白黒マスコットとの邂逅
……リン リンリン リンリンリンリン……
なにやら楽しそうな音が聞こえてくる。
これは、鈴の音?
……シャンシャン シャンシャンシャン シャン……
……ここは、どこ? 何をしているの?
そう思っている私に向かって、手招きをしてきた彼を見て、少しほっとした。
……あぁ、私はここに居ていいんだ。
嬉しくなった私は、そちらに向かって一歩踏み出したのだった。
……朝?
私は、あまりの眩しさに目を細めた。
只今、私は、鳥のさえずりが良く聞こえる木の上に居る。
その理由を話すと少し長くなるが、これから順序だてて説明しようと思う。
――私には記憶がない。
いきなり何だ、と思うだろう。
説明はあまり得意ではないが、自分なりに努力しようと思うので、勘弁してほしい。
先ほどは、言い方が悪かった。
こう言うと、まるで今までの記憶が、全て欠落しているように聞こえてしまうかもしれない。
私の記憶がないのは、生まれてからのある程度の期間のみだ。
詳しく言うと私は、親、兄弟を知らない。
……いわゆる「捨て子」だった、ということだ。
だからといって何かがあったわけでもなく、しかるべき施設で保護されたようで親にも恵まれていた。
私が、拾われたのは三歳の頃。
私には、それまでの「三年間」の記憶はないが、これ以降のものは一般人と同等位に覚えている。
「三年間」の記憶のない私だが、何故か、初めからこの人たちは、本当の親ではないと認識していた。
したがって私は、自分は「捨て子」だったのだろうと考えている。
……「親」は、一度も私に、そんなことは、言っていなかったのだけど。
ちなみに、「三年間」の記憶がないのは、心因性の何かが原因だとか。
「三年間」の記憶に含まれるため、私は本来の自分の名前を覚えていない。
そんな私に、「親」がくれた名前は、「すだち」。
理由は、しっかり育って、旅立つときに「自慢の子供」として、胸を張って「巣立って」いってほしいというものらしい。
その話を聞いたとき、大切な子供と認識されていることが伝わってきて、とても嬉しかったのを覚えている。
当時、本当に子供と思ってくれているのか不安だった私は、不覚にもうるっとし、泣いてしまったのだが。
その時も優しく抱きしめてくれたっけ……。
今考えると「本当の親」ではないという話を私にしていなかったことからも、「本当の子供」として育ててくれようとしていたことが分かる。
……そんな良い「親」が居ながら、どうしてこんなところに居るのかと思うだろう。
これからするのは、それについての話だ。
私の特徴は、今挙げたことと、もう一つある。
――私がいると、周りが不幸になる。
これは、生活していくうちに気がついたものだ。
「親」は、どんな不幸なことが起きても、何があったかを私に言ってくることはなかった。
私に心配をかけないようにしていたのだろうが、不幸な目にあっていることは分かっていた。
最初の頃は、
出掛けようとした時に雨がよく降る
子供の投げたボールが家に吸い寄せられるように当たる
外出すると、鳥の糞がかかる
人生劇場だと思ってみていたら、○汁の宣伝だった
などの、比較的地味な、たまに起るレベルの嫌なことが頻発していただけだった。
あ、最後の、某健康に良い緑色の液体は違うか。
まあとにかく、普通であれば一月に一つ起こっても運が悪いと言うところなのだが、それが一週間に一回は起こっていた。
その地味な不幸だけでも堪えるのに段々、
趣味のガーデニングの花がしおれる
可愛がっていたペットが病気になる
「親」が、頻繁に怪我をする
など、命に関わるようなものになってきた。
それを知った私は、家を出る決心をしたのだった。
先ほど週に一回と言っていたが、その頻度は上がっていき、私が家を出る頃には何も起こらない日はないほどだったらしい。
「親」には、感謝と家を出るということだけ告げた。
心配はしていたが「いつでも帰ってきてね」という言葉で送り出してもらった。
……私のこの体質が改善されない限り帰ることは出来ないが、それでも嬉しかった。
以来、人目につかない所を転々としてきた。
一度「親」の様子をこっそり見に行ったことがあるが、元気そうだった。
それに安心すると同時に、迷惑をかけるだけだから帰ることは出来ないと強く思った。
……まだ、改善の兆しは見られないが、いつか家に帰ることを目標に頑張っていきたいと思っている。
まあ、そんな経緯により現在は森の木の上、というわけである。
ああ、私の特徴と言っていいのか分からないが、もう一つ特筆すべき点がある。
――私は昔から、変なものをよく視る。
「それ」が何なのかは分かっていない。
だが、いたる所で視たので、家を出た後に「それ」を見つけたら弟子入りでもしようかと考えていた。
しかし、その願いもむなしく、家を出た後はめっきり視なくなっていた。
そのため、「それ」を視た時は驚きのあまり、木から落ちそうになってしまった。
……なぜなら、それは私のいる木の上での出来事だったから。
「それ」は、白黒の可愛らしいフォルムに似合わず、人を小ばかにするような、冷めた目でこちらを見ていた。
「……こいつも、俺が視えないか」
まるで品定めをするような目線に、居心地が悪くなった私は、思い切って声をかけてみることにした。
「えーと、一応、視えているつもりなのですが」
私から反応があると思っていなかったようで、「それ」は、少し驚いた表情になった。
両手に納まる位の卵形の体に、水色のリボンが結ばれた尻尾を持つ「それ」は、私の近くにぷかぷかと浮かびながら、何処にあるのか分からない首を傾げ凝視してきた。
私が居心地の悪さから身じろぎをした時、「それ」の表情は何かを見極めようとするようなものから打って変わって急に納得したものになった。
「……ああ、お前同族か」
はっきり言って、意味が分からない。
「クラムボン」は何かという質問くらい分からない。
……例えが分かり難くて申し訳ない。
とにかく、私、白黒マスコットの知り合いも共通点もないと思うけど……?
「お前、妖怪の類いだろう?」
……は!? 何を言っているのだろうか?
「鏡貸してやるから、頭見てみろ」
頭頂部辺りを鏡に映してみる。
耳があって……。ん?
私の黒い髪に見覚えのない三角形の物体がある。
だがそれは、妙に頭に馴染んでいて違和感はまるでない。
――むしろ、無かった今までに違和感があるような……。
そんな可笑しな考えを振り払うように、軽く頭を振る。
それでも、今までの自分を否定するような嫌な感覚は、消えてくれなかった。
気を取り直して鏡を見た時に、視界に映った自分の腕に異変を感じた。
いや、腕というか、服全体……?
「ええっ、服変わっている!?」
驚く私をよそに、白と黒の彼は、当然だろうという表情だ。
「もしかして、初の覚醒か? この年齢で? ……珍しいな」
ぶつぶつと呟く彼には申し訳ないが、私の頭はショート寸前。何一つ理解できていない。私の脳内を占める言葉はただ一つ、「何、それ?」だけである。
そんな私の常態はお構いなしに彼の質問は続く。
「もしかして、お前、妖怪ならざる者の中で暮らしていたのか……?」
「今まで、一緒に暮らしていたのは、人間だと思うけど……」
答える義理は無いと思うのだが、何故だか、答えなければいけないような気がした。
「なるほど」
彼は少し考えるそぶりを見せた後、私に言った。
「ついて来い、説明してやる」
それだけ言うと、十分だというように、私に背を向けて歩き(浮いている……というか漂い?)始めた。
「待って、どうして――」
――そんなことしてくれるの?
この言葉が、空気を振動させることは無かった。
……私の質問を察した彼が、口を開いたから。
「何というか、困っている同族を放っておくのは、どうかと思ってだな……。」
少し困ったような、照れくさそうな表情で彼は言った。
それを見た私は、彼について行くことに決めた。