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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
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屍の従者

「阿久」


 突如、アルラが阿久の影から這い出て、阿久の背中を守るように周囲を見渡した。


「どうした」


 アルラの並ならぬ表情を見て、阿久の声が低くなる。


「――姿は見えないけれど。敵よ」


 それだけ言って、阿久の内へアルラが入る。

 ドクンと、心臓が脈打った。

 阿久の肉体に、明確な鼓動が生まれる。感情が生まれる。全身に血液を巡らせ、冷えた心を熱くする。これが、“心臓”。これが、生の“鼓動”。

 瞳は、真紅に輝き。

 爪牙は、鋭く。

 研ぎ澄まされた感覚が、周囲の気配を察知する。

 ――なるほど、並みならぬ気配遮断によって隠れていたか。

 阿久は人間の中でも気配に敏感な方だと思っていたが、半径十メートル以内に入られて気付かないというのは珍しい。

 数は……三といったところか。

 殺気を隠しきれず、気配が僅かに漏れている。


「おい、そう殺気立つなよ。要件は何だ」


 森に向けて、阿久は問う。

 答えは、ない。

 なら、此方から先手を取ろうと左腕を横に伸ばした時に。


 ――貴様、何処(いずこ)より現れた。

 ――否、聞くべきはそれではない。

 ――《教会》の場所を、知っているな。


 声が、聞えた。

 どこから響いているのかわからない、声。


「ああ、教会ね。あそこは飯が不味いからな。行くのは止めておけ」


 それでも尚、相手が場所を問うとして。けれど阿久は、答えない。

 不味いものではあったが、飯の恩がある。治療を受けた恩がある。恩ぐらいは恩で返しておかないと、罰が当たるというものだろう。

 吸血鬼喰い(しょくじ)のついでだが。これで、チャラでいいだろう。

 心の中で阿久が呟いた時に。

 ――そうか。ならば。


「その“心臓”、貰い受ける」


 森の中から、黒い影が駆けた。

 時刻は昼。しかしあまりに木々が生い茂る森の中には、日の光は届かない。

 せいぜいが軽く照らし出す程度で、満月の夜の方がまだ幾分か明るいほどだ。

 吸血鬼としては格好の舞台である。それなのに、阿久の目を持ってしても、黒い影の姿を追うのが精一杯だった。

 この速度は、真祖であるウォルターでさえも軽く凌駕する。北条久遠ほどではないにしろ、しかしその速度でこの森を縦横無尽に駆けられるとなれば――否、森だからこそか。どちらにせよ、十分な脅威には変わりない。

 一つの影が、阿久の隣を通過する。

 ザクリと、肩が裂けた。

 血が、舞う。


「つぅ……」


 動きは、なんとか見えた。けれど、見るのがやっとで、それに対応することは非常に難しい。広い場所でなら敵の姿も見えるのだろうが、しかし森に隠れられては見つからない。


「吸血鬼のわりに昼間を狙うとは、なかなか見上げた奇襲精神だな」


 軽い返事でもあれば、それを足取りに潜伏場所を特定してやろうと思ったのだが、流石に敵も馬鹿ではない。

 返事の代わり、剣筋が一閃、阿久を斬る。

 今度も、ほとんど見えなかった。

 辛うじて避けたものの、左肩が僅かに裂けた。

 ふと、違和感に気付く。

 腕が、びりびりと僅かに痺れる。

 小さく、痙攣していた。


「……おいおい、まさか」


“残念ながら、そのまさかね”


 阿久の呟きに、アルラが答えた。

 腕が思うように動かない。――毒だ。

 やってくれたな。阿久は毒づいて周囲を見渡すが、やはりそこに見えるは木々ばかり。

 人影は見えない。そして背後から、木々の隙間を稲妻のように飛び回り、バッタのように跳躍して迫り、風のようにすれ違い様に切り裂く。

 それが四方八方から来るのだから、如何に対処するべきか。

 ウォルターの風ほどではないにしろ、これはこれで鎌鼬と呼べるものではないかと思う程度には、彼らの動きは見事なものであった。


“――彼ら、第四の血族ね。漁夫の利でも狙ってきたのかしら”


 不意に、アルラが言った。


「お前、分かるのか」


“……。……ええ、多少は”


 アルラは確かに、第四と言った。なるほど、となればこれは第四真祖の配下の者か。

 それも、血族とアルラは言った。

 血族とは、真祖から直に血液を受けたものだ。その能力は通常の吸血鬼をはるかに凌駕し、また忌能を持つほど真祖に近づく上位種だ。通常種の吸血鬼では、二〇体いたところで真祖へ勝利は望めない。血族も一対一では真祖に勝ち目はないが、しかし三人がかりであれば、下の数字の真祖程度は打倒できるだけの力はあるという。

 此処にいる血族の数は丁度三人。なるほど、昼という時刻に完全に油断した教会には、真祖一人分の勢力で十分というわけか。

 アルラは言葉を続けた。


“《屍姫(コープス・プリンセス)》、第四真祖エリザベス。その忌能は薬物の生成、及びそれを応用した強靭な従者の生成。彼女単体の性能は真祖の中でも下の方だけれど、その忌能から群れを成すことに長けている。彼女を相手にするならば、対複数に向いた忌能でないと難しいわ”


なるほど。血族を増やすという忌能は、彼女個人で成立する忌能ではない。そのため、教会の聖痕も大きな効果は期待できないだろう。教会が第四の居場所を知りながら手を出さないのも、頷ける。


“第五と第二はその特性が特異だから別だけれど、他の真祖にはまず、エリザベスの軍勢に対しての有効策は存在しない”


 第六、第八、第九の細かな特性は知らないが、第七は風。あれは複数人を相手取ることが得意であるように見えるが、使い手の精神や状況判断力において問題が見られ、周囲を見る力がない。故に、実質操られる風は限られてくる。となれば、自分の倍以上の真祖を相手にするという状況には不利というものだ。

 ――しかし。自分たちならばどうか。


「……なるほど。つまり。――楽勝って事か」


 阿久は、笑った。

 フンと。危機的状況であるにも関わらず。


“そうね。対複数に対応できるわたしたちなら、逆に真祖一人を相手取るより有利”


 腕が、痺れる。

 目が、虚ろに霞む。

 けれど、負ける気はしなかった。

 阿久とアルラの余裕の態度が気に触ったのか。


「舐めるな」


 背後に、気配。それも、心臓を一突きする刺突のもの。

 阿久は、躱せない。

 否、躱さない。

 その刺突を、受けた。

 あばらを貫き、阿久のあばらを破壊して、第四血族の左腕が変化した(モノ)が、左胸から突き出したハズだった。

 なのに目の前の吸血鬼喰いは、倒れない。


「……へぇ、第四の忌能は毒を含めた薬物の生成、そしておまけ程度に、若干の身体変化ってとこか」


 己の肉体を、毒物を塗った刃物として活用できる、もしくは、注射器代わりのものであろうか。どちらにせよ、なかなか便利ではないか。

 けれど。けれど。

 ――けれど、その斬撃(やいば)は、彼の“心臓”には届かない。

 血族の攻撃が繰り出される前に、阿久は変身の能力を用いて、心臓の位置を右へずらしていた。

 ずりゅり。背中から突き出した槍のようなものが、血族の胸を貫き、彼の心臓を抉り出す。


「狂い哭き叫べ、吸血鬼。食刑の時間だ――」


 心臓を抉られて尚、血族は、阿久から逃れようとした。けれど、阿久の内側に刃として潜り込ませた腕が、どうしても引き抜けない。阿久の肉体が収縮し、その腕を離さなかった。

 焦る血族。しかし阿久は容赦なく。

 ――ばくりと、喰らった。

 彼の心臓を取り出した槍のような“それ”。“それ”に大穴が開いて、心臓をそのまま取り込んだ。

 瞳は、真紅に光り輝き。

 爪牙は、更に鋭く。

 その背に、漆黒の片翼がずるりと生えた。


「さて、こっからが本番だ。覚悟を決めろ」


 血族の一人が、落とされた。

 その事実に警戒をした残り二人の血族は、しばらく沈黙を保っていた。


“どうやら此方の出方を窺っているようね”


「だったら、御望み通り出方を教えてやろう」


 右手を、剣にする。それも、巨大な剣。

 この剣を振るい――。

 阿久は、右腕を低い位置に沈め、森の中へ伸ばす。

 ――半径一〇メートル程度の木々を一気に斬り倒した。

 隠れ蓑としていた周囲の木々が失われたためだろう。二人の血族の影が、森に逃げ込むところが見えた。当然、これを狙った阿久が彼らを逃すことがあるハズもなく。

 左腕を二支の剣として、二者の心臓を貫かんと伸ばす。

 果たして、阿久の剣は二者の肉体を貫いた。

 けれど、二者とも僅かに身体を逸らしたのか、心臓には届かない。

 先の血族の死から、此方の忌能を悟ったか。

 びりびりと痺れ、力の入らない肉体のまま、阿久は日光を避けるために森へ向けて駆けつつ、彼らを引き寄せる。

 まるで釣り針にかかったように引き寄せられた一人に、阿久は元のままの右腕で後頭部を殴りつけた。

 地を抉り、木々をなぎ倒し、血族の一人は成すすべなく、頭から地面に突っ込んだ。

 そしてその背中に、伸ばした右腕を突っ込んだ。

 当然、取り出すは心臓。そして、そのまま喰らう。


「――次」


 最後の一人。敵を刺したままの左腕に、力を込める。

 阿久が引き寄せようとする前に、血族は腹の一部を犠牲に、剣と化した阿久の腕を引き抜いた。そして阿久に向かい、木々の隙間を縫って、稲妻のように四方を駆けた。

 やはり、速い。だが、この暗闇の中では、吸血鬼の阿久にとって視界は良好。初めに存在していた位置が知れている以上、辛うじて目で追える。

 血族が、己の爪を五本のナイフのように変化させ、阿久の命を刈り取ろうと迫る。

 ――が、遅い。

 殺意が、足りない。

 右腕が、変身(かわ)る。

 その手は、悪魔のようで。その手は、人のそれでなく。

 限りなく、冒涜的。限りなく、暴虐的。どこまでも純粋に破壊のみを求めた、名状しがたく、また狂気じみたフォルム。闇より出づるその腕は、まさに混沌。

 ――《漆黒の腕》。

 阿久の右腕は空を這うように、獲物を求める獣のように、血族の胸元へと喰らいつく。


「ッ!」


 血族が、呻く。

 けれど回避は間に合わず、阿久の右腕は血族の胸を、心臓を掴んで貫いた。

 ゴプリと、血族が血を吐く。

 阿久の右腕が、心臓を喰らった。


 先に感じた肉体の痺れは、もう無くなっていた。


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