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異星間接触第一号 (その2)

 球状の異星人を散らかった自室に入れ、遮光カーテンをぴっちり閉めた悟朗は、改めて異星人の姿を眺めてみた。見れば見るほど、これが人間とは思い難い。簡単なパーツで構成された体、子供の落書きのような顔。宙にふわふわと浮いて移動するところなど、まさに子供向けアニメのマスコットキャラの立ち位置に相応しいルックスをしているではないか、と悟朗は内心思っていた。流石に怒られそうなので口には出さなかったが。

 当の異星人本人はといえば、部屋に入った直後から何やらトサカをまさぐっている。時折電子音が聞こえるあたり、トサカの中に何かの機械が収納されているようだ。よもや異星人そのものが機械でできているのではという想像が悟朗の頭を過ったが、それもこれも相手のことを何も知らない以上無意味な想像であるとすぐに思い直した。

 やがて異星人は作業(?)を終え、悟朗の方へ向き直ると咳払いを一つした。その後に異星人の口から出てきたのは、先程より大分流暢になった日本語であった。

「待たせてすまなイ。翻訳機の調整が今終わったところダ」

 どうやら、トサカに収納されていたのは翻訳機であったようだ。悟朗は感心した。短時間で異星の言語を解析できる翻訳機を携帯しているなど、この異星人の技術力は、ここまで高いものなのかと。

「ほほう大したもんだ。これが本当のパンスペースインタープリターというやつか。昔テレビで見たよ」

「パンスペー……ス? 解析済みの言語体系には当てはまらない単語だナ。どういう意味ダ?」

「ああ、すまんすまん。全宇宙語翻訳機というやつだ。成程難しい横文字はNG……というより日本語対応なわけか。あ、日本というのはこの国の名前だぞ」

「何となく心得ていル」

「まあ座れよ。そうだな……お前はここで」

 そう言いながら、悟朗は壁に立てかけてあるちゃぶ台をえっちらおっちら運んで来ると、自分のパソコン用の座椅子の脇まで持ってきて、異星人の椅子とした。異星人がちゃぶ台にちょこんと座ったのを見届けると、悟朗は早速異星人に色々問うてみることにした。

「さて、お前が異星人なのはさっき聞いたとして……お前はどこの星から来たんだ?」

 悟朗がそう聞くと、異星人はぐいと胸を反らして答えた。

「よくぞ聞いてくれタ。オレは太陽系第五惑星“地球”……」

「おい待て」

 悟朗は面食らった。どうしてこの流れで地球の名前が出てくるのか。それに、太陽系の第五惑星は木星の筈だ。 

「ちょっと良いか。地球は太陽系第三惑星だろ?」

「オ? 知っているのカ? 我が母星ヲ。だが地球は第五惑星だゾ?」

「いやいや、俺はお前の母星なんぞ知らん。そっちこそなんでこの星の名前を知ってる?」

「エ?」「え?」

 悟朗と異星人は双方固まってしまった。双方共に混乱していた。どうやら、悟朗も異星人も、自分の星を「地球」と呼ぶようだ。

「面妖ナ……いや待てヨ」

 沈黙を先に破ったのは異星人であった。

「わかったゾ。翻訳機の都合ダ。この翻訳機ハ、異言語の単語が我々の言語のどの単語に相当するかを解析シ、翻訳するものなのだガ……きっとその所為だろウ」

 異星人がそう言うのを聞いて、悟朗は「成程ねぇ」と腕を組んだ。

「つまり、俺もお前も自分の星のことを地球……つまり“大地の球”的な名前で呼んでいるから、翻訳機の中では二つの星が同じものと見なされてしまったと、そういうわけか」

「そういうわけダ」

 悟朗はこの一連のやり取りに戸惑いながらも、妙に得心がいった。異星人と言えば自らの母星を「バルタン星」のように「○○星」と呼ぶのがフィクションの通例であるが、「○○星」という名づけ方はある惑星の住人が外惑星に向けて使うものだ。考えてみれば、自分たちにしろ異星人にしろ、自分が住んでいる場所は空に浮かぶ「星」ではない。「大地」であり「地球」なのであろう。

 悟朗は口元を押さえて静かにほくそ笑んだ。このような考え方、「地球」に住む者としては何と理屈っぽく……そして捻くれていることか。

「俺もお前も、互いに異星人であり、地球人である……か。ふふん、異星間交流ってのはなかなか面白いじゃないか」

 そう言って身を震わせる悟朗を見て、異星人は不思議そうに体を傾けた(恐らく首を傾げた)。

「何を悶えているのか知らないガ、オレも来て早々有意義な対話ができたと思っているヨ」

 そこまで言ったところで、異星人の腹の虫が再び鳴き声を上げた。異星人は気恥ずかしげに俯き、へろへろと高度を下げた。その様子に、悟朗はまた新たな発見をした。大仰な登場の仕方をした割には、この異星人は存外ヒューマンな存在らしい。彼も一応人間なのであるからして、よく考えると当たり前のことだ。構える必要等無かったのだ。悟朗は部屋の隅に固めてある段ボール箱の中から自らの主食を一つ取り出し、異星人に差し出した。

「ま、怪しいもんじゃないから、良かったら食べな」

「助かル。宇宙旅行は大幅に体力を消耗するのでナ……実はもうフラフラなのダ」

 異星人はそう言いながら渡されたものを開封した。だが、暫し中身をまじまじと見つめたまま動かなかった。落書きのような表情は変わらないが、体を小刻みに捻る動作からは何となく驚きと戸惑いが感じられた。

「……コレ、さっきまでも食べていたゾ。湯をかけて戻すのだろウ?」

「お、知ってるのか」

「知っているというカ……これハ宇宙食だゾ。この星でハ一般家庭で宇宙食を食べているのカ?」

 異星人の問いかけに、悟朗の表情が強張った。

「あー、それはお前、俺の主食をディスってんの?」

「…………」

 異星人は今一度、手元の食品を見た。それは、どうやら彼の母星でも至極ポピュラーであったのだろう、宇宙にも持って行ける乾燥保存食……詰まる所はカップラーメンであった。

 異星人は改めて、悟朗の部屋を見渡した。床に散乱した雑誌類や何かしらのパッケージ類。隅に固められた大量の段ボール箱とゴミ袋。大きな本棚に立てられた冊子類にも、何やら低俗そうな雰囲気のものが目立つ。見れば見るほど堕落を感じさせる。

「……何見てんだよ」

 悟朗は、異星人を抗議の眼差しで見ていた。その眼には深い隈が刻まれている。無意識にかき上げるその髪はボサボサで、そこはかとなく不潔感を感じさせるなりをしている。突然異星人は納得したようにポンと手を打った。ああそうだ、自分の星にもこのような人種が居るよという感じであった。

「家主ヨ、失礼ながら断定させてもらうガ、君はヒキニートだナ?」

「作家だよ! 稼ぎあるよ!」

 悟朗は異星人の言葉を光にも迫る速さで否定した。

「しかシ、この部屋の有様を見る限リ、収入があったとしても健全な生活は送っていないだろウ。外にもあまり出ないんじゃあないのカ?」

「ぐぬぬ……」

「他人ともあまり話さなイ?」

「ぐぎぎぎ……」

「やはりナ。フフン」

 異星人は相変わらず無表情なので顔色は変わらないが、その声色からは少なからぬ嘲笑の気持ちが感じられた。悟朗は怒りに手先をわなわなと震えさせた。地球人であろうと異星人であろうと、他人からわざわざ指摘されると無性に腹が立つ。それが意識の低い人間の性質というものである。

「なぁ……異星人さんよ」

 悟朗は震えた声で呼びかけた。

「お前の星の名前、意味的には“地球”と同じのようだが……言語の発音は何ていうんだ? ちょっと教えてくれよ」

「ン、良いゾ。暫し待テ。翻訳機の設定を弄ル」

 そう言って異星人は十数秒程トサカをまさぐった。

「ヨシ、オレの母星の名は“ヘボ”と発音する」

「ぶふぅっ!!?」

 悟朗は思わず吹き出してしまった。それと同時に、格好の弄りネタを見つけて歓喜した。悟朗は異星人の頬をぐいっとつまんだ。意外ともち肌のようで、よく伸びる。

「よし。色々と癪だからお前のことは“ヘボ星人”と呼んでやろう。“ヘボ星人”と」

「ナッ……!?」

 頬を引っ張られた異星人の声色に動揺が見受けられた。どうやら、ヘボという言葉の地球での意味と、悟朗の意図に気付いたようだ。

「ふざけるナ……オレには名前があル。大体個人を母星の名で一括りにするなド……ム、いや待てヨ。“ヘボセイジン”か……」

「な、何だよ」

 突然考え込みだした異星人を見て、悟朗は思わず彼の頬から手を放した。

「イヤ、確かオレの母星の古い言語に同音意義語があってだな……オオッ!」

 異星人は急にちゃぶ台から跳び上がり、万歳をした。

「いいゾいいゾ! 是非そう呼んでくレ!」

「……はぁ?」

 悟朗はわけがわからなかった。相手を馬鹿にしようと付けたあだ名で、逆に相手が大喜びしているのだから。だが、わけがわからないながらも、悟朗は無性に悔しくなってきた。

「……こっのヘボ星人がぁーーーーーっ!」

 悟朗は異星人の両の頬肉を掴み、ぐいぐいと引っ張った。しかし異星人はカッカッカと笑うだけで全然堪えていないようだった。

「うムうム、ヘボセイジン! 良い名前ダ! 良い名前ダ!」

「きぃーーーーっ!」


 こうして、悟朗と、異星人改めヘボ星人とのファーストコンタクトは、残念なことにムードの欠片も無いものとなった。しかし、それは仕方の無いことなのであろう。緊張さえ解けてしまえば、二人とも単なる小市民なのだから。

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