すだちの過去
残酷な描写がありますので、苦手な人はご注意下さい。
「さて、すだち、これからどうする?」
「……それより、ひゅうが君たちはどうするの?」
「どうしましょうか。……ひゅうが?」
「ここで僕に振るの?」
「ね、行く当てがないなら私達と行かない? みかん、いいよね?」
「俺はかまわない。どうする?」
「お言葉に甘えさせていただこうかしら。ひゅうが、いよ?」
「そうだね」
「うん」
「決まりですわ。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「登録に行くぞ」
登録は五人で真ん中に魔方陣を出すだけの簡単な手続きだったので、予想よりも短い時間で済んだ。
受付の前から移動している時に、みかんが口を開いた。
「目的が無いなら、クエストを続けるか? 異議のある人」
誰からも異議はなかったので、決定になった。
「このまま……ん? 何か聞こえないか?」
みかんの声を聞いて耳を澄ませた、他の人たちにも聞こえたようだ。
「何か嫌な感じがする」
ひゅうが君が言った時、どこかで悲鳴が上がった。
空を見上げると、黒い翼のある生き物が大量に犇めき合っていた。
次の瞬間、それらは妖怪達をさらい始めた。
黒い翼の生き物から逃れるように妖怪達が隠れ始め、みんなが物陰に隠れきった時に、それらは一斉にいなくなった。
「みんな無事か?」
「ひゅうがが、いないわ!」
そういった時、一人の老婆が私達の前に進み出た。
「ウサギ耳の男の子なら、私を助けてさらわれてしまったわ」
「……分かりました。ここの人たちに呼びかけて、逃げてください」
何かを耐えるようになつちゃんが言うと、老婆は「まかせて」と請け負い、感謝と謝罪をして去っていった。
――ねえ、聞こえているんでしょう?
……何?
――ほらね、聞こえるのは「雪」だけなんだから。
「雪」って何?
――あなたの名前じゃないの。
――ねえ、本当は覚えているんでしょう?
何故か、これ以降は聞いてはいけない気がした。
――教えてあげる。
――雪の「三年間」。
「すだち、おいていくぞ? って、大丈夫か? 顔、真っ青だぞ?」
みかんの声がやけに遠くに聞こえるなと思いながら、私は目を閉じた。
気がつくと、私は暗闇の中にいた。姿も幼くなり、服装も違う。
暫くじっとしていると、声が聞こえてきた。
「この子は人間なの」
「耳と、尻尾があるのにか……?」
「こんな物、どこにでも売っているわよ!」
「いい加減に、認めたらどうだ?」
「お父さん、お母さん! 私のことでけんかしないで!!」
そう叫んだ途端、視界が明るくなった。
どこか懐かしい雰囲気のある家の中で、お父さんとお母さんと思われる二人が言い争いをしている。
「認められるわけ無いじゃない! 私達の子供は人ではありません!? ふざけるんじゃないわよ! 私は、そんなの絶対に嫌よ!」
それだけ言うと、お母さんは我慢ならないという様子で部屋を出て行った。
「お父さん、ごめんね」
「雪のせいじゃないさ。ただ、両親は普通の人間なのにどうしてなんだろうな?」
そんな話をしているうちに、お母さんが戻ってきて私は部屋から追い出された。
二人の言い争う声を聞きながら、私はいつの間にか眠りについていた。
朝になり、リビングに行くと、二人ともどっぷり疲れた様子で椅子にもたれかかっていた。
「徹夜したの? 今日は会社休んだら?」
「いや、外せない会議があるからね。話の続きは帰ってきてからにしよう」
「分かったわ」
こうして、お父さんは出掛けていった。
「お母さん、お腹すいた」
「材料を買ってくるから、家でおとなしくしていてね」
そう言って、お母さんは出掛けていった。
……ぎゅるるる
お母さんが居なくなって直ぐに、私のお腹は再び空腹を訴えた。
……何か、お菓子とかないかな?
戸棚を片っ端から空けていると、中から大きなはさみが出てきた。
それを眺めていると、お母さんが帰ってきた。
「お母さん、これは?」
「……見つけてしまったのね?」
「?」
「雪、それを渡して頂戴?」
何故か渡してはいけない気がして後ろに下がったが、直ぐに奪われてしまった。
「良い子だからおとなしくしていてね?」
お母さんはやさしく言った。
「こんな物なければ人間でしょう?」
お母さんは笑顔なのだが、目が笑っていない。
足が竦んでしまった私に、お母さんがすごい形相で迫ってきた。
その時、お父さんが帰ってきた。
「忘れ物を……。お前、何やっているんだ!!」
お母さんは、はさみの向きを変えた。
次に見えたのは、倒れたお父さんだった。
お母さんは、お父さんを一瞥すると私のほうに向き直り、歪んだ笑顔で手招きをしてきた。
私は必死に逃げたが、直ぐ壁に着いてしまい逃げ場を失った。
「良い子ね」
最後に見たのは、とても優しい表情のお母さんだった。
気がつくと、両親が倒れていた。
お母さんの服の一部は切れていて、血がにじんでいた。
お父さんの手には何かを握ったような途切れた血のあとが……。
――どちらの「赤」も、脳裏に焼きついたように暫く頭から離れなかった。
衝撃から立ち直った私は、思わず頭に触れた。
だが、もちろん何もない。
……これは、何があったのだろうか? それにあの黒い塊は?
ここに居てはいけない気がした私は、初めて家の外に出た。
雨が降っている。
ここはどこなのだろう?
私は、誰?
……でも、いいや。私はきっともう直ぐ死ぬのだから。
傘を差した人々が私に気づかないように通り過ぎて言った。
……疲れたな。
私の意識は、遠のいていった。
また暗闇に戻っていた。
――分かった?
――この先はもう覚えているでしょう?
……耳と尻尾を切られた後、本能で記憶と妖力を封じた。その後は、人の姿だったから人間として生きてきた。
こんなものは記憶になかったはずなのに、少し考えただけで断片的な映像とともに思い出された。
雨の中で朦朧としていた「私」に傘を差しかけてくれた「お母さん」。
……そっか、私を拾ってくれたのは施設の人じゃなくて、「お母さん」だったんだね。
胸の奥がほんわか温かくなると同時に、対極的な私の両親が今どうしているのか気になった。
あの後、私の両親はどうなったの?
――無意識にあなたが、記憶を消したようね。
――おかげで、二人の記憶は辻褄が合わない部分もあるけど無事よ。
――あの後、直ぐに別れたけどね。
あなたは、誰なの……?
私はずっと気になっていたことを尋ねた。
――そうね、私は「選定者」とでも名乗っておきましょうか。
「選定者」が何か良くわからないが、声の主は満足した様でそれ以上は教えてくれなかった。
……そういえば、ここはどこなの?
予想外の出来事に混乱していた私は、漸くこの場所のことを考える余裕ができた。
――ここは、世界のどこにでもあって、どこにも存在しない空間だわ。
――今は、「雪」と話すために空間を一部変化させているから、あなたの心の中という意味合いが強いわね。
――こんな空間でもないと、私と自然な会話はすることは出来ないの。
その声は、少し寂しそうに聞こえた。
――だけど、「雪」は妖力が強かったから、幼い頃私とたくさんお話したわ。
声は、幾分か元気を取り戻した。
――まあ、それが原因で私の声が聞こえない人たちは、あなたのことを気味悪がっていた節もあったけどね。
……だから、「雪」にしか聞こえないって言ったのね。
――ええ。……もうじき出られるわ。
――また会いましょう。
うん、またね。
私がそう伝えると、この空間はだんだん色がなくなり、存在が希薄になっていった。
思わず目を凝らし声の聞こえた辺りを見てみると、私にそっくりな姿が見えた気がした。