己の正義を胸に
「ウォルタァアアアアッ!」
「死ね、狂戦士アアアッ!」
激突、激突、激突。
久遠の二刀鉈が、ウォルターの鎌鼬が。
幾度も鋼と刃をぶつけ合い、削り合い、互いの血肉をそぎ取り骨を断たんと、激突する。
一人歩いた北条久遠は、極秘で警察より与えられたウォルターの潜伏場所へ赴いた。
そこは帝都月区画四番ゲート付近、百年前に設立されたとされる医療関係の研究施設、使われなくなった廃墟ビル群の一角であった。
ウォルターはやはり、玄道にやられた傷が未だ完治しておらず、夜を待ち、人々から吸血するつもりでいたらしい。
これから吸血しようと外へ出た時に、久遠と遭遇した。
吸血しようと街へ赴くウォルター。街へは行かせないと立ちはだかる久遠。
そして、死闘が始まった。
久遠の肉体は、既に満身創痍。
ウォルターの風を受け、そして阿久からの攻撃を受け、十分すぎるほど大ダメージを受けていた。なにより久遠の肉体を蝕んだのは、《禁忌解放剤》と飛ばれる薬品だ。これは吸血せずとも、吸血鬼の力を発揮することのできる教会の作り出した代物である。吸血せず力を発揮する代わり、これは大きく、身体を蝕む。ウォルターと戦うために使用したそれが、今になって効いて来た。そして今も、ウォルターと戦うために服用している。
今すぐ病院に入院したいほどに、久遠の肉体はボロボロになっている。
対するウォルターも、満身創痍。
北条久遠や久世原阿久からのダメージはそれほど残っていないようだ。それは彼が真祖で、並みの吸血鬼など比べるまでもない治癒能力を持っているからであろうが。しかし彼は、真祖を――《串刺し公》と呼ばれた第八真祖を殺すほどの圧倒的攻撃力を持った白杭、大城玄道の《公正判決》をその身に受けた。
流石は吸血鬼を殺すために教会の作り出した最新技術だ。その威力は並ではない。未だウォルターの肉体は損傷が激しかった。早々に吸血を行わねば、命に係わる――。
「邪魔だ狂戦士! お前と戦ってる暇はないんだよ!」
「此処は通しません――これ以上、あなたのせいで悲しむ人を見たくない!」
「街中で殺し合っておいて、何を今更! 狂戦士の名が哭くぞォッ!」
「もとよりその名は不名誉だ、今すぐ捨てても構わない!」
忌能の力を使い、久遠は加速する。
進むは前方の目標。視るは勝利の未来。そして振るうは、かつて恩師であった母より賜りし、父が守った家の宝剣。
二刀鉈、『天落』と『空切』――。
ウォルターを、斬る。
その意志を胸に、ウォルターの放つ無数の風の爆弾を、久遠は避ける。
ビルの側面を、走る。ウォルターの照準から逃れるために、出来うる限りの最速を保ち、そして走る。一撃、あと一撃あればいい。
あと一撃あれば、おそらくウォルターを落とせる。
久遠の背中を狙った風を鉈で凪ぐ。完全に払ったと思ったが、触れた風が爆発するかの如く、久遠の肉体を吹き飛ばした。
「あ――くッ……」
ビルから足が離れ、久遠の身体が路上へ落下する。
受け身もなく落ちれば、骨折はおろか、下手をすれば足が千切れるだろう。
即座に鉈を背中の鞘へ納めた久遠は、受け身のために全霊をかけて体制を持ち直し、着地しようとする――前に。
太ももに手を這わせ、そして取り出すは拳銃。
この拳銃は日本の警察も使用するニューナンブという扱いやすい型である。安全装置を解除、撃つ。リボルバーを回転させ、撃つ、撃つ、撃つ。
ただの拳銃。しかし込められた弾丸はただの弾丸に非ず。銀である。吸血鬼の弱点、当たればただでは済まされない。
「小賢しいッ!」
まっすぐウォルターへと向かう弾丸、その総ては風の壁によって防がれたが、しかし空中を落ちる隙を狙われることは免れた。
再び両鉈を取り出した久遠は、鉈をビルに突き立てる。ビルに大きな爪痕を残しつつ僅かに落下速度を緩め、地面に着地した。
それと、ほぼ同時。久遠は、弾けるように疾走を開始する。
久遠が側面を駆けたビルの一つが倒壊した。もはや捨ててあると同義の古びた車は押し潰されて、見る影もない。たとえ久遠やウォルターとて、倒壊するビルに押しつぶされては見る影もなくなるであろう。
それでも、久遠の足は、止まらない。
それでも、久遠の胸に、恐れはない。
――後悔しない人生を。
復讐に生きた女がいた。
女は復讐に生きたことを後悔した。復讐などつまらないものだと、笑って言った。
――永遠に、幸せでいてほしい。永遠に、笑っていてほしい。死ぬ直前まで笑えるような、そんな幸福な人生を生きてほしい。
年老いた母がいた。
もはや余命も少ないであろう老婆は、偶然育てる機会があった子を引き取り、養子とし、まるで子供のような願いを込めて、名を付けた。
後悔しないために。笑って、死ぬために。
北条久遠は、負けられない。こんなところでは、終われない。
久遠の放った銀を風で残らず弾いたウォルターは、その手を久遠に向けて、風の狙いを定める。そして、撃つ。
久遠は加速の特性から、それらのほとんどをほぼ完璧に回避していたが、風がひとつ、久遠の肩を削いだ。
「――――ッ!」
激痛が走ったが、止まらない。
避ける、避ける、避ける。
ウォルターに近づけば近づくほど、久遠へ風を当てる確率が上がるハズである。しかし疲労がたまっているのか、それとも、久遠がこれまで以上に自身の力を発揮しているのか、当たらない。
ウォルターの風は、当たらない。
それはまるで、誰かが久遠を守っているかのように。
「行くぞウォルター!」
――わたしに力を貸してください、キャロライン。
鉈、『空切』。
その、一閃。
空を、切る。
振るった鉈が、ほぼ正面からウォルターが放った風を裂き、防を成す。
鉈、『天落』。
その、閃耀。
天を、落とす。
ウォルターが再度風を放つ前に、久遠はその左腕を切り落とした。
「ぐ――ぉおおおおおおおおおおおッ!」
赤い、鮮血。
まるで時が止まったのではないかという、刹那の間。
ウォルターの片腕を切り落としたと同時、久遠の胸にもウォルターの腕が添えられていて。そして、その手は風を放ち。
――片腕は、くれてやる。代わりに――
命を。
貰う。
ウォルターが、風を放った。
久遠の華奢な肉体が遥か後方へと吹き飛び、人の肉を易々と切り裂く暴風が、久遠を後方のビルへと叩き付けた。
びしゃりと、血が絵の具のように張り付いた。
コンクリートでできたビルは大きく凹み、ヒビを走らせ、久遠は、その場に落下し、倒れた。
まだ、足りない。
第七真祖を倒すには、まだ、届かない。
――やはり。
久遠は思う。
やはり、何が何でも久世原阿久を連れて来るべきであった。自分一人では叶わないことは分かっていた。けれど、あれだけのことをしておいて、今更頼みごとを聞き入れてくれるわけがない。脅してでも、連れて来るべきであった。
例えそのあとで、背中から刺される運命であったとしても――。
「終わりだよ、クオン・ホウジョウ。此処で死ねッ!」
立ち上がろうと思った。けれど、無理だった。
身体がもう、動かない。薬を使った代償だ、完全に筋肉の方がダメになっている。
久世原阿久のように変身能力があれば無理やりにでも動かせたかもしれないが、しかし、久遠の異能は変身ではなく、自身の筋力増強、すなわち速度上昇である。
――成す術が、無い。
終わりだと思った。
ウォルターの風を止める術は久遠にはなく、そして避ける術もない。
助けに来てくれる味方もいなければ、だからといって復讐に生きて化外を殺したこの人生、神に祈れるわけもなく。
最後に思うことがあれば、一つ。
復讐に生きなければ良かった。笑って、死にたかった。
ごめんね、お母さん。
心の内で、呟いたときに。
「残念だったな、まだお前は死ねない。此処で死ねなかったことを、死ぬまで後悔するといい、クソ鉈女」
聞こえるはずのない、声を聞いた。




