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悪なるミタマ  作者: 九尾
第四幕 敢為邁往編
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予兆

「貴様のような外道には、俺のような外道の制裁が相応しい」


 深夜。

 帝都、月区画。

 三人の家族がいた。

 一人の、女がいた。

 女は両親を子供の前で殺し、残った子供が恐怖に怯える様を堪能した後に、拷問の如き苦痛を与え、その死骸から吸血する鬼であった。

 “心臓”(いわ)く、女は第二世代の吸血鬼。年配の婦人であった。

 阿久の視線、アルラの意識が、赤い血だまりの中心にある子供の死骸に向く。

 両手に釘を刺され、両手両足の爪は剥がされ、指の一部は不自然な形に曲がっている。そして両手足の付け根は、まるでプレス機にかけられたように押し潰されていた。恐怖の為か激痛の為か、もしか出血の為か、子供は白目を剥き、口から血の混じった泡を吹いて死んでいる。

 吸血対象にこれだけの残虐非道な行為を行う吸血鬼を見るのは、初めてだった。

 子供の死骸の近くに、ほぼ無傷なままの吸血されたと思われる子供の両親の死骸があるところを見ると、この婦人は両親だけをさっさと吸血して満腹感を得たので、残った子供を玩具にしたようだ。

 流血のほとんどない両親に比べ、子供の死骸からは致死量並みの流血があった。


“なかなか、いい趣味してるじゃない”


 アルラが言う。

 ――まったくだ。

 阿久も、それに賛同した。

 こんな外道が相手なら、容赦なく殺せるというものだ。

 そうして。

 子供の死体を中心に、一人の男と婦人は対峙した。


「狂い哭き叫べ、吸血鬼。食刑(しょけい)の時間だ」


 子供の死骸から視線を移し、阿久は婦人を睨む。

 婦人もまた、血にまみれた口を袖で拭って睨み返し――正面に存在する敵へ駆けた。

 婦人は阿久に向かって爪を光らせるが、難なく(かわ)した阿久は腹部に向けて一撃を叩き込む。婦人は後方へ吹き飛んだ。裏路地にあるパイプを壊して尚勢いは止まらず、そのまた後方にある換気扇に突っ込んだ。


「あ、あぐぅ……」


 口をパクパクさせた女に、阿久は歩く。

 女が、阿久を見た。阿久が歩を進める度に這いずって後方へ逃げようとするが、阿久の歩の方がいくばくも早い。女の目の前に、阿久が立つ。


「よう。どこ行くつもりだ」


 ポケットに手を入れたままそう言うと、婦人は身体を震わせて、阿久を見た。


「た、助けて……」


 小さな声で、そう言った。


「よく聞えなかったな。もう一度言ってくれ」


 小さな子供の前で両親を殺し、そして子供の爪を剥がし骨を折り、手足を押し潰して殺した女が、どの立場でものを言っているのか、まるでわからなかった。


「た、助けて! なんでもするから、命だけは!」


 阿久の足に縋りついて、婦人は必死で命乞いをする。


 ――そうやって、お前が殺した子供も命乞いをしたのではないのか。

 ――その上で、お前はあの子供を殺したのではないのか。


 舌打ちをした阿久は、婦人を蹴り飛ばした。

 蹴られた婦人は路地裏の壁に小さなクレーターを作って、(こうべ)を垂れる。

 こんな女の顔は、長く見ていたくない。

 腕を、変化させようとしたときに。

 阿久は、身体の内で何かに弾かれるような感覚があった。どこか、心の辺りでつっかえる、壁のような異物がある。そう、思った。

 これまで感じたことのない違和感。ふと、腕を見る。

 腕は、変わっていなかった。


「――アルラ?」


 どういうわけか、忌能が使えない。

 何事かと思って問いかけると「……ええ」と、ぎこちない答えが返ってきた。


「腕が変わらないんだが」


 再度問いかける。


“……わたしにも、わからない”


 間を置いてそう答えたきり、アルラは何も言わなくなってしまった。

 おかしい、そう思って何度も腕を変身させようとするが、何も変わらない。自分の腕は、自分の腕のままだった。

 疑問に思っていると、「キエエ!」と奇声を上げて、蹲っていた婦人が起き上がり、阿久を押し倒した。

 あまりに突然であったことに加えて、意識は完全に変身しない腕の方に向いてたものだから、不意を突かれてしまった。

 両手首を婦人の両手に掴まれる。すぐには、解けなかった。


「ははははッ! よそ見なんかしてるからだ、ざまァないね! このままアンタの首筋をかみ切っ――」


 ゴプリと、婦人の口から血が垂れた。

 阿久の顔に、バシャリとその血液が降り注ぐ。


「どう、し……」


 婦人の顔が、己の胸元へ向けられた。

 婦人の胸には、巨大な黒い腕が深々と突き刺さり、心臓を抉り取っていた。

 一体、どこから。婦人が腕の先を目で追うと、そこは阿久の胸がある。阿久の胸から、巨大な黒い腕が服を突き破って生え、夫人の胸に突き刺さっているのだ。

 己の胸から腕を出したこの男は、一体――。

 その答えを出す前に。


「残念だったな」


 バクリと。その心臓は。手の平に創り出された、巨大な口に。

 喰われて、消えた。

 そうして灰となった吸血鬼を見て、阿久はポケットから小さな瓶を取り出した。この灰を回収するためだ。さっさと回収しようと思ったときに、路地裏で大声を上げる女がいた。

 どうやら、たまたま路地裏を通りかかった女のようだ。そして運悪く、子供の死骸を見つけたらしい。

 警察に通報されては厄介だと思ったが、彼女は死骸を見たせいか、泡を吹いてその場に倒れてしまった。念のために、起きるかどうかをアルラに見張らせて、自分は灰を回収した。

 吸血鬼に殺された家族が吸血鬼化しないよう、先ほどアルラが離れる前に心臓を取り出しておいたので、大丈夫だろう。

 もう此処に用はない。そう判断した阿久は、アルラに「帰るぞ」という。

 気絶したらしい女を興味深げに眺めて、路上に座り込んだアルラは、女をつついていた。


「……なにやってんだ、お前」


「いえ。ふと、思ったの」


「何を」


「どうしてわたしは、あなたの中に入ることができるのか」


 どういうことだ、と首を捻った阿久は、「吸血鬼喰いのことか?」と問う。


「ええ。この女でも吸血鬼喰いになれるかどうか、試したのだけれど」


「聞くまでもないと思うが、結果は」


 駄目ね。アルラはそう言って立ち上がり、スカートについた砂埃を払った。


「そこで、思ったの。どうして阿久は、吸血鬼喰いになれるのか」


 そんなことを言われても、阿久からしてみれば、「どうして人間の胸には心臓という器官があるのか」という疑問と大差ないほど難しい疑問であった。

 何かしら理由があるのかもしれないが、阿久はそれほど生物学について詳しいわけでもないし、正直なところどうでもいい。

 ただ、先ほどの戦闘で変身が思うようにいかなかったことだけは、気になったが。

 憶測ばかりで、結論の出ない思考をしても仕方ない。


「……さぁな」


 そういって、阿久は歩き出した。

 気絶した女を不思議そうに眺めたアルラは、静かに阿久の後ろをついて来た。


        ☆


 ――朝。

 久世原阿久は、目を覚ます。


「おはよう」


 そこには、いつものように、文庫本を片手に読む女――アルラの姿があった。


「おう」


 起き上がった阿久が外を見ると、もう日が昇っていた。

 寝すぎたな。けれど、それも仕方ないか。

 第四血族を倒したあの後、阿久は空港から飛行機で大英帝国連合にサヨナラをして、此処日本、帝都月区画のアパートまで帰宅した。人ごみが苦手な阿久は、飛行機や電車に乗っているその間、ほとんど寝ることができなかった。そのうえで、日本に帰って数時間もしないうちに吸血鬼と遭遇したのだから、疲労もたまるというものだ。


「アルラ、お前も寝るか?」


 問うと、いいえとだけアルラは言った。


「そうか」


 阿久が布団を片付け、この時間はもう昼飯かなと思ったときに。

 ピンポンと、チャイムが鳴った。

 誰だろうか。寝起きで機嫌が悪いときに新聞の勧誘などが来られたら、一発顔に拳をお見舞いするかもしれない。

 布団をそのままに、廊下を歩いてドアを開くと、そこには見知った顔があった。


「やぁ、阿久」


 氷川悠斗だった。


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