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悪なるミタマ  作者: 九尾
第四幕 敢為邁往編
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序・姫 絵本/正体/天使の欠片

 この世には、白い天使がいます。

 それを知っただれかがむりやり、天使が空をとんでいたところをよびつけました。

 白い天使は、ことわりました。


「そこは、ぼくがいくべきところではないよ」


 そういいました。

 でも、だれかはあきらめませんでした。そして『まほう』を使い、白い天使をわたしたちの世界におとしたのです。

 白い天使は、空に生きていました。わたしたちの世界と、空の世界はちがいました。

 空にとって当たり前のものが、わたしたちの世界にとってはドクでした。

 白い天使から、たくさんのドクがあふれていきました。

 たくさんのドクが、わたしたちの世界をよごしていきました。

 でも、白い天使は空からおちたケガで、動けませんでした。

 あるとき、白い天使がおちているのを見つけたはかせがいました。

 そのひとは白い天使を家につれていって、聞きました。


「どうすれば、このドクをけすクスリを作れますか?」


 白い天使は、クスリの作り方をしらないといいました。

 それなら、しかたないなあ。どうしたら、ドクをけせるんだろう。

 はかせは、かんがえました。

 そんなときに、思ったのです。


「天使にとってドクじゃないのなら、ぼくたちも天使になればいいんだ」


 はかせは、たくさん考えました。たくさん、たくさん、考えました。

 そして、はじめに一〇人の人が、天使になったのです。

 でも、一〇人の天使は、白い天使ではありませんでした。

 黒い天使だったのです。

 黒い天使は、ドクをだしました。たくさん、たくさんドクをだしました。このままでは、わたしたちの世界はドクばかりになってしまう。


「このままでは、だめだ」


 白い天使は、自分のからだをつかって、小さな天使を作りました。

 小さな天使は、黒い天使のわるい心と、たくさんのドクを、たべていきました。

 一〇人の黒い天使のわるい心と、たくさんのドクをたべた小さな天使は、白い天使のところへいって、白い天使をたべました。

 すると、小さな天使は、もとの白い天使になったのです。

 白い天使のケガはなおりました。

 白い天使は世界をもとにもどして、空の世界へかえって行きました。

 こうして、わたしたちの世界にドクはなくなりました。

 わたしたちは、いつものように生活することができるようになったのです。


 ――著者:シャルロット・マーレイ

 ――児童文庫『天使のはなし』


        ☆


 ドクンと、彼の心臓が脈打った。

 これは、胎動。新たな生命が生まれる前の、生の鼓動。

 ドクン。ドクン。

 ――欠片を、回収せよ。

 ドクン。ドクン。

 そうして、わたしは生まれ堕ちた。

 なんの当てもないまま、わたしは目的のために旅をした。

 欠片の回収という、目的のために。


 旅の中で、何者かに襲われた。

 なんとなく、理解する。これは、敵だ。自分が、倒すべきものなのだ。

 けれど、今のわたしに勝ち目はない。欠片が、足りない。

 だから、逃げた。

 逃げて、逃げて、とにかく、逃げた。

 一度、あまりの衝撃に記憶が飛んだ。

 自分が何だったのか、わからなくなった。何が目的だったのか、わからなくなった。それでも、目的があったことだけは覚えていた。

 死ねないと、思った。


 それは、雨の夜だった。

 ひどい、雨の、夜だった。

 敵に襲われた。殺されそうになった。ここで自分は終わりかな。

 そう思ったとき、一人の男と出会った。

 たまたま視線が合っただけであったので、出会うという表現はいささか不適切なようだが、彼とわたしは、その時確かに出会った。――出逢ったのだ。

 彼の瞳は、何かに怯えているように思った。敵が怖いとか、死ぬのが怖いとか、そういうことではなく、生きることに怯えているように思った。一人でいることに、恐怖を感じているように思った。だからだろうか、放っておけないと思った。

 彼を一人にしてはいけないのではないかと、思った。

 しばらく見つめ合っていた時に、敵が追いついた。彼の事をもっと知りたいと思ったけれど、敵は待ってくれない。敵は容赦無く、わたしに攻撃を仕掛けた。自分の状態、敵の攻撃速度に位置状況、それら総てを割り出して最善の行動を取ろうとしたけれど、この一撃ばかりは避けられないと思った。

 ――こんなところで、死んでしまうのだろうか。

 なんとなく、ここでは死なないと思うもう一人の自分が、頭の片隅で冷静に考えた時に。

 彼は、走った。走って、わたしを突き飛ばして、敵の攻撃から助けてくれた。どうしてかわからないけれど、助けてくれた。

 わたしを助けた代わりに、彼は敵の攻撃を受け、心臓を失った。

 彼を助けなければならないと思った。

 方法は、何故かわかった。もともと欠片であった自分が、彼の欠片となる事で、本来の役割を果たせるのだと、身体に刻まれた何かが知っていた。

 こうして。

 わたしは。

 ――彼の、“心臓”になったのだ。


 彼は、新たに心臓となったわたしを受け入れてくれた。

 わたしのために、家を準備してくれた。わたしのために、服を買ってくれた。わたしのために、わたしのためだけに、多くの事をしてくれた。

 本当は嫌だろうに、わたしのために争いの日々へ身を投じ、共に戦ってくれた。

 そんなある日に、彼はとあるものをくれた。

 クレープとかいう、食べ物だった。

 とても、甘い。

 とても、甘い、食べ物だった。

 でも、美味しいと思った。優しい味だと思った。

 彼の横顔を見る。笑ってもいないし、怒ってもいない。ただ淡々と、クレープというものを食べていた。

 それでも、何故だろう。

 彼なりの優しさを感じた気がした。彼は自分を大切に思ってくれているんじゃないかと、思った。

 その時のクレープの味は、きっといつまでも忘れない。


 いつから、だろう。

 わたしは、彼の事を大切に思うようになっていた。

 彼には、幸せでいてほしい。彼には、笑っていてほしい。

 彼と過ごす日々が、わたしにとっての宝物だった。


 数年が、過ぎて。


 彼は、一人の少女を家に連れてきた。

 彼女は普通の人間だった。普通の心を持った、普通の人間だった。すこしばかり我儘なところはあったけれど、個性と呼べる範囲のもので、本当に、普通の人間だった。

 彼は、彼女に魅かれていたように見えた。

 そして彼女との会話の中で、彼は初めて笑ったのだ。わたしにも見せたことのない笑顔を、彼女には見せたのだ。

 正直、嫉妬した。

 それと同時に、思った。

 彼が望むのは、彼女のような存在なのではないかと。

 わたしは、厄介者だ。たまたま命を助けてもらって、たまたまお世話してもらって。その挙句、共に戦ってくれというのだ。

 わたしは、彼になにもしてあげられない。なにも与えられない。本当に、本当に。不幸しか運ばない。そしてわたしのせいで――少女は死んだ。

 彼は、泣かなかった。けれど、きっと、泣きたかっただろう。

 わたしには、何もできない。

 彼を癒すことすらも、できない。

 彼から、貰うばかりで。彼から、奪うばかりで。

 わたしは彼にとって、総てを奪い、戦うことを強いるだけの、兵器なのだ。

 これを厄介者と言わずして、なんという。

 

 あなたは、わたしを助けるべきではなかった。

 あなたは、わたしと出会うべきではなかった。

 ――あなたは、わたしを捨てて生きるべきなのだ。


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