産まれて来たこと
人は誰しも希死念慮を持っていると私はおもっている。
明確に「死んでしまいたい」ではなくとも、「消えてしまいたい」や「空気に溶けてしまいたい」といった感情を大なり小なり心のどこかでは思っているのではないだろうか。
私は「死にたいとは思わないんだよね。消えたいと思うことはあっても」とよく口にしていたが、それが希死念慮に該当することを知ったのはつい最近だ。
だから、ふと考える。「希死念慮」を1ミリ足りとも持たない人間は存在するのか。
まぁ、存在しえたところで、異次元すぎて理解できないだろうから会いたいとは思わないが。
さて、この物語は『私』の人生を振り返り、辛い記憶を言語化していく物語。
この物語の主人公は『私』であり、『私』ではない。この物語の作者は『私』であり、『私』ではない。
そんな感覚が『あなた』にはわかるだろうか。
出産予定日からちょうど2ヶ月前。妊娠8ヶ月で『私』はこの世に生を受けた。
両手の平に乗る小さな身体、蚊の鳴くような小さな産声。
普通に考えるなら、医者は『私』の命を消さないために何かしらの対策を考えるのだろうが、出産直後の母に医者は言った。
「どうしますか?殺しますか?」
この世に生を受けたばかりの小さな命に対し、医者はそう言った。
母は慌てて医者に聞いた。「助からないんですか?」と。
医者は答えた。「苦労しますよ」と。
母は『私』の命を生かす選択をした。私は地元の総合病院のNICUに運ばれ、入院した。
医者が私を殺そうと思った理由は今となっては明白ではないが、医者は『私』が出てくるまで逆子であることに気づいていなかったらしい。
そして、出産時、無理やり引っ張られた『私』の身体は肩を、腕を、神経を損傷。
結果、重度の上肢機能障害が残った。医者は医療ミスを隠すため、『私』をこの世から消してしまいたかったのかもしれない。
それから祖母が母の母乳を毎日病院に届けてくれた。
だから、『私』は未熟児だったにも関わらず、大きな病気にかかることなく、退院することができた。
数ヶ月後、母はタクシーで『私』を健診に連れていった。
運転手さんに「可愛い子ですね」と言われた時、母は『私』の手を隠すように握っていた。
手を見られたら『私』が可哀想だと思っていたからだ。
しかし、その時、『私』が少し手を動かした。母は気づいた。「この子には手を動かす意思があるんだから、隠さなくてもいいのだ」と。
そして、『私』が2歳か3歳かのある日、酷い風邪を引いた。
世の中は日曜日。病院なんてものは休みだ。
しかし、『私』が産まれた産婦人科医院はそこで取り上げた子どもなら休みでも診てくれる。
母は気が進まなかったらしいが、祖母が『私』を病院に連れていった。
診察に通された『私』を見た医者は、真っ先に風邪の症状ではなく、『私』の手を、腕を診て、「大丈夫だ、大丈夫だ」と言ったらしい。
医者も気にしていたのかもしれない。おそらく、医療ミスであったことも医者はわかっていたのかもしれない。
ちなみに医療ミスを訴えなかったのは、母がこれ以上あの医者と関わりたくなかったのと、『私』が無事産まれたから構わないということらしい。
祖父や父方(事実上)の祖父は訴えると騒いだらしい。
これが『私が産まれたとき』のお話し。
私は障害者であることを恥とは思わない。
普通の人でも向き不向き、得手不得手がある。障害者はそれが人より多いだけ。
何かをしてもらったら、「ありがとう」。迷惑をかけたら、「ごめんなさい」。
そんな当たり前のことを当たり前に言えたらいいんだよ。




