プロローグ
ある兄妹がいた。2人は浮き輪にしがみ付き、嵐の海を漂っていた。
家族旅行で乗った船が嵐に見舞われ沈没したからだ。両親や他の兄妹ともはぐれ2人は必死に浮き輪にしがみ付き嵐の海を漂っていた。
「お兄ちゃん、もう疲れたよ」
「がんばるんだ。ほらあそこにボートがある。もしかしたら父さん達もいるかも知れない」
体力の限界を訴える妹に兄は頑張るように言った。そして遠くに救命ボートを見つけて妹を励ました。
「美奈、お兄ちゃんが頑張ってあそこまで行くからもうちょっとだけ頑張るんだ」
妹を励ますと兄は必死になってボートに向かって進もうとした。しかし嵐の海の中服を着た状態で思うように体を動かす事はできなかった。
それでも天は兄妹を見放さなかったのか、兄妹はボートの方に流されていった。
「お願いします、助けてください」
ボートに近づくと少年はボートに乗っている人に向かって叫んだ。しかし帰ってきた答えは非常なものだった。
「すまない、ボートはもう満員なんだ。無理して子供一人が限界だ」
ボートに乗っていた男は2人の兄妹を見てそう答えた。それを聞いた兄は迷わず妹の手を掴んだ。
「妹をお願いします。もう限界なんです」
「お兄ちゃん……」
兄がそう言うとボートの男は妹の手を取り妹を引き上げた。それと同時に大きな波が起きて少年はボートから遠くに流された。
「お兄ちゃん、置いていかないで!」
妹の声が小さくなるのを聞きながら少年は自分の限界を感じていた。嵐の海で体力を消耗し、ボートまで行こうとしたのでもう限界だったのだ。
「父さん、母さん、宗次、美奈、ごめん……」
最後に家族の名前を呟くと少年は浮き輪を掴んでいられずに手を離し、静かに海に沈んでいった。
*****
「少年よ、起きなさい」
どれくらいの時が過ぎたのだろうか、少年は誰かに起こされて目を覚ました。目を覚ました少年は自分が死んだのだと思った。何故なら服が乾いて綺麗な神殿の中にいたからだ。そして目の前には綺麗な少女が2人いた。
ひとりめは活発そうでふたりめはは控えめでひとりめの少女の影に隠れるように少年を見ていた。
「ここは天国ですか?」
自分が死んだと思った少年はそれを確かめるべく目の前の少女に尋ねた。
「少し違うわね、ここは神の世界。人間は死ななければ来れない世界ではあるけどね」
死ななければ来れない世界と言われて少年は自分が死んだ事を実感した。しかし少女はそんな少年の考えを読み取ってか少年の考えを否定した。
「言っておくけど少年はまだ死んでいないわ。今少年は体は生きていて魂が抜けだした仮死状態になっているの」
「それは、生き返ることが出来るという事ですか?」
少女に教えられて少年はそう聞いた。
「ええ、でも少年は家族の元には帰れないわ。あ、勘違いしないで、少年の家族は皆無事よ。問題は少年のほう。少年の体は今異世界にあるの」
「それなら僕を元の世界に返してください」
少女にそう教えられて少年は元の世界に返すように要求した。しかし少女は首を振った。
「少年を元の世界に返す事は出来るわ。でもその場合少年は元いた場所である海の中にしか返せないの」
そう言われて少年は少女をにらみつけた。しかし少女が意地悪で言っているのではない事を感じて何も言わなかった。
「私が少年に与える選択肢は3つ。ひとつ目はこのまま苦しまずに死んで生まれ変わる。ふたつ目は元の世界に帰り一か八かの生還にかける。ただし助かる確率は限りなくゼロに近いわ。ただ苦しむだけ苦しんで結局死ぬ事になるだけだと私は思うわ」
そこまで言われて少年は元の世界に戻れば待っているのは死だけだと理解した。
「最後にみっつ目、異世界で残りの人生を生きる。ただしこれを選んだ場合私達のお願いを聞いてもらうことになるわ」
目の前の少女が善意で自分の事を助けてくれたわけではない。これまでの会話でその事を理解していた少年は当然そうなるだろうと思い少女の要求を黙って聞くことにした。
「自己紹介がまだだったけど、私は少年が住んでいた世界の神。この子は少年の体がある異世界の神よ。お願いというのはこの子の世界を滅亡から救ってほしいの」
少女の正体が神だと言い、さらに少年に世界を救ってほしいと言われて少年は唖然とした。
「美しい女神に召喚されて世界を救ってほしいと言われて驚いた?お約束だけど仕方が無いの。少年が何をすればいいのかは向こうの世界で少年の面倒を見てくれる人が知っているわ。どう受けてくれる?」
「もし世界を救ったのなら。僕を家族の元に返してくれますか?」
少女の質問に対して少年は質問で返した。
「無理ね。別の世界に移動いさせてその後元の世界に戻す場合、戻す座標は元の場所になるの。つまり海の中にいた少年を異世界に移したら元の世界に戻す先は元の海の中になるの。こえは神々の取り決めだから私達にはどうする事も出来ないわ」
「もう1つ教えてください。どうして僕だったんですか?」
「それは少年が世界を救うために必要な能力が有って、死体が残らない死に方をしていたからよ」
「つまりあのままだと僕は死んでいた?」
感情では納得いかないところも有るが、少年は目の前の少女が自分の命の恩人だと知ってお礼をいう事にした。
「えーと、助けてくれてありがとうございます」
「助けたけど、これからも生きることが出来るかどうかは少年しだいよ」
少女にそう言われ少年は選択しないといけない事を感じた。少年は目を瞑り考えた。そして心の中で家族とお別れを言うと異世界に行く事を決意した。
「みっつ目を異世界に行く事を選びます」
少年が少女にそう宣言すると少女の影に隠れていたもう1人の少女が少年の前にやって来た。そして何処からかドラゴンの顔をしたマスクを取り出すと少年にかぶせた。
「ボクの世界の為にありがとう。それでは君の魂を君の体に戻るとしよう」
もう1人の少女がそう言うのを聞きながら、少年はマスクが邪魔だと思いマスクを取った。すると目の前にいた2人目の少女と目が合った。その途端少女は顔を赤らめて1人目の少女の影に隠れた。
「ごめんね、この子男の子と面と向かって話せないの。悪いけどそのマスクを被ってってくれない。その代わりそのマスクは少年に上げるわ。持って行けば向こうの神殿がご神体として買い取ってくれるはずよ」
そう言われて少年はしぶしぶマスクを被った。すると2人目の少女が少年の近くにやって来た。
「では改めて少年をボクの世界に送る事にしよう」
少女がそう言うと少年の魂は先に送られた少年の体に戻って行った。
そして少年の勇者としての物語が幕を開けた。