15回目③
15回目③
王都神殿。
白亜の回廊を渡り、陽光に煌めく礼拝堂の奥で、ひとりの少年が祈りを捧げていた。
「……願わくば、神の導きにより、災いが及びませぬよう……」
その祈りの口調は、幼い外見にそぐわぬ落ち着きと年季を感じさせた。
だが、それが“神の使徒”として過ごす年月の重みでもあった。
◆ ◆ ◆
あの“共鳴”から数年が経った。
神殿での生活は決して派手ではない。むしろ、清貧に近い慎ましさがある。
朝は祈りから始まり、午後は礼儀作法や歴史、神学の講義。
夕刻には“神気”と呼ばれる力の制御訓練を行う。
「使徒殿、足運びが違います。“貴人”としての所作を忘れぬように」
立ち振る舞いひとつにまで気を配られる生活。
村の自由気ままに育ったわしにとっては、どこか窮屈だったが、それでも受け入れていた。
なにより、両親が無事であるという“事実”が、この選択の正しさを裏付けてくれていた。
(神の使徒として過ごせば、あの村を、あの家族を守れる。そう信じて……)
◆ ◆ ◆
そうして月日が流れた。
やがて“使徒”としての任務の一環で、王都の各区に顔を出すようになっていった。
この日は、行商区――庶民と旅商人が集まる、市場のような場所であった。
街路には香辛料や果物、革細工や薬草など、様々な品々が並び、人の声と笑い声が絶えなかった。
使徒としての監査役という肩書きで、公平な商取引が行われているか見て回ることになっていた。
だが、その時だった。
人ごみの中、ふと目に留まった横顔があった。
細い首筋に、紅の髪紐。
整った目鼻立ちと、凛とした表情。
(まさか……いや、しかし――)
心臓が跳ねた。
喉の奥で名前を呼びそうになるのをこらえる。
あれほど……あれほど、長く見続けた“絵”だ。
彼女が、わしのかつての妻だった。村長だった頃、愛したただ一人の女性――。
(……間違えるわけが、ない)
この胸の奥から滾り上がる確信。
そして、使徒であるという現在の立場を忘れ――わしは、駆け出した。