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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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偉大な母

 北条久遠は、歩く。

 一人で、歩く。

 仲間はいない。現在教会は《第八》を追っているし、唯一の相棒であった大城玄道は、自分の勝手な行動のために倒れた。そして自分の勝手な行動のため、多くの人が死のうとしている。

 久世原阿久に共闘を頼んだが、やはり断られた。当然だ、彼の守ろうとした少女を、わたしが殺したのと同義なのだから。

 ――ああ、後悔が残る。本当に、後悔ばかり。

 あなたの言う通りだ、玄道。復讐なんて、本当にくだらない。

 わたしはずっと、勘違いして生きてきた。本当に大事なのは、復讐なんかじゃなかった。

 本当に、大切なのは――。

 久遠は、玄道との会話を思い出す。



「久遠。復讐はやめろ」


 ――突然、なんですか。


「なあ、久遠。もう、復讐に生きるのはやめろ。目の前で婆さんを殺されて、復讐に燃えるのは分かる。お前はずっと一途だった。一途に、ウォルターを追っていた。でもな、もうそれも、今日までにしろ」


 ――どうしてですか。復讐が、そんなにいけませんか。


「悪いとは言わん。復讐を糧に戦う使徒は、エリアス・リッケンバッカーを筆頭に、多くいる。だがな、お前は、大切なことを忘れているぞ」


 ――大切なこと、ですか。


「お前、覚えているか。婆さんがいつもお前に教えていた言葉を」


 ――いえ、覚えていません。


「……そうか。

 婆さんはな、復讐が下らんものだといっていた。復讐ばかりの人生は、結局最後に何も残らず、振り返っても、そんな人生はつまらないといっていた。

 だから、だろうな。常日頃、後悔しない人生を送りなさい、人生は最後、笑って死になさいと言っていたよ。俺にも、他の使徒にも、みんなに、そう言って回っていた。

 当然、お前にも言っていたはずだ」


 ――それ、は……。


「なぁ、久遠。後悔しない人生を生きろ。そして、笑って死ね。復讐なんかしなくていい。笑っているだけでいいんだ。それが、お前だけができる、あの人への恩返しなんだ――」



 ――後悔しない人生を生きろ。

 ――そして、笑って死ね。


 久遠の脳裏には、かつての記憶が蘇る。

 あの時の出来事はとても鮮烈で、今でもよく覚えている。


 師として、そして弟子として、最後の吸血鬼討伐の命を受けたあの日。

 キャロラインは、足手まといの弟子など放っておけばよかったのに、弟子――久遠を庇い、ウォルターの鎌鼬をその身に受けたのだ。そして彼女は、問うた。


「怪我はないかい、久遠」


 久遠は頷いた。

 本当に怪我はなかった。それよりも心配だったのは、彼女の身体だ。

 溢れる血液は見るからに致死量。誰が見ても助からない。なのに、彼女は。

 ――よかった。

 最後に、笑った。

 笑って、死んだ。


 ねぇ、キャロライン。あのときあなたは、どうして笑ったの。

 痛いのに、苦しいのに、死んでしまうのに。

 ――どうして、笑ったの?


 その意味が。

 彼女の笑顔の、その訳が。


「ごめんなさい、キャロライン……」


 玄道に言われて。大きな過ちを犯して。今になって、ようやく理解できた。

 自分を育ててくれた恩師は、久遠に復讐などは望んでいなかった。ただ、己の信じる道を生きろと言った、自分の後悔しない道を生きろと言った。

 ようやく。ようやく、その意味を理解して。

 彼女は、ウォルターと戦う決意をした。

 復讐の為ではなく。自分の為ではなく。

 己の信じる、正義のために。

 本当に大切なことは、これなのだ。

 復讐ではない、己の正義を信じ、貫くことであったのだ。後悔しない生き方で、最後に笑うことなのだ。


「そして、ありがとう」


 これまで本当に、育ててくれてありがとう。助けてくれてありがとう。戦い方を教えてくれた。勉強を教えてくれた。この二本の鉈をくれて。素敵な名前をくれて。

 そして何より、こんなわたしを愛してくれた。どうしたって感謝しきれないほどに、愛してくれた。

 あなたがいたから、北条久遠は此処に居る。

 だから、わたしは。あなたの子として、恥じない人間になるよ。

 胸を張って、笑えるような大人になるよ。胸を張って、笑って死ねる人生を送るよ。

 ――あなたのように。

 だから、だから――。


「見ていてください、お母さん――」


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