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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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北条久遠という

 北条、という家があった。

 その家は、武士の盛んであった時代、必死で地位を押し上げた家だった。地元の武家の中では、そこそこ有名な家だった。

 けれど、その栄光は長くは続かない。

 廃藩置県。武士の時代は終わる。次にこの日本を支配したのは学者、賢き者であったから、北条はひたすらに学んだ。

 結果、そこそこの家となった。

 たまに、政治家になるものが出るくらいには、優秀な家であった。


 時は流れ。

 これからの時代は、外国との交流が盛んになる。そう思った北条の家は、外国の嫁を取ろうとした。

 それが翡翠の瞳を持つ娘、エルフィンストーンという家の娘であった。

 北条の息子は心優しく、なかなかに優秀であったし、エルフィンストーンの娘は、多少性格に難があったが、大変美しく有能であった。

 しかし、悲劇は起きた。


 ――通称、土竜(もぐら)。第三真祖ケイジ・オオダイラ。

 オオダイラは真祖の中でも珍しく古老のものであるが、大変に性欲が強く、色魔であるとされている。

 そのオオダイラが、エルフィンストーンの娘に目をつけた。


 エルフィンストーンの娘と行われるはずであった婚姻の儀、そこをオオダイラに襲われ、それは悲惨な凌辱現場になったという。


 先も述べた通り、北条は僅かな期間であったとは言え、武士の家系であった。そして北条の頭首は人としての義を重んじる心優しき青年であった。

 北条は、戦った。

 その胸には義の心、その右手には武士の誇りたる刃。北条は、戦った。

 北条家頭首たる花婿は無論、北条家代々に伝わる宝剣を手に取った。会津(あいづ)鍛治、間号鏡禮(まごうきょうらい)が鍛えし業物(わざもの)大太刀(おおたち)天刺(あまさ)し』。

 そしてその従者の一人は、北条最強の剣士であった。同じく間号の打った業物である大太刀『空突(そらつ)き』を振るった。


 花は桜木、人は武士。

 花は桜が最も優れているが、人は武士が第一である。


 その精神に乗っ取った彼らは誠、『武士』であった。

 そして『武士』で在ったが故に――皆殺しにされた。


 結果、皮肉にも、美しい娘の初夜は、死にゆく花婿の前で、土竜と呼ばれた色魔に奪われることとなった。


 真祖の子を孕んだエルフィンストーンの娘は、おおよそ娘が生まれるまでの間、オオダイラによって生活を保障された。悪くない生活であったし、死ぬことが恐ろしかった彼女は、オオダイラの指示通り、子を産んだ。

 それに満足したオオダイラは、二人を離した。

 もともと快楽主義者であったオオダイラは、生娘を犯し、孕ませ、子を産ませるという、女としての幸せを根本から破壊する鬼畜外道な行為を楽しんだだけである。子を産ませてしまえば、その子がどうなろうとも知ったことではない。

 またエルフィンストーンは、オオダイラが吸血鬼であるとは知らなかった。性犯罪者に襲われ処女を奪われ孕まされ、子を産まされた。おそらくそれで、彼女の精神を傷つけるのに十分であったためであろう。

 オオダイラが正体を明かさなかったことが幸いし、吸血鬼の存在を公に公表したくない政府は惨殺事件、強姦事件としてそれぞれ別の犯人のものであると処理した。


 エルフィンストーンは、北条を出て、子を捨てた。

 先も言ったように、彼女は性格に若干の難があった。薄情な娘であったのだ。

 すぐに大英の家へと戻り、瞬く間に別の男の下に嫁いでいった。


 生まれながらに父を失い、母に捨てられ、北条の名だけが残った名の無き娘子(むすめご)は、孤児院に預けられた。ミーシャと、名付けられた。

 ミーシャは人と吸血鬼――それも真祖との間に生まれた子である。

 人より力が強かった。また、(まれ)に並ならぬ吸血衝動に襲われることがあった。

 孤児院から恐れられたミーシャは、多くの孤児院をたらいまわしにされた。それでも受け入れられる孤児院がなく、最後に《教会》に預けられることとなる。


 彼女の人生は、吸血鬼という存在によって呪われていた。

 吸血鬼に父を殺され、母を犯され、そして、北条の名以外の全てを、生まれた時に剥奪された。流れる吸血鬼の血は孤児院でも異端、排斥された。血を見る度襲い来る、吸血衝動に対する嫌悪に、幾度も吐いた。

 彼女は吸血鬼という存在を、憎んだ。


 教会には、孤児院の経営を手伝うソフィアという女がいた。教会の皆はそのソフィアが彼女を引き取るものだと思っていたし、おそらくソフィアも自分が引き取るつもりでいたのだろう。しかし、ここで予想外の人物が、ミーシャの里親になると名乗りを上げた。

 その時にミーシャの世話を名乗り出たのが、キャロラインという古老のシスターだった。

 キャロラインは、ミーシャの生まれが日本と知って、日本かぶれのサムライと称される知人、エリアス・リッケンバッカーに日本語を学び、そして彼女に新しい名前を付けた。

 ――北条(ほうじょう) 久遠(くおん)

 ミーシャ・ホウジョウ。彼女の名は、キャロラインの子となったその時より、クオン・ホウジョウとなる。

 キャロラインは、とても優しい老婆であった。

 母、というにはいささか年を重ねすぎていたところがあったが、それでも、久遠にとっては唯一無二の親であった。


 ある時、久遠はキャロラインの身の上を聞いた。それは確か、「どうして自分の親になってくれたのか」と久遠が聞いたからだったろうか。

 そうね、わたしが生きた証を残したかったのかもしれないわね、と。老婆は目を細めて空を見上げた。

 キャロラインは、子供や結婚はおろか、ロクに恋愛すらもしたことがないという。

 誰かがやらなければならないことがあった。そして自分には、その才能があった。だから、仕事一筋で生きてきた、と言った。

 けれど、こうも言った。

 ――今振り返れば、そんな人生はつまらない。

 だから、だろうか。彼女は常日頃、後悔しない人生を送りなさい、人生は最後、笑って死になさいと言っていた。久遠は、耳にタコが出来るほど聞かされてきた。


 また、ある時。久遠は、キャロラインの「やらなければいけないこと」を知る。

 それが、人類の救済。吸血鬼の駆逐であった。

 キャロラインは、教会の中でも白円卓と称される、一二人の強者たちの一人であった。

 キャロラインが使徒であると知った久遠は、その術を学びたいと乞うた。

 初めは断ったキャロラインであったが、かわいいわが子に真摯に頼まれては、断れなかったのだろう。戦いの術を教えた。

 久遠は、生粋の才能の持ち主であった。

 吸血鬼の血が混じるために教会の一部から白い目で見られたが、しかし『北条』の名に恥じぬ武の才を持っていた。

 

 たちまち才能を開花させ、久遠があと一歩で使徒となろうというその日に、キャロラインは、久遠に二つの鉈を送ろうとした。

 久遠のスタイル、これまでの才能の中から彼女にもっとも適した武器は鉈であると、キャロラインが判断したからだ。

 

 そして、北条久遠が鉈を送られ、教会の使徒と成ろうとした、その数日前に。

 師、そして弟子として。最後の吸血鬼討伐の任務を行っていた、その日に。


「やぁ。キミたち、面白そうなことをしているね」


 第七真祖、ウォルターが突如現れた。

 結果だけ言えは、ウォルターはキャロラインを殺した。

 親であり、師であり、そして大切な名をくれた、掛け替えのない人。

 久遠にとって感謝しきれてもしきれないほど恩を受けた、その人を。目の前で。そしてその血液を、無理やり、久遠の喉へと流し込んだ。

 吸血鬼は、またしても。

 北条久遠の生涯において大切なものを、奪っていった。

 久遠が混血者であることを知らなかったウォルターは、吸血行為によって吸血鬼としての力を開化させた彼女を、翡翠の瞳の目を持つ狂戦士と称し、そして戦った。

 久遠は、負けた。

 しかしなかなか楽しめたと、ウォルターは久遠を見逃した。


 久遠は、復讐を誓った。

 己を不幸へと貶めたものは、(ことごと)く吸血鬼。

 吸血鬼は、滅するべきである。己を含めた吸血鬼の血は、すべからく途絶えるべきである。そして、なにより。己の恩師であり、母を殺した第七真祖。

 彼だけは自分の手で葬ると、誓った。


 キャロラインと親しくしていた使徒の一人に、エリアス・リッケンバッカーという古老がいた。彼は典型的なカミナリジジイで、度々キャロラインと口論を行っていた。

 そんな彼は、使徒になった記念にと、久遠にとあるものを渡した。

 それは、二刀の鉈であった。


 ――北条という、家があった。日本の家である。

 北条家には、宝剣があった。会津(あいづ)鍛治、間号鏡禮(まごうきょうらい)が鍛えし業物、その大太刀が二つ。

 名は、『天刺(あまさ)し』。そして、『空突(そらつ)き』。

 久遠が受け取った二本の鉈――名を、『天落(あまおとし)』。そして、『空切(そらきり)』。

 これら名前の類似は、決して偶然ではなかった。

 キャロラインが、わざわざ日本からかつての宝剣を見つけ出し、そして会津鍛冶、間号鏡禮、その子孫に頼み込み、鉈として打ち直してもらったものであった。

 刀鍛冶というのは刀を打つものだ。けれど、他のものを打つとなれば、拒むだろう。そこを頼み込み、なんとか鉈として完成させた。頑固なものが多い刀鍛冶の心を折るその苦労は、キャロライン本人にしかわかるまい。


 そしてエリアスは、言った。


 ――あのババアはな、最後までお前を心配していた。お前に感謝していた。自分に生きる意味をくれたと。お前と過ごす毎日が、輝いていたと。お前のために死ねるなら、後悔はないと。しかしまさか、本当にお前のために死ぬとはな。笑い話にもならんわ。


 エリアスは、俗にいうカミナリジジイだ。教会の中でも常日頃、若者相手に雷を落とし、また戦場での活躍から、『鬼神』と称されるほどであった。


 ――馬鹿な、ババアだ。


 しかしそう呟いたエリアスの瞳は、『鬼神』ではなかった。一人の女、一人の友、一人の仲間を思った、年相応の老人の目だった。

 ほんのり目を赤くしたエリアスは、最後に言った。


 ――日本語を、学ぶといい。


 久遠は、日本語を学んだ。エリアスが日本に詳しかったし、かつて日本にいたことがあるということから、わからないことはエリアスに聞いた。しかし久遠には勉学の才があったらしく、それほど教えは必要としなかった。

 とにかく、学んだ。

 戦闘技術を学び、そして、日本語を学んだ。

 北条、という家があったことを知った。

 武士としての心構えを重んじた家であった。その最後の頭首は、吸血鬼と戦って死んだそうだ。それが己の父だと、久遠は知った。自分は、武士の子なのだ。

 エリアスに、剣を習った。才能はなかったけれど、一つ、技を身に付けた。

 そしてまた、学んだ。


 ――『久遠(くおん)』という、単語と出会った。

 

 その意味は、『時間が無限であること』『未来』『永遠』といった意味であった。

 あるとき、久遠はエリアスに話した。

 自分と同じ名前の日本単語があったと。

 それを聞いたエリアスは、ああ、と、空を見た。いつもは口数の少ないエリアスだったが、キャロラインの事になると、多くを語った。彼は彼女をババア、ババアと呼んでいたけれど、久遠はどこかに優しさを感じていた。そしてエリアスは、「独り言だ」と語り始めた。

 

 ――とある、女がいた。女の心にはな、復讐と使命があった。家族を殺した吸血鬼を駆逐するという、復讐と使命だ。

 ――女は強かった。負け知らずだった。でもな、女はその内、自分の人生に虚しさを感じていった。恋も知らず、子供も持たず、復讐を果たしたとしても、このまま死んで、何が残るのか、と。ボケが始まったのかの、常日頃ぼやいておったわ。

 ――そんなときにな、孤児院をたらいまわしにされてきた()()がおった。育てるのに適任がおるのに、女は、年甲斐もなく自分が育てると聞かんでな。

 ――女は、()()に残ったものが苗字だけであることを知った。そして、日本の生まれであることを知った。それで儂に相談してきよった。何かいい日本名はないものかと。あやつ、出会ってそれまで、儂を頼ったことなどなかった癖にな。それほど、真剣であったのだろう。儂は、言った。「クオン」という言葉がある。悠久(ゆうきゅう)を表す語であると。

 ――女は、それだ、と言った。

 ――()()はな、ロクな人生を送ってこんかった。()み嫌われ、誰からも愛されなかった。女はな、それがどうにも許せんかったらしい。「生まれただけで(うと)まれる生など間違っておる」と、酒を飲む度に言っておったわ。

 ――永遠に、幸せでいてほしい。永遠に、笑っていてほしい。死ぬ直前まで笑えるような、そんな幸福な人生を生きてほしい。

 ――(たわ)けであろう。阿呆(あほう)であろう。まるで(わっぱ)のような理由と、(わっぱ)の如き願いを込めて、女は()()に名前を付けたのだ。

 ――久遠と。

 

 ――北条 久遠と。



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