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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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乱入者

「チィ、なかなかどうして、上手くはいかねぇな」


「これでも全力のつもりなのですが、しかし」


 ――決定打には、なりえない。

 阿久の腕は久遠の肉体に、いくつも切り傷を作った。

 対する久遠もまた、阿久の肉体に細かな線を入れていく。

 しかし、それまで。

 あろうことか、二者の実力はほぼほぼ拮抗しており、どちらの攻撃も決定打にはなりえない。

 いや、それは違うか。


“いい加減、覚悟を決めなさい、阿久”


 幾度となく切り結び、最後に一撃。その衝撃に、互いが後方へ弾かれた。

 崩れた体制を整えた阿久に、“心臓”の叱咤がかかる。


“いつまで相手の攻撃を受けているつもりなの。このままでは押し切られるわ、殺すつもりで斬りなさい”


 殺すつもりで、やっている。

 ああ、そうとも。殺すつもりでやっている。

 けれど、けれど。


 ――阿久は、優しいね。


 かえでの言葉が離れない。

 守りたいと、思った。その笑顔を。

 初めは、こんなにもかえでが大切になるとは思わなかった。こんなにも、守りたいと思うとは考えなかった。けれど今は、知ってしまった。

 久世原阿久は、人の心を持っていた。

 それは“心臓”の影響なのかどうかは知らない。ただ、少なくとも、迷いがあった。

 戦い以外で、彼女とのけりをつける手段はないか。

 どうにか和解し、今だけでも退くことはできないか。

 かえでのように、心を通じることはできないか――。

 甘い、甘い、本当に甘い。

 ああ、わかってる。そんなことは分かってる。

 俺は悪だ。俺は邪悪だ。既に幾人もの吸血鬼を喰らい、葬り、お前ら総て俺の家畜だと、お前ら総て俺に喰い潰されるだけの存在だと、この手で喰い潰してきた。

 なのに、どうして今更。

 こんなにも、殺すことを迷うのか――。

 ドンと、心臓に衝撃。

 呼吸が止まり、後方へ吹き飛んだ。


「が――ッ」


 どうやら、鳩尾の辺りに一発、蹴りを撃ち込まれたようだった。

 無様に路上に転がり、倒れこんだ。

 斧の右手を杖代わりに、立ちあがる。


「いい加減、本気を出したらどうですか。言ったはずです、わたしは仕合いが好みと。虫も殺せないような剣筋で、わたしの首が取れるとお思いか」


 心なしか、眼前の彼女だけでなく、“心臓”もまた、同じ視線を阿久に向けている気がした。


「うるせぇ、俺の勝手だろ」


 そうですか。ええ確かに、その通り。

 呟いた久遠は、鉈を振りかぶり。


「では、さようなら」


 振り下ろそうとした瞬間、その場を悲鳴が切り裂いた。


「――――」

「――――」


 阿久は即座に、悲鳴の方向――背後を向く。

 久遠もまた、阿久の奥――悲鳴の主を見た。


「ああ、うん。この味はなかなか悪くない。こんな時間まで腹を空かせたかいがあったよ」


 ぽたぽたと口から血を流し。


「あーあ。こりゃ『南』の家はもう使えないなぁ。せっかくいい隠れ蓑になると思ったのに、すぐ教会に見つかるんだもんなぁー。わざわざ『カイシャ』や『ガッコ』に電話して、偽装までしたのに。ぼくも大概、運が悪いや」


 悲鳴の主――血の気が失せて、完全に青くなった少女の身体を引きずって。


「やぁ、キミたち。こんばんは。本日はお日柄もよく……うん、ニホンの挨拶はよくわからないから、どうでもいいや。良い夜だね、お二人さん」


 口を三日月に歪ませた少年は、笑った。


 ――ドクンと、心臓が跳ねた。

 それは、一体、どうしてか。

 聞いてもアルラは、応えない。

 震える。わかる、これは畏怖の類だ。怖い、震える、とまれ、震えよとまれ。なのにどうして、思い通りにいかなくて。

 ――怖い。

 阿久はこの少年が、怖い。


「お……お前は……」


 先ほどまで「吸血鬼は殺す」と吠えていたあの女ですら、見ろ。身体が震えているのが目に見えて分かるほど。

 ――異常だ。

 異常だ、あり得ない。この世のものではない。

 尋常ならざる神気――否、この場合は悪気とでもいうのか。

 悪を名乗っていた自分でさえもが小物に見えて、かすむほど高密度な悪。

 これは、邪悪だ。存在そのものが悪なるものだ。

 そして。


 ――さわらぬ神に、タタリなし。


 絶対に、関わってはならない“モノ”だ。


「お前は――《第七》ッ!」


 これまでにないほど声をあげて、久遠が叫んだ。

 第七。それが表す言葉の意味を、阿久は知っている。

 曰く、鎌鼬(かまいたち)の如く人を切り裂くという。

 曰く、通り魔の如く無差別に斬るという。

 そこからつけられた異名は、《鎌鼬(ザ・リッパー)》。


 ――第七真祖。ジャック・ウォルター。


 この世界に存在する九人の真祖、その一人。

 真祖の数字は、真祖ごとのおおよそ強さを分類されているため、彼は上から数えて七番目の強さを持つ真祖ということになる。

 なのに、それなのに。

 こいつが持つ圧倒的な存在感、圧倒的密度はなんなのか。

 こんな化け物が、世界に九人はいるという。こんな化け物が、まだ七番目だという。こんな化け物が、こんな化け物が、こんな化け物が――。


 ――阿久が敵に回そうとした“もの”だというのか。


 でたらめだ。法外に過ぎる。

 戦う前からこの威圧。これが、第一世代。これが、真祖。

 こんな化け物相手に、戦いなんて出来るわけが――。


「ウォルタァァァァ――――ッ!」


 阿久の横を、久遠が駆けた。

 両刀を水平に構え、真祖へ駆ける。


「ずっとお前を待っていた! ずっとお前を探していた! ようやく見つけたぞウォルター! お前を殺すために、お前を否定するために、わたしはこの数年間、どれほど――」


 おそらく彼女は、阿久に対して本気ではなかったのだろう。

 更なる加速をもって、第七真祖ウォルターへとその刃を走らせる。


「んーと、……誰キミ」


 本当に興味がなさそうに耳をほじり、耳垢をふっと吹き飛ばしたウォルターは。


「まぁ、どうでも良いからさ。退()いてくれない?」


 鉈で斬りつける前に、久遠の肉体は腕の一振りによって吹き飛んだ。

 それは、もう。止まった蠅を、人がハエタタキか何かで払うが如く。

 苦戦だとか、争いだとか、そういった次元ですらなく。

 邪魔だから、どかした。

 それ以上でも以下でもない現実に、阿久は震えた。

 とことこ、ずりずり。

 まるでスキップでもするかのように阿久の前に現れたウォルターは、ねぇねぇと、無邪気に語り掛ける。


「そんなに怯えないでよ、《花婿》。ぼくは別に、キミを取って食おうというわけじゃない。食事はもう終わっちゃったしね」


 ぽいと、手に持った少女を阿久の前に投げた。


「さっきの戦い見てたんだけどさ、そりゃまあ無様なものだった。でもさでもさ、オオダイラに一発くれたキミの実力は、あんなもんじゃないだろう? だから、いいよ。その女の血を吸いなよ。そうすれば、キミはきっと、本当の実力を発揮してくれるよね」


 無邪気な笑みで、彼は阿久にそういった。


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