最強の使徒
一閃。
空に、あまりの速度で振るわれた剣が軌跡を描く。
二閃、三閃、多くの軌跡を描くも、しかし目標は完全に落とせない。
初めこそ掠り、有利な状況であるかと思われたものの、やはりアフムとて一人の真祖。それも、第五真祖――真祖の中でも強い部類に位置するものだ。彼が使徒の一人から吸血を行って以降、コーネリアの剣は彼を捉えられずにいた。
「……なかなかに動き回りますね。自分が有利に立っているというのに、使徒を背に取るのも忘れない。非常に、厄介です」
「まさか、教会最強のお方から、かような世辞を言われるときが来ようとは」
宙に浮いたアフムに迫り、コーネリアはその剣『ラ=ピュセル』を振るう。
しかし剣先は軌跡を描くばかりで、どうにもアフムに当たらない。そもそもの所、彼のような全身火の塊に、剣戟が効くかどうかが怪しいところではあるが。
「ですが、このままではいつかわたしが押されるのは明白ですね。となれば、ここで切り札の一つでも見せましょうか」
「さて、それはなにかな。あの薬か、それとも――」
「おそらく、違います。――聖痕、ですよ」
大剣を地に突き立てたコーネリアは、金色の髪を揺らし、両の手袋を外した。
その両手の甲には、真紅の六芒星。
「まさか、それは《天使》の――」
「……はて、《天使》? そんなものは知りませんね。これは聖痕、我ら教会の切り札です」
六芒星が、輝いた。
アフムの目が、見開かれる。
「コーネリア! あなたは一体、何を考えている!」
「言った筈です。あなたたち吸血鬼を駆逐することが、わたしの使命だと。考えていることは、それだけですよ」
剣を大地に突き立てたまま、コーネリアは剣の柄を踏み台に跳躍。低い姿勢のまま着地し、アフムへ駆けた。
何を狙っているのかはわからないが、大剣を手離したことによって遠距離攻撃の不安が消えた。そう思ったアフムは、己の拳を炎へと変化させ、強く握りしめる。
そのまま、コーネリア目がけて振った。
炎は地を焼き、空気を焼いた。あまりの熱量に、周囲の使徒が驚き、光に弱い吸血種が戦慄いた。
これでコーネリアの肉体の一部でも燃やすことができれば、アフムはこの戦いにおいて大きく優勢になる。もしかしたら、コーネリア打倒も夢ではないかもしれない。
けれど、手ごたえが、無い。
コーネリアは、何処へ。
考えた時、炎の中をほぼ無傷で駆ける少女の姿があった。
少女など、この戦場において他にはいない。コーネリア・ルートレッジだ。
「何――」
咄嗟に肉体を炎とし、彼女の攻撃を無効化しようとしたアフム。
しかし、コーネリアはその拳を握り。
一気に、打ち込んだ。
炎となったアフムの肉体は、基本的に物理干渉を受けつけない。己の肉体そのものを炎とする。それがアフムの忌能であり、特性だ。
そのハズ、なのに。
「ご――ぷッ!」
コーネリアの拳が、深々と、アフムの肉体に突き刺さる。
物理干渉を受けないハズの肉体に、衝撃。長年敵の攻撃を受けたことのないアフムの肉体は、初めてともいえる物理攻撃への対処法は存在せず、筋肉もまた炎となっているために防御の術がない。
殻を奪われた、ヤドカリのような気分だった。
一撃でも、心身共にアフムに十分すぎるダメージを与えた拳。
コーネリアを見たアフムの正面には、未だ振るわれていない左拳が迫っていた。
これ以上は、くらえない。
咄嗟に実体化させた己の右手で、コーネリアの左拳を掴む。
「ほう、実体化させて止めましたか」
「それは、何だ。どうして己の忌能が……」
返事の代わり、答える義理はないと言わんばかりに、柔軟な肉体から繰り出される蹴りが、ほぼ真正面に立っているアフムの顔面を捉えようと地を離れた。
全身を炎に変えてアフムは跳躍し、全身全霊をかけ、両腕から炎を噴き出す。
周囲が焦土へと変わり、未だ消えぬ炎が敵の姿を掻き消した。
これまで攻撃されることのなかった肉体へ攻撃される恐怖。また、効能のわからない《聖痕》への畏怖。思わずアフムは先を忘れ、不必要なまでの炎を噴き出してしまった。
そのせいで、敵の姿を見失った。
どこだ、コーネリアは何処にいる。
心に少しばかり冷静さを取り戻したアフムが、肉体の一部――先に攻撃された腹部だけを、修復のために肉体に戻し、宙に浮いたまま周囲を見る。
が、しかし接近する彼女の姿は現れない。
「一体、何を――」
企んでいる。それを言う前に。
焔を切り裂く巨大な剣『ラ=ピュセル』が、更に質量を増して巨大化して突如迫り、アフムの肉体――実体化させていた腹部を刺し貫いた。
ドプリ。アフムの口からは並みならぬ血液が溢れ、空を舞った。
まるで知っていることであるかのように、偶然もとに戻していた腹部が狙われた。
大剣が、宙で振り回される。
腸が掻き混ぜられる激痛に呻くアフムを容赦なく投げ捨てた大剣は、もとの大きさに戻されたのだろう。姿が消えた。
代わり。
跳躍し、宙に浮くアフムと同等の高さまで現れたコーネリア。その足が弧を描き、アフムの顔面に迫る。
コーネリア・ルートレッジ。その瞳は、アメジストのような輝きを放ち。
輝きの奥底では、銀河のような何かが、渦巻くかのよう。
まるで■■を、見透かすかのような。
「待て、まさか――」
気付いた事実に、喉を押し潰すような声を絞り出したアフム。その顔面に、コーネリアの蹴りが喰い込み、そして第五真祖は大地へと叩き付けられた。
土を抉り、草木を燃やし、隕石のように、男は自らの肉体によって構築されたクレーターに沈む。
とん、と。軽い足取りでコーネリアが隣に立った。
この少女には、体重などないのかと思わせるような足取りであった。
手には、大剣『ラ=ピュセル』。その瞳はアメジスト。銀河のような何かが、瞳の内で渦巻いている。
「――なるほど、そういうことか。いや、ここまで長く教会が続いたことを鑑みれば、至極当然の道理であるが、しかし。考え至らなかったとは、己の愚鈍さに呆れる他ないな……」
思考し、そして結論に行き着いたアフムはそのようなことを述べた後、剣を振りかぶるコーネリアに問うた。
「コーネリア。あなたの目的は、何だ」
「先も述べた筈ですが。吸血鬼の、駆逐です」
「それは、総てのか」
「――ええ、総て」
無論あなたも例外ではない。
アメジストの瞳が、それを物語る。
しかしアフムの方も、此処で殺されるわけにはいかない。
彼には彼の目的がある。
アフムは、全身から炎を噴き出した。
それは、正面の聖女に向けてではなく、大地に向けて。
爆炎、爆音、そして、爆発。
まき散らされる砂塵が、コーネリアの周囲を、視界を覆う。
「最後の足掻きですか……」
コーネリアが目を開くと、上空にアフムの姿があった。
「どうやら、日の出は近い。己はここで退く」
それだけいって、アフムは炎となり、やがて消えた。
「……あなたには、日の出など関係ないでしょうに」
「確かに、せめて一矢報いて帰りたいものだが――」
――状況が、悪い。
吸血鬼と一概に言っても、真祖によって特性は異なる。
第五真祖アフムの場合は、聖水が最大の弱点である代わり、日光はさほどの弱点とは成りえない。けれど。
「しかし、妥当な判断ですか」
周囲を見て、コーネリアは納得した。
周囲には、日の出を恐れた吸血種たちが既に撤退を始めており、また第八血族及び第九真祖の姿も既に無い。
どうやら、戦いは終わったらしかった。
その夜。
多くの使徒が命を落とし、多くの吸血鬼もまた葬られていった。
百人ほど存在していた使徒は五〇ほどに減り、吸血鬼の軍勢もまた、半数ほどに減った。




