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異星間接触第一号 (その1)

 「イヨクニモエルコロンブス」という言葉がある。1492年にコロンブスが新大陸を発見したということを示す、歴史の語呂合わせである。高校などとうに卒業し、大学に入学した記憶さえも遥か彼方に思えている一青年、枕崎悟朗も、流石にこれくらいは覚えていた。しかし捻くれ屋の彼は、この歴史的事実について教師の語った、少し穿った見解の方をむしろ鮮明に覚えていた。コロンブスは確かに新大陸を「発見」したが、それはあくまでコロンブスらヨーロッパ人の感覚である……というものである。確かに、発見された大陸のネイティブたちからすれば、その大陸は自分たちの慣れ親しんだ故郷であり、新しくも珍しくもない。そこへやってきた肌の白い人間たちが歓喜に打ち震え、勇み足で島中を探検する様を、ネイティブたちは奇異の目で見ていたのではなかろうか。いやきっとそうに違いない……。そこまで考えて授業中にノートの影で一人ほくそ笑んだことを、悟朗は引きこもりとなった今でも思い出す。そして、ノートパソコンのモニターの煌々と光るのを見つめながら、いつも思うのだ……「こんな風に捻くれた見方に快感を覚える俺は、やはり社会人向きではなかろう」と。

 だが、よもや自分がちょうど新大陸のネイティブの気分をその身で味わうことになろうとは、いくら捻くれ屋の悟朗でも考えが及ばなかったようである。


 そう、西暦20XX年、遂に太陽系は「発見」された。


 




 その夜、悟朗はいつものごとく安アパートの暗い自室でノートパソコンに向かっていた。引きこもりでありながら同時に作家の端くれでもある悟朗は、雑誌連載の短い小説の原稿を三日後の土曜には入稿しなければならないのだが、全くと言って良い程筆が進まない。ワープロソフト全盛のこの時代、筆を握り紙を圧迫する労力は省かれて久しいというのに、原稿を仕上げるのがこんなにも困難なのは甚だ理不尽だ……そんな下らないことを数分おきには考えてしまう。面倒だが、引きこもりの悟朗にとってはようやく掴んだ飯の種。そう簡単に失うわけにはいかない。その意気で以てかれこれ5時間は画面を凝視していた悟朗だが……

「こりゃあ駄目だ。ゲームしよゲーム」

 遂にギブアップ。そっとワープロソフトのウィンドウを閉じ、光の速さでオンラインゲームを呼び出す。そしてログイン。さあ今日も今日とて冒険に出かけるか……と、悟朗は深い隈の刻まれた目元をぐにゃりと歪めた。

 その時であった。悟朗の部屋の中が突然オレンジ色の光に包まれた。驚いた悟朗は辺りを見回したが、悟朗の城の中にこの光の光源は無い。とすると、この光は窓から……それも分厚い遮光カーテンを貫いて入ってきていることになる。

(外で一体何が……)

 普段なら自分の部屋の外で起こることなど担当編集の機嫌くらいしか気にしない悟朗であったが、こればかりは確かめずには居られなかった。萎えた足で危なげに立ち上がり、床に散乱した雑誌やパッケージ類を踏み分け踏み分け、窓際に近づく。そしてカーテンを一気に開け放つ。

「うっ……」

 凄まじい光量に目を射られ、悟朗は思わず目を覆った。しかし、数秒もしないうちにその光は段々と弱くなり、遂には小さな人魂のような光源になった。そこで初めて、悟朗は目の前の状況を把握した。

 窓の外……ベランダの柵の上には、ドッジボール大の球体が乗っていた。さりとて、それはドッジボールではなかった。球体には、虚ろな目があり、ぱっくり開いた口があり、髪の毛のような繊維質を被っており、尖ったトサカがあり……そして、うねうねと動く、糸のような四本の手足が備わっていた。驚くことに、球体は生き物のようだった。

「……キミ、ハ、コノワクセイノ、ジュウニン……ダナ?」

 球体の口が動き、言葉が発せられた。その言葉が片言ながらも日本語であったのは驚くべきことであったが、それ以上に問い質しておきたいことが悟朗にはあった。

「お前は……異星人、なのか?」

「ソウイウ、コトニナル」

 球体はそう答えた。悟朗は戦慄した。ゲームのやりすぎで寝落ちをやらかし、夢でも見ているのかと思った。だが、このリアルな動悸、滲む汗の量からして、この状況は現実なのだと理解した。信じがたいが、自分は異星人とのファーストコンタクトを果たしたのだと。

 そうこうしているうちに目の前の異星人の体から光は失せ、辺りは元の闇へと包まれた。だが、悟朗の動悸は依然として高まったままで戻らない。目の前に異星人が居るという非現実的な状況に晒されているのだから、それも道理というものである。何しろ、相手は全くもって正体不明。どう対応して良いかなどわかるわけがない。

 だが、その時、藪から棒にグゥ~という間抜けな音が聞こえた。

「ん?」

 どうやら目の前の異星人から発せられたらしいこの音。悟朗の感覚が異星人に通用するのだとすれば、これは空腹を知らせる腹の虫の音だ。

「……腹、減ってるのか?」

 悟朗は恐る恐る尋ねた。

「……ナニブン、ナガタビダッタノデ」

 すると予想通りの答えが返ってきた。悟朗は何だか拍子抜けしてしまった。が、これで次に掛けるべき言葉が見つかった。

「とりあえず、上がるか? 食いもんはあるぞ」

「……スマナイ」


 西暦20XX年、枕崎悟朗は、恐らく世界で初めて異星人を家に上げた地球人となった。

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