堕天使覚醒
――目が、覚める。
胸を貫かれた激痛に、意識が引き戻されたのか。
なんにせよ、構わない。これからすることは、とうの昔に決めている。
“阿久、意識が戻ったの?”
アルラの声に。
「――を、せ……」
――ドクンと、心臓が跳ねた。
「力を、貸せ――アルラッ!」
阿久が、叫んだ。
“――それを、あなたが望むなら”
アルラが、応えた。
ドクン、ドクンと。
二つの“心臓”が。
ドクン、ドクンと。
“心臓”が、跳ねた。
阿久の肉体に、明確な鼓動が生まれる。感情が生まれる。全身に血液を巡らせ、冷えた心を熱くする。これが、“心臓”。これが、生の“鼓動”。ああ、生きている。自分は今、此処にいる。確かに此処に、存在している。
瞳は、真紅に光り輝き。
爪牙は、更に鋭く。
その背に、漆黒の両翼がずるりと生えた。
阿久の右胸を貫いたアルバートが、「フム」と笑う。
「まだ生きていたのかね、吸血鬼喰い。しばらく心臓の鼓動が聞こえなかったからね、もう死んだものかと思――」
「うるせぇ」
アルバートが最後まで言い切る前に、阿久の裏拳がアルバートのこめかみを強打し、吹き飛ばした。
体勢が悪かったのか、あまり威力のない一撃であったが、アルバートを引き離すことには成功する。十メートルほど、アルバートとの距離が出来た。
阿久の肉体を、吸血鬼としての細胞が修復する。
胸に空いた大穴は、塞がった。
けれど失った右腕は、まだ戻らない。
ばさりと、漆黒の両翼が音をたてた。
「……《堕天使の翼》が、二つ。遂に覚醒したか」
頭から血を流したアルバートが、阿久の背を見ていった。
「前にも真祖に言ったがな、これは天使だとか堕天使とか、そんなくだらないものじゃねぇ。こいつは、最高の女がくれた、最高の贈り物だ」
よろよろと、阿久は歩を進めた。
身体は満身創痍。歩くのもやっとの状態で、阿久はアルバートと蹴りを付けようと、最後の一撃を叩き込まんと進む。
「こいつで決める。覚悟はいいか、アルラ」
“ええ”
アルラが頷く。
――力を貸せ、心臓。
心の中で呟いて、阿久はアルバートの正面に立つ。
アルバートは不思議そうな顔で眼前にたった阿久を見る。けれど、笑って。
「私の勝ちだ、吸血鬼喰いッ!」
その右掌で、阿久の頭を消し飛ばさんとする。
阿久は、残った左腕を剣に変身させ、アルバートの手首に突き刺し、矛先を変えさえた。
呻くこともなく、アルバートは冷静に、残った左掌底を阿久に振るおうとしたときに。
彼は驚きの表情で、ほんの一瞬だが、身体を止めた。
否、止めたのではなく。――身体が動かなかった。
この隙が、彼にとって致命的な隙になる。
阿久の左腕、その肘部分から杭が突き出し、残ったアルバートの腕をも貫き、固定する。
これで、彼は掌底を使えない。これで、彼の矛、そして盾を封じたも同然だ。
「――むぅッ!?」
“ようやく、効いて来たようね。先ほど阿久が打ち込んだ、《第四》血族の神経毒”
――《天使の欠片》というものは、人を吸血鬼たらしめる物質だ。そして、それを多く所有するほど力が増す。第九真祖ヴィーデを喰らった第九血族クラウンが真祖並みの力を手に入れていることからも、それは明らかだ。
すなわち――共食いを行えば行うほど、吸血鬼はその力を増し、《堕天使》に近づける。
それは一体、誰の言葉だったか。
眼前の第六真祖、《人食い》アルバート・クルックスのものである。
そして、阿久が先日大英で喰らった吸血鬼は何者であったか。
第四真祖。《屍姫》エリザベス・バートリ、その血族である。
エリザベスの忌能は体内における薬物の生成、およびそれを注入するための注射器に該当する多少の身体変化。血族というものは、真祖の血液を直接注入されて生まれるものだ。血族を喰らうということはすなわち、真祖の一部を喰らうということに他ならない。
であれば。
――であるならば。
第四血族を喰らった阿久が第四の忌能の一部を使用できることに、なんの疑問があろうか――。
「――終わりだ、第六真祖」
阿久の背に生えた漆黒の翼。既に翼は片翼でなく、両翼となっている。
ぎゅるりと音をたて、阿久の胸の前で二対の翼が絡まり、渦を巻く。
「――ふ、ふふふ」
身体が、動かない。そして眼前には、最後の一撃を放とうとする久世原阿久。
この状況で笑うアルバートは、諸手を上げて叫んだ。
「さぁ来い吸血鬼喰い! その一撃、受けてやる!」
「ああ、言われずともなァッ!」
阿久もまた咆哮するように叫び、胸の前で渦を巻いた両翼を、螺旋を描いた杭として打ち出した。
漆黒の螺旋杭は、これまでロクにダメージを与えられなかったアルバートの胸を貫いて。
その、心臓を。
――喰らった。
☆
そうして。第六真祖の肉体は灰となり、久世原阿久のその手に一つ、勝利が刻まれた。
「――見たか、アルラ」
“ええ、勝ったわね”
「このまま、勝ち続ける。他の真祖も総て、この手で」
その場に倒れた阿久は、空を見た。
綺麗な月を掴みとるように、己の掌を月に重ねた。
“……ええ。総ては――”
――総ては、我欲の為だけに。




