第二幕
吸血鬼の特徴には、人の血を吸うというものがある。
この行為は確かに、人間でいう食事という行為に該当する。
しかし、吸血鬼にとってはそれ以上の意味を発揮する。
大幅な、能力の増加である。
――だが。
――だが。
吸血鬼喰いである阿久にとっては、吸血鬼の心臓を喰らうことが、吸血鬼にとってのそれである。既に先ほど心臓を喰らった以上、力の増幅は行われているハズなのだ。
それで、尚。
それでも尚、この目の前の少年には、力が遠く及ばない。
どうすれば、いいのだ。
「なに、血は吸わないの? このままヤるの? それとも、アレかな、ぼくの期待の的外れかな。だったらオオダイラには実に失望だ。キミにはもっともっと失望だよ。ああ本当に、キミはぼくの期待を大きく裏切ることになる。《天使の姫君》なんて素敵な響きだからどんなものかと思ったけれど、所詮は下等な愚民かぁ」
その、目は。
第七真祖、ジャック・ウォルターが阿久に向けるその視線は。
阿久が最も、嫌うもののはずで。なのに、どうしてか。力がでなくて。
怯えているのは、阿久だけではなかった。その“心臓”すらもが怯えていて、立つことすらも、ままならない。
立たなければ、いけない。
この視線に一発ブチ込んでやらなければ、気が済まない。
阿久の心に火がつくが、しかし“心臓”は動かない。
真祖を前に、動けないでいた。
「ちぇ、ビビッて何も言えないんだもんなー。つまんないや。――殺しちゃおうか」
殺意すらも、浮かばない。
虫を殺すのに、殺意は不要。ただ殺す手段だけがあれば、それで十分。
動かない阿久の身体の前に、ウォルターの手がかざされた時だった。
「ウォルター! ……あなたの相手は、此処にいる」
ガラリと、崩れる建物。
それは、『南』の家だった。先ほど、女が塵屑のように放り捨てられた場所だった。
そこからはい出した女は、鉈から手を離して、胸元から錠剤を取り出した。
ゴクリと、飲んで。
瞬間――その目は、翡翠に輝き。けれど爪牙は、更に鋭く。
「は、はは……おい、なんだそれ」
これまでつまらなそうにしていたウォルターが、初めて乾いた笑いを漏らした。
「ははは、なんだよそれ。ずるいじゃないか。もっと早く教えてくれよ。なんだよそれ、聞いてないぞ。なんで隠してた、そんなもの……」
――は。ははは。
――はははははッ。
――ははははははははははははははははははッ!
その笑いはやがて真実のものとなり、どんどんと勢いを増していく。
「あははははははははッ! あァ――はははははははははははははは! そうかそうか、お前はアレか、あの時の! 思い出した、思い出したぞ! お前あの時の狂人! 翡翠の瞳の混血者、クオン・ホウジョウかッ!」
ああ、いいぞ。いいぞお前は、最高だ。
恍惚とし、感極まったウォルターは涙を流して笑い出す。
「そうだよ、お前だよ……。ぼくはッ! お前のようなヤツをこそ待っていた――」
静かに、しかし、胸の高揚はそのままに、溢れんばかりの愛を抑えつけ、暴と、真祖の周囲を一筋の風が凪ぐ。
――真祖の二つ名は、その《忌能》によって定められることが多い。
第七真祖、ウォルター。その二つ名は鎌鼬。すなわち、風を制御する能力か――。
「来いよクオンッ! ぼくの狂気を止めてみろッ!」
「言われずとも、その心臓ごとぶッた斬る!」
此処に、本日の第二幕。
第七真祖と、教会の復讐者との死闘が始まった。




