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悪なるミタマ  作者: 九尾
第四幕 敢為邁往編
55/100

百年前を知る男

 時刻はもう夕方。この寒い時期では、十分すぎるほど暗くなる。

 日が苦手なアルラでも、楽に外を歩き回ることができるだろう。

 阿久とアルラは幾つかの書店を見て回っていた。見るのは当然、百年前に関しての文献だ。

 けれど、書店にはどうも見当たらない。そんな中、不意に、とある本が目に入る。

 それは『ヒトのためにできるコト』だった。


「わたし、この話が好きだったの」


 アルラが、言った。


「ああ、知ってる」


 この作品は、彼女がいつも読んでいた本だから。


「自己犠牲、というのかしら。わたしはもともと負の塊みたいなものだから、こうやって生きるしかないように思っていたの」


 この作品の主人公は、過去両親を失っている。自分が殺したわけではなかったけれど、両親の死の間接的な原因を作ってしまったために、自分は罪を背負ったと思って生きていた。

 彼の口癖は「死にたい」。けれど、彼は死なない。それは、生き、苦しむことこそが彼に架された罪への裁きだと信じていたから。

 そんな生き方は馬鹿らしいと、阿久は思う。

 だから阿久は、アルラに問うた。


「今はどうだ」


 黒い彼女は、くすりと笑って。


「罪を償うだけの人生なんて、馬鹿らしい。やりたいように生きていくわ」


 そういって、書店の奥へと進んでいった。


「そうか。……お前には、きっとそれぐらいがちょうどいい」


 その時のアルラはきっと、笑っていて。

 その時の阿久も、きっと笑っていたのだろう。


        ☆


 しばらく阿久とアルラは二人で探していたが、どんな大きな書店にもなかなか百年前の文献が残らない。古本屋には掘り出し物があるのではないかと思っていたが、どうにも見つからない。

 そこで、アルラは自分は図書館で調べものをすると提案した。

 正直、この時間では国立図書館はとうに閉まっているだろうと思い、阿久はそれを伝えたが、対する彼女は諦めるどころか、不気味に口を釣り上げた。

 思えば、彼女の単体時の忌能はモノの影に入る事。影の中での移動も可能である。そして彼女は毎晩と、暗闇の中で本を読んでいた。

 図書館は侵入が難しいし、暗闇の中で本を読むのは難しい。――そう、人間にとっては。しかし、彼女にしてみればどうであろうか。

 つまり、そういうことだ。

 

        ☆


 そんなわけでアルラと二手に別れて資料探しを始めた阿久だったが、やはり簡単にはみつからない。


「百年前……ないな」


 百年前の文献はなかったが、しかし枯血病についての文献だけは一つだけ見つけることができた。それは百年前に流行し、突如姿を消した疫病だ。けれど書いてあるのは、枯血病についてだけであるし、それもよくよく読んでみれば、“実態は分からないが、おそらくは、こういうものであろう”という、憶測ばかりで書かれた論文のようなものだ。

 駄目だこれは。

 本棚にしまって、他の歴史書コーナーを漁ろうと場所を変えようとした阿久の隣に、一人の外国人らしい紳士が現れた。

 外国人らしい見た目の通り、身長は阿久よりも少しばかり高く、肩幅も広い。

 正直、邪魔だ。

 そう思いつつ隣を抜けようとしたところを、「もし」と肩に手を置かれた。


「……なんだよ」


 不快の色を隠さず、阿久は男を睨んだ。

 室内であるのに、シルクハットをかぶり。かつんとステッキを鳴らした男は、その口をニンマリとゆがめて、告げた。


「青年。百年前の資料をお探しかね」


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