挿入・大英/案内人
いつものように、少女は男の帰りを待っていた。
今日は、何時に帰宅するのだろう。
遅くなるという連絡が来ないから、早く帰宅してくれるのだろうか。
――彼は、帰ってこない。
もしかしたら、連絡する時間もないほど忙しいのかもしれない。ということは、彼の仕事が進んでいるということだ。それはきっと、喜ばしいことだ。
もしそうなら、心配ではあるけれど、何も問題はない。
――彼は、帰ってこない。
少女は、待った。待ち続けた。
それでも彼は。氷川悠斗は、帰ってこなかった。
朝日が、昇った。
あまりの眩しさに、少女は目を開けていられない。カーテンを閉めて、少女は一人布団に入った。
「悠斗、大丈夫かな」
呟いて、少女は眠りにつく。
目が、覚めた。時刻は夕方。もうそろそろ日が沈む。
自分は一体、何時間寝ていたのだろう。
少女は寝ぼけた頭で考えながら、軽く食事を取ろうと思った。シャワーを浴び、身なりを整え、部屋を出ようとしたときに。
ちょうど、一人の奇妙な男が彼女の前に立っていた。
全身黒い服で、黒い帽子。
「……おや。まさか本当にこんなところにいらしたとは」
彼は少女を見て、そう言った。
帽子を取り、美しく一礼する。
「我が姫が貴方様に会いたいと申しておりますので、ご案内役を申し使いました」
彼の一言で、少女は総てを理解する。
彼が、何者なのか。
そして姫とは、誰なのか。
あの人は、『姫』は、わたしに会いたいなどとは、欠片も思っていないだろうに。
心の中で呟いて、「断ればどうなる?」そう問うた。
「……そうなれば、お連れの方がどうなるか。貴方様は、あの方のことを誰よりも熟知していらっしゃるでしょうに」
「――ええ。……そうだった」
あの女は、そういう女だった。
だから、少女は『姫』が気に食わない。また道徳観念を一切気にかけないあの女の方も、少女の事は嫌いだろう。
互いに嫌い合っている者同志、そっとしておいてもらいたいものだが、どうやらあの女はそれすらもが嫌らしい。嫌、嫌、嫌、あれもこれも嫌だから、全部全部自分の好きなようにする。そんな子供の相手は、どうにも疲れるな。
呆れるように、ため息。次に顔をあげた少女の視線は、まるで見る者を石に変えてしまうほど恐ろしいものであった。蛇に睨まれた蛙という言葉があるが、まさにそれだ。少女の視線に、男は僅かながら恐怖を思う。
とても小柄な体から発されたとは思えない殺気を瞳から零して、少女は言った。
「……案内を」
「――承りましてございます」




