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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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三つ巴、そして

「ウォルタァアアアアアアアアッ!」


 久世原阿久の咆哮が、闇の世界を完全に支配していた二人を止める。


「――なに」


 復讐者が、足を止め。


「――なんだよ、今はいいところ……」


 第七真祖が、目を向けたその先で。


「貴様のような外道には、俺のような外道の制裁が相応しい――狂い哭き叫べ。食刑(しょけい)の時間だ」


 久世原阿久が、啖呵を切った。

 その背に、漆黒の片翼。

 なんだアレはと、二者は目を向ける。

 阿久にも、何が何だかわからない。だが確かに、その左背には漆黒の翼が生えていた。


「まさか、《堕天使の翼》――?」


 それを呟いたのは、ウォルターか。それとも久遠か。

 どちらでも構うまい。


「堕天の翼だかなんだか知らねぇが、そんなことはどうでも良い。第七真祖ジャック・ウォルター。てめぇは、此処で……死ね」


 阿久の言葉に、ウォルタ―がピクリと眉をしかめた。

 先ほどまで隅で震えていた分際で何を言う、とでも思っているのだろうか。

 ああ確かに、さっきまではビビってた。けれど、今はもう、恐怖など欠片も存在しない。

 怒り。怒り。怒り怒り怒り。

 そして――殺意。


「言ったな、花婿。ぼくにそんな口を聞いたのは、他の真祖以外で初め――」


「ぐだぐだうるせぇ、さっさと堕ちろ」


 セリフが途中で止まり、代わりにゴプリと、ウォルターが口から血を吐いた。

 何故、どうして。理解できないと、ウォルターはそんな顔をしていた。

 何が起きたのか理解できなかったらしい。

 頭が悪いな、どう見ても、これをみれば一目瞭然だ。

 久世原阿久の、鋭く尖った右腕が、ウォルターの腹部を刺し貫いていた。

 しゅるんと音がして、伸びた腕は元へと戻る。


「お前、なんか変な結界を張ってやがるな」


 阿久は確かに、ウォルターの心臓を狙って腕を伸ばした。しかし、逸れた。

 それは阿久が下手であったからでなく、ウォルターの周囲に、風の結界とも呼べる壁が展開されているためである。


「んな壁取っ払って、こっちに来いよウォルター。真祖の名前が()いてんぞ」


 ウォルターは、自分の身体に空いた傷を見た。

 久遠との戦闘では、一切なかった身体の傷。それを、こいつが。真祖以外で初めて刻みやがったと、その瞳が歓喜に震える。


「――く、くははッ! 言ったなァ吸血鬼喰い(クルースニク)。だったら望み通りに殺してやるよ。この夜空に、派手な打ち上げ花火を上げてやるッ!」


 ウォルターが疾走する。

 ――否、彼は風の忌能を用いて宙に浮いている現状だ。疾走というにはいささか語弊があるが、しかし、彼は確かに、空中を駆けていた。

 ウォルターの右掌に、球体の竜巻が生まれる。

 あれは無数の大気を圧縮して創り出した、空気の爆弾。それを放てば、なるほど。この近隣は戦闘機に爆撃されたような跡が出来るのだろう。

 だが、だからどうしたというのか。

 黒い片翼を羽ばたかせ、阿久は飛ぶ。

 守るものは、何もない。守れるものは、一つだけ。この、“心臓”。

 他は零れてしまうから。守ることは、諦める。

 ウォルターに向けて跳躍した阿久。二者が激突するか否かというところで。


「わたしだけを見てください。他のものに目を移されては、嫉妬してしまいます」


 ウォルターの横に突如並んだ久遠が、手に持った鉈でウォルターの小柄な肉体を吹き飛ばした。ウォルターの肉体の周囲には空気の壁がある。さほど大きなダメージを与えられたとは考えられないが、しかし、今はそれで十分だ。

 次いで対峙するのは、阿久と久遠。


「一つ、言わせてもらいます。ウォルターを殺すのはわたしだ。邪魔をするなら、あなたも殺す――」


 その鉈が、阿久の肩から胸までを袈裟斬りで切り裂いた。突如攻撃すべき対象が変更された阿久は成すすべなく、もろに鉈をその身に受けた。

 心臓に到達する前に肉体を硬化させ、途中で止めることには成功したが、なるほど、なんと重い一撃か。そしてなにより、なんと速い一撃か。

 ――だが。


「そいつァ、こっちのセリフだッ!」


 斬撃などは阿久の前では大した意味を持たない。

 身体の変身。それが阿久の忌能だ。例え斬られようが焼かれようが、その前の状態に変身させてしまえばすぐに代替が効くのだから。

 拳を握り、久遠の顔面を思い切り殴り飛ばした。

 ウォルターと違い空中に留まっていられない久遠は、一人どこかの民家へ墜落する。

 気遣う暇はない。殺す、第七真祖を此処で殺す。

 殺戮対象の姿を求めた阿久は、すぐさまウォルターの姿を確認する。

 居た。

 下方、数十メートルの地点。久遠に片腕をやられたのか、右腕で左腕を抑えていた。

 だが、構うまい。虐殺だろうが殺戮だろうが、此処で殺す。その決定に変更はない。

 漆黒の翼を羽ばたかせ、阿久は空中で方向転換、ウォルターへと一直線に跳ぶ。


「舐めるんじゃないぞ、この第七をォオ!」


 阿久の姿に気付いたウォルターは、先に溜めた空気の弾丸を――放つ。

 (ごう)と、風圧。

 裂ける、裂ける、皮膚が、肉の筋が、次々と、縦横無尽に赤い線を走らせる。

 下手をしたら骨まで裂かれる一撃は、なるほど、《鎌鼬》の異名に納得だ。だが、この程度では阿久は止まらない。(はね)は無事。五体は無事。ならば、すべきことは一つだけ。

 この腕を伸ば――。

 ぶしゅりと、伸ばすはずであった左腕が千切れた。


「――ガ――ッ!」


 痛みはいい。気にはならない。だがしかし、刹那の間とはいえ、攻撃手段が消え去ったという事実ばかりは、痛手と云う他はない――。

 一瞬止まる阿久。すぐさま右腕を突き出そうと伸ばした阿久の右側からは、尋常ならざる速度で、回転しながら迫る凶器があった。

 ――鉈。

 それは見事、骨を砕き、阿久の臓器を押し潰した。

 咄嗟に行った肉体の硬化のために身体が断ち切れることはなかったが、投擲武器としてはあまりに見事な成果を残し、阿久をウォルターの脇へと押し出した。


「言った筈です、邪魔をすれば、あなたも殺す」


 ウォルターと彼女は、睨み合い。

 ウォルターの風が、鉈を投擲した存在――久遠に向けて奔る。しかし尋常ならざる速度で姿を消した久遠は、風を切り抜けてウォルターの眼前に迫る。

 ――この速度、もはや吸血鬼であっても異例といえる。彼女の《忌能》は、加速か――。

 翡翠の瞳が軌跡を残し、その鉈を下段より逆袈裟に、アスファルトを踏み砕き、ウォルターの背後を斬りつける。

 ――我流剣術『(カスミ)()』。

 ドプリと、ウォルターの口から大量の血液があふれ出た。

 ――が、切断には至らない。ウォルターの肉体が阿久ほど硬質であるとは思えない。しかし、久遠の筋力が、これまでの戦闘によって落ちていたとするならば。少女とさほど変わりのないウォルターの華奢な肉体を斬り損ねる理由としては頷ける。

 鉈を引き抜けないまま、抜こうと引っ張る久遠に。


「そいつを殺すのは、俺だ」


 久遠に投擲された鉈を脇腹より引き抜き、切れた腕と潰れた臓器を即座に再生した阿久が駆け、その凶悪な武器として変化させた左腕を突き出した。

 久遠は、邪魔だ。しかし殺害対象は、その背後の第七真祖。

 幾本もの黒い針が、ウォルターを、ついで程度に久遠を刺し貫いた。ウォルターへの狙いは、風の壁の為だろう。幾つかはウォルターに刺さったが、多くは狙いが逸れてしまった。

 ウォルターと久遠を刺したまま駆けた阿久は、その右拳でウォルターの顔面を思い切り殴りつけた。

 風の壁があったが、知らない。ぶち破るのみ。

 狙いが僅かに左に逸れたが、阿久の拳は確かに、ウォルターの顔面に叩き込まれた。

 その肉体が吹き飛ぶかと思われたが、飛ばない。

 ウォルターの両腕が、久遠の胸倉を、そして阿久の胸倉を、掴んだ。

 お前たちは逃がさない。とでも言わんばかりに。


「――な、よ。調子に乗るなよ、クズ共が……!」


 ウォルターが、震える。

 同時、咆哮した。



「うるさいんだよ、鬱陶しいんだよ! 雑魚はッ! ぼくの前でッ!


  這 い つ く ば れ ば い い ん だ よ ォ ッ ッ !! 」



 瞬間、ウォルターを中心として爆風が発生。

 この周囲を、途方もない鎌鼬が襲い来る。

 それはもはや、竜巻などという生易しいものでは無かった。車を宙へ飛ばす程度にとどまらず、家を裂く。人を裂く。大地すらも裂く。竜巻ほどの範囲は無いにしても、しかしその破壊の爪痕は優にそれを凌ぐだろう。

 久遠も阿久も、あまりの凶刃を前に、成すすべなく切り裂かれていく。

 これが、第七真祖の実力か。

 これが、《鎌鼬(ザ・リッパー)》。これが、《切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)》。

 阿久も久遠も、確かに彼を殺すだけの力はあった。しかし、あと一歩。あと一歩、力が足りない。ウォルターの方が僅かに、彼らの一歩先にある。

 届かない。あと、少し。けれど、その手は届かない。

 ――ここで、死ぬ。

 二者が悟った、その刹那。


「――終焉(しゅうえん)のラッパを吹け。右に(つるぎ)、左に(はかり)。これを持ちて、公正を図り(たま)え。神に似たるものは誰か。否、誰が神になれようか――」


 声。

 暴虐無尽、地獄の刃の踊る空間で、一つ、響く声がある。

 それは、ウォルターのものでなく。

 それは、阿久のものでなく。

 それは、久遠のものでなく。

 しかし久遠のみが知る、男の声――。


「いい加減やり過ぎだお前ら。この後一体、誰が責任を取ると思ってる」


 洗礼名。マッテヤ。黒い棺を引きずって現れた巨漢。白い手袋を外した男の右甲にうかぶは、《聖痕(せいこん)》。

 ――機関《教会》、白円卓第一三位。

 白円卓唯一の日本人。白円卓、その永遠の欠番にして、第一三席。

 ――大城(おおしろ) 玄道(げんどう)


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