妖怪の世界
みかんの言葉に合わせるように地面に紫っぽい陣が現れ、そこから扉が出現する。
扉は豪華ながら、統一感がある模様で厳かな作りになっている。
その扉をくぐると、世界はうって変わって夜になっていた。
見上げると満天の星空で、大きな月が貫禄さえ感じるほどに存在している。
視点を空から戻すと、屋台がところ狭しと並んでいて、お祭りのような楽しげな雰囲気を醸し出す。
私がこの光景を満喫していると、みかんはいつの間にか少し離れた場所にいた。
……リン リンリン リンリンリンリン……
なにやら楽しそうな音が聞こえてくる。
これは、鈴の音?
……シャンシャン シャンシャンシャン シャン……
……ここは、どこ? 何をしているの?
そう思っている私に向かって、手招きをしてきたみかんを見て、少しほっとした。
……あぁ、私はここに居ていいんだ。
嬉しくなった私は、みかんの方に向かって歩き出した。
「ここは妖力に満ちている、妖怪のための空間だ。いつもより、体が軽かったりしなかいか?」
言われてみると、そんな気がする。
よくある例えで申し訳ないが、空気が美味しいという感じだ。
「そういえば、私の種族って何なの?」
ずっと気になっていたが、聞けていなかった事を尋ねようと口を開く。
私の質問にみかんは呆れを隠さずに答えてくる。
「尾が分かれている猫の妖怪は猫又ぐらいだろう」
「そうなんだ……」
初めて聞いた名前を舌の上で転がしてみる。
「妖怪を信じていないやつだって、それ位知っているぞ」
あまり嬉しくない情報をありがとう……。
「あと、その辺のやつに種族を聞かれたら、適当に誤魔化しておけ」
「どうして?」
「一応種族の名で縛る技もあるからな。まあ、すだちにはあまり関係ないと思うが」
私が首をかしげたのを見て、みかんは補足の説明をしてくれる。
「猫又なんて見れば分かるし、妖力が高いやつに使うときは真名が必要になるから……」
その言葉に思い当たる節があった私は、みかんの台詞を引き継ぐ。
「真名を知らない私は、安全って事だね」
「まあ、そういうことだ。さて、これから登録に行くぞ」
「何の登録? どんな意味があるの?」
さっきから私、ほとんど質問ばかりしている気がするな……。
それに呆れた表情になっても、丁寧に答えてくれるみかんって結構親切だよね……。
……私、あの時出会ったのが、みかんで良かった。
「妖怪としての証明とかに必要な登録だ。それによって、情報交換や物の配給が受けられるようになって何かと便利なんだ」
そう言うとみかんは、私の手を引き、妖怪(だと思われる)のそこそこ長い列の一番後ろまで行く。
まだまだかかるかと思ったが、予想より大分早く私たちの番になった。
受付の人は私たちの方を見て、口を開く。
その時、口の中に鋭そうな牙が見え、やはり妖怪なのだと実感した。
「手を合わせて、魔方陣を出して下さい。」
「みかん、魔方陣って何だっけ?」
聞いたのに忘れてしまったのかもしれない、と少し不安になりながら尋ねた。
「……言っていなかったか? さっきやったやつだよ。」
ああ、あの紺のもやもやしたやつを使ったものか。
「今度は、目を閉じなくても出来るはずだ」
そこで一回切り、私を見てにやりと笑い茶化すように言う。
「……穴あけるなよ?」
少しイラッとしたが、気にしても無駄だと思い、先ほどの様子を思い出しながら妖力をほどく。
……さっきより、少なくしたほうが良いよね。
強さを少し意識しながら挑戦する。
次の瞬間、私たち二人の足元に紫と紺が混ざりあった複雑な陣ができる。
それを一瞥した受付の人は、私たちを見て言う。
「はい。終了です。またのご利用、お待ちしております」
「また?」
今しがた聞こえた、少し不可解な言葉の意味を聞く。
だが、場所が良くなかったようで、みかんが急かしてくる。
よく見ると、確かに妖怪が多く、私たちを迷惑そうに見ている者もいる。
「質問は、あとで」
列からある程度距離をとった所まで歩く。
みかんは私の質問を覚えていたようで、もう一度問う前に返答がある。
「メンバーを増やす時とかに、もう一度登録する必要があるんだ。それをしないと規則違反で捕まったりする。そうなると信用とかがなくなって、情報などが貰えなくなる」
なるほどね。
登録しないと、脱税みたいな感じになるのかな?
「で、これからどうするの?」
聞くと、あまり考える素振りを見せずに返答があったので、既に考えていたのかもしれない。
「特に目標も無いから、クエストでもやるか? ……クエストっていうのは、依頼のような物だ。報酬がもらえるから、結構な数の妖怪は利用したことがあるはずだ」
私が分からないだろうことに気づいたみかんが、直ぐに補足してくれる。
みかんも私といるのに大分慣れてきたみたいだね。
「賛成。どこで受けられるの?」
色々と新しいことがあり、気分が高揚しているからか、何が起こるか分からないことに対する恐怖などは感じなかった。
「掲示板でクエストが確認できるようになっている。……行くか」
みかんが場所を知っているようだったので、素直についていく。
みかんの歩く速度が私より早かったので、おいて行かれないように、足元を見ながら歩いていった。
みかんが足を止めるのにあわせて私も立ち止まり、顔を上げると視界いっぱいに掲示板が並んでいた。
先ほどの屋台にも引けを取らないほど密集している。
掲示板にはたくさんの紙が貼り出されており、その上にプレートを貼っていく仕組みのようだ。
「プレートが光っているやつは、名前が未記入でまだ受けられるクエスト。光が消えているものはどこかのパーティの名前が書いてあって、現在進行中のクエストだ」
みかんの言う通り、プレートを確認すると光っているものとそうではない物の二種類がある。
その時目線を右上に移したのは偶然だったのか、運命だったのか。
……そこには、光っているのに名前も書いてあるという不可解なプレートがあった。
説明になかったプレートが気になった私は、みかんを振り返る。
そこには明らかに、分かっていて言わなかっただろうと思われる表情を浮かべたみかんがいる。
まるで、「見つかっちゃったか」と言いたげな表情だ。
「これは、クエストを受けているやつが辛うじて生きているとか、失敗が確定したクエストだ」
ということは、このまま放っておいたら、このクエストを受けている人は死んでしまうって事?
楽しい気持ちが消え、一気に背筋が冷えた気がする。
「助けに行こう」
みかんは「やっぱり言うと思った」とはっきり伝わる表情で、これ見よがしにため息を吐く。
「一応言っておくが、そのクエストは失敗が確定している所から見ても、難易度が高い……本当に行くのか?」
勿論だという思いを込めて頷く。
「プレートに触れた状態で魔方陣を出せば、名前を刻める」
みかんは諦めたようで、クエストの受け方を教えてくれる。
「今回は俺がやる」
そう言うとみかんは、プレートに触れ、名前を刻む。
慣れているらしく、魔方陣を出すのにもあまり時間を使わなかった。
……私も、これくらい出来るようにならないとだよね。
そんなことを考えていると、準備が整ったようで、みかんが手をとってくる。
「手を離すなよ。時間差ができてしまうからな」
そんなみかんの言葉が、遠くに聞こえたことに違和を感じた時には、もう一人になっていた。