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Thorn5

天使は肺の奥まで、ゆっくりと大きく空気を吸い込んだ。

掠れた声で、途切れ途切れに歌を紡ぎ出す。

先ほどまでの歌には、言葉などなかった。

しかし今、天使は自分自身の言葉で愛を、希望を、人々に寄り添う真の救いの歌を作り出そうとしていた。


震える喉から こぼれた欠片

それはあなたの 名前を呼ぶ響き

凍てついた胸の奥 閉じ込めた情熱を

今、私の吐息で 溶かしてあげましょう


その光景に、若者は息を飲んだ。

天使の身なりは茨に裂かれてボロボロで、声も潰れたままだ。周囲には無感情な人々が立ち尽くし、禍々しい茨が地を這っている。

この場にそぐわない、あまりに異質な存在。けれど、どんよりと暗い空の下で、天使が立つその一点だけは、見事な青空が広がっているかのように眩しく見えた。

天使は歌い続ける。喉を焼くような苦しみも、胸を刺す痛みも厭わず。

ただ、この瞬間のために。絶望に沈む人々へ光を届けるために。

その一心が、彼女の声を支えていた。

先ほどまで鍛冶屋の作業場に行っていた天使の歌声によって目覚めている仲間たちも、導かれるように広場へと戻ってくる。


天使は一度閉じていた目を開き、若者たちを見つめ返した。その瞳には色々な愛を詰めたような溢れんばかりの情が宿っている。

その瞬間誰もが、心を奪われた。

スティールは仲間達が戻ったことさえ気付かず、ただ釘付けになって天使を見つめる。


天使がより深く心を込めると、それは救いの鐘のように響き渡った。

その瞬間、天使の姿が本来の輝きを取り戻していく。

うす汚れた羽は、天へと羽ばたく意思を得たかのように生き生きと白く染まり、枯れた声は、透き通ったせせらぎのような、温かな響きへと変化した。

茨はボロボロと剥がれ落ち、周囲の蔦も天使を避けるように後退していく。


天使は歌を一度止め、空虚の偶像と化したスティールの仲間へと歩み寄った。

見下ろすのではなく、人々と同じ目線で。

一歩、また一歩。天使は青年の前で屈み込み、自らの胸と、彼の胸元にそっと手を添える。

忘れていた感情を呼び起こすように、優しい再会を祝うように、再び歌を紡いだ。


暗闇の淵で 迷子になった光を

繋ぎ合わせよう もう一度

あなたの物語は ここで終わらせない

鼓動が刻む 明日を聴いて


空虚だった瞳に、じわりと光が差し込む。何もなかった心に、熱が宿る。

天使は歌を止めない。これから待ち受けるであろう悲しい現実さえも包み込むように、寄り添い歌う。

「あなたはここにいる。……決して一人ではない。」

「思い出して、あなたの想いを。あなたの夢を。」

囁きに応えるように、青年の唇が微かに震えた。

「あ……僕は…。」

「教えて。あなた自身のことを。」

天使が促すと、彼は焦点の合った目で、しっかりと天使を見つめ返した。

「……僕は作業場で、剣を作っていた。まだ上手くはないけれど、それでも…作ることが楽しかったんだ。」

青年は、スティールや仲間達に目を向けた。

我に返った彼らが駆け寄る。

「心配かけるんじゃねえぞ!!」

涙を流しながら、けれど晴れやかな声で叫び、彼の背中を叩く。

「ごめん。本当に……。はは、思い出してくると、辛いな。」

青年はスティール達の顔色を伺うように、おずおずと続けた。

「だけど、また君達と剣を作りたいよ。…いいのかな?」

その不安を吹き飛ばすように、鍛冶屋の仲間達は皆、声を揃えた。

「「当たり前だろ!!」」

青年は顔を綻ばせ、仲間達の輪の中に溶け込んでいった。


天使はその様子を静かに見届け、残りの者達も次々と呼び覚ましていく。

こうして広場の隅で空虚になっていた鍛冶屋の人々は皆、本来の自分を取り戻したのだ。


その後、天使は作業場の屋根の上で夜を越すことにした。茨の再侵入を防ぎ、目覚めた人々を護るために。

部屋で休みよう何度も勧められたが、天使は「外を眺めていたいから」と断った。

茨の侵食は今も続いている。空虚に飲み込まれる人々は未だ増える一方である。

けれど、作業場には槌を打つ活気が蘇っている。

天使はその音に耳を傾けながら、即興のメロディを奏でた。子守唄のように、ひっそりと。

羽が自分自身を労るように、その体を包み込む。


星の見えない、真っ暗な夜。

けれど、天使のいる場所だけは空気が澄み渡り、働くスティールたちの魂が、まるで星空のようにキラキラと輝いていた。

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