしょうから。それを止めるために、そして過去の過ちを清算するために」


 コーネリアの言葉には、誰も続かない。久遠も玄道も、黙り込んでしまった。


「俺も、行く」


 しばらくしてコーネリアに続いたのは、意外にも久世原阿久だった。

 ほう。と好奇の視線を阿久に向けたコーネリアは、くすりと笑った。


「なにも、わたしのために来なくても」


 悪戯に笑うコーネリアを「自意識過剰は死んでくれ」と一蹴した阿久は、コーネリアに問うた。


「俺はお前の死も、世界の破滅も、関係ないものはどうでもいい。ただ、俺の“心臓(おんな)”を狙ってるんだろ、真祖(アルカード)は」


 阿久の“心臓”――アルラは、堕天使の細胞――《天使の欠片》の一つである。それも、《天使の姫君》と呼ばれるほどに上等な、堕天使の心臓から産み落とされた欠片だ。万能の願望器としての堕天使を完成させるには、必要不可欠なものだろう。

 その事実を、コーネリアは「確かに」と肯定した。


「神に成ることが目的で在る以上、真祖・アルカードは、あなたの“心臓”――《天使の姫君》を狙うでしょうね」


「ああ。だから俺は、真祖をぶっ殺す。俺に喧嘩売るヤツは殺す。だが、喧嘩売る予定のあるヤツも、速めに潰しておくに限るからな。そいつが強いのなら、尚更だ」


「ま、そういうこった」とだけ言って、阿久は近くの椅子に足を乗せて腰かけ、眠りだした。随分偉そうな態度だな、とコーネリアは思ったが、彼のそんな態度は今に始まったことではないし、強大な敵と戦うに際しても、物怖じを一切しない彼の態度は、どこか心強かった。

 阿久から目をずらし、コーネリアの視線は答えを出していない二人に向けられた。


「あなたたちは、どうしますか」


「わたしは――」コーネリアの問いに答えを出そうとして、迷う久遠の言葉を遮るように。


「俺は、行きます。もし真祖がこの世を終わらせようとしているのなら、世界を救わなければならない」


 ――死んだソフィアなら、そうするだろうから。

 玄道が、そう言った。

 初めは驚いて玄道を見た久遠だったが、玄道の瞳に、迷いはなかった。すべきことをする。すべきことを決定し、己はそれに命を懸ける。それを決心した目だった。

 その目を見て、久遠の覚悟も決まった。


「わたしも、行きます」


 強く、そう告げた。

 久遠の始まりは、吸血鬼だ。どうして自分が生まれたのか。自分はこれから、どのように生きるべきなのか。吸血鬼という存在、その根源から目を逸らさずに真実を見つめた時、その答えが分かるような気がして。北条久遠は、自分の真実を求めるために戦いを決意した。


「それがいいでしょう。混血者、北条久遠。おそらくあそこには、あなたの求める答えがあるでしょうから」


 これで戦力は、四人。現状がはっきりとしたところで、眠ったと思われた久世原阿久から、声がかかった。


「で、いつ攻める」


 彼が起きていたことに動揺することもなく、静かにコーネリアは告げる。


「あなたはともかく、玄道や久遠、わたしも疲労が激しいですからね。攻めるのは、明日の夕暮れにしようと思っていますが」


「夜明けの方がいいのではないですか? 朝なら、敵を外に出しさえすれば倒せるでしょうし」


 もっともな久遠の意見に、


「おそらく敵も夜明けを狙うと思うだろう。危機は好機、好機は危機ってやつだ。どのみち教会の周囲は森だからな。核でもぶち込まなきゃ、敵を日の下におびき出すのは無理だろうよ」


 と、玄道が答えた。

 なるほど、と頷いた久遠を見て、話は終わったな、と阿久は立ち上がり、


「俺は寝る。じゃあな、飯の時間は呼んでくれ」


 それだけ言って、病院の寝室に向かい、この場を去った。


        ☆


「阿久。あなたは、どうするつもり?」


 時刻は深夜。寝るとは言ったものの、阿久の心は、どうしようもない焦り、不安から来る緊張に鼓動を激しくしていて、とても眠れたものではなかった。まったく眠れずにいた所に、アルラから声がかかった。


「何がだ」


 阿久が聞き返す。

 それに、阿久の隣のベッドで横になるアルラが言った。


「コーネリアを……いえ、シャルロットを『神』にするのなら、あなたは、幸せになれるかもしれないわ。あの人は、百年前から世界をやり直すようだから」


 それは、もしかしたら。南かえでと出会って、阿久が求めた、“人としての生”を得られるかもしれない、ということなのだろう。百年前から世界をやり直すというのなら、確かに、久世原阿久はもう一度、人生を送ることができるだろう。もしかしたら、もっといい親のもとに生まれて、きちんとした人として、人生を送ることができるかもしれない。

 アルラのような《天使の欠片》と出会うこともなく。吸血鬼と戦う異常な日常を過ごす事もなく。

 けれど、阿久は。


「――冗談だろ」


 脅すような、低い声で、それを否定した。


「半分くらい、本気」


 阿久の声に怯えないまま、やはり抑揚の少ない声で、アルラが言う。

 コーネリアがもし、全人類の幸せを願うのならば、『神』の資格はコーネリアに委ねるべきなのであろう。そして、彼女を『神』にするべきなのだろう。彼女は罪の清算という言葉で表現していたが、堕天使が落ちない未来を手に入れるということは、きっと、大英帝国連合の存在しない世界になるであろうから。

 けれど、嫌だ。

 誰かが『神』に成るということは、《天使の欠片》であるアルラもまた、神の一部になるということだ。しかし久世原阿久は、アルラという女を失いたくはない。

 己の死などは、怖くない。ただ、アルラを失うということは、自分が死ぬよりも怖いと思う。だからこそ、阿久は譲らない。

 先も告げたように、彼は本当に、世界など、どうでもいいのだ。

 例え世界を敵に回そうと。例え神を敵に回そうと。

 それが愛した女との未来に利用できるならば利用する。それが愛した女との未来の障害になるならば、上等。世界総てを喰らうまで。

 少なくとも、彼女と初めて会ったときにはきっと、阿久はそう決めていた。


「お前が隣に居れば、それでいい」


 だからこそ、久世原阿久は。

 己の求める最善の未来のために、己のためだけに、戦うのだ。

 我欲に生きるこの魂は、とうに腐りきっている。ならば今更、善人ぶる必要が、一体どこにあろうか。


「そう。あなたの気持ちは、変わらないのね」


「ああ、変わらない」


「邪悪ね、あなたは。それを止めないわたしも、邪悪なのかしら」


「ああ、邪悪だ。俺たちの(こころ)は、悪なるものだ」


 ――悪なる、御魂(ミタマ)だ。


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