いざ、救出へ
何故だか、妖怪ものの筈なのに違うものがでてくるという……。
眩しさを感じて目を開けると、直ぐ近くに私の顔を覗き込むようにしているみかんの姿があった。
「……すだち」
「んん」
伸びをすると、額から少しぬるくなったタオルが落ちた。
そこで私はようやく今の状況を理解した。
……私、看病してもらっていた?
「良かった……」
本当に心配してくれていたと分かる声音に、むず痒いような、温かい気持ちになった。
「すだち、いきなり高熱出して倒れたんだよ。覚えているか?」
高熱は知らないけど、倒れたのは記憶にある。
……私としては、ついさっきの話なんだけど。
「ここは? どのくらい寝ていた?」
そう言えば、ひゅうが君が……。
「ここはみかんさんの実家ですわ。強力な結界がはってあるそうです。寝ていたのは……。一時間くらいですわね」
なつちゃんは、今すぐひゅうが君を助けに行きたいだろうに……。
「で、何があったんだ?」
みかんは、心配そうな表情を真剣なものに変えて聞いてきた。
「えーと、記憶が戻ったの」
難しそうな説明を早々諦めた私は、事実をシンプルに言うことにした。
「真名もか?」
「あれが真名ならだけど……。多分?」
「一番しっくり来る名前が、そうだよ」
私としては「すだち」の方がしっくり来るけど、「雪」が正しい名前の気がする。
「この家には、他に誰かいるの?」
「今は、いないな」
その時、いよ君が部屋に入ってきた。
「……起きている」
少しだけ安堵した表情になった。
……というか、いよ君。
君の口元に運ばれている緑色の食べ物が非常に気になるのですが?
「ここで準備を整えてから、ひゅうがを探すことになった」
「ひゅうが君の居場所、分かっているの?」
尋ねると、みかんが得意気に頷いた。
「俺の力で調べたからな!」
だが、居場所が分かっているというのになつちゃんは、うかない表情だ。
私が首を傾げていると、なつちゃんが教えてくれた。
「分かったのは良かったのですが、その場所というのが……。魔王城の中なんですの」
魔王城……?
私が理解していないことに思い至ったみかんが、説明をしてくれた。
「魔王城というのは、言葉の通り魔物たちが集まっている城だ」
「そういえば、みかんって何でそんなに物知りなの?」
思わず聞いてしまった。
「あれ、言ってなかったか? 俺、学者なんだよ」
みかんは、少し誇らしげに言った。
「そうなんだ」
……学者?
ごめん。正直に言うと、あんまりしっくりこないよ。
「何について調べているの?」
そう尋ねた瞬間、みかんの目が輝いた気がした。
「魔物や魔王について研究している」
ああ、なるほどね。気のせいじゃなかったみたい。
……今、ちょうどその話題だものね。
「魔王が玉座に着くと、国が魔物で溢れると言われているのだが、俺は違うのではないかと考えている。それを証明する為に、魔物などを中心に研究している」
みかんは、語り足りないという様子で私の方を見てきた。
「それはおいておくとして、どうやって行くかが問題なんですの」
なつちゃんが、みかんの話を遮った。
勇者だ。弟の為に。……流石です!
「あれ、なつちゃんって風狸なんじゃないの? 風の力で移動出来そうなものだけど……」
「はい。魔王城まで行くことはできるのですが。……入り方が分からないので、ひゅうがのところまで行けませんの」
みかんもそこまで細かいところは分からないか……。
「でも、とりあえず、行ってみるしかないんじゃない?」
「ああ、だから、すだちが起きたら行こうという話になっていた」
迷惑かけちゃったみたい……。
申し訳ない。
少し落ち込む私を見て、なつちゃんが言った。
「すだちさんは悪くないですわ。……ですが、そろそろ行きましょうか」
なつちゃんのまわりに白い魔方陣ができ、白い光が辺りを包んだ。
次に見た時には、なつちゃんの頭にはうさぎのかわりに、まるっぽい耳がついており、尾は、もっと存在感があるものになっていた。見てみるとなつちゃんの足元の魔方陣は、まだ光っている。
途端、私たちの体がふわり浮かび上がった。
それに驚く間もなく、体は滑るように進み出した。
つかの間の空中浮遊を終えた私たちは、黒系の色でまとめられ、金で少し飾りがついた、豪華な扉の前にいた。
「さて、どうしようか?」
誰にともなく呟いた。
「シンプルに叩いてみようか」
思い立ったら即行動! ということで、私は扉をノックしてみた。
――トントン
《どちら様でしょう?》
普通に返事があって少し驚いた。
後ろを見てみると、みかんとなつちゃんがあり得ないものを見るような表情になっていた。
「ええと、連れ去られてしまった私たちの仲間を返していただきたいのですが……」
他の人は返事ができそうな様子ではなかったので私が返事をすると、相手の声音が少しやわらかくなった。
《そうでしたか……。選定者が現れるらしいと知り、興奮したやつらが暴挙にでまして。その場にいた人々をさらい始めて……。あ、立ち話もなんですね。どうぞお入り下さい》
聞き覚えのある単語に反応する間もなく、扉が音もなく開いた。
みかんとなつちゃんは、この出来事に完全に固まってしまっている。
「どうしたの……?」
いよ君も状況が分かっていないようでクエスチョンマークを出していた。仲間だ……!
「どうしようか……」
おいていくわけにはいかないので、みかんの顔の前で手を振ってみた。
……うーん、無反応。
「おいていくよ?」
少し大きめの声で言うと、ようやくみかんが帰ってきた。
「……驚いた。今まで何をやっても入れなかったのに」
そこまで言うとみかんは、これから魔王城に入るという実感がわいてきたのか、少しにやけ顔になった。
ここでなつちゃんも復活した。
「……こんなにあっさり入れるとは思いませんでしたわ」
今までは入れたどころか、反応があった事すら無かったのだとか。
「さて、行こうか」
私達は、魔王城の中に一歩、踏み出した。
中は外の豪華な雰囲気とは対照的に、意外と質素な作りになっていた。
その時、扉の前で聞いた声が響いた。
《そのまま、まっすぐにお進みください》
声に従い進んでいくと入り口ほどではないが、やはり大きな扉が現れた。
その扉も先ほどと同じように開いて、私たちを中に招き入れた。
その中には――……。
「なつ!」
ひゅうが君がいた。
なつちゃんはひゅうが君のもとに駆け寄り、様子を確認し始めた。
「……無事みたいですわね」
納得のいくまでひゅうが君を見つめていたなつちゃんは、安堵のため息をついた。
「うん。それどころか、お茶まで出してもらっちゃった」
そう言いながら、半分ほどお茶が入ったカップを見せてくれた。
その時、湯気の立ち上る三つのカップを持った執事のような格好の男の人が部屋に入ってきた。
……なぜ、三つ?
ご存知の通り、ひゅうが君を抜いて数えるなら、必要なカップの数は四つだ。
どう考えても、三つにはならない。
私たちが顔を見合わせていると、その執事風の彼が話しかけてきた。
「猫又のお嬢さんは、私と来ていただけますか?」
「何のために?」
みかんが少し警戒するような声で言った。
「私の主が彼女との会話をお望みなのです」
彼はそう言って、私の方を伺った。
私は、みかんたちを安心させるように強く頷いた。
「大丈夫。少し話を聞いてくるよ」
彼はみかんたちに向かって一礼すると、私を促して部屋から出た。
次回で、完結予定です。