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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
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何が為に

 アラン・ダウエルと、ソフィア・ラドクリフは、親しい友人であった。


 二人の出会いは、アランの結婚式からだった。

 アランの結婚式は、小規模なものであった。

 アランの柔らかな物腰は多くの友人を作ったが、妻が人見知りする女であったからだろう。出席したのは、新郎新婦の家族、親戚、あとはアランが誘った白円卓のメンバーだけであった。

 彼の結婚式には、多くの白円卓メンバーが参加した。

 それは、ソフィアが白円卓の三代目となる前だった。

 たまたまアランとソフィアは、トイレですれ違った。

 その時に、アランがソフィアに気付き、声をかけたのだ。


「やあ。キミが、ソフィア・ラドクリフかい」


「はい、そうですが」


「キミのお父さんに聞いたんだけどね、キミは才能があるらしいね。ラドクリフの名を継ぎ、優秀な使徒になってほしいといっていたよ」


「そうですか」


 ソフィアは、子供が好きだった。

 戦いは、好きではなかった。

 男は戦いを神聖なものとするのだろうが、女の身であるソフィアからしてみたら、それはバカげた物事にしか思えない。

 何故、殺し合うのか。

 人間には、同じ数だけ家族がいる。家族の死を悲しまない家族なんて、いないだろう。なのにどうして、戦うのか。子供を失う親はどんな気持ちでいるのか。

 アルバイトとして孤児院に通い、孤児院の子供たちと触れ合い、ソフィアは考えた。

 ――この子たちを、守ってあげたい。

 ――もしわたしがこの子達の母親であったなら、今よりもこの子たちの事を好きになれるだろうか。きっと、なれるだろうな。

 ――腹を痛めて産んだ子ならば。死んで欲しいなんて思う母親が、どこにいる。

 ソフィアは、戦いが嫌いだった。

 だから、使徒として父が戦うことには反対だった。母は「これもみんなを守る為なのよ」と言っていたが、よくわからない。

 父が言うには、これは神聖なる戦いらしい。人類のための戦いらしい。

 言いたいことは分かる。けれど、それならそれで、せめて一人で勝手にやってほしい。あなたの子供に生まれたからと、使徒としての道を強要するのは止めてほしい。

 それは、ソフィアが祖父の葬式を見てからだっただろうか。


 ソフィアの祖父は、白円卓第七席の、曰く勇者だった。白円卓メンバーと共に真祖「アルカード」を封印し、そして多くの吸血鬼と戦ったそうだ。

 けれど、死んだ。

 第七真祖、ジャック・ウォルター。彼が唐突に出現し、勝負を申し込んだ。祖父を含む使徒で総がかりをしたらしいが、手も足も出ず、結果、他の使徒を庇って、彼の鎌鼬に八つ裂きにされたらしい。

 祖父の葬式で、祖父の顔を見ることはできなかった。祖父の顔を見たのは、父と、祖母の二人だけだった。他の人には、顔の傷が酷いからと見せなかった。

 その時の祖母は、泣いていた。泣いて、泣き崩れて、悲しんでいた。

 ソフィアは、ウォルターを恨むことはしなかった。

 敵を恨むことはしなかった。

 代わり、戦いという行為を恨んだ。

 ――おばあちゃんが泣いているのは、戦いなんてものがあるからだ。

 七歳の、時だった。


 戦いというものに嫌気がさしたソフィアは、父の事がどんどんと嫌いになっていったのだ。

 だから、使徒になりなさいと言われても、「わたしは保育士になる」の一点張りであった。


「キミは、保育士になりたいんだってね」


 結婚式の場でソフィアに話しかけたアランは、自販機でソフィアに飲み物を購入し、近くのベンチへ案内して、そして問うた。


「……そうです」


 父は、保育士よりも使徒の方が立派な使命だ。ラドクリフの家に生まれたというのは、名誉なことだ。だからお前も、使徒となれ。

 そう言い続けられていたものだから、どうせまた阿保らしいと馬鹿にされるのだろうと思った。


「それは、凄いね。立派なことだ」


 だから、アランに笑顔でそういわれたとき、驚いた。

 父も、母も、使徒になるべきだと言ったのに。彼だけは、保育士になればいいといってくれたのだ。


「未来ある若者たちを、立派に育てて送り出す。それは世のため人のために働ける、本当に立派な仕事だよ」


 笑って、そういったのだ。


「……でも、お父さんたちは使徒になれというの」


 うーん。しばらく考えたアランは、やはり笑顔で、優しく言った。


「確かに、使徒は数が限られてくるし、才能の有無も重要だからね。キミのおじいさん、そしてお父さんは類希なる才能を持っている。けれどキミの才能は、それを上回ると聞いているよ。才能を生かしたいのなら、使徒は確かにもってこいだね」


 やっぱり、同じことを言うんだ。

 この人も、同じなんだ。

 落胆しそうになったソフィアに、アランは続けた。


「でもね、やりたくないことをやっても意味はないと、ぼくは思うよ」


「――え?」


「『Who likes not his business, his business likes not him.』」


 アランは、言った。

 それは? と問いかけるソフィアに、アランはことわざだよ、といった。


「文字通り、自分の仕事を好きでないものは、仕事からも愛されないという意味合いだ。ぼくはね、これは本当にその通りだなって思うんだ。流石、古人の考えることは凄いよね」


「自分の仕事を好きじゃない人は、仕事に愛されない……」


「そう。だからね、キミは自分の信じた道を行けばいい。それはきっと間違いなんかじゃないよ。自分の気持ちに嘘をついてまで、戦場に身を投じることなんかないんだ」


 アランは、笑った。

 笑って、ソフィアの頭を撫でた。

 そして、「今から、キミの父親に話して来るね」と、その場を去った。

 結婚式から帰宅する最中、父が言った。


「すまなかったな、ソフィア。おれは多分、死んだ親父と、それと自分の事しか考えてなかった。お前のことを考えていなかったんだな。……保育士になれ、ソフィア。金なら、いくらでも出してやる。学びたいことを学べ、やりたいことをやれ」


 ソフィアは、保育士になることを認められた。

 十五歳の時だった。



 時は流れ、ソフィアは名門大学を出て、孤児院に就職した。

 幸せだと思った。本当に、本当に。自分はこのまま年を取る。

 結婚をして、子を産んで、育んで。そして、子供たちを世の中へ送り出す。

 そんな生活を続けられると思った、ある時。

 父が、死んだ。

 父を殺したのは、やはり第七真祖ウォルター。彼はどうやら、強者を求めて各地を回り、使徒に喧嘩を売っているらしかった。

 悲しいと思った。けれどウォルターを恨むことはなかった。やはり恨んだのは、戦いだった。

 どうして、逃げなかったのか。

 ソフィアは父の亡骸に問う。なにも、答えない。

 代わり、共に戦っていたらしい使徒たちがいった。


「お父さんは、立派に戦った。男には、戦うべき時がある。キミのお父さんにとって、あの時が戦うべき時だった。名誉の戦死だった」


 ――なんだ、それは。

 また騎士道か。馬鹿らしい。死ぬべき時とはなんだ。戦うべきとは何だ。結局自分がやりたいように戦って、勝手に死んだだけじゃないか。

 どうせ、第七真祖を倒したという名誉でも手に入れようと思ったのだろう。

 阿保らしい。馬鹿じゃないか。

 涙なんて、でなかった。

 ただ、父に「立派に戦った」「名誉の死だ」などとわけのわからないことを述べて泣いている人々を見て、そして一人冷めている自分を感じて。

 ああ、浮いているな、自分。

 そう思っただけだった。

 二三歳の時だった。


 父が死んで、数か月。

 教会の方から呼び出しがかかり、しぶしぶとソフィアは教会へ赴いた。そこでは当時二代目であったコーネリア・ルートレッジから「使徒にならないか」という話を聞かされるだけだった。

 煩わしい。断った。

 その帰り道、アランと出会った。


「やぁ、ソフィア。こんなところで、どうしたんだい」


 ソフィアは、総てをアランに語った。

 教会に呼び出されたこと。今の生活が幸せで在ること。使徒になりたくないこと。そして、父の死は馬鹿げているということ。

 アランはそれは違うといった。


「キミの父上は、立派な使徒だった。白円卓七席の名に恥じない、立派な人だった。あの死は、馬鹿げてなんかいなかったよ」


 正直、ソフィアは落胆した。

 ああ、この人も結局、騎士道万歳と掲げる戦人なのだなと、思った。

 帰ろうと席を立った時に、アランは問いかけた。


「ねぇ、ソフィア。『戦うべき時』ってどんな時だと思う?」


「知らないわ、そんなの」


 不快の色を隠すことなく、吐き出すようにいった。

 けれどアランは、いつものように笑顔だった。


「……ぼくはね、戦うべき時は、大切なものを守るべき時だと思う。例えば、そうだね。ぼくには家族がいる。妻と子が危機に立たされたら、それはぼくにとって戦う時だ。命を懸けてでも、戦う時だ」


「そうね」


「だったら、キミにとっての戦うべき時は、いつだい?」


「もしそれが殺し合いをするという意味合いなら、きっと、わたしは家族のためには戦わない。けど、……うん。孤児院の子供たちの為なら、戦うかも」


「そうか。今からする話は、あの時、戦場でキミの父上と共に戦った使徒から聞いた話なんだけど、まぁ、物語程度に聞いてくれないかな」


「……いいわよ」


 ソフィアは、その話だけは聞いてあげようと、アランの隣に座った。


「以前キミの父上に同じ質問をした時にね、彼は迷わず即答したよ。「おれにとっての戦うべき時は、家族を守る時だ」ってね。その時は、命まで捨てるって言ってた」


「なのに、関係ないところで死んだわね。ホント、パパは馬鹿」


「待ってくれソフィア、話はまだ始まっていないよ」


 咳払いしたアランは、続ける。


「あの時吸血鬼の襲撃を受けたのはね、とある住宅街だった。人が多くいた。だから彼は、必死で吸血鬼と戦い、そして倒した。しかしそこで現れたのは、第七真祖ウォルター。彼は切り裂きジャックとも言われるほど無差別殺人を行う大量殺人鬼だ。だから、キミの父上は、引くに引けなかったんだ」


「そこで引けないって理由が、わたしにはよくわからないわ」


「父上の背後に、とある孤児院があったとしても?」


「……ええ。家族のために命を懸けるっていうのに、どうして孤児院を守るのかわからないわ。まぁ、子供好きのわたしならそうするでしょうけど」


「ねぇ、ソフィア。その孤児院はね、キミの職場だったんだ」


「――え?」


「あそこには、キミが我が子のように可愛がっている子供たちがたくさんいただろう」


「それは――ええ、今もいるわ」


「キミの父上はね、キミから聞いた孤児院の話をぼくにたくさんしてくれた。それこそ、耳にタコが出来るほど。そしてね、言ったんだ。「ソフィアにとって我が子なら、そいつらは、おれにとっての孫だからな。いつか、孫の顔を見に行くさ」って」


 結局、ソフィアの父が孤児院に来ることはなかった。

 彼が使徒として休暇をほとんど取れなかったこともさることながら、既に故人となっていたためである。


「それは――どういう、こと……」


 ソフィアの頭は、理解を拒む。

 これまで馬鹿だ馬鹿だと罵って、否定していた父親は。


「簡単だろう。彼は父親として、娘であるキミの子同然の子供たちを、命を懸けて守ったんだ」


 ――馬鹿にしていた、父親は。


『おれにとっての戦うべき時は、家族を守る時だ』


 ――否定していた、父親は。


『ソフィアにとって我が子なら、そいつらは、おれにとっての孫だからな』


「お父さんは、わたしの家族の……ために?」


 問うたソフィアは、涙をこぼした。

 泣くつもりは無かった。葬式の時だって泣かなかった。

 なのに、今はどうして。こんなにも、涙が零れるのか。


「ああ。キミの父上はね、キミの愛する子供たちのために戦った。キミの家族を守るために、死んだんだ。これは、立派なことだ。本当に、本当に立派なことなんだ」


 立派な、ことなんだ。

 再度、呟いたアランは、唇を噛みしめていた。


「うそ、だって……お父さん……ずっと使徒になれって……」


 涙が、止まらない。それを拭くことも忘れて、涙声のまま、最後まで父を否定しようとソフィアは言う。

 けれどアランは、「ふざけないでくれ」と、初めてソフィアの前で大声を出した。


「子供の幸せを願わない父親が、いるものか! 家族同然の子供たちを、守らない騎士がいるものか……!」


 つい数年の間に父となった男が、涙を流して言うその言葉は。

 これまでソフィアが聞いて来た言葉の中で、なによりも、重かった。


 父は家族を守ろうとして、死んだ。

 戦いなんて、くだらない。本当に本当に、くだらない。

 くだらないけれど、それでも父の死は、誇るべきものだった。

 例え血は繋がっていなくとも、命を賭して家族を守ろうとした父の意志だけは、本当にカッコよくて、馬鹿にしてはいけないものだと思った。

 いつしか、ソフィアは思うようになる。

 この意志を、残していきたい。父の意志を、胸に生きていきたい。

 気付けば、身体を鍛えていた。気付けば、職場を辞めていた。

 そして気付けば、類希なる才を発揮し、男たちよりも強い使徒となっていた。


 こうして使徒となったソフィアは、たちまち出世し、祖父と父の人徳や人脈もあってか、白円卓第七席の名を継ぐこととなったのだ。


 白円卓第七席となったその日、ソフィアはアランに問うた。


「ねぇ、アラン。一つ、聞いてもいいかしら」


「なんだい、ソフィア――」



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