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泥棒猫

泥棒猫

作者: 枕木きのこ

「この泥棒猫!」

 ぴしゃりと音が響く。驚いた顔が無様だった。

 女が走り去ると、部屋には私と正樹の二人になった。正樹は奥でいそいそと服を着始めている。

 どうせまた、彼がけしかけたんだろうと思った。私と付き合う前からこういう不埒なことを繰り返してきた男であることは、身を持って知っている。何せ私も、今出て行った女と同じように、恋人のある正樹を、奪った側の人間だからだ。

 正樹にそれほどの人間的魅力があるかといえば、わからない。ただ、セックスはうまかった。顔も特別に悪いわけじゃない。それだけの話だった。いい年してフリーターで、私に小遣いをせびってパチンコに行くような、それ以外の面を見れば紛れもない屑だ。

 じゃあどうして私は今、彼女の頬を叩き、追い払ったのだろう。

 そのまま正樹のことをあげてしまっても良かったんじゃないだろうか。

「悪い」

 すっかり服を着終えると、ばつが悪そうに、そう言う。何が悪いのかもわかっていないんだろうなと、そう思うに留まる。私は彼を放って部屋を出た。

 多分、私の前に正樹の恋人だった人も、同じようなことを考えていたと思う。ずるずると付き合いだけ長引いて生産性がないこの関係を、誰かが変えてくれることを願っている。好きかどうかも判然としない。何の意味があるのかも不鮮明。形骸化した恋人関係を清算してくれる誰かを待っている。

 そのはずなのに、私はそうしなかった。

 コンビニに入って雑誌を立ち読みする。ファッションに興味がないといえば嘘になるが、興味を持っても揃えるお金がないから、見ないようにしていた。小奇麗で、高くて、上質な服を着たからと言って中身がよくなるわけでもない。そういう考えを持って、なるべくお金をかけないようにしてきた。

 それは、誰のためだったろうか。私のためか、正樹のためか。

 もとより、自分の欲求をセーブしお金を管理することが、誰かのためになっていたのだろうか。

 雑誌と、お菓子と、煙草を買う。財布がすっかり薄くなった。

 部屋に戻ると正樹はいなかった。

 窓を開けて煙草を吸う。久しぶりすぎて咽てしまう。このまま気持ち悪くなって死んでしまってもいいな、なんて、煙草如きで思う。

 そんな下らないことを考えていたからか、救急車の音に気が付いた。

 私のことを迎えに来たかな、と冗談で思ったが、そうしたら助かってしまうから、今は来なくていいよと焦る。

 案の定、近くの公園で停まったらしい。

 騒然としている様子がここからでも見て取れた。

 それを見て、ああ、と思った。

 私、退屈なんだ。

 何で生まれてきたのかもわからないこの人生で、仕事を繰り返すだけの毎日を、退屈だと思っているんだ。

 だから今、どんなに意味のない付き合いでも、正樹に刺激を見出しているんだろう。彼女にその唯一と言っていい刺激を、盗られたくなかった。それで追い払ったんだ。

「どこ行ってるの、帰っておいでよ」

 メールを送る。


 でもいつか、彼を含めた私のこの退屈を盗んでくれる素敵な猫が、にゃあと転がり込んでくることを、願う。

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