エリアスという男
これは、もう何年前の話であったか。
少年は、いつものように朝目覚めると信じて疑わなかった。
今日と同じ、明日が来る。
布団に入って、またいつもの朝を迎え、大学へ向かうのだと信じて疑わなかった。
なのに目覚めたのは、古びた城。
石畳、古びた壁。人が住むとは思えない武骨な空間の中心には、女王のような女と、女が座す豪華な装飾がされた小奇麗な椅子。
よくよく見てみれば、彼女と少年が起きた場所には段差があり、少年が彼女を見上げ、彼女が少年を見下ろすような作りになっていた。
周囲を見る。
父がいた。母がいた。そして、弟がいた。
家族は全員、この場に連れてこられたようだった。
「最後の一人が、目覚めた様ねぇ」
艶めかしい声、艶めかしい仕草。
胸元を大きく開いた、色っぽさを感じさせる純白のドレスに身を包み、所々赤い装飾で己を引き立てる。その肌は美しく、またどの部位においても淫らな印象を与える、二〇代ほどに見える女王様。――いや、姫君と言った方が正しいのだろうか。
彼女は、言った。
「さぁ、豚ども。楽しい遊戯の始まりよ」
家族は、殺された。これ以上ないほど無残な形で、殺された。
身も心も、凌辱されつくしたというべきか。
考えられるほど残虐に、考えられるほど暴虐的に、少年の家族は蹂躙された。
信じた筈の神は、助けてはくれなかった。
命乞いをした。命乞いをしたのに、彼女は殺した。
「ダメよぉ、豚が命乞いをしては。大人しく喰われるのがぁ、良い豚なのよぉ」
そういって、喰らった。
吸血をした。
次々と家族が殺される様を目にして、少年は震えた。
椅子から降り、少年の前に立った美女は、少年の顎を撫でた。
その仕草は、とても甘美で。
唇も、瞳も、頬も、鼻も、まつ毛も、肌も、彼女はこれまでにない造形の美しさを秘め。その指、爪、些細な部分に至るまで、彼女は少年が思う完璧な女性であった。
マシュマロのような肌が、少年の顎に吸い付くように触れ、そして滑らかに撫でた。
「あなたは、私が直々に食べてあげる――」
――自分は、此処で死ぬんだ。
こんな美しい女の殺されるのなら、それもいいかもしれない。
諦めが彼の心総てを支配したその時に。
「……相変わらず、悪趣味」
どこから現れたのか、黒髪で全身に包帯を纏い、小汚い布を被った、小中学生程度の年の少女が言った。
「……あんた、タイミング悪いわね」
「呼んだのは、あなた」
舌打ちをした女は離れ、「興が削がれたわ」と少年を離した。
倒れこんだ少年は、現れた少女に運ばれて、城の外へ出た。
「逃げなさい。もう、捕まってはダメ」
少年は訳も分からず走った。とにかく、走った。
ようやく家にたどり着いた少年には、何もなかった。
家族は、いない。金も、ない。
残ったものは、復讐心。
あれはおそらく、吸血鬼。近年噂になっている存在だろう。
思った彼は、決心した。
――吸血鬼は、殺す。
親が死んだ。弟を殺された。それも、凄惨に。
アレは、人に非ず。アレは、悪魔である。であれば、自分はどうあるべきか。
――正義と成るべし。悪を断つ剣と成るべし。
己の総てを奪った吸血鬼。ならば、己の総てを掛けて貴様らを否定しよう。
少年は、誓った。
なんの機会か、少年は《教会》を作ろうとしている女と出会う。
マリア、と名乗る女であった。
顔を隠し、姿もほとんど晒さない彼女の下には、ルートレッジと名乗る、これまた顔を隠した女がいた。
彼女らと共に、吸血鬼を駆逐しないかと誘われた少年は、同志があると知る。
吸血鬼の弱点を聞いた少年は、しかし己には力がないことを知っていた。だから、学んだ。
一時期銃を習ったが、リロードという隙があるために、好みに合わなかった。己の命を捨ててまで敵を殺すという自身の執念。そこに神風特攻と同じものを見出した少年は、『サムライ』のいる国、日本へ渡りその剣術を学ぶ。剣の師は、『柳生新陰流』――居合斬りの達人であった。
いつしか剣を極めた少年は、師の下を離れ、そして我流の剣士となった。
《教会》白円卓一二使徒、第三席。
やがてその席を得た少年は、いつしか味方からも恐れられるほどの剣士となった。
曰く、無慈悲の鬼。曰く、日本かぶれのサムライ。曰く、復讐の阿修羅。
曰く、鬼神――エリアス・リッケンバッカーと。




