表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪なるミタマ  作者: 九尾
第四幕 敢為邁往編
60/100

深層/もう一つの“心臓”

 ――。

 ――――。

 阿久は、白い世界にいた。

 他には誰もいない。アルラさえもいなくて、不思議に思った。

 どうしてだろう、少し心細いと、思った。

 周りを見渡しても、何もない。ただ、白かった。

 どこかで見たことがあると思えば、あの《教会》に似ているのだ。病的なまでの白さ。他には何もない静けさ。けれど、あの教会以上に、この場所には何もない。

 空はなく、太陽も月もなく、そして、壁も床も何もない、奇妙な空間。

 その世界で。


「阿久」


 誰かが、自分を呼んだ。


「……誰だ」


 阿久が振り向くと、そこには見知った少女の姿があった。

 茶髪に、改造された制服。小さな身体だけれど、大きめの胸。

 南かえでだった。


「なんで、お前が」


 こんなところに、いる?

 問いかけた阿久に、かえでは「うーん」と可愛らしく首をひねり、


「どうしてだろうね」


 そう、あの日の笑顔のままで笑った。

 その笑顔は、輝いていた。何を嘆くでもなく、何を苦しむでもなく、ただ、輝いていた。

 なのに、阿久の脳裏に思い出されるのは、楽しかった日々ではなく、かえでを失ったあの日。

 ウォルターに吸血され、恐怖におびえたかえでの表情。

 阿久は彼女にどんな顔をしたらいいのかわからなくて、困惑して、ようやく、口を開いた。


「――すまん」


 目を逸らした。


「ん、どうして阿久が謝るの?」


 阿久が少しかえでを見ると、本当にどうして謝られているのかわからない困惑した様子で、阿久の顔を見ようとかえでが駆け寄って来た。

 かえでは阿久の目を見ようとしたが、阿久は目を合わせなった。


「俺は、お前を守ると決めたのに、守れなかった。俺の甘い心のせいで、お前を殺してしまった。だから、すまん」


 再度頭を下げた阿久に、かえでは「ふーん」と、小悪魔のような笑みを見せた。


「なら、一つ条件」


「条件?」


かえでの言葉を反復して、阿久は頭を上げた。


「少しでも後悔してるなら、ずっと此処に居て。ずっと、あたしと一緒にいてよ」


 そう言って、阿久に抱き付いた。


「……」


 阿久の瞳。

 その中に、かえでが映る。

 彼女の瞳は、不安で揺れていた。


「あたしと居るのは、いやなの? 後悔、してないの?」


「――」


 彼女の言う後悔とは、何を指すのだろう。

 あの日、かえでを死なせてしまったことか。それとも、かえでをあの場に連れて行ったことか。それとも、初めて会ったとき、かえでを助けたことか。

 阿久は、言葉に詰まった。

 あの日、かえでを失った。けれどその代わり、得るものがあったのだ。結果として阿久は《堕天使の翼》というものを手に入れて、そして第七ウォルターを打倒するに至った。

 かつて交わしたアルラとの約束。それが一歩、前に進んだ。

 南かえでの死を利用して、久世原阿久という男は一つ、目的に近づいた。

 彼女を守りたかった。けれど、守れなかった。代わりに雲の上に手が伸びたのだから、結果としてそれは、阿久にとって願ってもない幸運だったのだ。

 だから阿久は、答えた。


「後悔は、していない」


「……嘘。阿久は後悔した。あたしを殺して、後悔したよ」


 雨の中。暗い部屋で、阿久は後悔した。あの時、北条久遠を殺していたらと。

 ああ、確かに。後悔した。だが。

 だが――それでも。もう、二度と。


「後悔は、しない」


 はっきりと、そう告げた。


「本当に? あたしが、阿久を恨んでも?」


 かえでは、阿久に詰め寄った。

 その視線には、先に見えた輝きはない。代わりに、黒ずんでいる。悪意が満ちている。

 これまで見たことがないような、かえでの人を恨む視線。いつも、我儘で。いつも、天真爛漫に生きていた、子供のような彼女。そんなかえでから、悪意を持った視線を向けられている。

 ――それでも。


「俺は、後悔はしない。絶対に」


「あたしは、後悔してるよ。本当は、もっと生きていたかった。もっと阿久やアルラさんと一緒にいて、もっとたくさん話したかった。死にたくなかったよ。でも、死んじゃった。……だからさ、阿久。せめて一緒にいてよ。あたし、寂しいの。こんな広い場所で一人きりは、辛いんだよ」


 ――それでも。


「俺は、後悔しない。例えお前に恨まれようと」


 確かにかえでは失った。それでも、得るものがあったのだ。それは、他の何にも代えられない、戦うための力。目的を達成するために、必要な力。

 もともと阿久は、かえでを助けるためにアルラと共に戦ってきたわけじゃない。

 助けたいと思った女がいた。惚れた女がいた。

 そのために、総てを利用すると誓った。

 ならばどうして、後悔する理由があるという。


「……悪魔みたいな人だね、阿久は」


「――ああ。俺は悪だ」


 正義の道も道徳も、皆すべからく無用の産物、()きたい者が()けばいい。

 久世原阿久には、譲れない信念がある。譲れない目的がある。そのためならば、他の総てを捨てられる。

 利用できるならば利用する。邪魔をするなら喰い殺す。

 もし阿久が後悔するとしたら、その時は一つだけ。

 アルラを、泣かせた時だ。不幸にしてしまった時だ。

 だから阿久は、後悔しない。これまでのことも後悔しないし、これからも絶対に後悔しない。

 最後にアルラを笑顔にすることができるならば、それだけで。

 この久世原阿久という男の命に、意味はある。


「それが、俺の在り方だ」


「――例え、ここであたしに殺されても?」


 かえでの手が、阿久の首を締めようと、握った。

 けれど、抵抗することもなく。


「ああ」


 阿久は、肯定した。

 かえでは阿久の瞳を見つめる。くっと、首を絞める手に力がこもった。

 だがやはり、阿久の瞳は揺るがない。

 後悔しない。ただ一つの目的のために生きていく。その確固たる意志を持って、阿久は南かえでを見つめ返した。


「……やっぱり、敵わないなぁ」


 そういって、かえでは阿の首から手を離し、ひらひらと手を振った。くるりと踊るように回って、手を後ろで組んで阿久に背中を見せる。


「あーあ、やんなっちゃう」


 ため息をついて、小さな石ころでも蹴り上げるような仕草をして、かえでは阿久を見た。かえでの瞳には、もう悪意などは存在しなかった。

 眼前の南かえでは、阿久の知る南かえでになっていた。


「やっぱり、ずるいよ。阿久ってば、かっこいい」


 なにがなんだかわからない阿久に、かえでが答える。


「あたしね、阿久を少し試したの。阿久がアルラさんと進もうとしているのは、茨の道だから。阿久にそんな覚悟があるか試したんだけど……うん。覚悟があるなんてものじゃないね、絶対に成し遂げるっていう気持ちがある。失敗なんて考えてないんだ。その時その時の最善を選んで、切り詰めて、最後の最後まで目的を果たそうとするその意志は、きっとどんなことがあっても揺らがないんだね。

 あー、あたしもこんなに想われてみたい」


 やはりわからないという顔をする阿久に、かえでは「わからなくてもいいよ」と言って、阿久の後ろを指差した。


「そっちにね、アルラさんが待ってる。行ってきなよ、阿久」


 かえでが指差したその先に、必死で阿久を呼ぶアルラの声が聞えた。

 それを聞いて、阿久は総てを思い出す。

 現在第六真祖と交戦していた阿久は、心臓付近に並ならぬダメージを受けて、一時的に意識を失っていたようだった。

 ――戻らなければ、ならない。戻って、この手に勝利を掴まねばならない。


「……助かる」


 阿久は、歩く。

 まっすぐに、歩く。


「ねぇ、阿久。あたしもね、後悔してないよ。あんたに会えてよかったと思う。あんたに会えて、あたしは少しだけ、強くなれた気がしたから」


 阿久は、歩く。

 かえでの方には振り向かない。ただ、歩く。アルラを助けるためだけに。


「もう、会うことはないだろうけど、あたしはあんたを応援するよ。あんたの心臓として、あたしが力を貸したげる」


「――ああ。力を貸せ、かえで」


 呟いた阿久の瞳は、真紅に光輝き。

 爪牙は更に鋭く尖り。

 そして、ずるりと。漆黒の()()が、その背に生えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ