第八話:真理の渦
アマリリス視点です。
「ほら、大丈夫か?」
アマリリスは呆れ気味に満身創痍の妹に手を貸す。
常々サフィニアは無茶をしすぎるとは思っていたが、今回は死活問題だったことをきちんと理解しているのか怪しい。起こす行動はアマリリスの方が派手だが、サフィニアもアマリリスに負けず劣らず、いざという時に他者の心胆を凍らしめるような行動を起こす。
この妹は、何でも一人で背負いがちなのだ。
もしもあの魔力砲で赤獅子を倒せていなかったら、サフィニアは生命力を魔力に変換して戦っただろう。祖国に追われた自分たちを受け入れ、育ててくれたこの国の盾となって死んだだろう。どうせ、もうすぐ死ぬのだから、と。
しかし、アマリリスはそれを許さない。自分より早く死ぬことは絶対に許さない。あとわずかしか時間が残っていないからこそ。
とにかく、間に合って良かったと安堵する。
「ったく。それで? 俺は何をすればいい」
「えっ?」
自分では立つこともままならない妹を片手で支え、アマリリスは諦観混じりに、けれど真剣に尋ねた。
「え、じゃない。やっておきたいことがあるんだろ?」
サフィニアが王都に潜む魔物に関して調査していたことは知っている。アマリリスは工房に泊まり込みがちでサフィニアと顔を合わす機会は少なかったが、話だけは魔術で報告されていた。
現在最も重要なのは、現れた魔物の対処の他にも、何故どのようにして魔物がこの島国現れたのか、原因を究明することにある。それが分からなければ、今後大量の魔物が大陸から渡来してくる可能性も否めないのだ。
そしてサフィニアは一つ、仮説を立てていた。魔物が数体大陸から渡ってきたにしては、王都の被害が少なすぎる。魔物は絶対的な脅威で、魔術の存在しないこの国において情報規制が通用するほど軽い被害しか出ていないのは、おかしいように思われた。そこで魔物を大陸から手引きして渡来させた人間がいるのではないか、と疑ったのだ。
人間は魔物を操ることはできないが、魔物の行動を誘導することは人間にも可能なのである。弱い魔物なら野飼いにすることも可能だ。
もしも事故などではなく、誰かが魔物を裏で利用しているなら。新たに魔物が現れ、討伐された今が絶好の機会だろう。相手が何らかの行動を起こしてもおかしくはない。
それはサフィニアも理解しているはずで、魔力枯渇状態のサフィニアが魔術を使えない以上、アマリリスが動くしかないわけだ。
「サフィー、先に言っておくけど、俺の許可出るまで外出禁止! もちろん、魔術なんてもってのほかだ。家から一歩でも出たらお仕置きするからな」
「お、お仕置き?」
「そうだな。手始めにエナさんに説教でもしてもらって、俺の手作り料理でも食べて、ついでにオスカーに懇願されるか怒られるかするといい」
「エナさんの説教とアマリーの手料理はともかく、オスカーに全部話すのはやめて! ばれたら絶対悲しませちゃう」
「分かってんなら無茶せず大人しく姉ちゃんを頼れ」
アマリリスは笑うが、サフィニアは渋るような表情を見せる。それ以上言葉は重ねずに無言で促すと、サフィニアは仕方ないと諦観のため息を吐いて口を開いた。
「倒した魔物の亡骸を媒体に真理の魔術を使って、関係者を探り出そうと思っていたの」
「……真理の魔術、ねぇ」
白状された内容にアマリリスは目を細めてうなった。
魔術を多用しないアマリリスだが、一度だけその魔術を使用したことがある。今から約八年前の話だ。両親から何も知らされていなかった双子は、どうして自分たちが祖国を追われ、家族を殺されなければならなかったのか、分からなかった。それを知るために真理の魔術に挑んだのだ。
当時の双子は努力の甲斐があって、大陸では一流の魔術師に並ぶ技術をすでに手に入れていた。それでも真理の魔術に挑むには、ぎりぎりの状態だった。魔術を成功させて無事に生還したことは、サフィニアの時限の魔術が成功したのと同じくらい奇跡的な幸運だっただろう。
真理の魔術。
それは媒体を介して一定の“真実”を明らかにできる魔術である。媒体には、知りたい事柄に深く関わる固体もしくは液体が最適とされ、使用するには強固な精神力が必須とされる。真理の魔術は媒体に宿った記憶を辿る魔術であり、使用時に精神を身体から離脱させて媒体の中に侵入させなくてはならない。媒体を介して辿り着く先は『真理の渦』と呼ばれる場所であり、薄弱な意思では『真理の渦』の意思に精神を呑み込まれて二度と自分の身体に戻れなくなる可能性さえあるのだ。
道端の石ころや草樹、水という無機物にも“意思”は確かに存在する。自然界に存在するすべてのものは必ず“意思”を有しているのだ。全ての“意思”は深奥で『真理の渦』に繋がっており、『真理の渦』はこの世界が生まれる以前の姿に最も類似した場所と言われている。
世界の原点とも言える場所に精神体という無防備な状態でおもむくのだから、危険は避けようがないのだ。
その代わり、『真理の渦』には世界が記録した絶対的な真実が刻まれている。そこに偽りも誤魔化しもなく、もしも無事に成功させることができたら、求めるすべては解明される。
(あの時は二人同時の複合発動だから、成功した)
アマリリスは幸運にも成功した、八年前の魔術を思い出す。
真理の魔術はその危険性と有効性から、禁術の一種に指定されている。しかし魔術を発動させる自体は他の禁術に比べて簡単なのだ。問題なのは、『真理の渦』の中で自我を保ち無事に身体に戻ることができる精神力を有しているかどうか、である。
八年前は双子が同時に魔術を発動させたため、幼い精神でも互いに支え補い合うことで何とか成功させた。また二人が一卵性の双子であったことも、大きな要因だろう。元が同じ一卵性の双子は、『真理の渦』の中では二つの個体ではなく一つの個体として認識されるため、あらゆる負担を二分割できたのだ。
現在のサフィニアとアマリリスなら、技術面から見ても真理の魔術を発動させることはできるだろう。しかし、そこから一人で『真理の渦』に挑むのは、どれほど腕のいい魔術師でも一定以上の危険を伴う。下手をすれば、精神が肉体に戻れないまま『真理の渦』に食われるか、肉体に戻っても発狂することもある。
サフィニアが言いよどむのも無理からぬことであり、アマリリスとしてもあまり挑戦したいものでもない。
(……でも、『頼れ』って大言壮語吐いちゃったからなぁ)
サフィニアにも、真理の魔術を使おうと思っただけの理由はあるはずだ。
アマリリスは苦笑して、ひとつ頷いた。
「分かった。ま、何とかギリギリできるだろ」
一度は成功したのだ、今回も何とかなるだろう。
そんな楽観的態度にサフィニアは不安そうな面持になる。
「えーっと。アマリー? 本当に分かってる? 真理の魔術、だからね」
「何だ? 信用できないのか?」
「ちょっと不安だなぁ」
「……正直は必ずしも美徳じゃねーんだぞ、サフィー」
じとりと見つめるとサフィニアは目を逸らして素知らぬふりをする。
(確かに俺はサフィーほど魔術に没頭してないけど、さ)
それでも大陸の水準をはるかに超えた腕前は持っている。サフィニアほど効率よく、素早く魔術を発動させることはできないが、真理の魔術を行使するくらいは可能だ。精神的にも八年前に比べて発達しているし、『真理の渦』の中でいくつかの魔術を持続させることもできる。
あっけなく既存の魔術を改良できるサフィニアの才は凄すぎる、化け物級なのだと自覚して欲しい。果たしてこれまで、サフィニアほど魔術を理解し使うことができる魔術師がどれほどいただろ?……片手の指の数ほどしかいまい。一部の例外をのぞき、禁術すら使いこなすサフィニアは間違いなく天才を通り越した鬼才の持ち主だ。
「それで? 指定詞は?」
「“魔物”と“渡来”よ」
真理の魔術を行使する上で最も大事な設定が指定詞だ。『真理の渦』の中で何を知りたいのか端的に指定する言葉だ。目的をしっかり設定しなくては、『真理の渦』の中で情報を引き出すことはできない。きちんと魔術で補助しなければ、自らの名前すら見失ってしまう場所なのだ。
「やっぱりサフィニアは魔物を利用してる奴がいると思うか? 魔狼はともかく、赤獅子なんて見つけるのも一苦労、使い魔や子飼いにするにしても、大物すぎるぞ」
「だって、魔物が現れる頻度があまりに少なすぎるもの。魔物は本能で動くんだから、単独でいるならもっと被害も増えてるはずよ。つまり、魔物を束縛しているか、ある程度魔物を制御できる人間がいると思うの」
「まぁ、可能性は高いな。そこらへんも何か情報を引き出せたらいいけど」
自分のするべきことを確認し、アマリリスはサフィニアを支えて酷い有様を晒す赤獅子の下までゆっくり歩いていった。圧倒的かつ暴力的な魔力によって叩き潰された魔物は、年頃の女子子どもが見ると精神的ダメージを受けるくらいには壮絶な亡骸となっている。
サフィニアは真っ青になって顔を背け、直視しないようにしている。
しかしアマリリスは多少顔をしかめただけで、込み上げる嫌悪と吐き気と怖気を堪えてそれを直視した。どんな有様であっても、それは間違いなくアマリリスの手で葬り去った尊い命の成れの果てだ。それから目を背けることは、自分の行為から目を背けることであり、命を奪ったという罪を正当化する余地を与える行為である。
アマリリスは命の大切さを知っているから、目を背けて自分に負けたくはなかった。
しかし同じことをサフィニアに迫るつもりはない。サフィニアとて生命の重さは充分に理解しているはずだった。
「媒体は血、でいいよな?」
「……うん」
「悪いけど、さすがに完璧に成功させる自身はない。魔術を使ってる間、俺の身体見張っててくれ。もしかしたら、あっちに引きずられて身体と精神がおさらばしちまうかもしんねぇ。その時は遠慮なく俺を蹴たくるなり、殴るなりして目覚めさせてよ。――魔術は使うなよ?」
「まかせて。どんな方法を使っても目覚めさせてみせるから」
サフィニアは熱い眼差しで肯定してくれるが、アマリリスには逆にそれが多少怖い。目覚めるなら方法も選ばない、と言われている気がした。目覚めた時に身体中痣だらけでした、なんてことは嫌だ。
「あ、ああ。頼む」
その一言で雑念を追い払い、気を引き締めてアマリリスはその場に座り込んだ。
大丈夫だ。
隣にはこの世で最も信頼する片割れがいる。
何も危惧することはない。
精神を落ち着け、アマリリスはすっと両手を赤獅子の血の中につけた。
そこでふっと先ほど聞き忘れた疑問が浮上してくる。
「そういえば、何で真理の魔術なんだ? わざわざ禁術なんぞ使わなくても、いくらでも他の方法はあるだろう?」
効果が絶大とは言っても、危険性は並々ならず高い。危険性だけを見れば、時限の魔術の方がよほど安全なのである。
サフィニアは少し首を傾げ、顔を曇らせる。
「うーん、一つ目の理由は私たちに時間がないから。魔物が現れ始めたのは先月かららしいけど、本来こういうのは長い目で解決していくものでしょう? 特に私たちは事件の調査とか、経験がないんだから」
「あぁ、そりゃそうだな。それで他の理由は?」
「……不可解なことが多すぎるの。本当はもう魔術で王都全体を探査したし、考えられる方法はすべて使ってみたわ。だけど魔物がどこに潜んでいるかも、何を条件に現れているかも、まったく分からなかった。不自然なくらい、王都に魔物の気配がないのよ。――何か、仕掛けがあると思う。でも私にはそれが分からないし、調べてる暇もない。だから『真理の渦』に飛び込もうと思っていたの」
そして今回残された赤獅子の亡骸は真理の魔術を行使するのに最適な素材だった。サフィニアの魔力が枯渇していなければ、サフィニアが真理の魔術を使っていただろう。
新たに聞いた話にアマリリスは不快そうな顔をする。
今回の魔物の動向には不自然なものが多すぎる。双子の知識不足や経験不足の問題ではなく、根本からして何かがおかしい。
「そもそも、何でこの丘なんだ? やっぱり、あの森に何かあるのか……?」
王都の西側一帯を覆い尽くす暗く深い森。その森の終わりは果てしなく遠く、王都では絶対不可侵の領域と認識されている。貴重な種の動植物が多く生息する森だが、一度人間が迷いこめば骨になるまで彷徨い続けることになる。あの森には未解明な部分も多く、自然に宿る魔力が純粋で膨大すぎるため、サフィニアの魔術を以てしても高い効果をのぞめない場所だ。
全ての魔物がこの場所に現れたわけではないが、魔物が現れる比率がこの場所は異様に高い。サフィニアもそれを理解しているが、アマリリスと苦い顔を突き合わせるだけで何も言わなかった。
アマリリスは小さな嘆息ひとつで森への不審を振り払い、目の前のことに集中しようとする。
手を濡らす媒体となる赤獅子の血液に意識を集中させ、真理の魔術の魔術詞を口にする。
「展開、《我が眼前に全知を晒さん》」
一切の省略をなしに一から魔術を構成していく。ひとつひとつの行程に全力で神経を使い、一つの間違いも犯さないように配慮しなければならない。
アマリリスを中心に大きな魔方陣が浮き上がってくる。
「配置、《影響範囲:“魔物”“渡来”に指定》
術式起動、《真理の扉よ、開け》」
無駄のない術式が編まれ、足元を覆う魔方陣が徐々に模様を描いていく。禁術指定されるだけはある、多量の魔力が根こそぎ身体から奪われる感覚に襲われた。同時に他の魔術も発動させる。
「展開、《我が存在に疑いはなし》
配置、《影響範囲:真理の渦》
術式起動、《全ての姿、忘れ去ることはなく》
発動、《刻みこめ》」
『真理の渦』の中で自分が誰か、忘れないようにするための魔術だ。これが正しく発動すれば、最悪の事態――自己の忘却は免れる。その他、アマリリス自身の精神にいくつもの魔術という保険をかけていく。
平行して魔術を複数発動させることでアマリリスの魔力はがりがりと削られていった。先ほどサフィニアの補助のため多量の魔力を魔物へ放った影響も大きかったが、そこは生まれ持った巨大な魔力容量が役に立つ。間違いなく双子の人生を狂わせた異常な魔力量は、確かに双子を助けてもいた。
アマリリスはすっと息を吸い込むと、強い意思と魔力を込めて真理の魔術の発動詞をささやいた。
「発動。《開門》」
寸分の狂いもなく魔術は正常に起動し、模様を完成させた魔方陣から細く明るい柱がいくつも伸び上がる。それらは螺旋状に動き、術者であるアマリリスの全身を包み込んだ。強力な引力を感じて、アマリリスの精神は肉体から離される。アマリリスは魂と身体が分離する違和感に耐えながら、自分の意識をしっかり保つことを心がけた。
ここからは戦場。自らの生命を賭けた、孤独で激しい精神の闘いはすでに始まっていた。
*****
すっと全身から重みが消えて、急速な落下感を味わう。気が付いた時には、アマリリスは真っ白な空間に放り出されていた。
肉体を失った状態では視覚も聴覚も機能しないが、そこをあえて表現するなら“まっさらな白い世界”だとアマリリスの意識は認識していた。文献によれば、人によってこの世界の有様は異なって見えるらしい。ある人物は黒い世界、ある人物は目に痛い黄金の世界だと証言した。要するに、『真理の渦』には特定の姿がないのである。
そしてそこは、八年前にサフィニアと共に来た時と寸分も変わらない。
(ここが、真理の渦)
誰に教えられなくても、自分を包む空間が膨大な量の情報を内包していることが肌で分かる。
ここは全てがある場所。
未来も過去も、歴史も可能性もある場所。
『真理の渦』と呼ばれるこの場所では、どんなことでも知ることができる。しかし欲張って多くの情報を得ようとすれば、あまりの情報量に肉体に戻った時に人間の脳回路が焼かれ、現実世界で廃人と化す。
馴染みのない世界で魂を震わせた、その刹那――
アマリリスの中から大切な全てが脱け落ちた。
(わたし……いや。ぼく、違う……おれ。そう、俺は何をしにここに。そもそも俺は、誰……なんだ)
一気にアマリリスの意識は霞が掛かったように薄ぼんやりとなって、熱に浮かされるように何も認識できなくなる。一つ言葉を絞り出すのがひどく気怠く感じ、何もかもがどうでもいいという思考に侵されそうになる。
その間に『真理の渦』はアマリリスの意思を押しつぶして取り込もうと圧迫してくる。『真理の渦』に身を任せるのは酷く安らぎを覚え、甘美な誘惑となってアマリリスを浸蝕する。魂の消滅に瀕しても、恐怖が湧いてこない。
(駄目だ、分からない……俺は、俺の目的は……)
『真理の渦』の誘惑に抵抗すると強い苛立ちが湧いてきて、忍耐の緒が切れそうになる。それでもどこから湧き上がる必死な焦燥感に駆られて考え続けると、不意に浮上してくる単語があった。
「……“魔物”と“渡来”」
それさえ思い出してしまえば、あとは簡単だった。二つの単語に触発されて他の事柄を思い出し、それに釣られて埋没しかかったすべての記憶と意志がみるみると戻ってくる。
真理の魔術を組む時に指定した指定詞が、アマリリスの精神に目的を思い出させる助けとなった。
何もない空間に唯一、現実世界から引っ張って来れる言葉。指定詞。『真理の渦』に落ちた者は全てを忘れてしまうが、魔術効果により指定詞のみ思い出すことが可能となる。
その言葉をきっかけに全てを思い出さなければ、この空間に呑みこまれて廃人になるわけだ。
目的を思い出す明快な指定詞と思い出すための強い意志。
それがここでは何より重要なのだ。
『真理の渦』の中で完全に自我を掌握したアマリリスは、廃人にならずに済んだ安堵と『真理の渦』への警戒を強くして、白い世界を睨んだ。
「さぁ。教えてくれ。――お前は何故、どうやって俺たちの前に現れた?」
お前、とは媒体となった血の所有者の赤獅子を示す。
全てがあるここには無論のこと赤獅子の記憶もある。確固とした自我さえ保てば、媒体となった存在を元に求めるすべての真実がアマリリスの精神の前に晒け出される――はずだった。
この瞬間に起こった突破的事態がいったい何によって引き起こされたものであったのか、あとになってもアマリリスは説明できない。ただ、『こうなることが運命だった』と諦め文句を言うしかない。
だが間違いようもないただ一つの事実として、この時起こった現象がアマリリスの残りの人生と現実世界の未来に大きく影響を及ぼすことになる。
周囲の空間が渦巻く気配がして、アマリリスは身構える。
まるで深い奥底から何かが取り出されるような感覚が肌をざらりと撫で、アマリリスの精神体の周囲を取り巻いて薄く浮き上がる映像があった。それらは徐々に明確な形となってくる。ひとつは小動物を追いかけ回し、ひとつは鬱蒼とした暗い場所でまどろむ映像だった。断片的に浮き上がるすべては赤獅子が生前に経験したことである。
赤獅子の記憶はそれほど多くなかった。やけに眠っていた記憶が多く、あとは小動物を気まぐれにいたぶるものばかりだ。
その中でひとつ、アマリリスは気になるものを見つけた。他の映像より深い眠りに就いた記憶の断片、それが徐々に覚醒していくのだが、そのぼやけた映像の中に人影が見えたのだ。ずいぶんと痩せた人影で、何かを狂気的に叫んでいる。赤獅子自身がおぼろげにそれを聞いていたらしく、内容ははっきりとしない。
アマリリスには、その声が歓喜を含んだ狂騒的な笑い声に思えた。ずいぶんと昔に、王都を騒がせた連続殺人犯と対峙した時に、犯人が血に濡らした手をなめて発していた笑い声によく似ている。
(これだ)
決定的な記憶ではないが、それが今回の魔物騒動と密接に関わっていることは直感で分かった。もしかしたら。あれは――
そこまで考えたところでぐん、とアマリリスの意識が引っ張られた。とても抗えない圧倒的な力で、『真実の渦』に取り込まれかけた時と同じように精神を引きずられる。
しかし明らかにおかしいのは、アマリリスがすでに自我を獲得し、引っ張られている現在も精神を侵される気配がないことである。
「っ……!?」
とっさに何が起きたのか分からず混乱しているうちに、アマリリスはがくんっと落下する感覚に襲われ、恐慌状態に陥った。
周囲の空間から何かが大量に流れ込んでくる。そのあまりの情報量にかっと全身が熱を帯び、火傷に似た痛みが襲ってきた。
真理の魔術に失敗し、魔術が暴走状態に陥っているのだと理解するのに時間はかからなかった。
(どうして!)
失敗する要因などどこにもない。
アマリリスは目的を思い出したし、的確に質問をした。あとは世界の法則に従って相応の事実がアマリリスに与えられるはずだった。
しかし、今流れ込んでくる情報は明らかにアマリリスの知りたかったこととは何ら関係ない代物であると断言できた。
(サフィー!)
現実世界でアマリリスの身体にも異変が起きているはずだ。妹がそれに気付いてアマリリスの意識を叩き起こしてくれることを願うしかなかった。
――そんな願いも虚しく、アマリリスは精神はどことも分からない場所へ落ちていく。
******
アマリリスが我に返った時、世界は天と地ほどに様変わりをしていた。
「は?」
目にした光景に思わず間抜けな声が漏れる。
アマリリスの眼前にどこまでも突き抜けるような蒼が広がっていた。妙に強い風が吹き、肌を刺す大気は冷たい。慌てて四方八方に視線を送ると足元に巨大な街が広がっているのを確認してぎょっとする。
「ど、どこだここっ?」
アマリリスの遥か下に街があり、街中で動く人々が蟻のように見える。よくよく周囲を観察すると、自分が上空に浮かんでいるのだと理解できた。
ぱしぱし、と頬を叩くと確かに痛い。とは言え、まさか今のアマリリスが肉体を伴っているはずがないから、幻視痛だろう。
周囲をきょろきょろしながら充分な時間を掛けて落ち着きを取り戻すと、足元の街並みに見覚えがあることに気付いた。
高く聳える立派な建物を中心に放射線状に築かれる街並み。東西南北に四分割に地区分けがされ、西側には森が広がり、南側と東側には大きな山々が連なる。北側の奥には湖が見え、南と東には他の土地へつながる道が整備されている。
中心の建物は王城、西側の森は魔物がよく現れるあの森と丘陵によく似ていた。
「ここ……王都、か?」
半信半疑なのは、見覚えのある地形を成しているのにも関わらず、アマリリスがけして知らないものが街の五方向に建設されているからだ。よくよく見れば、街全体の雰囲気も馴染み深いものではない。円状の王都を囲むようにして五つの鉄の柱が聳え立っていた。しかも、その五つ全てからびりびりとした強い魔力を感じる。
その特徴は魔導具に一致するものがある。
「けど、こんな馬鹿でかい魔導具なんて、魔術師が千人以上いてもつくれねぇぞ。それこそ――俺とサフィーくらいにしか……」
不可解に思ってじっくり柱を観察しようとした時。またもやがくんっと身体が落下感を察知し、気付けばアマリリスの身体は地面に向かって加速しつつ落ちていた。先ほどよりは遅い落下だが、徐々に迫る地面に本能的な危機感と恐怖を刺激される。
「う、わわぁああああああっ」
やばい。さすがに死ぬ。地面に正面激突なんてしたら死ぬ!
顔色を真っ青にしてばたばた手足を動かすが、抵抗虚しく地面が近付く。
とっさにアマリリスは目をつぶり衝撃を覚悟した。
「……あれ?」
予想された衝撃は一向に訪れず、不審に思ったアマリリスは恐る恐るまぶたを開いた。
そしてアマリリスは予想だにしない光景を目にすることになる。
「え? えー……」
まず見えたのは墓石だった。
年季の入った古い石で、綺麗に手入れをされている。ざらっとした表面には、墓の中におさめられた骨壺の数だけ名前がいくつも彫られている。
唖然とそれらを見つめ、アマリリスは顔をひきつらせた。
「何なんだよっ、もう」
安堵と腹立ちで小さく嘆息する。
どうやら自分は傷一つなく大地――しかも墓場に座り込んでいるらしい。
辺りには小さな墓石や卒塔婆が立ち並び、いくつもの花が備えられ、空気はどこか湿っぽい。紛うことなき墓場である。
何がどうして墓場に座り込んでいるのか、諦観まじりに疑問を頭の隅に追いやり、立ち上がる。
「って、うおおっ!」
頭を上げた先に見知らぬ男の顔があった。
アマリリスは驚いてのけぞり、何歩か後退した。驚きすぎて心臓の大きな鼓動が胸に痛い。
ついさきほどまで誰も居なかったはずだ、いつの間に現れたのだろう。
激しく自己主張する心臓に手を当ててアマリリスは男を凝視するが、男がアマリリスに気付いた様子はない。
「俺が見えないのか?」
アマリリスは現状精神体であり、幽霊のようなものだから当たり前かもしれない。
頭で理解してもどこか釈然とせずにアマリリスは顔を渋らせる。驚き損、という感じだ。状況がよく分からないまま、アマリリスは目の前の男を眺めてみた。
ドスッ
重い音がアマリリスの下へ届く。
アマリリスの見る前で男が背にくくりつけていた大剣を抜き、大地に刺したのだ。
「何やってんだ、あんた?」
思わず尋ねるが声は届かず、男はアマリリスとの間にある墓を見つめたまま無言だ。男がすっとその場に膝を着いた。
その動作には真剣さと厳粛さが入り混じり、アマリリスは自分が場違いな場面に来てしまったように思う。取り敢えず、男と墓の間から退いて傍観することにする。
(何で俺、こんなところに来たんだろ?)
アマリリスは不可解そうに首を傾げ、男を見守る。
長い沈黙の末に、男が口を開く。
「親父。――この剣はもらっていくぞ。いいな?」
その姿はまるで謝罪するようである。
男の発言で初めてアマリリスは墓の前に突き立てられた大剣に意識を向けた。
(もらっていく?)
つまり、今まで男が持っていたあの大剣は父親のものであったのか。
興味を惹かれてアマリリスは男と大剣に近寄ってみた。ぐるっと大回りをして男の背後に立つ。そして見た墓に刻まれた名前にアマリリスは瞠目した。
「っ……!」
『ライル=ディルモンド』
墓石に唯一、その名前だけが刻まれている。
問題なのはライルという名ではなく、名字だ。ディルモンド――それはサフィニアの恋人であるオスカーと同じ名字ではないか。
「ただの偶然、か?」
世界は広い。同じ姓を持つ人間なんて山ほどいる。
偶然と考えた方がいいはずなのに、アマリリスの胸を嫌な予感がくすぶる。
顔を歪めるアマリリスの前でさらに男は続けた。
「親父。あんたができなかったことは必ず俺が果たしてやる。この魔剣で必ず、この国は護ってみせるから心配するな。なに――これでも鍛えたんだぜ? 英雄だった親父には負けるかもしんねーけどさ。でも、あの名高い鍛冶師の鍛えたこの剣さえありゃ、俺でも親父の真似事くらいはできるさ」
まるで自分を鼓舞するように男は墓に語りかける。
魔剣、と聞いてアマリリスは視線を大地に刺さった大剣に向けた。
(魔剣、だと?)
魔剣と言うからには、魔導具の一種であるはずだ。それにしては魔力を感じられない。
アマリリスの目には単なる頑丈な剣にしか見えず、いぶかしげな表情になる。鍛冶師と魔術師としての心がうずき、大剣に近寄ってしげしげと観察する。
(いい剣だ。手入れも行き届いてる……けど、魔剣?)
どれほど観察しても納得できないでいると、男はさらにアマリリスを驚愕に陥れる言葉を放った。
「王家の宝剣と親父の魔剣。それに国中から魔導具が集まってきてる。どれも同じ鍛冶師――アマリリス=ウィンターソンの名作さ。おかげで俺たちの刃が敵に届くようになった。魔術師たちも育ってるんだぜ? まぁ、それも全部先人、ウィンターソンの残した魔導書あってのことだけどよ。結界といい、本当に俺らのご先祖様には感謝してもしきねーぜ」
「なっ!?」
(俺!?)
何故ここで自分の名が出て来るのか、愕然としてアマリリスは大剣を再度凝視した。
(これを、俺が造った?)
どれほど凝視しても、アマリリスにそれを造った記憶はない。王家の宝剣とはもしや今度王妃に献上する短刀のことだろうか。短刀は魔導具として製作するつもりだが、宝剣と呼ばれるほど大層な代物でもない。
いや、とアマリリスは考え直す。ここが本当に王都なら、魔術の存在など夢幻の御伽噺だと思われているはずだ。そんな人々がアマリリスの魔導具を見たら、それは宝剣と呼ばれるにふさわしく映るのではないか。
(まさか……これから、俺がこれを造るってのか?)
ここに至ってアマリリスは現在見ているものが何なのか、理解し始めていた。
ここはおそらく未来だ。『真理の渦』に刻まれた、数多ある未来の可能性の一つの姿が今ここに提示されているのだ。『真理の渦』には時間の概念はなく、ありとあらゆる真実が渦巻いている。例え過去を見ようと未来を見ようと、何一つおかしいことはない。
「まぁ、見ていてくれ。絶対にこの国は滅びたりしないからよ」
にっと男は墓の前で頼もしく笑ってみせると、すっと立ち上がって大地に突き立てられた大剣の柄に手を掛けた。
その瞬間。
バチッ
男の手と大剣の柄から何かが弾ける音を聞き取った。一瞬の間をおいて、ぶわっと抜き身の刃が真っ黒に染まり、刀身から桁外れの魔力がこぼれ出た。
「獲物のご登場、ってか。急いで帰らねーとな」
男は変貌した大剣を手にしてすっと厳しく目を細める。猛々しい笑みを顔に刻んで男はさっと身を翻した。
アマリリスはその後姿を目で追いながらその場に立ち尽くす。
「あの、魔力は」
大剣から突如噴出した強力な魔力。その気配は間違いようもなく、アマリリスの魔力と同じものだった。魔力は個人によって微細ながらも気配や質が異なっている。一卵性の双子でさえ魔力の気配は違うのだ。
つまり、あの大剣は絶対的にアマリリスの造ったはずのものだ。
「いったい、何がどうなって」
呆然とつぶやいていると、今度は別の魔力の放散を肌に感じて反射的にアマリリスは空を仰いだ。大空全体を覆うように膨大な魔力が展開されていくのを感じる。
やがて魔力は薄い膜となって空一面を覆い尽くした。
「まさか。これは……結界! それも、何て大きな」
アマリリスは空を見上げ、さらなる変化に気づいて絶句する。
澄んだ青空の中、小さく黒い点がぽつぽつと現れだしている。黒点はどんどん増えていき、やがて空全体を覆うほどになる。目を凝らせばその黒点が生き物で――全てが魔物であると認識できた。
「なっ、何だよ。こいつら。何でここに、この島国にいるんだ!?」
空に現れた異形たちは爛々と物欲しげにこちらを見下ろしてきている。しかし、島国を護るように巨大で強力な結界が張られているために魔物たちは寄ってこれない。
アマリリスはさきほど男が墓に話していたことを思い出した。
『この国を護ってみせる』
あの男は何から国を護るつもりだったのか? 敵はいったい何か? ――その答えは“魔物”だったのだ。
さらにアマリリスは気付いてしまった。
空に輝く結界を成す魔力の気配に覚えがあることを。――そう、まさにアマリリスとサフィニアの魔力を混合させた時にこれに酷似した気配になりはしなかったか?
「どういうことなんだよ」
泣きたい気分で顔を歪め、アマリリスはつぶやく。
これほど大規模な魔術は過去の記述でも見たことがない。理論的にはできるだろうが、それを成すだけの魔力が圧倒的に足りないからだ。空を覆う結界を成そうと思ったら、熟練の魔術師は千人は必要となる。アマリリスとサフィニアが魔力量を合わせても多少足りないだろう。
「どうして、こんな未来が存在するんだ?」
途方にくれてアマリリスがつぶやいた。
刹那。
再び急激な落下感が身体を襲った。
アマリリスが驚くことすらできない、一瞬のことだった。
ぐるぐると視界が暗転し、アマリリスの精神はまたどこかへ落下していく。
やがて落下感が収まり、世界が安定したのを感じて我に返る。
「っ……!」
まず耳に入ったのはうるさいくらいの歓声。そして声を張り上げ手を振り、何かを歓迎する大勢の人間がアマリリスの周りを囲んでいた。
「今度は何だ!」
混乱と理解できない怒りで叫んでも、やはり周囲の人間は誰もアマリリスを見ない。見えていないのだ。
仕方なくアマリリスは大勢の人間の視線の先を見て、疑問符を浮かべた。
兵隊の行進、だった。
全体的に青い衣装の兵隊たちが規律正しくざっざっと前を見据えて前進していた。
アマリリスには見覚えのない軍服だ。不可解に思っていると、周囲の人間の声が耳に飛び込んできた。
「王様だ! トリストラム新国王様がいらっしゃったぞ!」
「国王陛下ばんざい!」
「トリストラム王国ばんざい!」
熱狂的な歓声と共に多くの人間が「ばんざい」と唱和する。唖然とするアマリリスの前を一際派手な衣装と立派な白馬に乗った精悍な若者が通り過ぎていく。
あれが観衆の言う『トリストラム新国王』なのだろう。
「ってか、トリストラムってどこだよ?」
少なくともアマリリスは生まれてこのかた一度も聞いたことのない国名だ。
首をかしげていると、またもや周囲の雑談が飛び込んでくる。 行進の一番の見世物が通り過ぎたこともあり、さきほどよりも幾分冷静な話声だった。
「今回はあの忌々しい○○大帝国に遠征に行くんだろ? ずいぶん内乱で荒れてるらしいじゃないか。今回もきっと勝利してくれるさ」
「ああ。何でも、海の向こうの島国に侵攻しようとして失敗したんだって? 送り込んだ魔物の軍隊が全滅したって話じゃないか。そのせいで弱体化したから今が好機だとか何とか言ってたよな」
感慨深げに誰かが話している内容はとんでもないものだった。
耳にするのも忌々しい大帝国の名は、双子が追われた祖国の名だ。さらに驚くべきは『魔物の軍隊』という単語だ。
アマリリスの常識では魔物は本来従えられるものではない。一部の魔物を拘束して行動を誘導できても、軍隊のように完全に魔物を支配することも、まして大勢の魔物を調教するなど、不可能だ。
常識破りなその話に背筋が震える。『魔物の軍隊』という言葉が先ほど見た、島国の空を覆う大量の魔物の姿と重なった。
まさかあれがそうだと言うのか?
アマリリスが戦慄すると同時に、もうそろそろ慣れ始めた落下感が襲ってくる。視界が暗転する。
次にアマリリスが立っていたのは、少し見覚えのあるような石畳の上である。どこかの街の一角であるようだ。
今度はいったいどこだと首をめぐらせたアマリリスは、視界に飛び込んできた光景に目が釘付けになった。
「ひどい話だねぇ」
「神殿の巫女様が信託を下したんだろう?」
「そうそう、予言さ。昨日生まれた赤子がこの国を滅ぼすんだってさ」
「いったい何の根拠のある信託なんだか。だからってあんな生まれたばかりの赤子を火破りにだなんて」
「人間のすることじゃないわ。まったく、陛下も何を考えておられるのやら」
アマリリスの視線の先で大きく燃え上がる炎とそれを囲む兵たちがいる。兵の一人が泣き叫ぶ女から赤子を奪い取り、乱暴な手つきで抱えるとその炎の中に放り込む。赤子の泣き声と親族と観衆の絶望の悲鳴。次から次へと兵たちの手で赤子が炎の中にごみのように投げ捨てられていく。
地獄を絵に描いたような凄惨な光景だった。
――赤子狩り。
かつて双子が生まれた翌日に行われた史上最低最悪の汚らわしき処刑。本来なら双子もあの炎に焼かれて死ぬはずだったのだ。
アマリリスは知っている。この光景はかつて本当に在った過去の姿なのだ。
何故ならアマリリスは一度同じ後景を見たことがある。八年の昔、サフィニアと共に展開した真理の魔術でこの後景を見た。だから、双子は自分たちの出生を知ることができたのだ。
「っ……! っ……!」
生々しい残虐な光景にアマリリスは声も出ない。一度は見た光景であったが、あの時はサフィニアが一緒だったから絶えることができた。二度と見たくないと思った映像はアマリリスの願いに反して、暗転してはくれない。
(さい、あくだ)
硬い石畳の上に座り込み、アマリリスは目を大きく見開いてその後景に見入った。
目を逸らしてしまいたいのに身体が恐怖で動かない。女として赤子を殺してしまう残虐性は見るに耐えず、自分たちもああなるはずだったのかと思うと怖ろしくなる。
張り裂けんばかりの悲哀と怒りと恐怖にさいなまれて、アマリリスの蒼の瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。涙を止めることも、ぬぐうことすらもできなかった。
どれほどそうしていたか。
不意に世界が暗転して、目の前に一人の女がいた。異常なほど周囲を警戒している様子で、手には布に包まれた何かを抱いている。
女の腕の中で布に包まれた何かがもぞりと動いた。
(赤子?)
女は抱いた赤子を大事そうに抱えて人気のない方へ走っていく。
それを目で追いながらアマリリスは唐突に理解した。
あの赤子は双子と同じ、赤子狩りを逃れた子どもなのだと。
理解した途端、ぐんと強い引力がアマリリスの身体を引っ張った。
抗わずにいると周囲の光景がどんどん離れて行き、代わりにいくつもの光景が流れていく。
その一つ一つを目で確かめながらアマリリスは顔を歪めた。
――何故、『真理の渦』でこんな望まぬ光景ばかり見せられたのか。その理由を理解してしまった。
双子が生まれた日の『予言』の真相に迫ろうと思っています。
次の話もアマリリス視点になるはずです。