公正判決
――終焉のラッパを吹け。右に剣、左に秤。これを持ちて、公正を図り給え。神に似たるものは誰か。否、誰が神になれようか――
「いい加減やり過ぎだお前ら。この後一体、誰が責任を取ると思ってる」
人が死んだ。
たくさん死んだ。
死んで当たり前の命などは無かった。けれど、死んだ。助けられたハズの命は、此処で。
十字を一度切り、玄道は一歩、ウォルターの竜巻の内へ、進む。
血が舞った。
教会の者とはいえ、玄道は人間だ。阿久のように吸血鬼喰いというわけでなく、久遠のように混血者というわけでもなく。
それでも己の肉体を顧みず、《聖痕》を掲げて突き進む。
彼の《聖痕》、六芒星は光り輝き、その部位だけはウォルターの風を影響を受けない。
まるで風と風がぶつかり合うように、巨漢、大城玄道の巨体を守っていた。
しかし守り切れぬ部分は多く在り、その度に肩、足が切り裂かれる。
だが、構わない。多くの人死にを許してしまったのは自分だ。この傷は、自分への戒めとするべきだ。主よ、我を許し給え。
「《聖痕》、起動。」
ウォルターの右手の甲に刻まれた聖痕は、一際強い光を放ち始める。
「――……おい、なんだお前。なんで人間が其処を歩ける! なんで斬れない! お前、なんだよ、お前おかしいよ、何なんだよお前ッ!?」
ウォルターは、ようやく状況を理解したのか、目の前に立つ巨漢に疑問を投げかけた。しかし、巨漢は答えない。代わり、《聖痕》起動の呪文を刻む。
「――《公正判決》」
ドンと、何かが落ちた。
それは、杭打ち機。巨大な、白い杭打ち機。
玄道の右腕に装着されたそれは、一九〇はあろう玄道の約二倍、四メートルはあろうかという、巨大な化け物杭。それが、ウォルターの胸元にかざされた。
「――待て」
ウォルターの目が見開かれた。
これはマズイと、ウォルターの心臓が全力で警鐘を鳴らす。
そして数日前に、オオダイラから聞いた話を思い出す。
――《第八》が、堕ちたそうだ。
へぇ、第八が。あいつ真面目だけど、なーんかどっか抜けてんだよなー。天然、っていうの? いっつもそんなんだから、今回もヘマしたんだろ、どーせ。あいつが消えようがなんだろうがどーでもいいけどさ、その死因だけは気になるね。
ちなみに聞くけど、どんなだったの?
――ああ、いや、これが実に面白くてな。《串刺し公》が、串刺しにされたそうな。
あはははははッ、串刺し公が串刺しとは、お笑いじゃないか! そりゃなんて冗談だ!
――ああ、本当に。
――串刺し公が串刺しなんて、なんて冗談――
「待て、待て待て、待て待て待て待て待て待て待て待て待て――」
つまりこの杭は、そういう“モノ”か――。
長い間続く、真祖と教会の争い。そのうち一つの大きな物事が、教会が真祖の一人、第八ヴラドを破ったことである。これにより、これまで圧倒的と思われていた吸血鬼と教会との戦力差が、裏返ることとなった。
真祖打倒の法がなかったこれまでの教会に、ひとつの希望が差し込んだ。
数年前に完成された技術――聖痕という、機構によって。
――大城玄道という、男によって。
「そいつを向けるなそいつを退けろ! やめろ離れろ殺されたいのかァアアアアアッ!」
ウォルターは必死で眼前の白杭を離そうと、玄道に向けて風を放つ。
北条久遠の肉体を吹き飛ばし、久世原阿久の左腕を切り裂いたその風が。男の右甲に刻まれた《聖痕》に、その総てを阻まれる――。
「――“執行”!」
「やァめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
ウォルターの絶叫と同時、白杭が此処に解き放たれる。
――結果。
邪なる魔を撃ち貫く聖なる杭は、ウォルターの肉体を、完全に貫いた。
どさりと、ウォルターが倒れた。白杭は、空気に溶けるかのように、姿を消した。
朝日が、昇ろうとしていた。




