序・姫 絵本/正体/天使の欠片
この世には、白い天使がいます。
それを知っただれかがむりやり、天使が空をとんでいたところをよびつけました。
白い天使は、ことわりました。
「そこは、ぼくがいくべきところではないよ」
そういいました。
でも、だれかはあきらめませんでした。そして『まほう』を使い、白い天使をわたしたちの世界におとしたのです。
白い天使は、空に生きていました。わたしたちの世界と、空の世界はちがいました。
空にとって当たり前のものが、わたしたちの世界にとってはドクでした。
白い天使から、たくさんのドクがあふれていきました。
たくさんのドクが、わたしたちの世界をよごしていきました。
でも、白い天使は空からおちたケガで、動けませんでした。
あるとき、白い天使がおちているのを見つけたはかせがいました。
そのひとは白い天使を家につれていって、聞きました。
「どうすれば、このドクをけすクスリを作れますか?」
白い天使は、クスリの作り方をしらないといいました。
それなら、しかたないなあ。どうしたら、ドクをけせるんだろう。
はかせは、かんがえました。
そんなときに、思ったのです。
「天使にとってドクじゃないのなら、ぼくたちも天使になればいいんだ」
はかせは、たくさん考えました。たくさん、たくさん、考えました。
そして、はじめに一〇人の人が、天使になったのです。
でも、一〇人の天使は、白い天使ではありませんでした。
黒い天使だったのです。
黒い天使は、ドクをだしました。たくさん、たくさんドクをだしました。このままでは、わたしたちの世界はドクばかりになってしまう。
「このままでは、だめだ」
白い天使は、自分のからだをつかって、小さな天使を作りました。
小さな天使は、黒い天使のわるい心と、たくさんのドクを、たべていきました。
一〇人の黒い天使のわるい心と、たくさんのドクをたべた小さな天使は、白い天使のところへいって、白い天使をたべました。
すると、小さな天使は、もとの白い天使になったのです。
白い天使のケガはなおりました。
白い天使は世界をもとにもどして、空の世界へかえって行きました。
こうして、わたしたちの世界にドクはなくなりました。
わたしたちは、いつものように生活することができるようになったのです。
――著者:シャルロット・マーレイ
――児童文庫『天使のはなし』
☆
ドクンと、彼の心臓が脈打った。
これは、胎動。新たな生命が生まれる前の、生の鼓動。
ドクン。ドクン。
――欠片を、回収せよ。
ドクン。ドクン。
そうして、わたしは生まれ堕ちた。
なんの当てもないまま、わたしは目的のために旅をした。
欠片の回収という、目的のために。
旅の中で、何者かに襲われた。
なんとなく、理解する。これは、敵だ。自分が、倒すべきものなのだ。
けれど、今のわたしに勝ち目はない。欠片が、足りない。
だから、逃げた。
逃げて、逃げて、とにかく、逃げた。
一度、あまりの衝撃に記憶が飛んだ。
自分が何だったのか、わからなくなった。何が目的だったのか、わからなくなった。それでも、目的があったことだけは覚えていた。
死ねないと、思った。
それは、雨の夜だった。
ひどい、雨の、夜だった。
敵に襲われた。殺されそうになった。ここで自分は終わりかな。
そう思ったとき、一人の男と出会った。
たまたま視線が合っただけであったので、出会うという表現はいささか不適切なようだが、彼とわたしは、その時確かに出会った。――出逢ったのだ。
彼の瞳は、何かに怯えているように思った。敵が怖いとか、死ぬのが怖いとか、そういうことではなく、生きることに怯えているように思った。一人でいることに、恐怖を感じているように思った。だからだろうか、放っておけないと思った。
彼を一人にしてはいけないのではないかと、思った。
しばらく見つめ合っていた時に、敵が追いついた。彼の事をもっと知りたいと思ったけれど、敵は待ってくれない。敵は容赦無く、わたしに攻撃を仕掛けた。自分の状態、敵の攻撃速度に位置状況、それら総てを割り出して最善の行動を取ろうとしたけれど、この一撃ばかりは避けられないと思った。
――こんなところで、死んでしまうのだろうか。
なんとなく、ここでは死なないと思うもう一人の自分が、頭の片隅で冷静に考えた時に。
彼は、走った。走って、わたしを突き飛ばして、敵の攻撃から助けてくれた。どうしてかわからないけれど、助けてくれた。
わたしを助けた代わりに、彼は敵の攻撃を受け、心臓を失った。
彼を助けなければならないと思った。
方法は、何故かわかった。もともと欠片であった自分が、彼の欠片となる事で、本来の役割を果たせるのだと、身体に刻まれた何かが知っていた。
こうして。
わたしは。
――彼の、“心臓”になったのだ。
彼は、新たに心臓となったわたしを受け入れてくれた。
わたしのために、家を準備してくれた。わたしのために、服を買ってくれた。わたしのために、わたしのためだけに、多くの事をしてくれた。
本当は嫌だろうに、わたしのために争いの日々へ身を投じ、共に戦ってくれた。
そんなある日に、彼はとあるものをくれた。
クレープとかいう、食べ物だった。
とても、甘い。
とても、甘い、食べ物だった。
でも、美味しいと思った。優しい味だと思った。
彼の横顔を見る。笑ってもいないし、怒ってもいない。ただ淡々と、クレープというものを食べていた。
それでも、何故だろう。
彼なりの優しさを感じた気がした。彼は自分を大切に思ってくれているんじゃないかと、思った。
その時のクレープの味は、きっといつまでも忘れない。
いつから、だろう。
わたしは、彼の事を大切に思うようになっていた。
彼には、幸せでいてほしい。彼には、笑っていてほしい。
彼と過ごす日々が、わたしにとっての宝物だった。
数年が、過ぎて。
彼は、一人の少女を家に連れてきた。
彼女は普通の人間だった。普通の心を持った、普通の人間だった。すこしばかり我儘なところはあったけれど、個性と呼べる範囲のもので、本当に、普通の人間だった。
彼は、彼女に魅かれていたように見えた。
そして彼女との会話の中で、彼は初めて笑ったのだ。わたしにも見せたことのない笑顔を、彼女には見せたのだ。
正直、嫉妬した。
それと同時に、思った。
彼が望むのは、彼女のような存在なのではないかと。
わたしは、厄介者だ。たまたま命を助けてもらって、たまたまお世話してもらって。その挙句、共に戦ってくれというのだ。
わたしは、彼になにもしてあげられない。なにも与えられない。本当に、本当に。不幸しか運ばない。そしてわたしのせいで――少女は死んだ。
彼は、泣かなかった。けれど、きっと、泣きたかっただろう。
わたしには、何もできない。
彼を癒すことすらも、できない。
彼から、貰うばかりで。彼から、奪うばかりで。
わたしは彼にとって、総てを奪い、戦うことを強いるだけの、兵器なのだ。
これを厄介者と言わずして、なんという。
あなたは、わたしを助けるべきではなかった。
あなたは、わたしと出会うべきではなかった。
――あなたは、わたしを捨てて生きるべきなのだ。




