第1章1 『カミシロ様って、一体何者っ!?』
第1章 『スペイシアへようこそ』
第1章1 『カミシロ様って、一体何者っ!?』
「はあ…………今日も今日とて、ベガ立ち多いなぁ……」
一応ワタシが説明しておくと、ベガ立ちとは某格ゲーのキャラみたいに腕を組んでずーっと狙い台の後ろで「ぼっ立ち」することだ。
目印であるツーサイドアップのピンク髪をふわふわと揺らしながら健気に働いているワタシは、ため息をつきながらカウンターの端っこでゴシゴシと貸出機を磨いていた。
で、この騒音がおぞましい——けれど愛おしくもある空間はどこかというと。
『スペイシア』——この異世界の街にオープンされたアミューズメント施設……パチンコ・スロット店だ。
剣と魔法のファンタジー世界に、突如として現れたピカピカ光る筐体と、軽快な電子音、そして「リール配列」「リーチ目」なんていう謎の概念。
最初はみんな頭に「?」を浮かべていたのだ。
けれど、一度足を踏み入れたが最後、みんな魅入られたようにレバーを叩き、ボタンを押し、メダルに執着するようになった。
すべては、あのひとのしわざ。
————カミシロ様。
ワタシたちのお店のオーナーにして、最高責任者である店長。
————異世界スロット店長だ。
「……ねえ、ミクルちゃん」
「ひゃぁっ!?」
背後から掛けられた、感情の一切感じられない、体温の低い声に、私は思わず肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには漆黒の制服を完璧に着こなし、すらりとした長身を微動だにさせず佇むカミシロ様が立っていた。
色素の薄い瞳はどこか虚ろで、見ているだけで吸い込まれそうなほどの美貌――しかし、その奥底にあるのは、底知れない冷徹なサイコパスの気配。私は密かに、この人のことをそう恐れ、そして……猛烈に惹かれていた。
「510番台の客が、7を揃えられず助けを求めていそうだ。アシストに入ってもらえないか?」
「は、はいっ! すみません、カミシロ様っ!ビシィッ!この通り、ミクル、業務遂行してまいりますっ!……にへぇ」
最後ににやついた微笑みを浮かべ、敬礼ポーズをとったままのミクルはカミシロに応答した。
「相変わらず元気だね。最後のはよくわからないけれど……
ベガ立ちの処理は私がやっておくから。よろしくね」
……ここで告白しておこう。
ミクル・ホレリスはカミシロにぞっこんだった。
本人は恋愛感情だと自認してはいないが、気がつくと目で追ってしまうだとかそういった域を超えていた。
カミシロに対する感情に自分も「?」を覚えながら、仕掛けてあった幾つもの盗聴器のレシーバーや盗取したカミシロのパンツをポケットの奥で握りしめながら、彼女は対応へ向かっていったのだった。
……対してカミシロは、去って行くミクルの姿を冷徹な目で、しかしどこか奥に暖かさや寂しさのような感情をもって見つめていた。
それをミクルはまだ知らない。カミシロがどんな想いをミクルに向けているのかを、ミクルは知らない。
「……さて、と」
カミシロは踵を返し、件のベガ立ち連中に対面する。
「きみたち、ちょっといいかな」
「あ?」
いかにも、な顔つきの連中が振り返る。
筋肉を異常なまでに発達させた強面の……何より、全員白シャツに黒いショルダーバッグを肩がけしている連中だ。
なぜだか、スロットで生計をたてていたりする者たちはこういったファッションをすることが多い。異世界でも同じようだ。
「当店過度なベガ立ちはNGでね。ご遠慮いただきたい」
「てめいったい何様のつもりで……」
と仲間の一人が言いかけたとき、別の一人が青ざめた顔で遮ろうとする。
「馬鹿野郎おまえ、この人はこの店の……」
「ふむ」
『一旦出禁』
カミシロは顔色一つ変えず、そう唱えた。
「あ、え……」
連中が狼狽する。
——裏路地だ。
まるで最初からこの場にいたとでも言わんばかりに、何のエフェクトも音も衝撃もなく、次の刹那には知らない裏路地に居たのだ。
変わらない景色といえば……全く同じ距離にいる、先程までと変わらない顔のカミシロだけ。
「スロットを打つみんなの邪魔はしたくないからね、不公平になってしまう。
場所を変えさせてもらったってやつだよ」
「俺達、まだこの店で打ちたくて……この店だけは、この店だけは別だ!この店で勝てば、スキルが手に入る。俺達には、どうしてもそれが必要だ。冒険者として、高みにいくために、だ!!」
何も言われた訳では無いのに察しがいいのか悪いのか、ペラペラと喋りだした連中の一人。
だが、もうなにもかも遅かった。
「そうだね。うちはスキルを手に入れることができる唯一のスロット店だ」
「だがきみたちはそのチャンスを棒に振ったわけだ。
レバーを叩くチャンスが皆公平な世界を求めてはいるが……例外も必要だ」
「なにも1の例外もなく全ての人に期待値を追わせたいわけではない」
「……?」
「なにより……打ってるときに気分悪いだろう?後ろでずっと立たれてたんじゃ、さ」
そうカミシロが言い終えた刹那、空気は一変した。
カミシロは顔色一つ変えたわけでもないが、連中は本能で行動した。
全力で防衛を行わなければ、命に関わると。それだけのオーラのようなものを、感じたのだ。
「極・甲鉄城壁!!!」
「炎炎球っ」
連中が必死の形相でそう唱え、手をかざすと、強靭な砦を模したオーラのような防壁が連中を包み、業火がカミシロへと発せられた。
ディア等級のスキルは通常魔法の強化版だ。連中の一人はそれなりの手練らしい。
——ただ、相手が悪かった。
業火がカミシロに届くまでもなく、それは潰えた。
『出禁』
一言。カミシロはそう言い放った。
「…………」
「あれ、道に迷っちまったかな。こんな裏路地きたっけか」
「兄さん、今日の特売セールに行こうとしてたんじゃなかったっすけ。迷ってる場合じゃないっす」
「はあ。俺もスキルのひとつやふたつ、使えたらもっと生活も楽なんだがな」
「兄さん、スキルなんて持ってないじゃないっすか」
業火も、防壁もすべて嘘だったかのように消え失せ、連中はただ何事もなかったかのように街中へ消えていった。
「さて、仕事に戻るか」
対してカミシロは、特に感情を動かすことなくスタスタと店へ戻っていく。
◇◇◇◇◇◇◇
そこから少し離れた物陰。一連の応酬を隠れ観ていた者もいた。
「……ん。一旦通信を切るます。全てはグリマリアのために、です」
ツインテールが特徴的でどこかひんやりとした印象を持たせる、銀髪の少女だ。
……そして、彼女とは別で更にもう一人、このやり取りを聞いていた者がいた。
「くゅ~~~~~~、カミシロ様、圧倒的すぎますっっ。……はぁ、ワタシもその場にいたかった、その瞬間の息遣いを聞いていたかった……」
そう、この女、盗聴器越しに聞いていたのである。
「一旦ワタシのカミシロ様Only音声作品リストに帰って編集して追加しなくちゃ……」
◇◇◇◇◇◇◇
「勇者パーティ出身だっていうのは噂としてあたしも知ってる。ほんとあんたってその人の話ばっかよ、ねっ!と」
「ワタシ、絶対あの人のすべてを知るよ!あの人は普通じゃない、きっとすごいなにかだよ!」
「あんたのそれは下心が本当にないのかな~~?」
「したごころ……?うえごころと何が違うの?心に上と下なんてないので、ないのです!あるのは裏表のないカミシロ様へのリスペクトだけなのですっ!」
「……あ~、はいはい。そうだったわ、ねっ、と」
「この階層の毒ウサギもだいたい狩り終わったから、下の階層いこっか。
トレインしてくれてありがとね、ミクル」
「いえいえいえいえ~~~、ワタシ、トレインくらいしか取り柄ないですし……」
「攻撃系スキル持ってないもんねミクルは。
でも、アサシンとしての必須スキル『隠遁』は最上位のディア等級も、特異のゼア等級も持ってる。すごいアサシンになるのを期待してるよ」
……まあ、ゼア・カレスを使ってるとこは見たことないんだけれど。
別にいいけど、なんで使わないんだろう。
ゼア等級って常識から外れた効果が多いらしいから、使い勝手が悪いのかな。
「あ、あはは……ありがとね!ユナちゃん。がんばんなきゃ!」
ぐっ、と頑張るぞポーズをとるミクル。
「それはそうと、あたしもバイト探さなきゃな~。今は絵描いたりしてなんとかご飯食べれてるけれど」
冒険者は装備やアイテムを集め、レベルを上げる。
冒険者一本で生計を立てるハードルは高い。そのため、兼業で冒険者をやる人が多いのだ。
また、お金目的以外でも冒険者をやるものは非常に多い。
ある者は筋トレ感覚で強くなるために。
ある者はゲーム感覚で狩りを楽しんだりドロップ品でドパるために。
「……もっとも、魔族がいつまた襲ってくるかもわからないのだから、少しは強く在らないとね」
◇◇◇◇◇◇◇
「……資料通り、概念を書き換える異端者。全てはグリマリアのために……あのビカビカした店を、潰すます」
暗い夜道を歩く少女——氷刃のアルテミアは、虚空に向かってそう宣言した。
◇◇◇◇◇◇◇
最強であり謎多き店長カミシロと、カミシロの全てを解剖せんとする明るい無自覚ストーカー女ミクル。
そんな彼女たちが、異世界スロット店を中心に様々なトラブルや世界の謀略、異能力者と戦い……。
お互いの秘めた感情や想い、そして目的を知ったり知らなかったりする。
——これは、そういう物語だ。
「——それにしても、私のパンツ……一体何に使うんだろうか……見当もつかないな」
左腕に不気味に轟く、黒き侵食の刻印「デグラエザイア」を痛そうに優しく撫でながら、彼女はそう呟いた。
「……私のパンツに、期待値はあるのか?」




