公爵令嬢、お城勤め始めました。婚約破棄するために権力の頂を目指したいと思います。後編
幼なじみと親友の恋愛成就を祝福したい気持ちはあるけど、私には大きな仕事が残されている。
それは、この国最大の権力機関、元老院の説得。
王城の最上階にある、ごく一部の貴族しか立入りが許されない部屋に私はいた。目の前の机には、各家を代表する当主の方々がずらりと。
資料を全員に配布し終えた私は、自身もそれを手に取る。
「こちらをご覧ください。オルディアが王妃となり、〈聖母〉が国全体に適用された場合の経済効果を予想したものです」
資料を開いた貴族達からどよめきが起こった。
まあ、当然よね。国が潤うということは、もれなくこの方達の収入も増えるということだから。その試算を分かりやすく最初のページに載せてあるわ。
「実際にはそちらの数字以上の効果が期待できます」
私が合図を送ると、二つの鉢植えが運びこまれた。
共にトマトが植えられており、一方はまだ青く、どう見ても食べられそうにない。これに対し、もう一方は真っ赤に熟れてまさに食べ頃という状態。
「この二つは私とオルディアが同時に種を植え、全く同じ育て方をしたトマトです。違いはご覧の通り。これと同様のことが王国中の農作物に起こります」
私はオルディアのトマトを一つもぎ取った。歩きながらハンカチで丁寧に拭く。
中央の席に座る白髪の男性に差し出した。
「どうぞ、おじい様。召し上がってみてください」
彼は私の祖父に当たり、元老院では首席を務めている。
トマトを受け取ると、丸のまま齧りついた。貴族社会の頂点にいる方だけど、案外豪快なのよ。
「……美味しい、トマトとは思えない甘さだ。……そして、なぜか腰の痛みが和らいだ」
「オルディアが直接育てたトマトですので。〈聖母〉の範囲が拡大されれば、間接的でも多少の効果はあると予想しています。国民の健康維持に大きく寄与しますよ。それでもやはり、オルディアが自ら手をかけたものは別格で、もはや霊薬の域ですが」
ここで私はとっておきの文句を繰り出す。
「現実的に、おそらく寿命も延びます」
貴族達からもう一度どよめきが起きた。富と権力を得た者にとって、これほど魅惑的な言葉もないでしょうね。
私は笑顔を作って面々を見渡す。
「オルディアのトマトはまだありますので、後で皆様にもお配りしますね」
元老院メンバーの顔が一斉に輝いた。
はい、これで満場一致の承認ね。
そうこうしている間にトマトを完食した祖父は、改めて資料に目を通していた。
「しかし、本当にこれほどの経済効果が……。まるで魔法だ」
「魔法ですので。もしこの通りの成果が上がった場合、一つ私のお願いを聞いていただきたいのですが」
「な、何だ……?」
今度はおじい様に向けて笑顔を作った。
その椅子、とても座り心地がよさそうですね。
アルフレッド様とオルディアは無事に結婚することができた。
私達の国王様は非常によく出来たお方で、国が繁栄するためならとすぐに譲位してくださったわ(元老院が満場一致で迫ったから、というのもある)。
そうして、王妃となったオルディアの〈聖母〉が王国全土を包んだ。
結果は、私の出した試算以上だった。
オルディアを発掘し、王妃になるお膳立てを頑張った私の功績は揺るぎないものに。
願いは聞き届けられ、アルフレッド様が国王に即位して一か月後におじい様が、その一か月後にお父様が、当主の座を次へと継承することになった。
つまり、私は二か月で公爵家当主の地位を掴んだ。もちろん元老院の首席も務めることになる。
私は十七歳で王国の最高権力者となった。
破棄するまでもなく、私の婚約を勝手に決められる者など、この国にはもはや存在しない。
それから五年後、私はどうなったかというと――。
「エリック、また料理の腕が上がったわね」
「本当? ルクトレアにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「本当よ、この煮込みなんてすごく美味しい。ほら、オルセラ、またポロポロこぼしてるわよ」
「ちゃんとたべてる。イモがかってににげていくんだよ」
私は、夫のエリックと、娘のオルセラの三人で、小さな一軒家で暮らしていた。
婚約話が立ち消えとなってからも、エリックは何度も私に愛の告白をしてきた。
いったいこんな私のどこがいいのか。諦めないけなげな姿を見ている内に、何だか可哀想で、可愛く思えてきて……。
気付いたら、ついオッケーしてしまっていた。
でも、今になって思えば、仕事人間の私にとって彼ほどの男性は他にいなかっただろう。
エリックは、王子という生まれながらとても家庭的で、おまけに子煩悩。忙しい私を気遣って家事の多くをこなしてくれるし、オルセラの面倒もよく見てくれる。
なお、この結婚は私自身の意思で決めたことなので問題ない。
オルディアからは偏屈とか天邪鬼とか言われたけどね……。
と昔を振り返っていると、家のドアを叩く音が。
オルセラが「わたしがでるー」と駆けていき、程なく戻ってきた。
「メイドさんが、おすそわけです、っておかしくれた」
「あらそう、よかったわね。きちんとお礼言った?」
「いったー」
窓の外に目をやると、庭園でメイドがこちらにお辞儀していた。
そうそう、言い忘れたけど、この一軒家は我が公爵家の庭園に建てられているの。
なぜ私達がこんな生活をしているのかというと、全てはオルセラのため。
オルセラはオルディアの娘になる。世界の運命に関わるこの子には、将来メイドになれる未来を作らなければならない。孤児院に入れることはオルディアが断固拒否したため、私とエリックの養女とした。
オルセラの未来に何が待ち受けているのかまだはっきりとは分からないけど、貴族の暮らしをしているだけじゃそれに負けてしまうかもしれない。なのでこんなこともやってみている。
実験的に始めた生活ではあるものの、これが意外と楽しかったりする。
家の外にまで聞こえそうなオルセラの笑い声。エリックに肩車をしてもらっていた。
「すごい! わたし、このくにでいちばんたかいところにいるみたい!」
「はははは、この国で一番高い所にいるのはお母さんだよ」
……何を教えてるのよ、まったく。
「僕は今の暮らし、結構好きだよ。自分に向いてるとも思う」
エリックが穏やかな微笑みを私に向けていた。
結局、私の運命の相手は、権力を手に入れてまで婚約破棄しようとしていたあなただった、ということなのかもね。




