白円卓Ⅰ
目が覚めた。
そこは、白い部屋だった。
白い天井、白い壁。白い床に、白い窓。
白、白、白。
白が小さな光を細かく反射して、どうにも眩しく、もう一度目を閉じたくなる。
けれど、そうもいかない。状況を知るためにも、ぼやける頭をなんとか起こして、久世原阿久は、半身を起こした。
――見たことがない、部屋だった。
それなりの装飾がされているものの、白、白、白。本当に世界に白しかないかのように、白色で埋め尽くされている。
病室のようだと、思った。
何が起きたのかと、意識があったころの記憶を探してみるが、彼の記憶に残った最後の光景はウォルターとの死闘、そして勝利したというものだけだ。
よくよく見てみれば、この部屋にはテレビがあり、大きなソファーがあり、それなりの家具があり。どこか、高級感が漂っている。
次いで覚えた印象は、氷川の家のようだということであった。
「目は覚めたのかしら、御客人。そろそろ目覚める頃かと思って、覗いてみたのですけれど……あら、目は覚めたようですね」
かつかつと、白い扉を開けて、一人の女が入ってきた。
ブロンドの髪に、総てを見透かしたような、透き通ったアメジストのような大きな瞳。つつましやかな唇に、穏やかな視線。容姿は若く見える。日本人からすれば大きいかもしれないが、しかし外国人であることを考えると、年齢は一七から一九と言ったところか。身に纏うのは、北条久遠のものと似た、修道服だ。
となると、この女は。
阿久が考えたところで、女が答えた。
「初めまして。《教会》において白円卓第一席につかせていただいております、コーネリア・ルートレッジです」
「――は?」
思わず、聞き返してしまった。
「……わたしならば問題はありませんが、あまり好戦的な態度で口を聞かれるのは慎まれた方がよろしいかと。不快に思う使徒たちもおりますので」
「……いや、でもお前今、教会って……」
つまり、どういうことだ。
病院のようで、病院ではないこの場所。そして目の前の女は教会の女。それも、なかなかによろしい御身分であるように思う。
つまりここは――教会なのか。
そもそも自分が何処にいるのかも把握していない阿久の目の前に、いきなり教会のお偉いさんが登場したとなれば、それは変な声もでるというものだ。
「お前、という言い草はあんまりです。せめてあなた、ぐらいでお願いします」
「――待て、状況が掴めない。何故俺は、此処に居る」
「……そうですね、その説明をしようと、此処に参った次第です」
頭にかぶった頭巾――ウィンプルを外し、美しいブロンドの髪をなびかせた彼女は、ベッドの近くにある椅子を動かし、阿久の横へ腰を下ろした。
「まずは、謝辞を。大城玄道・北条久遠と共に第七真祖ウォルターを討伐されたこと、おめでとうございます。そして、多大な感謝を送ります。まさか、噂の吸血鬼喰いが手を貸してくれるとは思いもよりませんでした。優しいのですね、貴方は」
優しく目を細め、微笑んだ彼女から、阿久は目を逸らす。
「んなことはどうでもいい。どうして俺は此処に居る」
阿久の態度に不快感を感じた様子もなく、彼女、コーネリアは「はい」と優しく頷いた。
「一言でいえば、感謝の印……でしょうか。我が方の久遠と共に第七を討伐されたあなたには、治療をするだけの価値がある。マリア様はそう考えられたのでしょう。わたしも、同じ思いでした。ですからあなたは、此処にいる」
「そうかい。だったらさっさと感謝の品を持って帰りたいね」
「そうですね、ではこれを」
コーネリアは、胸からキャッシュカードらしきものと、パスポートらしきものを取り出した。
「……なんだこれは」
「いえ、此処はあなたの母国である日本国ではなく、大英帝国連合の土の上ですので」
「は? 大英?」
「ええ、大英帝国連合です。日本のような無宗教の国にあるものではありませんよ、教会は」
何も可笑しなことはありません、とでも言いたげな瞳。
どうやらここは、日本ではなく、ヨーロッパを統べる天下の大英帝国連合らしい。
コーネリアは純粋に自分が良かれと思ったことをしていると信じているようで、流石の阿久も、「いきなり外国に断わりもせず連れて来るな」と言おうと思ったが、無駄だろうと諦めた。
何を言っても、この女の表情を変えられる気がしなかった。
どうせすぐに帰ることは出来ないのだ。ならば、少しでも有力な情報を引き出して帰るのが吉か。
考えた阿久は、コーネリアに問う。
「なぁ、マリアって誰だ」
それは先ほど、コーネリアの口から出た人物の名である。
聖母マリア。処女にしてキリストを産んだとされる女の名である。その名を冠するとなれば、教会の中でも相当に地位が高いものであると推測されるが。
「マリア様は、この教会を統べていらっしゃるお方です。彼女には、未来が見える。いつか起こる破滅の未来を見越して、この教会を設立され、対吸血鬼の組織とされました。偉大なお方ですよ」
「そうか。……いや、待て。教会を設立っつーと、そのババアは一体何年生きてんだ」
「ババアという表現はお控えください」
心なしか、コーネリアの目が少しばかりきつくなった気がした。
「しかし、そうですね。この教会が設立されたのがおよそ八〇ほど年前。ということは、マリア様はそれ以上のお歳ということになりますね」
「ババアじゃねぇか」
コーネリアの眉間に、僅かな青筋が浮いた。
「しかしババアはどうして俺を助けた」
「言った筈です、感謝の気持ちであると。他の礼でもよかったのですが、あのまま放っておいたら、久遠ともども命を落としかねない状況でしたので、誠に勝手ながら、治療をさせていただきました」
もう阿久に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
ため息をついたコーネリアは答えた。
「そういえば、久遠は大丈夫なのか」
「ええ。彼女ももう目を覚ます頃でしょう。まったく、吸血鬼や混血者の回復力には驚かされるばかりですね」
「……その割には、目覚めるタイミングぴったりに現れたよな、お前」
ふふふと、彼女は口元を抑えて、「たまたまですよ」と笑った。
なにか知っていそうな雰囲気だったが、このまま聞いても答えるつもりはないのだろう。阿久は、別の事を聞くことにした。
「ウォルターは、どうなった」
思えば、阿久はウォルターの心臓を喰らっていないし、またその死体も見ていない。
もしかしたら、まだ生きているのかも――。
「あら」とコーネリアが大きく目を開いて阿久を覗き込んだ。
「あなたが“食べた”のではないのですか?」
「……何のことだ?」
「ウォルターの遺体は、とある地点に大量の血痕を残して消えていました。しかし、如何に真祖とはいえあれほどの流血をして生きながらえるとは思いませんし、そこから先は血痕が見当たりませんでした。ですので、誰かが“食べた”のだと教会は推測したのですが――」
本当に、あなたではないのですか?
コーネリアは口にはしなかったものの、そう問いたいようだった。
「俺じゃない。俺が喰らうのは、吸血鬼共の心臓だけだ。肉体は喰わない」
「そうですか。でしたら……少しばかり、調べる必要がありそうですね。あなたではないならおそらく、“アレ”の仕業でしょうが……」
「アレって、なんだ」
「いえ、なんでもありません。話を戻しましょう。結果として、ウォルターは死んだものと見て間違いはなさそうですし」
これに関しても、聞いたところで答えないだろうなと思い、阿久は話題を変えることにした。
「なぁ、一つ聞いていいか」
「はい、なんでしょうか」
「あのおっさんが使ってた巨大な杭、アレはなんだ」
ウォルターとの戦いの際、大城玄道が用いた巨大な杭打ち機。
名を、ミカエル、とか言ったか。
「《公正判決》のことでしょうか」
「ああ。あれは一体、どういう原理で出来ている」
そうですね、少し考え込むように目を閉じたコーネリアは、やがて眼を開いて人差し指を立て、さも今思いつきましたとでも言わんばかりの笑顔で応えてくれた。
「ええと、白魔術の応用のようなものです」
「白魔術?」
「ええ、白魔術。世には黒魔術、白魔術といったものが存在しますが、わたしたちなりの区分では、そうですね……。
人に害を及ぼすもの、呪いを及ぼすもの――すなわち、他者を意図的に不幸にするものを黒魔術。
自分に幸運を呼び込むもの、神より力を授かるもの――すなわち、自身に何かしらの加護や援助を受けるものを白魔術と称しています。
あれはその内の後者、白魔術と呼称される類のものですよ」
……なるほど、白魔術。
確かにあの大杭の登場は、この世の原理で説明できるものでは無い。
また彼は、ウォルターの風を《聖痕》によって無効化しているようにも見えた。
おそらく、加護という特性も秘めているものであろう。
「それでは、此方からの質問を幾つかよろしいですか」
阿久がもう聞くことはなくなった、という顔をしていたのを、アメジストのような瞳で読み取ったのだろうか。
コーネリアがそういった。
「ダメだ」
阿久が即答した。
感謝の印と称して、大英帝国連合まで来ることになったのだ。帰りの代金はこうして貰っているとはいえ、帰りの時間までは帰ってこない。今の質問の回答は、帰りの時間の代金だ。であれば、阿久が質問に答える義理はない。
「あなたの目的は、なんですか」
「さてね」
「あなたはどうして、痛い思いをしてまで戦うのですか」
「さぁ」
「どうして吸血鬼を“食べる”のですか」
「俺にもわからん」
「質問に答える気はないですか」
「ないね」
ロクに内容も聞かないまま阿久が答えると、「そうですか」とコーネリアが視線を阿久――否、その奥へと移した。
「ところで、彼女は」
コーネリアが、阿久の左横。
ほとんど部屋の隅、人が一人立つことでやっとなスペースに挟まるように、その女は立っていた。
白い肌、黒い服。美しい女――アルラ。
――……………………なにやってんだ、こいつ。
阿久は頭をかかえたくなった。
素直にコーネリアに応えるのは癪だったので、阿久は「知らん」と答えておいた。
心なしか、アルラが寂しそうな顔をした気がした。
「ひどいわ、阿久。ずっと見守っていたのに」
ひどいと言われた。
とりあえずお前は、人が存在することを想定できるような場所にいろと阿久は言いたかった。
「部外者ならば、追い出さねばなりませんが……」
いいのですか?
口には出さないものの、コーネリアの視線はそういった意図を含めて言葉を切った。
「俺の、相棒だ」
舌打ちをして、阿久は答えた。
「そう。阿久の、相棒」
繰り返すように、アルラはコーネリアに告げた。
彼女の言葉に感情は無く、表情もない。けれど、阿久には彼女が喜んでいるように感じられた。
「……そうですか。関係者ならば、追い出すわけにはいきませんね。
そういえば、彼女を見て思い出したのですが……あなたを治療した者が、あなたの心臓が普通ではないと告げていたのです。ええと、なんと言っていましたか。……あなたの心臓は成人男性のものでなく、少女のそれであるとか……そのあたりは――どうなのでしょうか」
阿久は、自分の胸に手を当てた。
阿久には、心臓がない。それはあの夜に失った。
なのに、どうして。阿久の胸には確かに、今も鼓動があった。
一体、いつから?
動揺をコーネリアに隠すため、「ハッ」と阿久は鼻で笑う。
――すべてを見透かしたような、目。
アメジストの瞳が、阿久の瞳の奥底にある心を覗いた気がした。
「そいつ、モグリなんじゃないのか」
けれどわかるはずがないと、阿久はそういった。
「そうですよね。まさか、成人男性に少女の心臓があるわけがありません。おそらくは、あなたの心臓が一般よりも小さいだけなのでしょう」
――と。
コーネリアが、くすくすという上品な笑いを止めた。
「……やはり、《天使の欠片》に関係があるのやもしれませんね」
確かにそう、呟いた。
阿久はそれを、聞き逃さない。
そういえば、阿久の背中に生えた翼の事を、ウォルターが《天使の翼》だったかなんだかと言っていた。そしてコーネリアの《天使の欠片》という言葉。
――天使とは、なんだ。
思わず、阿久はそれをコーネリアに問うていた。
しばらくキョトンとして、聞えていたのですかと嘆息する。
――また、この目。
未来を見透かすような、奇妙な目。
アメジストの瞳が一つの銀河のように、渦を巻いた気がした。
「まだ、知る時ではありません。次にあなたが自分の意志で此処へ来るときには、その答えを知っていることでしょう」
また、よくわからないことを言う。
「次? 俺はもう、こんなところに来るつもりはない」
「……いえ。この教会かどうかは分かりませんが、あなたは来ます。必ず来ます。その時あなたは、目的はどうあれ、わたしと肩を並べるでしょう」
「俺が? 此処に? お前と肩を並べに?」
「ええ、あなたが。大英に、わたしと肩を並べるために」
「そいつも、マリアとかいうババアの予言か?」
「ババアではありませんが、はい。そういうことです」
「どうだかね」
吐き捨てるように言った阿久は、そろそろ帰らないのかという視線を送ったが、コーネリアはまだ話したいことがあるらしい。
いい加減けが人をいたわってほしいものだと思うが、これから運ばれるかもしれない食事に彼女の機嫌が関わるかもしれないので黙っておいた。
「最後に、一つ。あなたは百年前の出来事について、どこまで知っていますか」
「……百年前? そんな昔の話が、一体なんだ」
「知っていますか?」
再度、コーネリアは問う。
阿久は、生まれてこの方ロクに勉強してこない不良であったが、それでも大方の歴史は頭に入っている。けれど、百年前のことは欠片も知らない。
それは、歴史の授業でも百年前のことについては触れられないためである。
それ以前の歴史はある。それ以降の歴史もある。
しかし百年前からおよそ前後一〇年間、まるで歴史が抜け落ちているのだ。
阿久はアルラを見ると、アルラは首を横に振った。
もともと彼女は記憶を失っている。彼女に問うのは酷な話か。
「百年前に何か災害があり、旧ヨーロッパが壊滅的な打撃を受け、多くの国が一つになって、今の大英がある。俺は、それしか知らんな」
「……なるほど、教科書通りの回答ですね。優等生です」
「馬鹿にしてんのか」
阿久の呟きに返事を出さず、コーネリアは語り始めた。
「百年前、何かが確かに起きました。これは俗説ですが、話しておきましょう。
百年前。此処、旧ヨーロッパでは、突如、多くの災害が発生しました。百年前の大災厄、といえば誰でも知っているようなものですね。けれど、その災厄が具体的にどのようなものであったのか、それは一部を除いて誰も語らない。いえ、語れない。
百年前の大災厄――台風、疫病、地震、竜巻、噴火……実に多くの災害が、かの土地を蹂躙したとされています。曰く、大災厄『Pandora』。
この名はギリシア神話におけるパンドラの箱という概念からきているわけですが、ご存知ですか?」
「ああ。災厄が詰まった箱を開けちまって、そこからいろんなモンが飛び出したっていうアレだろ」
「その通り。唯一、確実に起きたと判明している災厄でも、疫病に該当する災厄――『枯血病』と呼ばれる未知の病。これは、実に多くの人々を殺したそうです。疫病を中心とした実に多くの災厄によって旧ヨーロッパの人口が大きく減少し、国は統合され、今の大英帝国連合が存在しているのです」
「それで、その歴史がどうした」
「この話には、まだ続きがありまして。パンドラの箱には、まだ最後、一つ残るものがあった。それが――」
「希望……ね」
これまでほとんど口を挟まなかったアルラが、ぽつりと言った。
「その通り、希望です。百年前の大災厄、それがもし本当にパンドラの箱であったとするならば……希望とは、なんだと思いますか?」
希望とは、何か。
俗説を聞かされ、終いにはパンドラの箱に残る希望とは何か。
そんなことを聞かれても、阿久には「何言ってんだコイツ」程度にしか返事を返せない。
哲学でも語ればいいのだろうかと、必死で頭を悩ませるも、応えはやはり出なかった。
「希望は、希望なんじゃねぇの」
頭の悪い答えを出すのが、学のない阿久の限界だった。
「なるほど、希望は希望……ですか。それはまた、面白い回答ですね」
くすりと笑ったコーネリアは、席を立つ。
「長話、失礼しました。わたしは用がありますので、これで」
一礼して、彼女は部屋から去っていた。
少しすると、シスターの一人が阿久に食事を運んできて、また去っていた。
沈黙が、流れた。
嵐のあとの静けさというのは、こういうのを言うのかもしれない。
ため息をついた阿久は、アルラにもっと広いところに行けと言う。
アルラも流石に窮屈だったのか、先ほどコーネリアが座っていた場所に座った。
「アルラ、お前ここが教会だって知ってたのか」
「……ええ、なんとなくだけれど」
「ならお前、なんで部屋のどこかに隠れなかった。下手したらお前、殺されてたのかもしれないんだぞ」
「教会がわたしたちに敵意を抱いていないことは、聖痕を宿した男から聞いて分かっていたわ」
「もしもの事があったらどうするつもりだ」
「それでも……阿久が、心配だったから」
はぁと、阿久は盛大なため息をつく。
「俺の事はどうでもいい。お前は、お前の事だけを考えろ」
阿久がアルラに言うが、アルラは取り出した本を読み始める。
「聞いてるのか、お前」
再度問うも、アルラからはページを捲る音だけが聞えて来た。
舌打ちした阿久は、運ばれてきたパンを齧る。
「……」
とても、ぱさぱさだった。口内総ての唾液が、一口食べるごとに持っていかれるような気がした。
まるで、スポンジだ。
けれど他に食べるものがない。阿久はしぶしぶ、日本に帰りたいと願いながらパンを口に入れた。
「――マズ」
パンを口に突っ込まれた巨漢、大城玄道はパンを飲み込み、そういった。
場所はやはり、阿久と同じ部屋。けれど阿久と違うのは、玄道の隣に無数にぶら下がる点滴のパックと、隣にいるシスターが彼の口へ食物を運んでいるということか。
「やっぱ日本の飯が食いたい」
子供のような我儘をいう玄道に、
「文句言わない」
隣に座るシスターが、有無を言わさずスプーンでスープを口に突っ込んだ。
「熱い! 熱いぞソフィア! もう少し、スープの量を減らしてくれ!」
「うるさいわね。こんな美女がわざわざ食べさせてあげているんだから、感謝しなさいよこの猫舌でくの坊」
猫舌は事実なので文句はないが、でくの坊はないだろう、でくの坊は。
玄道は眉をしかめた。
「なによ、何か文句あるの?」
やけに好戦的なシスター――ソフィア。
ソフィア・ラドクリフ。
白円卓第八位のラドクリフ家、その三代目。年齢は見たところ三〇近いが、誰が見ても美人の部類に入るだろう。母性を感じさせる豊満な胸、今は鋭いが、普段は優しげな青い瞳、肉付きのいい身体に、知的なメガネ。桜色の唇の下にあるホクロは、チャームポイントか。
そんな彼女に、玄道は食事を食べさせられている。
「文句があるっつーか、文句しかないっつーか……」
ぽつりと呟いた玄道に、ソフィアの眉がみるみる吊り上がる。
けれど気付かないまま、玄道は続けた。
「お前もう、三十路のおばさんだろう。それが美人を自称するというのは、どうなんげぶぁああッ!?」
握り拳が頬に飛んできた。
「わたし、まだ、二十代! だいたいアンタだって四〇近いおっさんでしょうが!」
「……でも、二〇後半だろ」
自分のことは関係ないからと、玄道は彼女の年齢を指摘する。
「ところで玄道。わたしの聖書には、右の頬を殴られたら左の頬を差し出すべきだとあるのだけれど、そのあたりどう思う?」
「怪我人に対しては、例外にしてくれと思う」
ソフィアは包帯だらけの玄道の姿を見て、はぁとため息をついた。
「教会の切り札といわれた真祖殺しのアンタが、こんな怪我をするなんてね」
「仕方ない。相手は真祖、それも鎌鼬だ。戦えば怪我もする、それが殺し合い、戦争ってもんだ。……俺たちが、吸血鬼相手にやってることだ」
「けどこれは、戦ってできた怪我じゃないでしょうに」
確かに。
――この怪我は、戦いでできたのもではない。
北条久遠を庇い、できたものである。
「ウォルターの鎌鼬から生身で庇うなんて……アンタ、馬鹿よ」
「でも、二人とも助かった。こりゃ結果オーライだろう」
「良かったのは結果だけよ。……いい、玄道。今後は二度と、こんな危ないことはしないで」
真面目に言うソフィアに、玄道は「なんだ、心配してくれるのか」と茶化すように笑った。
けれど怒ることもなく、ソフィアは静かに「そうよ」と言った。
「あなたの事が、心配。あなたの事を考えるだけで、わたしは夜も眠れなくなりそうよ」
眠れなくはないのか。
玄道は茶化そうと思ったが、やめた。
彼女は、本気で玄道のことを心配していた。
「……すまんな。だが、それが俺たちの仕事だ。守らにゃならん、モノがある」
大城玄道には、守れなかったものがあった。
だからこそ、守れるものは、守りたいと思う。
もし、この手が伸ばせるのなら。届く、届かないは関係なく、伸ばしたいと、思うのだ。
「それくらい、わたしだって分かってるわ。でも、覚えておいて。例え他の命を守ったとしても、自分の命も守れないようじゃ、半人前よ」
ああ。頷いた玄道は、彼女が差し出したスープを飲んで言った。
「お前は、半人前にはなるなよ」
何を言っているのかわからない、といった様子のソフィアだったが、次第に顔を赤くして、「当たり前よ、バカ」と、スプーンを玄道の口に差し込んだ。




