過失
「……ふぅ。しかしまさか、こんなところで第七を落とす運びとなるとはな」
半身を削がれ、倒れたウォルターを見て呟くと、玄道はまず、久遠に向けて歩み寄った。
「……あ」
玄道に見つめられた久遠は、玄道の視線から目を外した。
「この、バカ娘が」
パンと、乾いた音が響く。
玄道が、久遠の頬を叩いていた。
「よく見ろ、この状況を。人が、たくさん死んだ。お前の勝手が招いたことだ。お前一人のくだらん復讐心のために、死んでいった。殺したのはお前だ。これじゃあ、お前が復讐されても文句は言えん」
「そん、な……わたしは、ウォルターを、倒そうと……」
「復讐者にそんな理由は通用しない。如何な理由があろうとも、復讐者は必ず復讐を遂げようとする。それは、お前が一番よく知っているハズだろう」
「……あ………………」
唇をかみしめて周囲を見渡す久遠に、「自分のしたことの意味を噛みしめろ」と、玄道は言い放った。
周囲は、もはや荒野となっていた。
数時間前まで住宅街であったものが、瓦礫の山となって、ほとんど平らになっている。
生存者は――みればわかる。彼ら数人だけである。
そして玄道の視線は、阿久に向けられる。
“マズいわ、阿久。ウォルターを葬ったアレをやられたら、いくらわたしたちでも”
わかってる。わかっている。けれど、どうも。この肉体は動かない。
玄道が、阿久の眼前に立つ――。
「そう警戒するな。現状、俺がお前に害を与える理由がない」
「――は?」
――は?
阿久とアルラが同時、変な声を出した。
何を言ってるんだ、こいつ。
思わず、阿久は久遠と彼を見比べた。
すると玄道はまたやったのかと、天を仰ぐようにすまんと謝罪した。
「本来《教会》は、吸血鬼討伐のための機関だが、だからって吸血鬼総てを殺していいわけじゃない。《第二》のように、それほど人に害を及ぼさないモノもいる。そういった吸血鬼は駆逐対象から一時的に外されるのだが……それを、あのバカ娘はまたやったか……」
何を言っているのか、分からない。
疑問を浮かべる阿久に、アルラは“とにかく、今は助かったようね”と、感情がこもらないながらも、安堵を思わせる言葉を呟いた。
「よくも考えてみろ。もし吸血鬼が総て的なら、混血者であるあのバカ娘も教会から追われる身だろうに」
「……なるほど、確かに」
「けど、教会はアイツの所属を許してる。それは、人に害を及ぼさないよう心掛ける吸血鬼だからだ」
――お前と同じだ、クルースニク。
玄道は付け足した。
「これまで、お前が吸血行動を行った形跡はない。お前が餌にするのは吸血鬼のみで、吸血鬼とはまた異なる存在である――と、マリア様……ああ、教会の頂点のお方なんだが。彼女から結論付けられている。その辺、どうなんだ」
「さて。俺も俺がなんなのか、いまいちわかってはいない」
“ごめんなさい、わたしが記憶を失っているから”
“心臓”が謝罪をするが、気にしない。
アルラが記憶喪失なのは今に始まったことではないし、そもそも、それを知って行動を共にしているのは阿久だ。許すも許さないもないだろう。
「なら、一つ聞きたい。クルースニク、お前は人間の血を吸ったことがあるか」
「……ないね。俺の身体は、人間の血を吸うようにはできてない。吸血鬼は人間の血を見ると腹が減るというが、そんなこともない」
「だったらお前は、人間にとって無害だろう。俺の攻撃対象にはなりえない。今はな」
今は、という言葉が、重くのしかかる。
できれば、この男とは戦いたくないものだ。
「もうじき朝日が昇る。会話は終わりだ。最後に二つ、時間をくれないか」
なんだと、阿久は聞く。
「一つ。教会は常に優秀な人材を求めていてね。――吸血鬼喰い。第七真祖との死闘に生き残るほどの実力を有するお前の力が欲しいと、マリア様は望んでいる。……そういうわけで、一つどうだ。お前、教会に所属しないか」
阿久は、少し間をおいて。
けれど久遠を見て。
「断る。俺はあいつと仲良くやれる気がしない」
「……そうか、とても残念だ」
やっぱりな。といった具合に、玄道は自分の頭に手を置いた。
「それで、もう一つは何だ」
阿久の問いに、「ああ」と思い出した様子で、玄道は、荒れ地と化したこの場で不自然なまでに美しく眠る、一人の少女の亡骸に目を向けた。
「日が昇る前に、彼女を、弔ってやってくれ。知り合いなんだろ?」
「……ああ……」
どうやら、ウォルターとの戦いの最中、玄道は彼女の遺体を守ってくれていたらしい。
ウォルターの風によって崩壊した世界の中で、彼女に傷はほとんどなかった。
「……ああ、友達だ。大切な……」
阿久はふらふらと、玄道に礼もないまま歩きよった。
目立つ外傷はない。
首筋に二つの牙の跡、胸には、阿久が空けた剣のあと。
それ以外には、何もない。
今すぐ彼女が起き上がって、頭をぶつけて、理不尽に怒られそうなのに。
もう、かえでは、南かえでは、動かない。
心臓がない。呼吸がない。
朝日は昇ろうとしているのに、彼女の目は、開かない。
「くそ……かえで……」
――阿久は、優しいね。
――助けてくれて、ありがとう、阿久。
「かえで……すまない……」
呟いた阿久の背後に、人の気配がした。
この場にいる人は、おおよそ三人。
玄道。阿久。そのどちらでもないとすれば、ただ一人。
「……その、なんと言えばいいのか。――すみません」
北条久遠だった。
「黙れ」
「謝って済むことではありませんが、というか、済んでいいことではありませんが、その……わたしの、過失です」
「うるさい、黙れ」
「それでも、謝罪の一つは――」
「黙れっつってんだろ!」
背後でびくりと、震えた気配があった。
守れなかったのは、自分だ。
本当に情けないのは、自分の力不足だ。
それなのに。阿久は。
「お前が、居なければ……」
久遠がいなければ、阿久はいつものように吸血鬼を喰らい、それで終わりだった。
自分がいて、アルラがいて、かえでがいて。少し鬱陶しいけれど、それでもきっと楽しい明日。それはきっと、いつまでも続いていく幸福で。
昨日と同じ今日を、迎えることが出来たハズだったのに。
それを考えると、どうしても。自分を抑えることができなかった。
「お前がいなければ、かえでは死ななかったんだ……」
久遠に当たらずには、いられなかった。
「……申し訳、ありません」
その謝罪が、どうにも。
腸がにくり返るほど、腹が立つ。
「謝るなよ! 謝ったら殺したヤツが生き返るのか! 違うだろ! だったら謝ってどうなるんだよ! 謝ったら、人が……人が、救われるのかよ……」
――くそ。
情けない。情けない。情けない。
悪かったのは自分だ。なのに久遠に当たって、これでは、八つ当たりだ。
「ちくしょう……」
これこそが、自分の選んだ道であった、ハズなのに。
「ちくしょぉ……ッ」
振り上げた拳が大地を叩く。
今になって、約束の重さを知るなんて、遅すぎる。
何も考えなかったかつての自分を悔やんだとき――。
「そんなに恋しいんだったら、同じ場所へ送ってやるよ。お前ら三人まとめてなァッ!」
刹那、怒号が総てを支配した。
阿久が、久遠が、そして、玄道が。声の主を見る。
――第七真祖、ジャック・ウォルター。
生きて、いたのか――。
ウォルターの掌から、小さな竜巻が放たれる。
完全に気を抜いていた阿久と、久遠。今の二人ならば、あの程度の竜巻でも――まず間違いなく、死ねる。
――。
――――。
――――――――。
けれど、いつまでたっても、痛みは、来ない。
「――――がふッ」
代わりに、二人の前には巨漢が、立ちはだかって。
「流石は、《鎌鼬》。こりゃ、キツイ……」
どさりと、大城玄道が崩れ去った。
彼を中心として、赤い池が、広がった。
――いやああああああああああああああああああああああああああ!
まるで子供のような。
女の叫びが、こだまする。




