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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
35/100

鬼神VS道化

 影が、蠢く。

 エリアスの周囲に存在する影、闇、そこからにょきりと、数多の道化師の顔が生えて来る。

 これはまるで、B級のホラー映画のようだ。

 至る闇からいくつものピエロが飛び出し、ぴょこぴょこと跳ねては、両手を丸めて「ふひひ」と笑う。もはや怖いなどという感性を通り越して、ひたすらに気味が悪い。意地の悪いモグラ叩きのようにも見える。

 それら無数の影が闇より飛び出して、一斉にエリアスへと走った。

 エリアスは、腰の刀を振るうが、しかし上手くは斬れない。刀が斬るのは大気ばかりで、肝心要(かんじんかなめ)の道化には至らない。

 エリアスの横を抜けていった道化は、再びそれぞれが影に潜り、「ふひひ」と笑う。

 ふひひ。ふひひひひ。

 周囲に、気味の悪い笑い声が響くばかりである。


「……ほう」


 つぅ。と、エリアスの背から血が伝う。

 どうやら、背中を斬られたらしかった。

 だが、焦りはない。

 ふひひ。

 再び響く笑い声と共に、道化――クラウンたちがエリアスに向かったその時に。


「――次は、斬る」


 ふひひひ。それは一体、どうやって?

 笑う道化を前に。

 剣筋が、光る。

 彼の剣は、闇に紛れる咎人を瞬く間に切り裂いた。

 文字通り、瞬く間。己の腕を切断されたことに気付かぬ咎人は、目を瞬いた瞬間、己の右腕、その肘から先が無くなったことに気が付いた。

 背後から、近寄っていた。

 己の忌能である幻術を駆使し、己の影法師を彼の正面に多く対峙させたまま、背後を襲おうとしていた。それなのに。どうして。

 彼は、此方を向いて剣を振るっているのだろう――。


「え――?」


 総ての道化が、消え去った。

 驚かせるべき道化が驚く様の、なんと滑稽なことか。なんと無様なことか。

 そして驚くとほぼ同時、ばしゃりと滝の如く血液が噴出し、咎人は思わず、老人の前に姿を現した。


「痛い……痛い、痛い、ぁあああああああああッ、ボクの腕! 腕が! ボクの腕がぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 老人、エリアス・リッケンバッカーの影から転がり出るように飛び出した第九真祖、クラウンは、無くなった右腕を抑えてのたうち回った。

 痛い、痛い。そればかりを執拗に繰り返し、血の池を作りながら、叫び散らす。


「ふむ、第九は真祖の中でも一つ格が下がると聞いておったが、その通りであったか」


 よろよろと大地を転げまわるクラウンに、己の《聖具(クルス)》である日本刀――『鵺丸(ぬえまる)臣來(じんらい)』を鞘に入れたままで腰をかがめ、抜刀の構えを取る。

 この日本刀、ただの日本刀に非ず。吸血鬼を狩るためだけに作られた、かの『師子王(ししおう)』に勝るとも劣らぬとされる名刀なり。


桜散(はなちり)


 エリアスが鞘に納められた鵺丸を、居合の要領で放つ。

 かきんと、何かが刀を弾いた。

 エリアスの剣速はもはや神速の域。これが転げまわっているだけのクラウンに防げるとは思えない。けれど確かに、何かが防いだ。

 ――こ奴、何を隠している。

 エリアスは、一歩退く。

 クラウンは、静かに立ち上がった。


「あぁ……ひどい、ぼくは他の真祖と違って、もう腕は生えてこないのに……」


 ようやく痛みに慣れてきたのか、血が止まりかけている右肘に、拾った右腕を押し付けた。

 するとみるみる、傷口は消えていく。腕が繋がっていく。


「《ラファエル》の修復速度もなかなかのものだが、流石は吸血鬼。人の域を優に超えるか」


 瞬く間につながった右腕を、クラウンは右へ左へと動かし、微笑んだ。


「繋がりはしたけど、まだ完全じゃないし、とても痛いよ。ボクばかりがこんなに痛い思いをするのは不公平だから、うん。あなたには、もっと痛いことをしてあげる」


 ふひひ。

 道化が不気味に笑うと同時、エリアスの足元がバックリと、口を開くように裂けた。


「……む」


 何が、起きたのか。

 エリアスの目には、風が大地を裂いたとしか映らなかった。


「ふひひ……不思議だろう。こればかりは何をしているのかわからないだろう。ヴィーデ様のように、ボクもこの程度の幻術は扱えるんだ」


「なるほど、腐っても真祖。ただ隠れるだけが能ではないか」


 エリアスの言葉に、クラウンは顔をしかめた。


「なんだい、もっと怖がってくれた方が面白いのに」


「恐怖など、とうに捨てたわ。儂の胸に在るのは、一つだけ」


 ――復讐心、のみ。

 一歩、エリアスが距離を詰める。


「なんだい、ボクを相手に距離を詰めるのかい。いいのかな、そんなことをしてしまっても」


「近づかねば、斬れぬでな」


 そう。呟いて、どこから取り出したのか、指先に円型の玩具を絡めてくるくるとクラウンは回し始めた。


「怖がらないなら、つまらない。もう死んでいいよ」


 輪が、クラウンの指先より飛ばされた。

 これに何か仕掛けがあるのかとエリアスは考えたが、しかし眼前の相手は幻術使いだ。

 これが惑わすための術利であるかもしれない。

 いやしかし、その逆を突いたものであるならば――。

 考えたエリアスは、結論を出すことを止めた。視ることも見定めることもやめて、目を閉じる。

 感じる。

 何かが此方へ、飛んでくる。飛ぶのは、二つ。

 これは幻術ではなく、形ある何か。

 一つは、取るに足りぬ玩具の類。そしてもう一つは――。


()ッ!」


 エリアスの刀が、(はし)る。

 ガギンと、音がした。

 まるで迫るのは、刃。鋼鉄の如き音を響かせて、エリアスは迫った何かを弾く。


「……あれ、効かなかったかな、フェイント」


 今度は、道化は笑わなかった。


「この程度の剣筋、読めねばとうに死んでおる。この爺を舐めるでないわ」


 ――しかし、今のは一体どういう原理か。

 第九真祖ヴィーデはまやかしの術を操る真祖であったが、それ以上の術を使う真祖であるなどは聞いたことがない。まるで、今のは風を操るかのような。

 まるで。それではまるで、第七真祖。

 ――まさか。

 そこまで考えたエリアスは、とある結論へと行き着いた。

 この結論へ思い至るにあたり、重要な要素は二つ。

 一つ、第七真祖は何者かによって喰われていた。

 一つ、第七真祖を喰らったのは吸血鬼喰いではなかった。

 そして、この第九真祖が使う術はさながら鎌鼬。


「お主――喰ったのか」


 その問いに、クラウンは「はて」と首を傾げた。


「第七を、喰ったのか!」


 エリアスの言葉を聞き、理解し、そして。

 ふひッと、道化は笑う。


「ふ――ふひッ……ひひひひひひひッ。まさかまさか。真祖が真祖を喰うなんて、そんなおかしなことが、あるわけないじゃあないか」


 笑う、笑う。

 何がおかしいのか。何が面白いのか。何が愉快なのか。

 わからない、しかし彼は笑う。


「ふん。かつて真祖を喰らい、今の地位を手に入れた者が言うたところで、説得に欠けるわ」


「ふひひひひひ……」


「大方、真祖喰いの味を占めたというところであろう。同族喰らいの悪魔め、相当たちが悪いの、お主」


 エリアスの殺気にも、クラウンは笑いを返すばかり。


「――第九真祖クラウン。これ以上力を持たれるのも厄介だ。此処でその命、頂戴しよう」


 すっと、エリアスは右手を出した。

 その手には、白い手袋。

 エリアスは、外す。


「なになに、その六芒星」


 クラウンの目に映るのは、エリアスの右手に刻まれた真紅の六芒星。

 エリアスは、ニヤリと笑う。


 ――其は大天使。神の炎。神の光。太陽の統治者。()の威光を借りし我、魔を焼く(ほむら)の剣を()り、地獄の罪人たちに裁きを与えん――


「これは、お主ら外道を葬るための、聖なる(きずあと)よ」


 ――すなわち、《聖痕》。

 しかしクラウンは、聖痕が何たるかを知らされていなかった。

 そも、聖痕所有者は大城玄道のみであるというのが吸血鬼側の見解であった。まさか彼、エリアス・リッケンバッカーまでもが聖痕を所有していたなどは、考えもしなかっただろう。

 すっと、エリアスは歩を進めた。


「――え?」


 聖なる痕、その言葉に思い当たる節があったのだろう。

 クラウンの笑いが、凍った。

 第八真祖の死は、真祖の誰もが知っている。

 その殺害方法も、そして、誰が何によって殺したのかも。

 第十三使徒、大城玄道が。聖痕なる新たな機構を手に、殺した。

 それを。その聖痕(きこう)を。この。眼前のジジイも、持っている?

 

 ――は?


 脳が、理解を拒む。

 けれど事実は、変わらない。

 エリアスが一歩、また一歩と、クラウンに向けて歩みを進める。


「おい、待て。待ってくれよ。え、何? お前まさか、強いのか? とてつもなく強いのか? おい待て、待ってくれ、待ってください。嫌だ。痛いのは嫌だ、嫌なんだ、やめてくれ、ヤダ、痛いのはもう――」


 ビクビクと痙攣するように震えながら、クラウンは下がる。

 しかしエリアスの視線は、変わらない。

 クラウンは、その瞳に既知を感じた。

 ――これは、容赦をしない目だ。

 そして、クラウンを傷つける者の目だ。


「ひ――ィ」


 エリアスが、駆ける。


「待て待て待て! お前足が悪いんじゃなかったのか! 杖をついて歩いてるんじゃなかったのかッ!!」


「はて――誰がかようなことを言ったのか」


 エリアスはただ、足の悪い振りをしていただけだ。

 そう、敵の油断を誘うために。敵の油断を突くために。

 すべては、射程距離内の怨敵を切り伏せるためだけに。


「来るな来ないでやめて、ボクに近寄るなッ! 来ないでッ! 来るなぁあああああああああアアアアアッ!」


 クラウンは、両手から鎌鼬を噴出した。

 しかしエリアスの手に刻まれた六芒星は聖痕。

 ――聖痕は、真祖の忌能を無効化する。

 クラウンの放った鎌鼬は瞬く間に無効化される。

 エリアスに鎌鼬を放つことは諦めた。

 当たらないのならば、足場を崩すまで。判断したクラウンは、咄嗟にエリアスの足元を狙って風を放つ。

 しかし。


「何故ッ! 何故ぇえええええッ!」

 

 上手く狙いに当たらない。見当違いの場所が抉れる。

 これこそが、エリアスの技術。足運びにより己の位置を悟らせない、また如何なる位置においても最高の剣戟(けんげき)を放てる足運び。

 エリアスが、射程距離に入った。

 クラウンは恐怖に目を見開く。しかし、エリアスは即座にクラウンの背後へ回る。


「――(かすみ)()り」


 背後からの逆袈裟斬り。

 その一撃が、見事、クラウンを両断した。

 両断した、が。

 両断したその場から、すぐさま再生が始まった。

 これまでエリアスが相手にしてきたのは主に第二世代、せいぜいが血族。真祖と合間見えたこともあったが、その忌能によって近付けず、始まるのは真祖による一方的な虐殺だ。真祖が相手では、如何に白円卓といえど退()かなければならなかった。

 だからこそ、エリアスは知らない。

 ただ斬るだけでは、真祖は殺せないと。

 その心臓に《聖具》を突き立てねば、殺せないと。


「ああああああああッ!」


 叫んだクラウンはエリアスをその腕で弾き飛ばした。

 ぼきぼきと、あばらの幾つかが折れた音。腐っても真祖、やはりその力は他の吸血鬼と比べても桁違いに強い。

 エリアスは特殊な歩法によって、弾かれる前にそちらの方向へ跳んで威力を和らげたのだが、しかしそれでもクラウンの腕力は並みでなかった。

 大地を滑り、転がり、そしてようやく止まったところで立ちあがったエリアスは、胸の痛みに顔をしかめる。もしかしたら、折れたあばらが臓器に突き刺さってるかもしれない。

 考えながら、クラウンを見る。

 息を荒げた彼は、肩を揺らし、そして空を見ていた。

 エリアスを、見てはいなかった。

 (ボウ)と、風が()ぐ。

 クラウンの周囲には小さなつむじ風が発生し、そして、何かをぶつぶつと呟いている。


「うん、うん。分かってる。ごめんなさい、お父さん。ボク、頑張るから。だからぶたないで、ごめんなさい。うん、うん。言うこと聞くから、今すぐ帰るから。うん、うん、うん……」


 ごめんなさい、わかりました、帰ります。

 そういった言葉をひたすらに繰り返し、クラウンは闇に溶けていった。


「待て!」


 まだ、決着はついていない。

 言おうとしたエリアスだったが、あばらが痛む。

 これ以上、この老体で真祖と戦うのは正直無理がある。

 そう判断し、やむなくクラウンの姿を見送った。


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