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悪なるミタマ  作者: 九尾
第二幕 ウォルター編
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協力者

「――いえ、はい。いや、何度も言いますが、これは自分が個人的にやりたくてやっていることなので、それほどお気になさらず……。あ、いえ。はい、はい……」


 ぺこぺこと、相手もいないのに、スマートフォンを片手に頭を下げる男。年は、阿久と同じか少し上といったところだろうか。

 インテリメガネに、ふんわりとした髪型。ぴっちりとしたスーツ。背丈はそこそこ、見た目は悪くない。

 しかし――いや、だからだろうか。彼の身なり、服装、態度からは、恋愛もののテレビドラマなどでは、間違いなく主人公の最大の恋敵(ライバル)という印象を受ける。

 ――それにしても。毎度思うのだが、阿呆か、こいつは。

 ばふんと、高級っぽい装飾のソファーに座り、コンビニなどでは販売していないような高級っぽいパンをかじりながら、友人宅を訪れた阿久は、その友人を眺めていた。

 いやしかし、見ていて飽きない。

 どうして日本人は、そこに相手がいるわけでもないのに、ぺこぺこと頭を下げるのか。

 しかも彼、氷川悠斗(ひかわゆうと)の場合は、また異例である。

 

 氷川悠斗という人間は、今の彼から想像することは難しいかもしれないが、もともと彼は捨て子である。

 阿久と同じく、帝都の隅の方にある、一歩間違えば田舎の宮原という土地、そこの宮原孤児院の出だ。

 孤児院時代から卓越したインテリっぷりと頭脳を発揮していた彼は、孤児院創設以来、初めての国からの特別資金援助を得て、帝都大学という日本最大の大学に入学。そしてその最難関である法学部主席の座を欲しいままに卒業した。そして就職すること早数年。

 たちまち社内でもトップの座に上り詰め、今があるわけなのだが――。


「――ふぅ」


 ようやく会話が終わったのか、ピッと通話を切った。


「すまないね、阿久。ぼくに合わせて早く来てくれたのに、待たせてしまった」


「それはいい。しかしなんでお前、電話片手に頭を下げてる。孤児院からの電話だろ、それは」


「ああ、そうだが。……何か、おかしかったかな」


 おかしいもなにも、阿久からしてみれば、おかしいの一言に尽きる。

 氷川悠斗という男は、本来、久世原阿久などという人間の対極にあるべき人間だ。

 俗にいうエリートで、皆の模範となるべき存在で、キングオブエリートとでもいうのか、とにかく、人の模範になるような行動しか彼は行えない。

 そんなエリートに、孤児院からかかってくる要件は一つだけ。

 ――『此度も、地方の孤児院に多額の投資、誠にありがとうございます』、だ。


「お前は孤児院の得になる事をしているのに、それで頭を下げる理由がわからん」


「なるほど、そういうことか」


 はははと、悠斗はその容姿に相応な、朗らかな笑いをあげた。


「なに、癖のようなものだよ。頭を下げられると、どうも此方も頭が下がる」


「重度の職業病だな」


「違いない」


 阿久の座るソファーの、軽い食事と飲み物が載せられた円テーブルを挟んで、ちょうど反対側に悠斗は座る。


「それで、今回はどうしたんだい」


 足を組み、腕を組んだ悠斗。

 基本的にインテリが気に喰わないと思う阿久にすら、悪い印象は与えないのだから、彼の好印象ぶりは群を抜いていると言える。


「それより、始めに聞きたい。あいつはなんだ」


 パンを飲み込んで、阿久は部屋の隅で小さくなっている少女に目を向ける。

 びくりと、小動物のように震えた。

 かえでもかえでで小動物のようなところはあるが、阿久が目を向けた彼女は――そういう次元では無かった。もはや、少女というより幼女である。

 見たところ、小学五・六年生だろうか。

 先ほどは何も言わなかったが、阿久の前の円テーブルにお茶やらパンらやを準備してくれたのは、彼女だった。

 メイド服を思わせるゴシックロリータ風の服を身に纏い、顔の右半分は白い包帯と長い黒髪で隠している、奇妙な少女。

 悠斗のような会社のお偉いさんの家に『美女が来た』、『家政婦が来た』、というならまだしも、どうして子供なのか。それも、明らかに人見知りが激しそうだ。阿久の視線に彼女が気付く度、さっきの調子でびくびくと震えているのだから、阿久の方も、目のやり場に困ってしまう。

 もっともそれは、阿久の性格や容姿が大きな原因の一つであるかもしれないが。


「彼女は……うーん、なんというか。どうやらぼくにも、キミのような奇妙な縁があったみたいでね。とりあえず――彼女は、ぼくのお嫁さん候補なんだ」


「前から女に興味なさげだとは思っていたが……そっちの趣味なのか?」


 はははと朗らかに笑った悠斗は「That’s Right.」と冗談にもならないような言葉を、なまりなど存在しない、非常に日本人には聞き取りやすい模範的な英語で、かつ流暢に応えてくれた。


「正気か……」


「仕方ないだろう。ぼくに群がる雌どもが見るのは、外見と金、そして権力。男を飾りとしか評価しないものたちばかりだからね」


「なるほど、その疑心感が、『イケメン』『金持ち』『性格良い』の三拍子そろったパーフェクト系男子の末路か」


「末路とかそういう言い方は止めてくれ。せめて行き着く先と言って欲しいね」


「違いがわからん」


 やはり朗らかに笑った悠斗は、「やはり阿久は面白いな」といった。

 会話でここまで阿久を振り回すことのできる相手などは、おそらく世界中探しても彼ぐらいのものだろう。


「ところで、阿久。今日はぼくに、何か用があるのではなかったかな。いくら君が暇人でも、手ぶらでほぼ始発の電車に乗ってくることはないだろう」


 時刻は既に、午前九時。

 阿久の使用している最寄り駅(電車代を減らすため、無人駅から乗り込み、無人駅で降りている。無人駅から家の距離はすべて徒歩)から考えると、始発でなければ間に合うまいと、悠斗は考えたらしい。

 まさしくその通りである。

 阿久もさっさと用事を済ませて帰りたいのだが……如何せん。


「――そうか、彼女か」


 悠斗は、阿久の伝えたかったことを察したらしい。手で何かを合図して、「トーア」と少女を呼んだ。


「なに」


「少し二人になりたいんだ。席を外してもらっても構わないかな?」


「わかった。何かあれば、呼んで」


 それだけ言うと、阿久の視線を気にしてかは知らないが、トーアと呼ばれた悠斗の花嫁候補らしい彼女は一礼して、隠れるように部屋を出ていった。


「待たせた」


 おそらく、トーアに席を外してもらったということから、彼の方も阿久の目的に気付いたのだろう。朗らかな笑いが消え、代わりに冷えた視線が阿久を見た。


「……倒してきたぜ、一匹な」


 いきなり本題だ。

 ことりと、阿久は奇妙な白い灰のようなモノが入ったビンを、円テーブルに置いた。

 ふむ、と悠斗はビンの中身を見て、わかったと阿久に万札の束を差し出した。


「いつもの報酬だ」


「助かる」


 このお金は、悠斗が個人的に阿久へ依頼した、帝都の吸血鬼狩り――その報酬である。

 このビンの中に入っているものは、吸血鬼が死んだ後に残る灰だ。

 これを鑑定することで、吸血鬼がなんであったのかを探るプロジェクトの指揮を、現在、悠斗はビジネスとしている。

 阿久は、もともとの目的である吸血鬼喰いのついでに、灰を集めればいい。

 悠斗は、もともとありあまるほどの多額の資金を提供する。

 相互の利益に基づいた、これも立派なビジネスだ。

 もっとも、そういうこと抜きにしても、悠斗は「友人のよしみだ」などと言って、阿久に金を渡していたかもしれないが。


「ところで、阿久。キミの女の見立てでは、これはどれほどの?」


「おそらく、真祖の(じか)吸いだ。通常種の力ではなかった。名前も見た目も、どうみたところで日本人だったがな」


 真祖の直吸いというのは文字通り、真祖が直接血液を吸った人間を指す。

 吸血鬼にはいくらかランクがつけられるが、真祖に近いものに血を吸われたものほど、強い力を発揮すると言われている。

 そして真祖は現在、この日本には居ないハズである。それだけに、この灰の希少価値はとても高い。


「そんなレアモノ、いつもと同じ値段でいいのかい?」


「ああ、それでいい」


 それでいい、と阿久はさらっと言ったが、吸血鬼の灰そのものが、そもそも並ならぬ希少価値である。

 人の骨は……正直安い。違法でもなんでも、多少金を積めばすぐ買える。何故なら、人はいつか死ぬからだ。そしてこの世界には、人が腐るほど存在しているからだ。

 しかし、吸血鬼はどうか。存在そのものを疑われる希少存在でありながら不死。しかも、世界には、九人の真祖――今は八人か――と、そこから生まれたごく少数しか存在しないとされているのだ。価値が高くなるのも、当然と言える。

 吸血鬼の灰、数百グラムで幾億……下手をしたら兆へ届くというのは、道理であろう。

 もっとも、吸血鬼に関しては公に非公開だ。持っていく場所を間違えれば、頭を疑われ、その場で即、病院送りになること請け合いであるが。

 しかし阿久は、数グラム百万で――それでも貰い過ぎだと言う。

 金というのは、欲しいと思うぐらいがちょうどいい。簡単に稼げていいものではないと考えている。阿久にとって、これは小遣い稼ぎ程度であるべきなのだ。

 口には出さないが、阿久は、悠斗がこっそりと口座に大金を振り込んでいるのを知っていた。だが、使わない。最低限の生活費で生きていけるのだから、頼る理由もない。

 悠斗の方は、阿久が無欲であると思っているようだが、事実は違う。変なところで頑固なだけだ。


「それと、そいつのことだが」


 阿久が指差した、手元の白い“そいつ”に、悠斗は目を向けた。


「“彼”がどうした?」


「何人か吸血した可能性が高い。特に、『南』って苗字の家族だ。何か分かれば連絡をくれ、情報が欲しい」


 情報が欲しい。

 阿久の言葉に、「ほう」と悠斗は目を見開いた。


「キミが自分から吸血鬼を探そうとするとはね。どうしたんだい、吸血鬼の被害者……その『南さん』とやらと仲良くでもなったかい。……いやはや、まったくもって不思議な話だ。孤児院時代の、冷血無常の悪魔の子の二つ名は、一体どこへいったのか。それとも……ふむ。どんな魔法か知らないけれど、例の女がキミを温めたかな?」


「……」


 阿久が無言で睨むと、悠斗は阿久の意図を感じ取ったのか、「怖い怖い」と、冗談を言おうとした顔を引き締めた。

 悠斗は人差し指を立てて「『南』の件は了解した。他にはあるかい」と問いかける。


「俺からは、今ので終わりだ」


「そうか。では次、此方の話だ。新鮮な情報(さかな)が釣れてね、一口だけでも、耳にはさんでみないかな」


 情報は基本的に、金がかかる。特に吸血鬼に関しての情報は、非常に価値がある。それは先に述べた灰の価値と同等だ。やはり希少で在るが故に、高くつく。

 幾らだ。問うて金を出そうとした阿久に、悠斗は「おっと」と、制止の意を込めた右手を前に出した。


「なんだよ。今更やっぱりやめるとか言ったら殺すぞ」


「なに、これは酒のつまみならぬ、お茶のつまみにしようと思ってね。ここまで足を運んでくれた友人に対する、ちょっといい話だ。パンのついでに食べていくといい」


「……当然、茶に合う魚なんだろうな」


 上から目線の阿久に不快な表情ひとつせず、むしろそれでこそ阿久だと、悠斗は微笑んだ。


「先日、この帝都の月区画に《第七》の存在が確認されたよ」


 ちらりと、悠斗は阿久から受け取ったビンを見る。

 その行為の意図を、そしてその言葉の意味を、阿久は理解する。

 ――なるほど、こいつは第七真祖から生まれた吸血鬼というわけか。

 もしかしたら、他にも似たような吸血鬼が何人かいるかもしれないということだ。


「そしてその第七を追って、《教会》からは二人の《使徒》が派遣されたらしい」


「ちなみに、それは誰から聞いた?」


「いやなに、友人のブログでたまたま見かけたのさ。世間話のネタになるかと思ってね」


 彼の友人というのは、いわゆる政府の要人である。

 つまりは、ハッキングだ。

 相も変わらず、ロクでもない世間話のネタを発掘するものだ。


「……いい話が聞けた。俺は、そろそろお暇する」


「もういいのかい。茶のおかわりでも飲まないか」


「伝えたいことは伝えた。聞きたいことは聞いた。十分だ」


 ソファーから立ち上がった阿久は、ポケットに手を入れて、部屋のドアへと向かっていった。


「またね、阿久。次こそは是非とも、キミの女を紹介してくれ」


 悠斗は並みの女ならば軽く落とせそうな笑顔で、阿久の背を見送った。


       ☆


 バタンとドアが閉まり、数分。

 阿久が外へ出ていった様を確認した悠斗は、目の前に有る紅茶の香りをすん、と嗅いだ。


「ふむ。もう冷めてしまったか」


 ぱんぱん、腕をあげて手を叩く。

 すると、阿久が出ていったドアから、今度は小さな少女が顔を覗かせた。


「用事?」


 トーアと呼ばれた少女だった。


「ああ。少し聞きたいことがあってね」


 こっちへおいで。悠斗が手招きをすると、トーアは小さな体で駆け寄り、ぴょんと悠斗の膝の上に腰を下ろした。

 愛いやつめと、悠斗はトーアを抱きしめ、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 トーアの方も、猫のように目を細めて心地よさげにした。


「トーア。キミは彼……久世原阿久を見て、どう思ったかな。彼が十数年来の友人なのだが」


 うんと、間をあけることもなく言った。


「怖い人」


「ははは、それは違いないね」


「でも、優しい人」


 次の言葉には、悠斗の笑顔が固まった。

 それは拒絶というよりは、少女の人を見る目を心配してのことだった。


「怖いは分かるんだが――いい人かい?」


 悠斗の機嫌などは伺わない。ただ聞かれたままに、思ったままに、少女は答える。


「……それはわからない。でも、誰かのために、怒れる人」


 少女の瞳には冗談の欠片も見当たらない。

 ならばきっと、少女の言ったことは正しいのだろう。

 悠斗は孤児院時代の阿久を思い出し、苦笑して。


「そうだね。もし彼がぼくのために怒ってくれるなら、ぼくは彼に抱かれてもいいよ」


 ――万に一つも、ないだろうけどね。

 犬も食わない冗談を、口にした。


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