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悪なるミタマ  作者: 九尾
第三幕 ユダ編
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開戦の号砲

 欠け月の夜。

 満月が過ぎて、実に数日。しかし変わらず、大きな月は、大英の土地を大きく照らし上げていた。


 吸血鬼による奇襲攻撃。

 これは教会にとっては初めての事態ではあったが、しかし教会には聖母マリアと呼ばれる存在がいた。彼女は未来を予言する。その噂の通り、マリアは吸血鬼からの奇襲を前もって予見していたのであろう。今回の警報は襲撃に備えるための警告で、吸血鬼からはまだ、奇襲を受けてはいなかった。

 教会と呼ばれる建造物は、特殊な『法』によって外界から遮断され、その場所の特定はほぼ不可能だ。しかし、一度足を踏み入れた者であれば話は別である。

 すなわち、教会に奇襲をかける者は、全世界の中でただ一人。

 元白円卓第一二席、通称“ユダ”を置いて他にはいない。

 

 己の武器――七つの宝石が柄に埋め込まれた数メートルもある大剣、『ラ=ピュセル』を大地に突き立てて、教会を庇うように立った女。現代のジャンヌ=ダルクと一部からは称されるほどの、大城玄道を超えるとされる教会最強の使徒。

 彼女こそ白円卓の第一席――コーネリア・ルートレッジ。


 コーネリアの右には、和服で腰に刀を下げ、杖を突きながらゆっくりと歩いて来た古老の男。細い目を更に細め、吸血鬼という異形に対して復讐の念を思う。

 彼こそ白円卓の第三席――エリアス・リッケンバッカー。

 

 コーネリアの左には、知的なメガネと豊満な胸が特徴的な穏やかな表情の女。けれどその手にはトライデント。その視線には、守るべきものを守るという意志がある。

 彼女こそ白円卓の第七席三代目――ソフィア・ラドクリフ。


 コーネリアの背後には、人類救済の矛となり、盾となることを誓った戦人(いくさびと)――おおよそ百人の使徒たちが、各々の武器を携えて立つ。


 そして、コーネリアの正面には。


「やれやれ。奇襲のつもりであったのだけど、やはりマリアの目は誤魔化せないか。こりゃあ裏切って損をしたかもね。だけどある意味、予想通りともいえる」


 神父を思わせる、修道着の男。彼は胸に何を思うのか、実に多くの軍勢を引き連れて、かつて身を置いた教会へ、逆の立場として訪れた。マリアに奇襲を予言されることを見越した上で、軍勢によって教会を攻め滅ぼすという作戦を提案した男。

 第八真祖血族、《裏切り》の“ユダ”――アラン・ダウエル。


 アランの右には、全身どころか、口元すら覆い隠してしまうほど巨大なコートに身を包み、顔からはマグマの如き焔が噴き出す松明のような男。

 第五真祖、《鬼火(フレイム・フェイス)》――アフム・ザー。


 アランの左には、サーカス団のピエロを思わせる白い化粧、目元の黒い星が特徴的な、ふひひと両手を丸めて口元に当て、不気味に笑う青年。

 第九真祖、《道化(キラー・クラウン)》――クラウン・ゲイシー。


 アランの背後には、己の安息を手に入れるため、己自身のために戦うことを誓った戦人――おおよそ百人の吸血鬼たちが、各々の爪牙を光らせて立つ。


 コーネリアが、叫ぶ。


「我らは剣無き民の剣である。我らは罪人を裁く処刑人である。我らは闇に潜む悪魔を駆逐すべく選ばれた、神託の使徒! 身を捧げよ。心を捧げよ。魂を捧げよ――。

 正義の名のもとに、闇をもたらす咎人を駆逐せよ!」


 アランが、叫ぶ。


「闇こそ、我らが世界。此処に我らは、生態系の頂点を執る! ひれ伏せ、家畜共。貴様らはすべからく、我らの糧となるべく生まれた、哀れな子羊に過ぎない――。

 征こう同朋よ! 己の求むるまま欲するままに、この世界を蹂躙すべし!」


 此処に、二つの勢力が正面から対峙した。


 片や、家族のために、世界のために、そして人類のために戦う聖戦士。

 片や、己のために、己のために、最後まで己が生きるために戦う狂戦士。


「今こそ嚆矢(こうし)を放つ時――」

「今こそ幕を開こうぞ――」


「 「 開 戦 の 号 砲 だ ッ ! 」 」


 そして、かつてない規模で、教会と吸血鬼の戦争が、始まった。


 真っ先に動くのはやはり、現代のジャンヌ=ダルクと謳われる彼女――コーネリア・ルートレッジか。

 手に持つ大剣『ラ=ピュセル』。彼女が大剣に指を這わせ、僅かに血を流す。するとその血液は剣に吸い込まれるように消えていき、そしてその剣は――巨大化した。

 その大きさ、実に元の大きさの約五倍、十数メートル。

 それほど巨大な『ラ=ピュセル』を片手に、混血者である北条久遠と比較しても勝るとも劣らぬ速度で、コーネリアは駆ける。

 そして――一閃。

 アラン、アフム、クラウンらは各々が各々の方法(カース)で咄嗟に回避したが、しかし背後の通常種たちに忌能はない。

 単純に並ならぬ斬撃。発生したソニックウェーブ。

 それらによって、十数の通常種がまとめて消し飛んだ。

 アメジストの瞳が、咄嗟に回避した真祖たちを追う。

 己の肉体を炎として物理干渉を避けた男か――否。

 幻なる術を駆使し、焦点をずらした道化師か――否。

 蜘蛛のように跳躍し、その糸を腕から放出した神父――彼こそ、コーネリアが狙うべき相手。《裏切り》の男。アラン・ダウエル。


「アラン かつては共に肩を並べたあなたが敵に回るとは、口惜しい話です」


 コーネリアの『ラ=ピュセル』、その一振りによって、アランの放った蜘蛛の糸は四散した。

 十数メートルの距離を持ち、アランがコーネリアの正面に着地する。

 それとほぼ同時、コーネリアに追いついた使徒たちが、周囲で吸血鬼たちと争いを始めた。

 コーネリアたち白円卓の三人に手を出すものはおらず。

 またアラン、そして二人の真祖に手を出すものもいない。

 彼らの周囲で争い、決して近づかない。

 彼らの力量差は、それほど圧倒的なものであった。そして彼らの戦いは、それほど熾烈なものに成ると知っている。


「ぼくとて、裏切るつもりはなかったのですがね……。まさかここまで、一二席の名である“ユダ”に忠実になるとは思いもしなかった。『コトダマ』とは、よく言ったものだ」


 アランが、肩を竦めた。

 コーネリアに、悔しさはない。

 ただ、かつて肩を並べた友が道を誤った。それを第一席が導かずして、誰が指導者かと、己の使命に燃えている。

 ――その、瞳。

 その使命に燃える瞳が、アランを狂気へ走らせた。

 そのことに、コーネリアは気付かない。


「……よろしい、第一席コーネリア・ルートレッジ。元白円卓第十二席二代目、アラン・ダウエルが――」


 お相手しよう。

 言おうとしたその時に。

 炎の腕が、すっとアランの前に伸びた。


「我らは未だ、《教会》へ達しておらぬ身だ。ここでアラン殿が敗北すれば、この奇襲は無駄になる。貴方は先へ進み、危険な相手とは相見(あいまみ)えぬが定石である。我ら三人がそれぞれ白円卓とまみえるは当然であるが、しかしわざわざ貴方が白円卓最強と争うことはあるまい。此処は己が引き受けよう」


 教会の姿は、まだ見えない。

 教会の場所が分からなければ奇襲の意味がないし、ここでアランが消えてしまえば、吸血鬼側は教会の位置を特定する術を失くしてしまう。となれば、この状況において第八血族のアランを教会最強の使徒、コーネリアとぶつけるのは得策ではない。

 故に、この場に()いて吸血鬼側最強を自負する第五真祖、アフムがこの場を任されよう。

 彼はつまり、そう言いたいらしい。


「助かるよ、アフム。吸血鬼の多くは大局が見えず、困っていたところだ」


「我らはもとより野蛮種、それも致し方あるまい。……会話は此処まで、先を急がれよ。彼女の一閃は、周囲を巻き込む故」


「そうさせてもらうとしよう」


 蜘蛛のように足を曲げ、アランは跳躍する。

 向かう先は使徒と吸血鬼が溢れる混沌の戦乱地。なるほど、使徒が存在するならば、コーネリアも先のような一閃はうかつに放てない。

 アランもなかなか、達者なものだ。

 そして目の前の第五真祖、アフムもまた、そういったものが見えている。

 己の背後に吸血鬼と争う使徒を立たせるように己の位置を変えることで、彼女の暴力的な一閃を放つまいとしている。


「――使徒を盾にしますか。卑劣と言えば卑劣ですが、その場の状況をよく見た、賢い選択です。なるほど、わたしは複数で敵に向かうよりも、単独で攻める方が合っているのですか。軍勢を引き連れた戦いなど初めてであったので、己の苦手をようやく知りました。これでは、わたしの真価は発揮できないでしょう」


 コーネリアは『ラ=ピュセル』の大きさをもとの数メートルの大剣へと戻し、頭のウィンプルを投げ捨てた彼女のブロンドの髪が、夜の月光を反射し、美しく輝いた。

 対するアフムは、忌能を発動。(ボウ)と両手に焔を走らせて、コーネリアを見る。


「これは若者が紡ぐ物語だ。この程度の身で恐縮であるが、あなたを止めさせてもらう」


「なんと、それではまるで、わたしが年老いた老婆のような言い草ではありませんか。やめていただけませんか、そのような言い方は。曰くわたしは救世主――現代のジャンヌ=ダルク。うら若き乙女ですのに」


「お戯れを。そも、あなたのようなものが人を守るなどと言えた立場か。嘘で塗り固められた、穢れた聖女。あなたは救世主などではない、悪魔の(リリス)だ」


「なるほど、悪魔の(リリス)。その表現は間違っているとはいえ、けれど言い得て妙ですね。ですが、だからこそ。わたしは、この世から吸血鬼を駆逐しなければなりません。それがおそらく、神から授かりしわたしの使命ですから」


 ――故に。

 彼女は。コーネリア・ルートレッジは、宣言する。


「第五真祖アフム。あなたがわたしを阻むなら、あなたを此処で落とします」


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