16回目②
16回目②
王都への引っ越しは、思いのほかスムーズに進んだ。
あの田舎の村に比べれば、王都は眩しいほどに煌びやかで、人も建物もすべてが巨大で、何もかもが新しかった。
久し振りに訪れたであろう街の喧騒に、母は「あらあら、うふふ」と笑い、父はどこか懐かしそうな表情を浮かべた。
──そして、わしは…
(はっきり言って、緊張しておった……むぅ、口調が…)
老人口調は相変わらず口を突いて出てしまう。だが、少しでも“普通の子供らしく”あろうと努力している最中である。
王都に来た以上、これまでのように浮いてしまってはまた何かを失ってしまうかもしれない。
王都に移住してから数日、父は冒険者ギルドへ挨拶に行き、古い仲間たちとの再会を喜んでいた。
冒険者としての経験が豊富な父は、再びパーティーに加わり、生活費を稼ぎにダンジョンの深層へ潜ることに。
「最初のうちは、お前たちはダンジョンの深層には潜るなよ。5階層までは安全だって言われてても、油断はするな」
父の言葉を胸に、母と二人で王都近くにある地下ダンジョンの“迷路階層”──第1階層へと足を踏み入れることになった。
* * *
王都ダンジョンの第1階層は、思ったよりも空気が澄んでいた。
整備された入口、明かりが灯る道、そして簡易な地図までもが存在しており、初心者向けの探索区域として確立しているらしい。
「ふむ、迷路型というよりは……いや、やはり迷路じゃな。広がる通路に、数多の扉……むむ」
「言葉が戻ってきてるわよー?」
「っ……あ、ああ。わかってまする。うん」
母の笑い混じりの指摘に、思わず口を噤む。
たしかにこの口調は、無意識に戻ってきてしまう。
1階から2階、3階と進むにつれ、通路の幅も、部屋の天井も高くなっていった。
魔物と呼ぶには可哀そうなくらい弱いスライムやネズミ型のモンスターが時折出てくるだけで、母ひとりでも充分に対処できる程度だ。
とはいえ、全てが順調というわけでもなかった。
迷路階層の名前に違わず、少しでも気を抜けば簡単に現在地を見失ってしまう。
「母上、ここを左……いや、右? ううむ、記憶が混乱して……」
「あらあら、地図を信じなさいって言ったでしょ。それに迷ってる時の“ううむ”は禁止!」
「はっ……す、すまぬ、あ、えっとごめんなさい」
母の軽やかなツッコミを受けつつ、俺たちは少しずつ王都での新生活に馴染んでいった。
数ヶ月も経てば、5階層までは地図なしでも歩けるようになり、収集依頼の素材もひと通り揃えられるようになった。
父のパーティーから得られる報酬と合わせて、生活は安定していった。
神の使徒も、過去の転生の記憶も、いまは静かに胸の奥にしまっておく。
この穏やかな日々を守るために──
そして、いよいよ次なる階層。
第6階層から10階層、通称“森林階層”へと挑む時が来た。