七色の花
「ーごほごほ」
「大丈夫か?」
時国にあるとある貧しい家。20代の兄妹が静かに暮らしていた。兄の名前は晴といい、農業で妹を養っていた。しかし妹の舞は生まれつき病弱で、体が細かった。医者にかかる金もなく、晴が一生懸命、背中を撫でているのだった。
「お金があれば…!!」
晴が悔しそうに言う。生まれつき貧乏なのに、何故、両親は自分達を生んだのかと怒りがわく。その両親はすでに流行り病で亡くなっており、全ての責任は晴にかかっていた。
ー俺と舞だけか!! 苦しい思いをしているのは?
唇を噛みしめると、血の味がした。晴は立ち上がる。
「俺、行って来る!!」
「ごほごほ。…兄さん?」
舞がか細い声で話しかけると、晴が宣言する。
「ー七色の花を見つけに行ってくる!!」
「え…?」
舞はびっくりしたらしく、体を起こす。
「七色の花は駄目よ!! 崖にあるらしいって言うし!!」
「大丈夫だ。兄ちゃんに任せておけ」
晴は強い口調で言う。七色の花を手に入れると、願いが叶うというもので、昔から伝説とされていた。晴はもう切羽詰まった状況なら、いっそ挑んだほうがいいと決意する。
「ー必ず、手に入れてみせる!!」
「兄さん、あたしのことなら…!!」
「お前は俺に甘えていいの。先に生まれたほうが下の者をみるのは、当たり前のことなんだから。それだけ体ができているということだし、頭だって賢いんだぞ?」
「そうなの? …でも」
「いいから。行ってくる」
晴は制止をふりきり、外へ飛び出した。前から手に入れに行こうか迷っていたのだが、今回はどうしても手に入れなくては駄目だった。
ー言い伝えはよく知っている。
幼い頃、母に聞いた話を頼りに、目的地に向かっていく。水も食料も持たず、ひたすら早足で進んでいった。途中、山賊などにも会わず、幸先がいいと思っていると、崖に辿り着いた。鎖があるだけの細い道だが、晴は深呼吸すると、鎖を手にする。
ー妹だけは幸せにしてやりたい。
幼い頃から病弱で、親も匙を投げようとしたのを、晴が庇ってきた。何故なら彼女だけが、自分を頼りにしてくれるからだった。
ーだから俺が頑張らないと。
美しい兄妹愛といえばそれまでだが、2人で1人のような強い絆で結ばれた存在だった。誰かのためなら、1人でも怖くなかった。
ーそれにしても凄い崖だ。
細い道は横になって歩くしかなく、少しずつ進んでいく。この頂上に七色の花があると聞いたことがあるが、挑戦者はいなかった。皆、晴のうちより恵まれていることもある。
ー何で自分達だけが…。
不幸なのかと思いつめようとしたが、今は崖を通るのが先だった。歩くたびに、ぱらりと土が落ちていく。危険なことは承知の上だが、喉がこくりと鳴った。例えるなら、先の見えない暗闇の中を、1人淋しく進んでいくような感覚だった。
ー大丈夫。俺には舞がいる。
歯を食いしばりながら、ゆっくりゆっくり進んでいく。
ー自分達は不幸なんかじゃない!!これから幸せになるんだ!!
そう強い気持ちを抱え、七色の花を探していく。その姿は仙人の試練を与えられたような、そんな感じだった。道が厳しくなっていき、どんどんと狭くなっていく。しかし晴は負けずに進んでいくのだった。
ー舞を殺してたまるか!!
その一心だった。両親が死ん時は涙も出なかったが、妹が死んだら晴は1人になってしまう。それだけは避けたかった。
ー丈夫な体にして、嫁にいかせてやるんだ。
花嫁道具も用意してやりたいし、ぼろな袍や襦裙ではなく、人並みにしてやりたかった。
ーそのためには、七色の花が必要なんだ!!
七色というからには、虹のように美しく輝いているのだろうかと、想像してみる。すると顔にぽつりと冷たいものが当たった。
ーえ? 雨?
今、季節的に降るなんて、あり得ないことだった。それだけ簡単に手に入らないらしい。「くそ」と吐き捨てると、晴は歯を食いしばる。負けてたまるかと天を睨みつけた。
ーもう舞は十分、辛い目にあっているんだから、少しくらい優しくしてもいいはずなのに…!!
悔しくて悔しくて、しょうがなかった。どこまで嫌われるのかと嘆きたくなってくる。近所でも「あの家に関わらないほうがいいよ」と噂され、村八分になっているのは分かっていた。しかし何故、自分達だけが、拒絶されるのか、全く理解不能だった。誰かの悪口を言ったこともないし、大きな事件を起こしたこともないのに、何故運命は酷なのか。
「ー痛っ!!」
上から土が降ってき、痛さに耐える。血が出たように思うが、気にしないことにした。雨はどんどん強くなり、まるで晴の邪魔をしているようだった。鎖を持つ手も滑りそうになる。晴は「くそ!! くそ!!」と吐き捨てながら、ぎゅっと鎖を握りしめていく。ここで弱気になってたまるかと、足を前へ前へ進めていく。
ー七色の花!! 七色の花!!
あと少しのような気がした。それさえ手に入れば、自分と舞の生活は一変すると期待していく。
「…え?」
急に雨がやみ、天をうかがうと、暗かった雲が幕を開くように、光が差し込んでくる。その光景に感動していると、目の前に七色に輝くものが見えた。
「七色の花!!」
本当にあったのだと実感し、晴はほうと息を吐く。どう見ても、どんな花より美しかった。まるで虹が甘い香りを放つように、いい匂いがしてくる。
ーやっと…。
晴が手を伸ばすと、七色の花が優しく揺れた。あと少しというところで、晴の足場がぐらつく。
ーそんな…!!
悲鳴を上げる時もなく、晴は崖下へ落ちていく。あとは意識が薄れていき、何も見えないし、聞こえなくなった。
ーごめん、舞。兄ちゃん、頼りないな。
やっと涙が出、晴は森に飲み込まれていったのだった。
「ー兄さん!!」
急に舞は叫び、飛び起きた。嫌な汗が流れる。晴がいなくなるような、そんな映像が見えたのだ。
「…え…?」
舞は次に驚いた声を出す。どうやら、布団の上に七色に輝く花が浮かんでいたからだった。
「ーこれって…!!」
七色の花を手にすると、すっと体の中に吸収されていく。今まで辛かった体が楽になっていくのを感じていく。呼吸が楽になったことに、舞は安心していた。しかし同時に、
ー兄さんは…?
姿を探すが、見つからない。舞は静かに泣き出していた。
ーどうして…!! 兄さん!!
ううっと嗚咽が漏れた。自分よりも他人を大事にする兄だから心配だったが、もう彼の姿を見ることができないのだと悟る。命と引き換えに、七色の花を手に入れてくれたのだ。
「兄さん!! 兄さん!! 兄さん!!」
両目からとめどなく涙が溢れる。悲しい、淋しい、色んな感情が溢れてくる。自分さえ体が丈夫だったら、晴が怖い思いをする必要がなかったのにと後悔する。
「兄さん、ごめん。ありがとう」
自分の胸を押さえると、泣くだけ泣いた。それを慰めるように、心の中から、りんと鈴に似た音がする。
「一緒に生きよう?」
晴に語りかけるように、優しく言うと、舞は涙を拭き、強い意志を込めた顔で、立ち上がったのだった。




