序章:彼岸花の咲く頃に
ひんやりと冷たい風が二人の頬を撫で、無造作に茂った草葉を揺らす。
王都を焦がし熱した一時の夏は過ぎ去り、寒波が襲うまでの短い秋が訪れようとしていた。
「すごい……。真っ赤だね」
眼前に広がる彼岸花の群集を眺めながらサフィニアは感嘆の吐息をもらす。
ほんの少し前まで新緑色だった大地を赤く染め上げた彼岸花は、広い王都の至る所に咲き誇っている。
「でも、まるで血みたいだ」
妹とは対称的に淡々とアマリリスはつぶやく。
姉妹は浮かべる表情こそ違うが、幼い顔立ちも、風にはためく髪や目の色彩もまったく同じである。一見してすぐに双子と分かる姉妹だ。
アマリリスは遠くまで続く彼岸花を見つめて言う。
「知ってる? サフィー、私の“アマリリス”って名前はこの彼岸花と同じ種類の花の名前なんだ」
「そうなの? 確かに少し似てるね。アマリリスの花に」
今年八歳を迎える双子は、毎年王都を飾る赤い彼岸花を見るのは今年が初めてである。
ほんの数ヶ月前にこの国へ訪れたばかりの双子が初めて体験する王都の秋。
「彼岸花ってさ、別名死人花って言うんだって。今まで“アマリリス”なんて可愛い名前は私に似合わないと思ってきたけど、それ聞いて初めてお似合いだと思ったよ」
「え!? な、何で?」
「だってさ、私たちは死人じゃないか」
「え、そうなの? でも、まだお父様にもお母様にも会えてないわ」
驚きも露わにサフィニアは慌てた様子で辺りを見回し、両親の姿を探し出す。
双子の両親は数ヶ月前、双子がこの島国の王都に来る前に亡くなっていた。
妹の様子にアマリリスは苦笑をもらし、勘違いを正す。
「違うよ、そうじゃなくて……。私たちは、祖国では死んだと思われてるはずだろう? だからだよ」
「あ、なるほど」
それに、とアマリリスは心の中でつぶやく。
(私は本当に一度死んでいるしね)
数ヶ月前、この島国にたどり着く寸前にアマリリスは胸に怪我を負い心臓の動きを止めた。サフィニアが無茶を押して魔術を使わなければ、今頃はアマリリスも両親と共に死の国にいたことだろう。
血のように赤い、美しくも不気味な彼岸花をアマリリスは自分に重ねて考える。
(一度死に甦った花、私は死人花だ)
アマリリスは間近で感じた死の感触を思い出し、顔を歪める。初めて体感した死はおぞましい感覚を幼い身体に植え付けていった。寿命が尽きるその時までアマリリスは死の恐怖を忘れられないだろう。
その様子を傍でサフィニアはじっと見つめる。一人死から蘇った姉がいずれ訪れる死に恐怖を抱いていることを、彼女は双子であるがゆえに誰よりも理解していた。そしてサフィニアは姉とは対照的に一人置いて逝かれることへ恐怖を抱いている。
「アマリー」
「あ……、何?」
はっと沈みかけた思考から我に返り、アマリリスはサフィニアを振り返る。
サフィニアは双子の姉の目を覗き込み、アマリリスの憂鬱を吹き飛ばすように鮮やかに笑う。繋いだ手をぎゅっと離さないとばかりに握りしめる。
「アマリーが私より早く死んでも、また私が甦らせてあげるからね」
口にしていない憂慮が見抜かれたことを悟り、アマリリスは一瞬唖然となる。少し経つと腹の底から、便りない自分への叱咤と聡い妹への感嘆の念が込み上げて来る。
サフィニアはそんな姉を静かに見守った。
「……まったく、サフィーにはかなわない」
泣きたいような、笑いたいような、複雑な想いを抱えてアマリリスは笑う。
サフィニアは穏やかな包容力を持った笑みを浮かべて、姉に寄り添う。
これは、たくさんのものを失った双子の始まりの物語。
初めまして。読んでいただき、ありがとうございます。
今回の小説『残華』は、双子が死んだ後の名残(残花)という意味があります。
短い人生、何か自分達が生きた証を残そうと一生懸命生きる双子たち。
そんな小説を書きたいと思って投稿しました。
貴方なら、十八年どう生きてみますか?