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悪なるミタマ  作者: 九尾
第四幕 敢為邁往編
63/100

挿入・大英/もし、来世で会えるのなら

 二人の真祖は、此処に激突する。


「殺せ! その小娘を此処で殺せッ!」


 エリザベスの言葉を聞き、血族がトーアの肉体を四方から切り刻む。

 流石は血族、といったところか。

 トーアが殺せたのは初めの一人だけだった。

 残りの血族たちはトーアに対してどのように動けばいいのかを理解し、そして己の忌能の一つである身体変化で両手をナイフのような形状へと変化させ、もう一つの忌能である薬物生成によって毒物を生成し、素早い動きでトーアの肉体に叩き込む。

 毒が、肉体に入り込んでいるのが分かった。

 対するトーアは、身体こそ幼い少女のモノであるが、その右腕は、巨大な漆黒の凶器。

 名状しがたい不気味な黒色、不気味なフォルム。それを見るだけで気分を害するほどの、少女のモノにしてはあまりに大きな異質の刃。

 これのため、トーアの戦闘スタイルは圧倒的攻撃力に頼った戦い方になる。小回りは聞かないし、速度もそれほど出ない。それ故、毒が己の身体に混入していると知りながら、トーアは何もすることができない。

 代わり、その圧倒的攻撃力は、第六真祖アルバート・クルックスや第一真祖コーネリア・ルートッジをも凌ぐ。

 一閃、また、一閃。

 異質の刃が煌めいては、トーアの周囲の血族たちは距離を取る。

 彼らは、先ほど両断された血族を見た。本来吸血鬼は、両断された程度では死ぬことはない。例えそれが、通常種であっても。戦闘不能に陥る事にはなるが、時間をかければ再生は可能だ。なのに、彼は。ピクリとも動かない。

 これが、トーア・エンフィールドの特性(いのう)の一つ。

 攻撃を加えた相手――すなわち、蛇に噛まれた相手を石化する。

 一度切断しただけで、血族すらも石にする。その圧倒的必殺は、他の真祖の追随を許さない。相手が真祖であれば効果も薄まるだろうが、しかし攻撃を加える度に石へと変えるこの力は、非常に強力であると言えるだろう。

 故に、血族たちは迂闊には近付けない。

 だからエリザベスは、配下の通常種たちに命じた。トーアを囲めと。その隙に、血族たちはトーアに毒を打ち込めと。

 ――だが、それはマズかった。

 トーアが蛇髪(ゴルゴン)と呼ばれる所以は、それだけではない。

 一斉に咆哮した通常種だちは、トーアへ向かう。トーアへ向かって、トーアを“視た”。

 “視て”、しまった。

 そしてこの状況をこそ、第二真祖は待っていた。


「――わたしの眼を、“視た”のね」


 彼女の真価は、その真祖中トップクラスの攻撃力に非ず。攻撃し、ダメージを与えた相手を石化する能力に非ず。

 彼女の真価は――その“魔眼”。

 ギョロリと、色黒い赤と緑の、(タコ)のような右眼が、通常種らおおそそ十五人程度を舐めるように見回した。

 トーアは、腰をかがめる。ぐっと、両足に力を込め、バネのようにこの場から悠斗に向けて疾走を開始する。

 相対するのは、おおよそ十五の通常種。背後には血族が六人いるが、アレらはまだ動かない。故に、この状況では警戒しない。

 一気に、突破する。

 トーアは、通常種の隣を通過した。

 通常種は、何もしなかった。

 何も、しなかった。

 トーアに攻撃することも。トーアを目で追うことも。そして、走るために足を踏み出すことも。

 その場にゴトリと、倒れた。

 その様はさながら、石のよう――。

 通常種を抜けたトーアに対して、他の通常種たちの視線もまたトーアに集まった。

 この時エリザベスは、彼らに命じるべきであった。

「第二を視るな」と。

 しかし、遅かった。


「悠斗、視ないで!」


 トーアの声を聞き、悠斗はすぐに目を閉じたことだろう。それを確認することもなく――もっとも、確認する手段もないが――トーアの右眼が、“視る”。周囲総てを。

 この状況において、トーアにとって有利に働いた状況が二つ。

 

 一つ。この場に於いて、エリザベスとその配下のものたちにとって敵は自分(トーア)一人であるということ。氷川悠斗は吸血鬼ではないため、戦力外ということが逆に有利になる。


 一つ。戦いの場所が、総てを見渡せる広間であったこと。


 トーアの“魔眼”が、エリザベスの従えた通常種を“視る”。とうにトーアの攻撃範囲に入ろうとしていた彼らは、敵から目を逸らすという選択がなかった。そして彼らのほぼ総てを、トーアは石化させた。石化しなかった者は、直接赴きその右手で切り裂いた。

 トーアの姿を視なければ、直接その右手に切り裂かれ。攻撃に当たるまいとトーアを視れば、その“魔眼”によって石にされ。

 一体、どうすればいいという――。


「なッ――」


 次々と石になっていく従属たち。

 既に、血族である六人以外はすべて石となっていた。

 エリザベスの瞳が、驚愕に見開かれる。そして、思い出す。

 忘れていた。トーアの忌能は、目を見た者を石に変えるもの。――それ故の、ゴルゴンである。軍勢を相手にした場合、最も効力を発揮するその忌能。軍勢を従えて敵を量によって滅ぼす第四真祖エリザベスの天敵であったのだ。

 相性が、悪すぎた。何があっても、《第四》エリザベスは《第二》トーアに喧嘩を売ってはならなかったのだ。

 これが。この“魔眼”こそが。正義の味方、異端の真祖、トーア・エンフィールドが《第二》という席に居座る最大の所以であったのに――。


「止まれトーア! こいつを殺すぞッ!」


 叫んだエリザベスの眼前で、通常種総てを完全に石化させたトーアが、次はお前たちだと言わんばかりに、血族たちを“視る”。エリザベスの声には、応じない。

 正面から切りかかり、右手に切り裂かれた者がいた。

 トーアの“魔眼”にかかり、動きが鈍くなったところを貫かれた者がいた。

 仲間の裏から現れようとしたが、仲間ごと貫かれた者がいた。

 右から左と同時に攻めようとしたが、異質の右腕に切断された者がいた。

 左から右と同時に攻めようとしたが、仲間の肉体がこびりついた異質の右腕に薙ぎ払われた者がいた。

 ――そして。

 背後から攻撃を狙ったが、刃を左手に掴まれ、踏みつけられた者がいた。

 石の床を大きく沈めて、最後の血族がトーアの下に這いつくばった。

 後ろを振り返り、トーアがエリザベスを視る。


「……彼を、殺す? 脅しのつもりなの、第四真祖エリザベス・バートリ。なら、やってみなさい。その時は――あなたの命はない」


 足元に這いつくばる最後の血族に右腕を突き刺して、トーアが言った。


「――」


 この場に残るのは、三人だけだ。

 人間、氷川悠斗。

 第二真祖、トーア・エンフィールド。

 第四真祖、エリザベス・バートリ。

 周囲には、石化した者たち。かつてエリザベスが最強の軍勢と誇った、吸血鬼たち。


「どうするの、エリザ。あなたに勝ち目はないわ」


 エリザベスの能力の大半は、軍勢を構築するための忌能にある。もともと孤立した敵を複数で攻撃するのが彼女の常であり、一対一での状況はこれまであり得なかった。

 ――それでも。


「……認めない。認めない、認めない!」


 自分の敗北を、認めて、なるものか。

 人間は裏切る。人間は家畜だ。その男も、これまでの人間たちと同じ。いつか必ず、トーアを裏切るに決まっている。

 コイツは、人間。トーアは、真祖。喰われるものと、喰らうもの。違い過ぎる二つの種族が、相容れるわけがないのだ――。


 エリザベスは、その牙を氷川悠斗に突き立てた。

 それを見て、トーアが駆ける。しかしエリザベスの方が僅かに早く、僅かな吸血によってその力を開放する。

 握った右拳で、駆けつけたトーアの顔面を殴りつけた。

 宙に浮き、後方へ吹き飛ぶトーアは、右腕を石畳に突き立てて、その勢いを殺して立とうとする。けれど、バランスを崩して倒れこんだ。

 右手を杖のように突き立てて、なんとか立ちあがる。


「エリザ。あなたは一体、なんのためにこんなことをするの」


 トーアの問いに答えることなく、エリザベスは純白のスカートを動きやすいように引き裂いてスリットを入れ、しゃがみ込んでトーアに向かった。


「意味なんてないわ。気に入らない、気に入らない、いちいち癪に障るのよ、お前の行動は!」


 エリザベスが跳躍し、トーアに向けて蹴りを放つ。

 大した速度ではなかった。けれど、トーアの肉体が上手く動かない。おそらく、血族たちにつけられた斬り傷から刷り込まれた毒が、ここにきて効いて来たのだろう。

 身体が、重い。鉛のように、重い。

 エリザベスの蹴りを、やっとの所で右腕を上げて防いだ。ミシリと音をたてて、右腕が悲鳴を上げる。


「――ッ」


 蹴り飛ばされたトーアが、石畳を破壊しながら転がった。


「あら、あらあらあら。ようやく効いて来たようね、下僕たちの毒が。身体が上手く動かないでしょう?」


 笑ったエリザベスは、かつかつとヒールの音をたて、悠斗に向かう。

 鎖を引きちぎって悠斗を解放したエリザベスは、悠斗に大きな声で問うた。

 まるで、会話をわざと聞かせるかのように。


「ねぇ、教えてよ人間。彼女の姿を見て、どう思う?」


 エリザベスが、ぶすりと、爪をナイフのように変化させて悠斗の首元に差し込んだ。

 何かが、悠斗の内に流れ込む。


「ああ、今あなたに流し込んだのは、ある種の自白剤よ。嘘なんて言えないわ、思ったことを口にしてしまうの。では、再度問うわね」


 ――あの姿を見て、あなたはどう思う?


 トーアを指差して、エリザベスが問うた。


「――醜い、と……思う」


 苦しそうに、悠斗が言った。

 それを聞いて、エリザベスは笑った。


「聞いたかしら、トーア。あなたのこと、醜いと思うそうよ。ええ、醜い、醜い、本当に醜いわぁ。あなたも――化け物だと、思うわよねぇ?」


「……思、う」


「あははははははははは! そうよねそうよね! あの化け物、恐ろしくて仕方ないわよねぇ!」


 エリザベスは、腹を抱えて笑った。

 腹を抱えて、トーアを見る。

 彼女は、立ち上がろうとしていた。立ち上がって、まだエリザベスと戦おうとしていた。

 それなのに。


「……ぼくは、彼女が……恐、ろしい……」


 悠斗の言葉に、トーアの動きが止まった。

 止まったまま、震えていた。

 あとは顔を上げるだけなのに、どうしても顔を上げられない。――悠斗の怯えた顔をみるのが、どうしようもなく恐ろしい。


「くふふ、ふふふふ――ははははははははは! 振られちゃった、振られちゃったわねトーア! ほら、所詮は人間なんてこんなものなのよ。いつかはあなたを裏切るものなの。だから、ほら。(わたくし)と一緒に行きましょうよ。醜い家畜たちを、しっかりと躾けてあげなくちゃ。そうすれば、ねぇ――あなたは、幸せになれるのよ」


 そう言って、遠く離れたトーアに手を差し伸べるエリザベス。

 その横にふらつきながら立つ悠斗が、何かを言った。

 なにを言っているのかと、エリザベスが耳を澄ます。


「――い。怖い、確かに、怖い」


 怖いと、悠斗は確かに言っていた。

 このまま何度も彼が怖いと言ったなら、トーアの精神はどうなるだろう。壊れてしまうだろうか。ああ、それはそれで面白い。壊れた彼女を、私だけが大切にしてあげる――。

 ほくそ笑んだエリザベスは、悠斗の好きにさせようと思った。

 しかし。


「――も。それでも!」


 悠斗が、思わぬ言葉を叫んだ。


「怖いけど、それでも。それでも、彼女の心だけは、確かに『人間』なんだ……」


「――ッ」

「――は?」


 二人の真祖が驚く中、悠斗の独白は続いていく。


「見くびっちゃ困る。見かけが恐ろしいとか、人を簡単に捻り殺せるとか、そんなことを恐れているぐらいなら、ぼくは彼女と共に生活なんてしていないよ。彼女の魅力は、そんな小さなことには囚われない、囚われちゃいけない――」


 悠斗の周りに存在していた女たちは、つまらない人間だった。

 まず会話に上がるのは、彼氏がいるか否か。次に話題に上がるのは、どんな彼氏なのか。年収は幾らか。ルックスはどうか。性格はどうか。生活態度はどうか。

 ――わたしの彼氏は、こんなに素敵な人なのよ。

 馬鹿か、お前は。

 結局悠斗に告白してきた者たちは、悠斗の人柄に惚れたわけでなく、単に友人に自慢したいだけなのだ。こんな人を彼氏にできる私は凄いと、愉悦に浸りたいだけなのだ。彼氏の気持ちなど、何一つ考えない。

 男を、装飾品か何かとしか見ていない者たちばかりであったのだ。

 世の中には、そういう女性ばかりではないことは知っている。けれど悠斗のそばに群がる女は、装飾ばかりを欲しがる女であった。

 だからこそ、悠斗は。


 ――あなたを助けた理由?

 ――そうね。あなたが、困っていたから。


 そんな理由で人を助けられる、彼女に惚れた。

 自分でも気持ちを抑えられないほどに、彼女を好きになってしまったのだ。


「彼女は誰かのために、一生懸命になれる人なんだ。誰かのために泣いて、誰かのために笑うことができる人なんだ。こんな最高の女、世界の何処にもいるもんか!」


 トーアが、顔を上げた。

 悠斗と、目が合った。

 トーアは、泣いていた。泣いていたけれど――確かに。彼女の涙は、悲しみから零れたものではなかった。


「トーア! ぼくは、キミに心底惚れている! 今更嫌いになったりするものか!」


 最後に、悠斗が叫ぶ。


「――まれ! 黙れ家畜が!」


 我に返って、この状況は不味いと判断したエリザベスは、悠斗の口を止めようとした。けれど悠斗はエリザベスの脇を抜けて、トーアの下に走った。

 距離は、遠い。

 手が百本あっても、届かない距離。

 悠斗は、走る。長い間監禁されて、ロクに食事もとっていないけれど。こんなところで倒れるなんて、彼女の前ではみっともなくて、できやしない。

 悠斗の背後に、気配。

 第四真祖エリザベスが、右手をナイフに変えて迫っていた。


「死ねッ、家畜ッ!」


 振り向いた悠斗が、死ぬと思ったときに。

 エリザベスの顔面に巨大な腕が叩き込まれ、その肉体が遥か後方へ吹き飛んだ。

 思わず悠斗が振り向いた瞬間だった。唇に何かが触れた。


「……ありがとう、悠斗。わたしも、あなたが大好き」


 いつの間に駆け付けたのか。トーアの顔が、そこにあった。

 ふっと笑った悠斗は、服の襟を引っ張って、首をさらけ出す。


「吸ってくれ、トーア。キミの本気を、見せてくれ」


「――でも、今あなたの血を吸ったら……」


「ああ、ぼくは死ぬかもしれないね。でも、ここでキミが勝てなきゃ同じことだ」


 彼のその眼を、トーアは知っている。

 初めて会ったときと、同じものだ。


 ――ぼくの血を吸ってくれ。どの道、君に救われた命だ。使ってくれよ。じゃなきゃ、此処で舌を切って死ぬさ。


 こうなった悠斗は、止まらない。

 それを、トーアは知っているから。

 口を開いて、牙を悠斗の首筋に当てた。


「馬鹿ね、あなた。わたしみたいな化け物に好かれても、いいことはないのに」


「それを決めるのはキミじゃない。ぼくは、キミに好かれて幸せだったよ」


 そして。


 ――ドクン。

 跳ねた。


 ――ドクン。

 心臓が、跳ねた、


 トーアの肉体に、明確な鼓動が刻まれる。全身に血液を巡らせ、冷えた心を熱くする。

 瞳は、真紅に輝き。

 爪牙は、鋭く。


「待っていて、悠斗。必ず勝つわ」


 静かに悠斗を床に根転がせたトーアは、先ほど吹き飛ばしたエリザベスを見る。

 彼女はどうやら石の壁を突き破ってどこかの部屋まで飛んだようで、ようやく自らの開けた穴からその姿を現した。

 トーアによって殴りつけられた顔の左半分は、血にまみれている。


「やってくれたじゃないの、トーア。まさか乙女の顔を狙うとはね、今のは痛かったわ」


「わたしの男に手を出そうとしたのだから、相応の報いでしょう」


「――ああ」


 天井を呆けるように眺めたエリザベスは、ニヤリと笑った。


「もう、何もかもどうでもいい。ここで死になさい、トーア。この――家畜に惚れ込む雌豚がぁあああああああ!」


 エリザベスが、駆け。


「それは此方のセリフよ、ガバマン女。乙女の恋路を邪魔する輩は、馬に蹴られて三途へ沈め――」


 トーアが、駆けた。

 互いの拳が、互いの心臓ただ一点を狙って。


「「ああああああああッ!」」


 最後の乾坤を賭した一撃。

 トーアの右手が、エリザベスの腹部を貫いて。

 エリザベスの右腕が、トーアの胸部を貫いた。


 どぷりと、エリザベスは口から血液をこぼした。


「……どうして、こうなっちゃったんだろ。トーアと、一緒に居たかっただけなんだけどなぁ……」


 ――ごめんね、トーア。

 最後に小さく笑って、エリザベスは倒れた。


「……」


 倒れたエリザベスを見て。

 トーアもまた、どさりと、連なるように倒れた。

 足はもう、先の毒で麻痺しているのか、動かない。

 それでも、右手はまだ動く。

 ずるずると、這っていった。

 少し離れたところに、彼がいる。これで最後なのだから、彼と一緒に居たいと思う。

 きっと、彼はもう死んでいるだろうけど。どうせ一緒に死ぬなら、最後に手を繋ぎたい。

 手を繋いでいたら、死んだ後も一緒にいられるような、気がするから。


 ――ねぇ、悠斗。あなたの幸せってなに?


 ――ぼくの幸せはね、キミと一緒にいることかな。


 ――わたしも、そうだよ。


 ――なら、一緒にいよう。ずっと。


 ――……うん。


 それは、いつかの会話。

 交わした約束。

 ……約束、守れなくなっちゃったな。心の中で呟いて。

 ようやく悠斗の隣まで這ったトーアは、その異質の右腕で、壊さないよう、悠斗の左手を握った。


「ごめんね、悠斗。――大好きだよ」


 もう、眠い。目を開けて、いられない。

 トーアの意識がもうろうとしてきた時に。

 ――握ったその手に、力が加わわった。

 思わず目を開くと、悠斗が微笑んだ気がした。

 ―― ぼ く も だ よ 。

 声は出ていなくとも。彼の口は、そう言っていた気がした。

 ――本当に、この人は。

 最後に、笑った。

 悠斗とトーアは、互いに出会えて幸せだと思った。


 ――もし、来世で会えるのなら――


 ――そのときは、また、わたしのことを好きになってくれますか――


 氷川悠斗は、死んだ。

 第二真祖、トーア・エンフィールドは、死んだ。

 第四真祖、エリザベス・バートリは、死んだ。


 残る真祖は、四人。

 第一真祖、コーネリア・ルートレッジ。

 第三真祖、ケイジ・オオダイラ。

 第五真祖、アフム・ザー。

 第九真祖、クラウン・ゲイシー。

 

 百年前に始まった闘争に、終わりが見え始めていた。


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