妖怪とは
彼の数歩分後ろを歩いていると、突然、ぼふっという音と共に、彼の姿が消えた。
……夢?
私が首を傾げていると、先ほどまで彼がいた所に人の姿があった。
「……誰?」
「分からないか?」
そう言われても、眼鏡&ピン留め男子の知り合いはいないし。
本当は、さっきから一人(?)心当たりがあるけど……。
「さっきの、白黒マスコット?」
「しろく……間違ってはいないけど、あれ一応、牛の姿だから」
「牛?」
「……本当は、自分の種族を直ぐに教えるのはタブーなんだけど」
「どうして?」
「危ないからだな、力の強いものなら、低級妖怪を傀儡のように使うことが出来る。まあ、それだけ大切なものだから、重要な契約をするときに保障に使ったりするな」
「……そういえば私、牛って聞いても何の種族か分からないよ?」
「あ、そうか……まあ、ここまで言ったし、一応教えておくよ。俺は件という妖怪だ」
「……くだん?」
「人偏に牛と書く通り人半分、牛半分の姿だが、俺は人と牛の姿を使い分けている」
「へえ、私の知り合いにはいなかったな……件っていう妖怪」
言いながら、今までに知り合った妖怪(多分)の姿を思い浮かべる。
……傘とか犬はいたけど、やっぱり牛はいなかったな。
「件は今、減っているからなぁ」
「そうなの?」
「ああ、件というのは、自分の命と引き換えに絶対に外れない予言をする妖怪だ」
「命が引き換え? それなら、予言をする意味が無い気がするけど?」
「そう考えているのが、最近の件達だ。ただ、古くからいる自分の予言をまだ使っていない件達は、妖怪としての誇りを捨てる気か、って怒っているけどな」
彼はその様子を思い出したのか、小さく苦笑しながら言った。
「君は?」
「俺は、もちろん予言反対派だな。俺の爺さんは三百年以上前に、予言を使って死んでいるけど」
「三百年!?」
「まあ、妖怪は長生きだから」
「君の年齢を聞くのが怖い」
「俺はまだ、そんなでも無いよ。……百二十歳位」
遠まわしに言わなくて良いと言ったつもりだったのだが、彼はあっさり年齢をばらした。
「いやいやいや……。十分長いよ!」
「そうか? 俺の父親は五百近かったと思うが、まあいいか」
「あ、でも、予言をしない件は何をするの?」
「今までの件は、一つの予言に力を使いすぎていたから、寿命にあまり関わらない、小さな予言をするようになったんだ」
「……なるほど、それなら安心だね」
目の前の彼が簡単に死ぬことはないと分かり、肩から力が抜けるのを感じた。
……やっぱり、自分と関わった人が死んだり怪我したりするのは気持ちの良いものではないからね。
その時、脳裏に何か「赤いもの」が過ぎった気がしたが、それが像を結ぶ前に彼の声でかき消された。
「そういえば、さっき、妖怪の知り合いがいるって言っていたよな?」
「言ったけど……?」
「ということは、覚醒前から妖怪が見えていたのか?」
「多分。というか、結局のところ覚醒って何なの?」
「妖怪が、産まれついた姿とは違う姿をとることを便宜上そうよんでいる。大抵、覚醒後から能力に目覚め、一人前と認められるようになるな」
「でも、私この前、というかさっきまで自分はただの人間だと思っていたのだけど……」
「稀に妖力が高いやつは、覚醒前から力の一部が使えることもある……お前はその例だと思う」
「なるほど……で、妖力って何?」
さっきから、知らない単語が沢山出てくるな……。
「妖力は、読んで字の如く、妖怪の力のことで、妖怪が妖怪たりえるために必要なものだ。もし、無くなったら、存在ごと消えることもある」
「……妖力は、使うと無くなるの?」
「いや、使うことで多少の疲れを感じたりするが、消えることはない。ただ、妖力を吸い取るやつはいるけどな。まあ、そう会うものでもないし、見かけた時にでも教えてやるよ……何か質問は?」
少し考えただけで、一番知りたかったことを思いついた。
「私がいると、近くの人が不幸になるのだけど、それは?」
私の質問を聞いた彼の表情が、一瞬厳しくなった気がした。
だが、確認する前にそんな気配は霧散してしまった。
「とりあえず言っておくが、それはお前のせいではない」
「そうなの?」
「それは、お前の周りにいたやつが原因だ」
何だか納得のいかない解答に私は、少しムッとして言い返した。
「「お父さん」と「お母さん」は良い人だよ!」
「ああ、言い方が悪かった。お前の両親とは限らない……誰か、他に近しい人はいなかったか?」
……誰かいたかな?
「両親」以外は、あまり人と接点はなかったし。
そこまで考えたところで私は、重大なことを思い出した。
――私の「三年間」が関係しているとしたら?
考えてみると、その方が自然な気がした。
ただ単に、私の大切な「両親」より、記憶にない両親を悪者にする方が、気が楽だったからかもしれない。
だが、私は漠然とこれが正解だと思った。
「いたかもしれない」
「いたと仮定すると、そいつが」
――お前が周りを不幸にすると強く信じていた。
彼の言葉に私は、絶句した。
だが、それと同時に彼がさっき、険しい表情になった理由が分かり、少し温かい気持ちになった。
……心配してくれたわけか。
「私は大丈夫。ありがとう」
「別に」
私の言葉に、彼は少し照れたような表情になり、ぶっきらぼうに一言告げると、そっぽを向いてしまった。
私は分かりやすい反応に苦笑しながら、彼に説明の続きを求めた。
「で、私が周りを不幸にすると信じることで何か起こるの?」
「……そういう負の感情を向けられた者は、取り憑かれやすくなる」
「取り憑かれる? 何に?」
「……これから出す。見てな」
その言葉に合わせて、彼の足元に不思議な模様が描かれた陣が出現した。
その陣は発光し、私の顔をうっすらと紫色に照らし出す。
それと同時に、私の後ろの空間に苦悶の表情を浮かべた顔のようなものが現れた。
向こう側が透けて見えるため、ただの顔でないことは明白だ。
顔の辺りしかないことには、不思議と嫌悪感は沸かなかった。
「どうするの? 倒すの? どうやって?」
いきなりのことに動揺し、矢継ぎ早に質問する。
「妖怪の力を使う。本来はその妖怪固有の能力を使うんだが、今回は説明が必要だからな。ある程度妖力がある妖怪なら、皆使えるものにする」
「分かった。どうすれば良いの?」
「上手くいかない分は俺がサポートする。お前は目を閉じて、指示通りに動いてくれ」
何をするのかよく分からないことに対する不安か、それとも未知なるものに触れるという高揚感からか、私は胸が高鳴るのを感じながら目を閉じる。
「何かもやもやしたものを感じないか?」
言われた通りに探ってみる。
彼が私の手に軽く触れたのを感じた瞬間、紺のもやもやした何かが視えた気がする。
「多分、見つけた」
「じゃあ、「今!」と言うタイミングでそれを解放して」
説明もなしに出来るはずないと思ったが、「解放」とイメージした途端、なんとなくやり方が頭に浮かんできた。
「今!」
声に合わせ、先ほど浮かんだ通り、もやもやをほどくように動かす。
閉じた目蓋の向こうに光を感じた瞬間、彼の驚いた声が聞こえる。
「今まで使っていなかった分溜まってるかもとは思っていたが、まさか、これ程とは……」
「目を開けても大丈夫?」
「あ、ああ。もう終わったよ」
確認をとってから目を開けると、私の後ろのそいつがいたところに、先ほどまでは無かった大きな穴ができている。
「え? ……これは?」
私が問うと、彼は呆れたような表情になりながら言う。
「お前がやったんだよ」
「ええぇぇ!?」
私はただ目を閉じて、指示通りにしただけなのだけど……。
「そういえば、目を閉じるのにはどんな意味があるの?」
「ただ、イメージしやすくなって、成功率が上がるだけだ。お前……いつまでもお前って呼ぶのは良くないか。名前は?」
「私、実は本当の名前を知らないの……」
「勿論、真名は言わなくて良い」
「真名?」
「その妖怪、一人一人が持っている誠の名前のことだ」
また、新しい言葉が増える……覚えきれるかな?
……名前か。
名前のことを考えると、「両親」の顔が浮かんできて、私の頬は自然に緩む。
「すだちです。君は?」
彼はまさか自分が聞かれるとは思っていなかったようで、少しぎこちない表情になりながら返答してくる。
「笑うなよ。……俺の名前は、みかん」
彼……みかんはそう言うと、私の視線から逃れるように顔を背ける。
念を押してきたからどんな名前が出てくるかと身構えてしまったが、予想より普通の名前に拍子抜けする。
「私は、素敵な名前だと思うけど……」
思った通りに言葉にすると、みかんはまた驚いた表情になり私をじっと見てくる。
「嘘はついてないようだな。そう言ってくれたのは、すだちが初めてだよ」
嘘って失礼な。
まあ、今までそれだけ酷いコメントをもらってきたのかもしれないけど。
「よし、じゃあ行くか」
話が一気に跳躍したよ?
「えっと、どこに?」
尋ねると、みかんは悪戯を思いついた子供のような表情で言う。
「俺たちの世界へ?」
次話は明日投稿する予定です。
……私が勝手に作った設定ですので、詰めが甘いところは見逃していただけると助かります。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。