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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
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第九/第三 第八/第七

 道化は、踊る。

 道化は、戦場を踊る。

 剣が風を切り、銀の弾丸が交錯し、爪牙が光るこの戦場。

 その場を踊るように、彼は渡る。

 狙うは、使徒。襲うは、弱者。

 己は戦などという争いの神聖さなど欠片も知らぬし、強者と戦う誉や戦士としての美徳も知らぬ。そんな外道が行うは、影より弱者を葬り、丹念に敵の数を減らすこと。


「ふ……ふひひひ」


 頭を小刻みに動かして、丸めた両手で口元を覆い、彼は暗闇の世界より笑う。

 彼――第九真祖クラウンが操る忌能は、幻術だ。

 己の姿の認識をずらす。己の居場所を悟らせぬ。故の、道化。

 すなわち、殺戮の道化師(キラー・クラウン)

 一人、一人と足を引く。その命を値引いていく。

 ゆっくり、ゆっくりと、しかし、確実に。

 そんな彼は、とある老人の下へと行き着いた。

 足が悪いのか、ゆっくりと歩いている。彼はようやく戦場に行き着いたようで、杖を突きながら、必死で歩いていた。

 一人の吸血鬼が彼に目をつけ、殺そうとしていたが、クラウンはその肩を引き留めた。


「誰だ!?」


 吸血鬼が振り向くも、クラウンの顔を見て「ご無礼を」と引く。


「いいよ。それと、彼の相手はボクがする」


「…………。……ハッ」


 何か言いたげな吸血鬼であったが、しかしその場を退き、彼は別の戦場へと向かっていった。

 スキップするような動きで、クラウンは老人へと足を進める。

 老人が、クラウンに気付いた。


「やぁやぁやぁ、ご老人。どうも、《道化(クラウン)》です」


 ぺこりと礼儀正しく、道化らしく一礼したクラウンは、ニヤリと笑う。

 本来彼が好むのは、子供だ。抵抗できない子供たちをいたぶり殺すのは、とても楽しい。また、弱ったものをなぶるのも、これまた楽しい。

 いつもなら己に手も足も出ない若者をいたぶるのが彼の好みであったが、この場には多くの使徒がいる。当たり前のように若い弱者がいるのだから、たまには彼のように厳格で、プライドばかりが高い弱者をいたぶるのも楽しいのではないかと、クラウンは考えたのだ。


「……第九真祖、《道化》のクラウンか」


 老人は呟いた。

 彼はクラウンの正体を知っている。けれど、大して驚くこともない。

 それは彼の容姿があまりにこの場から浮いているため、一目瞭然ということがあるだろうが、しかしおかしい。

 ――彼の瞳の奥に、恐怖を感じない。

 多くの使徒は、真祖の名を聞くだけで震えあがるものである。なのにこの老人は、足を引きずる弱者の癖して、一向に怯む様子がない。どころか、相手が真祖ならば上等とでも言わんばかりの雰囲気である。

 ――その顔を、壊したい。

 奢る肉体に傷という傷を刻み付け、恐怖を知らぬ老人の顔面に死の恐怖を擦りつけ、その細い目があまりの恐怖と激痛に悶え見開かれる様を見たい。

 想像し、ふひひとクラウンは思わず笑う。

 その、刹那。

 老人から飛び出した一閃が、彼の頬を切り裂いた。

 つう、と。白い化粧に赤い筋。


「今のはあいさつ代わりだ、ご無礼を許されよ、第九。まさかこの程度、避けられぬとは思いもせなんだ」


 何が起きたと、クラウンは目を見開いた。

 笑いも、止まった。


「名乗り遅れたの。儂は白円卓第三席。曰く『サムライ』。曰く『鬼神』」


 老人の腰から、パチンと、刀を鞘に納める音がした。気付けば彼が使用していた杖は、既に、鞘を固定する帯に差し込まれていた。

 そういえば、聞いたことがある。

 教会の選ばれし者たち、白円卓一二使徒。その多くが今では真祖たちの手によって死に、世代を変えているが、一人だけ、その席を当時のまま居座る古老がいると。

 彼は復讐の鬼。かつて第四真祖によって家族を奪われ、日本剣術を学び、そして数多の吸血鬼を殺してきた阿修羅の男。無敗のサムライ――皆殺しの鬼神。


「――エリアス・リッケンバッカー、推して参る――」


        ☆


 コーネリア・ルートレッジから離れたアラン・ダウエルは、多くの使徒がいる中に跳躍し、そして――突っ込んだ。

 何人かを踏み殺し、その上に平然と立ち上がる。

 死んだ者の中には、知った顔がいた。しかし此れは戦争、此処は戦場。いちいち死者に――ましてや敵の死体になどは、構っていられない。

 数人の屍を早速重ねたアランを取り巻くように、ザッと使徒たちがアランから距離をとり、円形に周囲が開いた。


「第八だ!」

「ユダが来たぞ!」

「離れろ!」


 アランが出現したことにより、使徒たちにどよめきが走る。

 第八真祖血族――彼らにとってその名は十分脅威であったが、しかしそれ以上に脅威に思うものがあった。


「久々だね、キミたち。鍛錬は怠っていないだろうか」


 それが、元白円卓一二使徒というかつての名であった。

 一度は同じ敵を相手に肩を並べた者も多いだろう。そしてそれだけに、その頼もしさ、そして能力の高さを、身をもって知っている。

 ねぇと、アランは周囲の使徒を見回して、笑みをつくった。

 ざわりと、使徒たちが揺れた。

 ――鍛錬を怠ったとか、怠らないとか、そいういうことは関係ない。

 これは、才能の有無である。

 同じ課題をこなした。皆、同じことをやってきた。なのに、アランは皆よりも必ず一つ秀でていた。

 命がかかっていた。誰しもが死ぬ気でやっていた。

 だが、勝てない。

 圧倒的な才能の差。

 人の身でありながら吸血鬼と互角以上の戦いを行った男。

 それを相手に戦えるのは――。


「久々じゃない、アラン」


 ――同じ、才ある存在。すなわち――。


「ほう、キミが来たか」


 使徒たちの間から姿を現したのは、一人の女。

 白円卓一二使徒第七席三代目――ソフィア・ラドクリフ。

 トライデントと呼ばれる三叉の槍を携えた彼女は、他の使徒に離れるように言った。

 波が引くように周囲の使徒たちは退(しりぞ)き、それぞれ己の標的となる吸血鬼を狙い、各々の戦いを始めた。


「かつては共に肩を並べた相手が、まさか敵に回るなんてね。味方であるときはこれ以上ないほど心強かったけど、こうして敵に回ればなるほど、確かに脅威だわ」


「だろうね。人としての限界を超え、ぼくは吸血鬼の血族にまで位を上げたのだから。だからこそ、言えることがある。キミはぼくには勝てないよ」


 それは、至極当然の道理である。

 人間である頃にほぼ同等であった力関係。しかし片方が吸血鬼になったというのなら、力関係が同等ではなくなるというのは自明の理。

 吸血鬼と人間には、圧倒的な能力差があるのだから。

 けれどソフィアは、「そうかしら」と言って笑った。


「ちょうどあなたが抜けた後だったわ。教会では、とある機構が完成したの」


「――《聖痕》かい」


「その通りよ」


「しかしその聖痕は、第一三席である大城玄道にのみ与えられた――いや……そういうことか」


「多分、そういうこと。聖痕は既に、大城玄道一人のものではない」


 すっと、ソフィアは右手を差し出した。

 白い手袋に包まれた右手。彼女はそっと、手袋を引きはがす。


「どうやらわたしも、神に選ばれた一人みたいなの」


 その手の甲には、赤い六芒星。

 大城玄道と同じモノ――聖痕。

 吸血鬼を葬るために開発された、教会の結晶。


「これは、うん。悲しいかな、一筋縄ではいかなさそうだ」


「これでわたしが一撃で葬られたら、逆に笑いものよね」


 違いない。

 楽な勝負であったハズが、敵が己と同等の土俵に上がった。けれど焦ることもなく、むしろそれで上等と、アランは笑った。

 対するソフィアは切なげな瞳を閉じる。次に彼女が目を開いた時にはもう、迷いはなかった。


「それでは、始めましょうか」


 アランの腕が伸ばされて、ソフィアのトライデントが風を切る。


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