公爵令嬢、お城勤め始めました。婚約破棄するために権力の頂を目指したいと思います。前編
私、ルクトレアはヴェルセ王国の公爵家に生まれた。
この家に生を受けた者の定めとして、行く行くは決められた男性と結婚しなければならない。
だけど、はっきり言ってそんなのはごめんだった。家の力を増大させるのに婚姻が有効な手段であることは理解できるが、自分がそのための駒のように扱われるのが気に入らなかった。
嫌だと駄々をこねても、それが通るほど世の中は甘くない。私自身には何の力もないのだから。
ないなら得るしかない。
仕事に就き、そこで確固たる地位を築く。
私は自立心旺盛な公爵令嬢だった。
就職の前にまずはクラスを授かることにした。通常は仕事が決まってからそれに合ったクラスを得るのだけど、私の場合、立場上就けるのは国の研究職に限定される。大体が【セージ】という賢者のクラスなので私もそれに倣った。
出て来る固有魔法の内容によって勤め先を決めるつもりでいた。
そして、発現した魔法は〈導く者〉。
名前の通り、人を導くための力のようで、予知のようなこともできるみたい。
なかなか稀少な魔法らしく、私はクラスを付与してくれた人材開発所から熱烈な勧誘を受けた。適材適所でもあるし、とりあえずここでいいか。
「というわけで、私は明日からお城勤めすることになりました」
お茶の席で私がそう言うと、同席していた男性二人はきょとんとした顔になった。
見目麗しい彼らはこの国の王子達。第一王子のアルフレッド様と、第二王子のエリック様のご兄弟よ。小さい頃から知っている幼なじみでもある。
アルフレッド様が困惑した様子で。
「お城勤めって……、ルクトレアはまだ十二歳だろ」
「ちゃんと試験は通りましたよ。以前から申し上げている通り、私は自分の意思で生きていきたいのです。これはその第一歩ですね」
私の家は公爵家なだけに、貴族の中でも相当な力を持っている。
現在、一族総動員で頑張っているのが、私とここにいるエリック様の婚約話ね。何としても彼を当家にお迎えする、と息まいている。
その第二王子様はといえば……。
「ル、ルクトレア……、そんなに僕との結婚が、嫌なの……?」
目に涙を溜めて小刻みに震えていた。
この方はしっかり者のアルフレッド様と違い、昔からどこか弱々しい。まるで子犬のようで、私の一つ年上とはとても思えないわ。
「エリック様が嫌なのではなく、勝手に話を進められるのが嫌なんですよ。とりあえず、婚約に至っても破棄できるくらいの権力を蓄えたいと思います」
「ル、ルクトレア――!」
席を立つと、背後からエリック様の悲鳴が聞こえてきた。
しかし、王族との婚約を蹴るのだからかなりの力がいる。私個人で王族に渡り合えるほどの。
というわけで、私は翌日から仕事に励むことにした。
備わった予知能力はそれほど使い勝手のいいものでもなかったが、私は拾った情報を最大限活用した。人材開発所は国の様々な機関の人事も担っている。問題が起こるであろう場所に、最高のタイミングでそれを解決しうる人を派遣、といった具合に。
私の手腕は評判となり、各機関にパイプをつなぐ(恩を売る)こともできた。
こうして着実に出世を重ねていたが、どうも物足りない。
……もっと揺るぎない大きな功績がほしいわ。
そう思っていた矢先、一人の女性が国の運命をも左右する魔法に目覚める未来を見た。ただ、そのためには彼女に特定の職業、クラスになってもらわなければならない。それは、【メイド】。
孤児院で育った女性は、十五歳になる今年、クラスを授かる予定になっていた。偶然にも同じ十五歳になっていた私は、彼女の担当になれるように手を回す。
女性の名前はオルディアといった。私の熱心な説得で、彼女はメイドになる決意を固めてくれる。発現した固有魔法は〈聖母〉だった。その能力は彼女の育んだものは全て何だかいい感じになる、というもの。ふわっとしているだけに計り知れない。これは期待が持てる。
オルディアにお城での仕事を紹介し、私達は同じ王城で働くことになった。
彼女は私が初めて接するタイプの人間だったわ。人柄に全く裏表がない。とても気さくで(なれなれしくて)、一緒にいるとこっちまで心の鎧を脱いだような気分になれる。
何より、〈聖母〉の力で入れるお茶がものすごく美味しい。
「私をメイドにしたのって、ルクトレアが美味しいお茶を飲みたかったからじゃないの?」
ポットにお湯を注ぎながら、オルディアが怪訝な表情を作る。
「いいじゃない、あなたの魔法はずっと発動しっぱなしなんだから、使わないともったいないわよ。それに私、管理職になって気苦労が絶えないの。少しはいたわって」
「そうですか、所長さん。どうぞごゆっくり。でも私も貴重な休憩時間中だってこと、忘れないでね」
十六歳になった私は、人材開発所の所長に就いていた。日々の業務は忙しく、ゆっくりできるのは本当にオルディアとお茶をしているこの時だけ。
……いや、ゆっくりしてる場合じゃなかった。
オルディアにメイドとして王城に入ってもらったのは美味しいお茶を飲むためじゃなく、その〈聖母〉の魔法を王国中に広げるためだった。
それには、彼女に王妃になってもらわなければならない。
つまり、アルフレッド様とオルディアが結婚する必要がある。
私が予知で見るヴィジョンは将来の一つの可能性。だけど、確かにその未来は存在する。なので二人の相性もきっと悪くはないはず。
……やるしかない、私がどれだけお膳立てできるかに、ヴェルセ王国の繁栄が懸かっているんだから。
まず大事なのは周辺への根回しよ。
私はオルディアと共に働くメイド達を集めた。
「あなた達の協力が不可欠です。もし手伝ってくれるなら、皆さんが困った際には当家が全力で助けることを約束しますよ」
「「「全力でサポートします!」」」
これでよし。
次はアルフレッド様にオルディアと出会ってもらわなきゃね。
執務室を訪れると、彼は山積みの書類に忙殺されていた。
「仕事しすぎでは? 若くからそんなに働いているとすぐに老けますよ」
「……君もな。公爵令嬢がどこまでキャリアアップする気だ」
「王国主要機関の人事権を掌握したくらいじゃまだまだです。ああ、優秀な文官を手配してありますから、アルフレッド様の方は楽になると思います。あと私の癒しをお分けしようかと。今から行っていただきたい場所があります」
「癒し? 今からって、無茶を……」
「行かなきゃ周囲を無能な文官に一新しますよ」
「……行くから、絶対にやめろ」
現時点でも王子様を動かせるくらいの権力は握っていた。
私がアルフレッド様を送りこんだのはメイド達の休憩室。ちょうど休憩に入ったオルディアとしっかり出会ってくれたみたいね。
アルフレッド様の方は王子であることを隠し、二人でたまにお茶をするようになった。
やっぱり相性は悪くなかった、というよりかなり良かったらしい。メイド達の全力サポートのおかげで必ず二人きりになれるし、これで大丈夫だろう。
……とたかをくくっていたら、あっという間に半年が過ぎた。
アルフレッド様は毎回嬉しそうに出掛けていくし、オルディアも柄にもなく会う前に鏡で髪を直したりしている。
なのにどうして進展しないの……。
こうなったら、また私が動くしかない。何か後押しになるいい材料があればいいんだけど。
この頃、アルフレッド様の婚約話が持ち上がってきていた。お相手は浪費家で有名な隣国の姫君。
誰よ、こんなくだらない縁談を上げてきたのは。隣の息のかかった人間が紛れこんでいるわね。その人もろとも、こんな縁談は私が握り潰して……、待った、これは使える。
私は逆にこの婚約話をプッシュした。
やがて話はアルフレッド様本人の耳にも入り、彼は慌てた様子でオルディアの元へと駆けていった。
王子様のプロポーズは見事に成功する。
私とメイド達の連携プレーで、即座に周囲への公表に至った。




