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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
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神は癒される

「――ねぇ、アラン。一つ、聞いてもいいかしら」


 手に持つトライデントで、幾度も敵の攻撃を受け流し、そして幾度も刺しながら、聖痕を輝かせる彼女は問うた。

 あの日のように。


「なんだい、ソフィア」


 アランもまた、笑顔で応じた。

 あの日のように。

 ソフィアは、あの日の言葉を口にする。


「あなたは、何のために戦うの?」


 その問いに、アランは。


「無論、守るべきものを守るために戦うよ」


 あの日の言葉通りに、そう言った。

 しかしそれが、ソフィアにはいまいちわからない。

 彼の守るものは、家族であったハズだ。それが何故、吸血鬼側になって戦っているのか。

 どうしても、わからない。


「アラン、あなたの家族は――」


「言うな、ソフィア」


 ――アラン・ダウエルの妻は、死んだ。

 それは、吸血鬼によってではなかった。

 アランが任務中、家から離れている間に、強盗に襲われ殺されたというものだった。そして娘は大けがを負い、病院に入院した。一命は取り留めたが、しかし植物状態だった。

 数か月後、アランは執念でその罪人をなんとか捕まえることに成功するが、意図した殺人ではなかったということで、二十年刑務所に詰められるだけに終わる。罪人は、未だ生きている。

 何故、裁くことが出来ないのか。何故、人を殺した者を許さねばならないのか。

 アランは、何度も問うた。

 けれど、戦った。それでも、アランは戦った。

 使徒として。白円卓十二席“ユダ”として、アランは戦った。

 それなのに、どうして。


「どうしてあなたは、わたしたちを裏切ったの?」


 守るべきものが、生きている。戦う理由が、彼にはある。

 それなら。それならば、彼が人として戦うに足りることのはずなのに。

 どうして。

 ソフィアの問いにアランは答えなかった。


「まったく、キミは昔から物事を見ることが苦手だね。自分がこれだと信じたものしか見えていない」


 アランの拳がソフィアの胸を強打し、ソフィアは大地を滑るように後方へ下がる。

 けれど倒れることはなく、ソフィアはアランを見た。


「教えてはくれないのね」


「キミはもう立派な大人だ。そろそろ自分で考えるべきだよ」


 そうね。

 悲しげに呟いたソフィアは、トライデントを下げた。


「……ふむ、なんのつもりかな、ソフィア。今更戦いたくないなどと言うわけではないだろう」


 首を傾げたアランの問いに応えず、ソフィアは己の唄を口ずさむ。


「外れた関節をつなげよう。その激痛を和らげよう。我に力を与う其の天使、ベトサダの池で水を動かし、癒しを与うるものなれば」


 それは、なんだ。

 アランが目を細める。


「《神は癒される(ラファエル)》」


 トライデントを握りしめ、ソフィアが迫る。アランはトライデントに向けて右掌から蜘蛛の糸を出し、横に引こうとした。しかし――。

 糸が、消えた。


「――執行(エィメン)――」


「な――」


 アランの表情が、凍る。トライデントを前に、己の忌能が無効化された。

 否、トライデントではなく、これは彼女の右手に刻まれた聖痕の効能か。聖痕に吸い込まれるように、糸が消えていった。

 どすり。と。

 トライデントが、アランの腹部を刺した。


「アラン。あなたがどうして裏切ったのは分からないけれど。けれど、わたしにもあるのよ、戦う理由」


 父の意志を、この胸に。家族同然の子供たちを、守るために。

 だから、ソフィアも譲れない。

 アランに譲れない何かがあるように、かつての仲間を殺してでも成したい何かがあるように。ソフィアにも、かつての仲間であった裏切り者を殺してでも、成したいことがある。

 そうか。

 口から血を零しながら、アランは笑った。


「それでいい、ソフィア。ぼくは悪だ、敵だ。容赦はするな。ぼくも、容赦はしない」


 自らを貫いたトライデントを引き抜き、右腕を添え、ソフィアの心臓目掛けてアランは掌底を打ち込んだ。


「か――ふ……」


 バキバキと、あばらが折れる音がする。

 もとより、彼らは人間と吸血鬼。そもそもの身体のつくりが違う上に、吸血鬼の身体能力は人間のそれを大きく上回る。

 第二世代の吸血鬼であった牧村健二。彼ですら並みの人間の心臓を易々と抉るだけの力を有していたのだ。それをどうして、上位種である血族が下回ろうか。

 アランの腹部から引き抜かれたトライデントを離さぬまま、ソフィアは大きく後方へ吹き飛んだ。

 これで胸部を打たれたのは二度目。一度ならばともかく、二度目は致命的である。臓器が掻き混ぜられ、あばらが刺さり、外傷はなくとも内側はズタボロになっているハズだ。

 もう、立ち上がれもしないだろう。

 アランがソフィアにトドメを刺そうと歩を進める。

 アランの傷の修復は、他の真祖に比べると正直遅い。それでも、トライデントに空けられた傷は刻一刻と塞がれつつあった。


「終わりだ、ソフィア」


 歩を進めるアランを一瞥し、ソフィアは立った。


「ああ、痛い。仮にも女が相手なのだから、もう少し遠慮してくれると嬉しいわ」


 何食わぬ顔で、立ち上がった。

 トライデントを杖にすることもなく、完全に己の力だけで、立ち上がった。


「――なんだ、それは。どうして、立てる」


 アランの問いに、ソフィアは平然と答えた。


「あら、あなたたちと同じじゃない。並はずれた治癒力がわたしには備わっている、それだけよ」


 ちらりと、ソフィアは右手の甲にある《聖痕》をアランに見せた。

 力では、吸血鬼であるアランが大きく彼女を上回る。しかし、彼女の治癒力を見ると、下手をすれば真祖と同等かそれ以上の治癒力があるように思える。

 なるほど、聖痕は真祖の力を封じ、そのうえで真祖を打倒するだけの力を与えるというものか。となれば、アランの主であった第八真祖ヴラドが落ちたというのも頷ける。


「ラファエル――“神は癒される”。なるほど、神の治癒をその身に受ける力か。つまり、キミは真祖とも対等の殴り合いが出来るというわけだ」


 対等の殴り合い。その言葉を聞いて、「そういえば」と、ソフィアはとある過去を彷彿とさせた。


「ふと思い出したのだけど、白円卓時代、武器所有での模擬線はわたしが、射撃訓練ではあなたが勝っていたわね」


 ザンと、ソフィアはトライデントを地に突き立てて、アランへ歩く。


「ああ、そういえば。そして二三勝二三敗の勝負が一つあったね」


 なら、血族としての忌能は使うわけにはいかないな、と思いながら、ソフィアの前に立つ。

 ソフィアもまた、僅かにアランを見上げ、立った。

 白円卓時代、ソフィアはアランを目標として高みを求めた。

 武器を所有した模擬訓練では、ソフィアはアランに勝てるようになる。

 しかし銃を用いた射撃訓練では、アランの方が圧倒的に上だった。

 だが、勝負がつかなかったものがただ一つ。

 五〇戦、二三勝、二三敗。四引き分け。


 ――武器無し、肉弾の模擬線である。


「「つぁああああああああッ!」」


 二者の拳が、ほぼ同時に放たれた。

 しかし速度は、僅かにソフィアに分があるか。

 もとよりアランは、パワータイプ。武器での模擬戦は速度の上で上回ったソフィアに勝てずにいたが、その正確さと重量は並みではない。

 ソフィアの拳が、アランの顔面に打ち込まれる。だが浅い。

 アランが正確に、ソフィアの腹部を殴りつけた。

 激痛。臓器総てを掻き混ぜられるどころか、腹を貫通したと錯覚するほどの衝撃。

 それでも、ソフィアの《ラファエル》は即座に治癒。次にソフィアが拳を握る頃には、既に本来の状態になっていた。

 殴り。殴られ。

 他の誰も寄せ付けず、かつての仲間同士、かつての訓練と同様に、二人は殴り合う。


 一体、何度殴り合ったことだろう。

 既に互いに消耗し、治癒能力は著しく低下。

 それでも、勝ちは譲らない。

 譲れないものがある。それを守るために、此処は正々堂々と戦い、そして意地でも勝ちを取る。

 最後に盛大なクロスカウンターを決めて、アランはその場で倒れ、ソフィアは後方へ吹き飛んで倒れた。

 気付けば、周囲の吸血鬼はほとんどいない。第五真祖とコーネリアは未だ戦いを続けているが、もう一人の真祖、第九クラウンの姿は既に見当たらない。

 朝日が、昇ろうとしていた。


「……時間だ。我々の強襲作戦は失敗か」


 アランが呟き、痛む肉体の節々を抑えて立ち上がった。

 なんとか上半身だけは起こしたソフィアは、「そうね」と頷いた。


「ぼくは帰るよ。太陽の前では、この身は焼かれてしまうから」


「最後に、聞かせてもらっていいかしら」


「なにかな」


「どうして、あなたは吸血鬼側に――」


 問おうとして、アランの目を見てやめた。

 彼の目は、聞くなと告げていた。


「それを聞いたら、いけないよ。ぼくは吸血鬼、キミは使徒。互いに憎み合う敵であるべきだ。変に事情を知っては、憎めなくなるかもしれないからね」


 でも、あなたはわたしの事情を知っているでしょう。

 ソフィアは言おうとしたが、その前に、アランは脅威の跳躍力でその場を去っていた。


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